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決着とか秘拳とか、たまにはアタマを使ってみたりとか


「“星拳”・・・・・・?」


なんだっけそれ、と記憶を辿るように歯噛は眉を潜めるが、すぐに思い出したのかニタアアと可愛いものを見るような目でおれに笑いかけてきた。


「 あぁ、曲月に伝わるという秘拳、でしたっけ。なんでも星の重さを持つ拳だとかなんとか・・・・・・。んふふ♡ そんなものが私たちに当たるとでもお思いで?」


歯噛はがみはおれの言い出した勝利宣告を、ガキの遠吠えのように笑い飛ばした。


「発動までの溜めも、魔力の充填も済んでいないとお見受けしますわよ? そんな状態で私たちに挑んで、怪我で済めばいい方ですのよ♡ それでもまだ、目を覚ましてはいただけませんか?」


歯噛のメイスが上段に振りかぶられる。


目が笑っていない。この問いかけで、最後にするつもりなんだろう。この一瞬を誤れば、目にも止まらぬ速さで殺られる。


だから、おれはあえてにっこりと微笑んで、指でくいくいと歯噛と崇神に手招きした。


「うるせえよ。弱い犬ほど、よく吠えるんだ。覚えとけ」


「ンフウ♡」

「アハア♪」

「へへっ!!」


おれが言葉を言い切るまでもなく、歯噛と崇神の姿はそこからかき消えた。瞬きはしていない。あくまで、臨戦体制のままだったはず。忌月の身体能力は、おれから見ても高すぎるッ!


ヒュン!! と風を切る音がしたが、それにおれが身じろぎをする間もなく、 崇神の蹴りが目の前に忽然と現れる。


目には見えている・・・・・・のに、身体は一切反応できない。

と、一瞬遅れで、ブン、と鈍い轟音が耳元に迫る。


本来騎士の甲冑をも打ち砕くハンマーに近い武器、メイスがしなりながら頭蓋に向けて迫っている!!


「ぬふふふ♡ どちらをさばいてもアウトですわ♡ でもそれ以前に、さばければ、ですけれどぉぉ♡」


「あっはぁ♪ 口ほどにもなぁい♪ かっっわいいなあ♪」


勝ち誇ったように狂乱の笑みが花のように視界いっぱいに広がる。

おれの目が見開かれる・・・・・・!! 言葉も防御も追いつかない。打つ手も見つからない・・・・・・


それを存分に楽しんだ、一瞬の永遠の後に、

「「ヒャッッハア!!!」」


歯噛と崇神は思い切りフルスイングした。



ズン・・・・・・!!!







大気が揺れんばかりの、鈍い衝撃が辺りに爆発した。


「歪」

「歪くん」

「歪・・・・・・」


三人はことの流れを、ただ見据えていた。

目を離すことはなかった。


だってあの男は、いつでもどんな時でも、たとえ絶体絶命の危機にさらされようとも、それが今のように絶望的すぎる実力差があったとしても。


少女たちは気の毒そうにため息をついてしまう。


見なくても分かってるんだもん。結果なんて。


「ご・・・・・・お」

「あ・・・・・・がッ」


「・・・・・・悪いな。おれも、負けられないもんで」


おれは心の底から謝罪を謝罪をしながら、驚愕の表情を隠せない二人を見下ろしていた。


先ほどの体制で、一ミリも動けないまま、磔にされたように硬直する歯噛と崇神。


その鳩尾には、青筋が浮かぶほど握りしめられた拳が、どこからともなく現れて叩き込まれていた。


「重いだろ。動けねえだろう? それがおれたちの世界の重さだ」


メキメキ、とゆっくりゆっくり二人の腹に突き刺さってゆく拳は、明らかにスローモーションだ。それを感じ取った歯噛は、耐えきれるはずのない重圧から逃れようと必死に身体に喝を入れるが、抗うどころか倒れることもできない。


足も震えない。

声も出ない。


今から自分が死ぬことだけが、ただ押し付けられた現実のように叩きつけられていた。


「ふふ。不思議そうな顔だな。自分に何が起きているのか、分かってねえって顔だ」


おれは嫌味たっぷりに、歪魅に言われたことをそのままに言い返してやる。


切り離されたように手首から先がめり込んだ腹部は、次第にねじれるように歪み、苦痛も未だ届いてこない歯噛と崇神の表情を恐怖で引きつらせた。


「悪いな。さっきのはただの挑発だ。トラップスペルはおれの領分じゃねえんだけど、お前らあんまりもの考えるの得意そうじゃなかったから試してみたんだが、その星拳は、最初からそこにあったんだよ」


「な・・・・・・にを・・・・・・」


「歪魅に最初に対峙した時、おれは誰かから見られてる気がなんとなくしてたんだよな。ほら、おれって魔界からよく見られてるからさ。分かっちゃうんだよね。だから一丁、芝居うってみたわけだ。やたらめったら考えなしに、おれは歪魅をぶん殴ろうとしてただろう。でもまさか、おれがそこまでなんにも考えてねえと、本気で思ったのかい」


ニタアアアアと笑いかけるのは、今度はこっちの番だよな♪


ゾッとしたように、歯噛と崇神の血の気が引いていく。


「まさか・・・・・・」

「あの時の攻撃がすでに・・・・・・」


「うん、全部星拳だよ」


パチン、とおれは満面の笑顔で指を弾きならした。


ヴウン・・・・・・ヴヴンヴンヴンヴン・・・・・・


まるで思い出したかのように、無数の拳が空中に浮かび上がる。先ほど歪魅に向けて放ったのと寸分たがわず、めちゃくちゃで狙いも定めず、数だけが圧倒的な恐るべき星の質量“星拳”で、辺りは埋め尽くされていく。


「うえええええ!?」


「ちょっとお姉様!? これはちょっとやばいんじゃないでしょうか!?」


めり込んだたった一撃の“星拳”のせいで身動きもとれず、確実に死に向かっている姉妹は、急激に自分たちのおかれている状況を理解した。


もはや忌月姉妹の肌の薄皮一枚隔てず、30メートル四方のすべてのスペースに、死の一撃が弾幕として張り巡らされた。


「そしておれの親愛なる契約魔族には、おれの痛みやダメージをすべて肩代わりしてくれるやつもいたりしてな?」


そういって、おれは傷だらけの腕をこれ見よがしに持ち上げて、すうっと撫でて見せる。すると、赤く傷になっていたはずの部分には綺麗な肌が現れ、赤い幻覚波動がきらきらと塵になって舞った。


「ほら、このとおりだな」


「・・・・・・ッ!!!?」


忌月姉妹は完全に硬直した。押していると思っていた。いや、圧倒していると、負けるはずも負けようもないと、思い込んでいた。どこからだ・・・・・・どこから間違えた!?


「間違えてなんかいねえよ」

「な・・・・・・!!」


心を読んだように発せられた言葉に、歯噛は固まってしまった。

おれは鬼畜ではないので、もう終わりにしてやるべく、拳を握りしめ大きく腕を引く。


「お前たちは最初っから負けてたんだよ。おれに拳を握らせたその瞬間から」


「や・・・・・・やめ」

「ひずむん・・・・・・あたしを覚えてないの?」



二人の瞳に涙が浮かぶ。

だがおれは目も逸らさず、真紅に輝く瞳を突き刺すように開け、紋様の浮き上がる光の魔方陣が崇神と歯噛を中心に展開させる。


「安らかにーーー眠れ」

ドン!!!


とおれは真っ直ぐに最後の一撃、「停滞時間の解除陣」を打ち込み、ゆらりとかき消えるようにフッとその場から消える。


歯噛と崇神には何が起きたのか分からず、分かる暇も与えられなかった。

一ミリの隙間もなく埋め尽くされた“星の一撃”、曲月の殲滅魔法に拘束されたうえ、起爆剤は落とされた。


「うあ・・・・・・」

「ひず・・・・・・」


二人の切な叫びは、巻き起こる重力場の乱流と爆発、時空間の消失と分解、惑星衝突の熱と崩壊に巻き込まれて、誰の耳にも届かなかった。


手足肉片髪の毛一本残さず、この世から消えてなくなって行くのを、彼女らは一瞬だけ自覚したような気がした。




ゴゴゴゴォォォォ・・・・・・ンンン・・・・・・



続く

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