幻想とか現実とか、なりきれない非情さとか
ズズウウゥ……ンンン。
繁華街のど真ん中で、吹き荒れる爆風。
しかし風だけが荒ぶるように猛り狂うだけで、その中心はいたっていつも通りであった。
漆黒、いや、暗黒。もしくはなんと表現すれば良いのかも定かではない丸いモザイクが、風がおさまるにつれてゆっくりと剥がれて霧散してゆく以外は、ただ風が強いだけのビル街である。
その黒いモザイクがパキパキとヒビが入って割れてゆき、最後には自壊するように砕け散った時、歪を見守っていた少女たちは、予期していた通りに、ため息をついた。
安堵と呆れ、安心と嫉妬。
「ふー……ふー……」
肩で息をする歪の背中越しに、やっぱり非情にはなりきれなかった歪の優しさが垣間見えてしまったからというのが、たぶん一番的確だろう。
戦闘状態を解いた耳付きフードの姿に戻って、泡を吹いて倒れている女の子が三人、地面に倒れている。それを、今まで敵対していたはずなのに、かばうように背中を丸めて、気力だけで立っているような歪。
少女たちは諦めの目で、ふっと口元に笑みを浮かべるしかなかった。
「あんの馬鹿、一回殺したくせに」
「やめたんですね」
「ふふっ。歪らしいや」
まぶしそうに目を細めるその横顔には、一点の曇りも見えなかった。
「っあー……。つっかれた」
両腕をぶらりと垂れて、おれは半ば朦朧としていた。
頭に血が登っていたとはいえ、一撃必殺の奥義である“星拳”をあれほど乱発し、しかも時間軸を歪めて再度放ち、 消し飛ばす瞬間に芽生えた罪悪感から、それをまたなかったことにし、しかしダメージは与えないと倒せない忌月の姉妹にはきちんと全部喰らわせ、それを幻覚だったと上書きで事実を捻じ曲げ、それが周りの建物に影響を出さないよう、辺り一帯から自分たちを隔絶してそれを行った。
「ッッッッ死ぬ………」
滝のように流れ落ちる汗が、おれの披露の度合いを如実に表している。普段だったら、絶対に魔力飽和でぶっ倒れてるな。
はは、とおれは自嘲気味に自分に浮き上がった光の紋様を見下ろしていた。
魔法使いにつきものの弱点。それは魔力飽和だ。
魔法族から供給されるからといって、魔力は無限に使い続けられるわけじゃない。
ほら、涼しいからって扇風機の風を浴び続けてみるだろ。自分には心地よくて疲れがとれると思っても、あれ一年間浴び続けると死ぬんだ。微細すぎるけど、ダメージになっているらしい。
魔力もそれと同じで、使いすぎると、もともと自分のものじゃない魔力を自分のものにろ過して使うおれたち魔法使いの身体は、全身を回る魔力要素の飽和状態を起こして、ショックで一時的に身体が動かなくなるんだ。
その間、もちろん魔法も使えない。
おれたちにとっては、絶体絶命のピンチだ。
なのに、この紋様が現れてから、ものすごく魔力の循環が早くなった。おれみたいな魔法が下手な魔法使いは、悪魔がもともと持ってる魔法を、無理やりそいつとのリンクの中から引き出して使うから、ただでさえ燃費悪いはずなのに。
これ……一体なんなんだろう……
ズキズキする頭にそっと手を添えて、空いた片手を静かに高く掲げる。満足の行く結果じゃない。敵は残しちまった。普段ろくに修行をしなかったせいで、あいつらにまで心配かけちまった。
でも。
開いていた手のひらを、ぎゅっとおれは握る。
おれの問題であいつらが傷つかなくて良かった。忌月のやつにも、しばらくは手が出せないだろう。
こいつら姉妹は、とりあえず人質にでもしておけば。
ぱたぱたと駆け寄ってくる足音が背中越しに聞こえて、おれははたと手をおろして、にっこりと振り向く。
「主殿」
「ふふ、良い顔じゃ」
「なにやってんのよ、バッカ歪」
「お疲れ様、歪くん」
「痛いところ、ない?」
ずらり、と立ち並んだ人間と悪魔、神、精霊たち。決して相入れない世界の者たちが、同じ眼差しで、おれに笑いかけてくれている。
あーあ。
普通じゃないよな。おれの日常って。
それが嬉しくってたまらないってのははじめてだ。
おれはボロボロになったパーカーをビリッと引き裂いて腰に巻くと、にかっと笑いかけて言った。
「おっし、パフェでも食いながらカオス部の二学期の活動予定でもたてますか!」
「え?」
「活動?」
「してたっけ?」
キョトンと不思議そうな顔になって、何言ってんのこいつ? な表情を浮かべる三人に、おれは何億回めかのツッコミを、なかば反射的にしていた。
「だからだよ!!!?」
退屈しない夏休みは、もう、終わる。
だけど退屈な学校生活が、またはじまる。
とりあえず歯噛、歪魅、崇神の忌月三姉妹の処遇には困りそうなのだが、こいつらに預けてみたら案外大人しくなるのかも……。あ、ちょっとおれ冴えてる?
と、忌月三姉妹には知らないうちに地獄が迫ってもいたりする。
続く




