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夏休み? 予定? 欲しいくらいですけど何か?


「・・・・あづい」


流れるほどの汗をかくわけではなく、じっとりとまとわりつくような気だるい熱分。


まだ蝉の声はしないまでも、湿気と熱のみでいえば十分に蒸し風呂並の気温。いわゆるアレだよ。梅雨ってやつだ。


今年は空梅雨かと思われるくらい、ギンッギンに晴れまくっててうっとおしいくらいの夏日が続いていたんだけど、今週に入って急に天気が崩れ出した。久しぶりに見る雨がふりだして、ようやっと涼しくなるかと思われた、今週の月曜だったよ。


おれは遠い目をして数日前を振り返る。

いや、だってね?


まさか不快指数だけが上がるとは思わなかったんだもん。湿度先週より20%上昇。気温、相変わらず。なにそれ。嫌がらせだよね。それってわざとやってるよね。


湿気のせいでただでさえクセっ気の強い髪の毛が反逆を起こして、取り返しのつかないことになってるし、出窓で育てていた買ったばかりのちっちゃな可愛いサボテンは、朝起きたら見るも無残に変色して枯れてた。根腐れだろうか。花が咲くかと思って楽しみにしていたのに。まさかの棘までもが力なく萎れている。


「だから梅雨なんてキライだ」


毎年必ずつぶやくお決まりの台詞を、やはり今年も吐き出す。これで一体何度目だろうか。声に怨念がこもっている。


夏がいっそ来てしまえば、それは一変して良くなるのに。


おれは時間の流れの無常さをしみじみと噛みしめる。楽しい時間は驚くほど短く、好ましくない時間は亀よりも歩みが遅い。所詮はただの感じ方なのだろうけれど。



県立農林高校の二年生になるおれは、「夏」の偉大なる一文字にも甘い響きばかりを感じてはいられない。


夏休み、それすなわち地獄。というイメージが頭にこびりついて離れないんだからな。


夏休み最初と最後の週に三日間用意された、先生たちからの愛情たっぷりのプレゼント。その名を聞けば泣く子も黙る禁断のワード。

人呼んで、「魔の夏季実習〜ひと狩り行こうぜ☆デッドorダイ恐怖の雑草VS人間・弱者必滅のバトルロワイヤル〜」がおれたちを待っているんだもの。


ああ、これは分かる人には分かる誇大広告(農学科限定)。


まあ簡単にぶっちゃけると、三日間を使って死ぬほど広い農林の敷地を這いずり回り、いたるところにはびこる植物(というか雑草)の命を手当たり次第に摘みまくるという進撃の殺戮ゲームだと言えば聞こえはいいだろうか。


本音を言えば要するに永遠にも久遠にも思える超耐久草むしりである。なんせ真夏。七月と八月。夏も盛りの真昼間から、30度超えの気温やずっと続く中腰体勢の痛みに耐えながら、朝から晩まで草をむしり続けさせられる農学科特有の行事だ。


ていうかもはやこれは新手の体罰なんじゃないかとおれは睨んでるくらいだけどな。


あまりの日差しや上がり続ける気温に熱中症で倒れる生徒は後をたたず、透き通るような白い肌の女生徒に憧れる年頃のおれたちの前からは、必然的にそんな子は絶滅する。


その上更衣室は呼吸困難なほどの異臭騒ぎが毎日起きているし、ていうかむしろ女子更衣室の方からは男子よりやばい匂いが流れてくるくらいだ。


そんな劣悪な夏の環境は彼女らの女性としての意識を次第に衰退させ、女生徒は「女子」から「メス」へ大幅ランクダウンし、「人類」から「類人猿」までその魅力を自ら削ぎ落としていく。


教室で男子と一緒に着替え、しかも別に隠しもせず、暑さに頭が緩んだのかスカートの丈はもうほぼ腰。生還スプレーによる濃霧が教室に発生し、その匂いが充満してまたもややばいことになるので、窓を開け放つと風が入ってくる。それでやっとマシになったかと思ったら、今度は暖房器具の上に乗っかって、校庭めがけてスカートをバサバサして下腹部へ新鮮な空気を送りはじめたりする。


高校も一年の夏までは一応おれも男の子だし、年相応に異性への憧れってやつを抱いていもんだけど、その夏には、まあ夢は崩れることになったのであった。



それはもちろんおれ以外のオトコノコ達もどうやら同様であったらしく、男の子達は「そうでない」女の子を探すようになった。


条件としては、前述した「女の子とは思えない」生き物と化していない、おれたちの夢を壊さない「純然たる」女の子ってやつ。

まずは可愛いこと。勉強ができて、おしとやかかまたは活発なのもいいかもな。性格も良く、スタイルも良く、面倒見が良く、利発で優しい。そんなところかなあ。男の子の理想ってやつは。まあ、内容に関しては分からなくもないけどね。


でもところで、おれ、その条件に当てはまる女子を三人ほど知ってるんだよな。ピンポイントで。かつ身近に。


そしておれが思うことは他の男性陣も思うところらしく、その子達は今日もそいつらに囲まれ、呼び出され、つきまとわれている。可哀想なこった。


おれもその男子達の気持ちは分かるけど、分かるだけって感じかな。実質恋愛対象って感じじゃないし、身近すぎるのもなんだ。


言わずともそろそろ分かってもらえていると思うが、その御三方は我らがカオス部の女子部員の面々だ。やじり、牙、御影。外面と見かけはいいもんなあ。あいつら。でもその実体はとんだ危険人物なんだけどもね。ん? それは主にやじりがか?



だけどあの部活での事件の後、おれがかけた魔法の効果によって、やじりはなんだかまとも(って言い方もあれだけど)になった。憑き物が落ちたようになって、牙との喧嘩も少なくなった。御影はそれを見て不思議そうな顔をしていたし、牙にいたっては気持ちが悪そうにしている。


だって、まるで幼い頃に戻ったみたいなんだもの。


ものすごく明るく笑うようになったし、髪留めとかの小さなお洒落もするようになった。それどころかおれを目の敵にしなくなった。


何故なのかは分からないけど、トラップスペルを仕掛けるのもやめたし、また昔のようにずっとくっついてくるようになった。


・・・・なにをしたんだ。ルヴィアノーラのやつ。


あの土壇場であの状況を打破できる魔法族はあいつしかいなかったのは確かだけど、やじりのことも頼んだのは失敗だったかなあ。あんまりあいつのことは詳しく知らなかったんだ。契約したの最近だから。


牙も御影もあの事件のことは覚えていないみたいだったけど、何でかやじりはどうも覚えてるっぽいんだよね。おれが咳き込むと過剰に反応するし、妙に体を心配するし。


でもそれくらいはいいのかな。むしろちょっとは反省してもらわないと。身がもたないよ。こちらとしても。


まあそういう訳で、なんか知らんが劇的にビフォーとアフターで変化が起きてしまったやじりはともかくとして、おれたちの日常は何とか戻ってきたみたいだ。


さっきも言ったが、その三人のような女生徒は農林においてはダイヤモンド以上の希少価値を誇る。よって部活の結界に逃げ込んでくるまでは、あいつらは楽しい夏を過ごしたい男子達に嫌という程追いかけ回される日々をここのところ送っている。


一方でおれの方は非魔法社会ではモテることが基本的にないので、測量の授業で出た計算の課題をささっと片付けて、部室でクーラーを全開にして一人涼んでいた。最近は優しくなったやじりが計算機の「メモリー機能」なる便利な使い方を教えてくれたので、ちょっとばっかし成績の上がったおれなのさ。課題なんて相当頑張ればあっという間さ。


蝉がけたたましく鳴きわめく校庭からは、ご立派にも若い体を持て余す野球部の威勢のいい声が聞こえてくる。


「羨ましいね〜。その若さ〜」


歳はほぼ変わらないというのに、活力の違いは圧倒的なおれは机に突っ伏したまま、うだうだと気だるさの残る頭がゆっくりと眠くなっていくのを楽しんでいた。



「・・・・」

「・・・・・!」

「・・・・・・む・・!」


・・・・・・・・・。

う・・・・ん?

なんだか周りが騒がしい?


おれはぼうっとした頭で眠気の海から引き戻された。


ああ・・・眠っちゃってたのか。涼しいし静かだし、夏の放課後のひと時だ。居眠りするにこれ以上ないシチュエーションだろ。だからついつい、な。


突っ伏していた顔をゆらりと持ち上げて、押し付けていたからしょぼしょぼする目をぱちぱちする。部室の反対側から押し殺したような大声が丸聞こえで飛んでくるが、寝ぼけている頭の中には水の中で聞く音楽みたいにぼやぼやと聞こえる。


「なあにい。だれかいるのかああ?」


ふわああ、とあくびをしながらきょろきょろする。だいたい半周くらい部室を見回した辺りで、机の影に隠れるように顔を突き合わせた三人組が何やらこちらをびくりと振り向いたところだった。


「んああ。来てたのか。起こしてくれれば良かったのに。」


怪しげだがそんなこといつものことなので、おれは何事もなかったことにして見事なスルーをかます。言わずもがなさっき言ってた女子三人だ。なんか紙切れを中央に置いて真剣な顔をしてるけど、なんの話をしてたんだろうね。いや、別に興味はないけど。


むにゃむにゃと眠気に満ちた頭でふわふわしていると、三人の中の一人がばっと動いた。そのあまりの早さに、残る二人が止める間も与えず、そいつは睨み合っていた紙切れをかっさらって、脱兎のごとくこちらに突っ込んできた。


「あっ御影コラ!」

「っちょ御影さん! 抜け駆けはずるいです待てコラッ!」


がっしと制服のブレザーを二人から掴まれるが、御影はそれを見越していたかのようにするりと制服の腕を抜き、そのままのスピードで逃げる。一方、体重をかけて止めてやろうとした二人は重心が傾き、すってんとひっくり返った。


おいおい。何をやってんの君たち。


ぼんやりと見ていたおれの前まで御影が来るまでは、眠たい頭でぼーっとそれを見ていた。あーあ。またなんか面倒ごとに巻き込まれそうな予感がぷんぷんする。けど、かと言って逃げ切れた試しもないんだよね。どうせ逃げきれないトラブルなら、適当に受け入れて最小限のダメージで受け流すに限ることをおれはそろそろ学んでいるんだぜ。


と、ひとりごちて強がりをいってみる。


血相を変えた御影がおれの前で急ブレーキをかけ、真っ赤な顔をして立ち止まるまでは。だったが。


真っ赤、というのも違うような気がする。赤いには確かに赤いが、どことなく不安げに青くなっているようにも見えるし、期待のような何かに膨らみつつも妙におちょぼ口になっているという、なんとも言えない顔に変色・変形している。


おれはそんなよく分からない表情に凄むように迫られ、急におどおどしてしまった。え、な、なんですか。まだおれ、なんにもやらかしてないはずなのに・・・。


・・・あ、寝てたから怒った・・? ・・のか・・?


まあその予想もなんとなく的外れな気がするのだが、他に思い当たらないのだからどうしようもない。


その直後、御影がぎゅっと目をつむって腰をひねり、勢いよく両手を突き出したのを視認した。だけどおれはなすすべもなくそれを見ている他なかった。暴力はいやだなあ、とか一瞬のうちに考えもしたが、御影に殴られるなんてよっぽど怒らせる何かをしでかしたんだな、と心当たりのない原因に思いを馳せたりする。そんな場合でもないのだけれど。


ごうっと音を立てて両手が目の前に迫った。

おれは半ば投げやりに歯を食いしばる。何たって、悲しいけどこんんな展開が最近多かったし・・。そういうものなのかと思い始めたこの頃だったし。


って、そんなことを考えてる間にも、ヤバイ!


バキイ!


と響き渡る鈍い音が・・・・。

くる・・・

くるのか・・


くるは・・ず・・・あれ?


来ない。

「あれ?」


おれはおそるおそる目をうっすらと開けてみる。


お怒り・・・だったんだよな。の、はずなんだよな。

そうっと目の前を見開くと、そこで途端におれはギョッとしてしまった。


目の前に、握りこぶしが二つ、寸止めで突き出されていたのだ。


ダブル拳骨? というようなそのスタイルで、鼻の寸前まで迫った握りこぶし。

ん? でも、よく見ると、その両の親指にかかけて、なにか先ほどの紙切れが握られているような・・・。


「ひ・・・歪ッ!」

突然御影が叫んだ。


「はっ、はい!」

その勢いに押されて、おれも驚いて答える。

突き出された両手はぷるぷると震え、心なしか手のひらまで顔と同じように赤い・・・


「ぼっぼくと!」


「は、はい」


「温泉に旅行に行ってください!」


「はっ・・・・・・」


流されるままに叫んでいたおれなのだが、途中聞き慣れない単語が乱入してきた気がして、ちょっと返答につまる。


「・・・・・・・はい?」



続く

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