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16/20

激闘とか激怒とか、進撃の乙女とか☆

数分前ーー


やじりは修行で白羽家の道場に、牙は自宅の一階にある喫茶店の手伝い、御影は日課のランニングをしていた。


特に何も普段とは変わらない日常。

夏休みもあと少しで終わってしまう。


どこかで一回歪に会いに行きたいなあ、とは思うが、その口実を探すのにむしろ頭がフル回転してしまい、脳みそが爆発寸前になった彼女らは、気分転換の意味合いも込めて、思い思いに体を動かしていたのだった。


それぞれが歪のことを想いながら、それぞれに離れている時間。

苦しいけれど、それはそれで幸せでもあったりした。


そんな時ーーーー




ゴゴゴオオオオオォォォォォォォォンンンン!!!!


「!?」

「なんです!? これ!?」


地震だろうか・・・いや・・・これは違う・・・!!


「・・・・・・!! この魔力は・・・・・・!?」


少女たちは信じられなかったが、決して疑わなかった。


絶対にその力を必要以上に使おうとしない、無気力極まりないけれど尋常ならざる、愛しい魔力の甘み・・・。


歪が・・・・・・本気で暴れている!?







「おおおおおおおおおおおああ!!」

「ギッヒギヒギヒッ♪ ほらほらどこ狙ってるんだよ? かーわいいなあ。チンタラしてると食べちゃうゾ♪ もちろん、色んな意味でね♡」


ごおおおおおっっ!! 、と凄まじい速度で、おれは渾身の拳を打ち込む。が、歪魅は全く意に介さずすべてをかわしていく。


「ぐっ」

「どうしたどしたのどうしちゃったのぉ? 歪魅一発ももらってないよぉ?」


ギヒヒヒヒッッッと狂気の高笑いをあげながら、歪魅は両手に握った大剣を恐るべき速度で、振り抜く。あまりの速さに避けきれず、チッと大剣が頬をかすめて行くと、薄く血が吹き出し、かあっと切り口が熱くなるのを感じた。


「ギハッッ♡ 動き悪くなっちゃってるよ♪ いいのかなあそんなに簡単にもらっちゃっても。いいのかないいのかなあッッッ♡」


「うるせえ!! まだまだああ!!!」

「ギヒハッ♪」


さらに早さと数を増すおれの拳の弾幕に、周りの景色が遮断されて見えなくなっていく。おれたちに見えるのは、おれの全力を乗せていいるのに、あと一歩届かない拳と、けたたましい高笑いとともにみるみるおれの肉を削って行く、青黒い両手大剣の軌跡だけだ。


「がふ・・・・ぐぅッッッッ」


おれは瞬く間に鮮血に染まっていっているのが分かっていたが、それでも諦めたりはできない。こいつなんかに負けてやることはできないんだ。おれは決めたんだ。


「あいつらを・・・・・・この手で守るんだ・・・!」


ブオン!!

と、おれの拳が歪魅の顔に迫るが、フワリとスローモーションの障害物を避けるように躱されて、盛大に空振りしていく。ガラ空きになった身体の死角に回り込む歪魅が、おれもまたスローモーションを見ているのかと錯覚するほどにしっかりと見えていた。


ゆっくりと愉悦に満ちた表情で両手大剣を振りかぶる歪魅に、おれは恐怖に顔が歪んだりしないよう、ギリッと歯を食いしばった。


「ネタは上々♪ 仕掛けもごろうじろ♡ チェックメイトだよぉ♡ んん・・・ひずひず♡」

「・・・・・・ッ!?」

「忌月流調教殺人術奥義・・・堕天の楽園・・・♡」


フオン!!

歪魅が熱い吐息を吐きながら、一文字に大剣を振り下ろす。が、それはおそらく一撃ではなかった。何重にも斬撃の軌道がダブって視えたから、おそらく・・・極めにくる・・・


スパアン!! スパシュバシュザンン!!

ほぼ全く同時に、おれの背中が八つ裂きになった。


「ぐがあああああッッッ!?」

ブシュウ! とおびただしい血が溢れ出すが、おれは歯を食いしばったまま足を踏ん張り、なんとか持ちこたえる。そして思い切り振り向きざまに億撃をもう一度打ち込む。


この程度なら・・・!!


そんなに深手じゃねえ!!!


親父の拳骨に比べたら、財布の中の一円玉の存在価値よりも軽いくらいだ!!


「ギヒイイ♪ 元気だねえ、ひずひず♡ そんなに興奮したら、おかしくなっちゃうよ♪」


「ああ!?」

奇天烈な戯言を吐きながらも、歪魅には一撃も当たらない。


何を言ってやがる。

余裕ぶりやがって、この野郎・・・!!


ん・・・?

あれ、だが、そういえばおかしくないか?

なぜおれは立っていられる・・・?


あいつのあの大技の目的は、おれを戦闘不能にするためのものじゃないのか!?


ひょいひょいとおれの渾身の一撃をすべてを小馬鹿にするように紙一重で躱していく歪魅。なんだ。何を狙ってる!?


グオン、おれがと左のフックを繰り出したその瞬間、歪魅はニタリとおぞましい笑いを浮かべて、おれの腕を軽々を払った。


パアン!!

「!?」


突然のことにおれは勢いを失い、驚愕でガクリと膝が砕けそうになる。



いや、正しくはそうじゃねえ・・・


あいつが腕に触れた瞬間、身体に電撃が走ったみたいになったんだ・・・・!?


びりびりと痺れるように、急に身体の自由がきかなくなった。心なしか身体が熱い・・・。息が・・・乱れる・・・?


「ンギッヒッヒイ。やっと効いてきたんだねェ? 本来は即効性なんだぜこのやろ♡」

ガクガクブルブルと膝が笑うのを抑えながら、懸命に立っていようとするおれの耳元に、いつの間にか背後に回り込んだらしい歪魅が話しかける。耳元のはずなのに、その言葉は靄がかかったみたいにうまく聞き取ることができない。


「なンだ・・・・おれに・・・なにをシた・・・?」


ギヒギヒィ♡ という嫌な笑い声を遠ざけたくて、おれは力の入らなくなった拳を弱々しく振り回すが、歪魅はとろけそうな表情でその腕を掴むと、傷だらけの腕の内側をなぞるように撫でた。


「うぐッ・・・・・!? うああぁっ」


えも言われぬ高圧電流が全身を駆け巡り、おれはなすすべもなく歪魅の体に倒れこんだ。


ぼすん、と歪魅がまるで見越していたかのように受け止めると、歪魅に当たっている、先ほどの大技を受けた背中が燃えるように疼いて、おれは迂闊にも意識が飛びそうになった。


「うああっ・・・っが・・・・・ッッッ!!!!?」

「ギフフフフ♡ 不思議そうな顔だねひずひず♡ 自分に何が起きているのか、理解できていないって顔してる♪」


歪魅が上から覗きこむようにして、上気した顔が目の前に迫る。一瞬でもいい、隙がありさえすれば、おれは反撃に出てなんとかこの状況を打破できる布石を一応打ってあるんだ。


なのに、歪魅はおれのひじの内側を嬲り続けていて、おれは呻きながら睨むことしかできない・・・・・・!


「ギッヒギヒ♡ じゃあ、種明かししてあげようかな♪ ゆがゆがが今まで攻撃した傷は、全部が全部、薄皮一枚しか斬れてない程度の超微妙ダメージでしかなかったでしょぉ〜? でもねでもね♡ それがこの堕天の楽園、ていう奥義の真髄なんだよぉ♪」


嬉しそうに傷をつつきながら、歪魅はどんどんと恍惚な表情に変わっていく。


「ゆがゆがはひずひずを殺そうだなんて思ってなかったから、斬ったのは本当に薄皮一枚だけ。神経も傷一つついてないんだよぉ♪ でもね、神経に傷こそついてないけど、神経細胞に切っ先が触れるたびに、ゆがゆがはそこを抉って擦って、絶妙に刺激していたんだよぉ♡だからひずひずは今、全身の傷口がものすごく外部刺激に過敏になってるの♡ これがどういうことか分かる?」


鼻と鼻がこすれそうになるくらいに近くで、歪魅はおれにたたみかける。

すうっと歪魅の手が肘を離れて、おれがほっと安心したのもつかの間、今度は歪魅の手が“堕天の楽園”を浴びた背中にふわりとかぶさると、おれは声も上げられないで、完全にへたり込んだ。


「ッッッッッッッッッ!!!!?」

「ギヒハハァ♡ 」


ドチャッ!! と、背中の皮がズル剥けたおれは地面に崩れ落ちたが、そこでもまた再び悶え苦しむ。


嫌だ・・・!


おれはこのまま、こんな奴の言いなりに異世界に連れていかれて、言いなりに一生を過ごすのか・・・・・・!?


いやだ・・・そんなのは嫌だ・・・!!

おれはだって・・・まだ・・・!


あいつらに気持ちを伝えていないのに・・・・・・・。


おれのそれなりに鍛え上げられた心が、音を立ててへし折れていく。絶望の味を知ったせいか、目尻からとめどなく涙が溢れ出し始める。


「ギハハハハァ♡ 気持ちイイの? 嬉しいノ? ゆがもだよ♪ 歪魅いま、とっても幸せだよぉ!!♡」


おれのそんな表情をみて、この上なく歪んだ笑顔を満面に浮かべて、歪魅はおれに覆いかぶさってきた。


おれは・・・こんなことで・・・

こんな風に・・・


涙が見開いて、でもすぐに迫りきた電撃に硬く閉じたまぶたから溢れる。


「ふふ・・・ひずひず♡ 泣かなくてイイんだよぉ♪」


すぐそばで聞こえる歪魅の忌まわしい声に、おれの心は完全に蹂躙されそうになった・・・



その時ーーーーー







「うぇっ!?」

おれの上で、歪魅が妙な声をあげた。

そして次の瞬間、バッ!! と吹き飛ばされるように、歪魅の重さが体の上からなくなった。


・・・おれは恐る恐る、濡れた瞳を開ける。


なんだ・・・? 助かった・・・のか?



「ぐぎいぎぎひひ・・・誰だよ!? このゆがの愛の営みを邪魔するやつは!!」


その言葉に目を見開くと、歪魅が空中で、なにか見えないものに吊り上げられるようにして、気をつけの姿勢で浮かんで、ピクリとも動かない体をなんとか動かそうともがいていた。


「愛のォオ・・・・・・営みイィ・・・?」


「ほっほー。それはまた一体どういうことなんでしょうかねえ」


「h・・・を・・・歪を・・・よくも歪をォ・・・・!!!!!」



・・・おれは夢を見ているのかと思った。


「汝縛るは悟浄の鎖。撃ち貫くは業火の楔。天の秤にかけるべもなく、影に堕つるは降魔の矢!! 縛り貫き縫い止めよ!!! 邪を払わんは神が弓!! ヘヴンズ・サジタリオン!!!」


ヴウン! と、歪魅の身体に突如現れた光の鎖が巻きついて食い込み、自由をさらに完全に奪う。そして空から紅い流星が一直線に歪魅めがけて降り注いだかと思うと、肩、腹、腰、手の甲、腿、足首、つま先を貫いて、ものすごい勢いで地面に磔にした。


「ウギイイイイッッ!? 誰だ!! ゆがにこんなことをする奴は!! 殺してやろうか!!」


べったりと地面に縫い付けられ、血反吐を吐きながらも歪魅は大声で怒りを露わに叫んだ。


が、それもその目の前に、白い足袋が立ちふさがり、視界のはじで、無情な殺意を込めて向けられる人差し指が、歪魅の肩甲骨に狙いを定める、その瞬間まで、だったが。


「・・・・・・・・ファイア」

ガオオオン!!!


「グギアアアッッ!!!?」


研ぎ澄まされた光の弾丸が、情け容赦なく歪魅の背中から胸にかけて、途轍もない風穴をぶち開ける。


どぶっ、と歪魅は今日初めて、何かに恐怖する表情を貼り付けられて、どす黒い血を吐き出した。


「まったく、なにこんな奴にいいように弄ばれてんのよ、あんたは!」


仰向けに横たわっているおれに、人差し指は歪魅に向けたままで優しく微笑みかけるそいつは、もちろん、あいつしかいなかった。


「や・・・やじり・・・・・・」


修行途中だったのだろうか、白い道着に黒の袴のやじりは、真紅の炎で串刺しにされ、金色の光の鎖でがんじがらめにした上、非常な凶弾で見ず知らずの女の子を撃ち抜いた人間とは思えないくらい、その、なんていうか・・・


「やじり・・・それ・・・久しぶりに見ると・・・可愛いのな」


「っはあ!?」

いきなりに言いなれないことを言われて、残酷な天使は照れる。もじもじと辺りに視線を泳がせ、袴を空いている手できゅっと握る。


「そ、そうかな・・・へへ」

「だああああらっっっっしゃあああいぃぃぃいい!!!!!!!」


ドゴオン!!

と、照れるやじりの向こうで、凄まじい土煙が上がる。


「なっ!? なんだ!?」

てっきりおれは歪魅が拘束から脱出したのかと思ったが、どうやら違うようだ。うん。残酷な天使は一人じゃなかった。


「ぎぐふうううっっぁがあっっっ!!」

見ると、おれの後ろから地割れのように地面が裂けたり隆起し、歪魅の腹の下で、鋭く尖った鉱石結晶になって、歪魅の腹を突き刺しているのだった。


・・・で、こんなことができるのはもちろん・・・


「高等魔法、“アカシック・ジャッカー”発動。 ぼくはすべての事象を記録する神の記憶中枢、“アカシック・レコード”にハッキングして、一時的に現実を捻じ曲げる女だよ・・・。今、新しい設定をぼく自身に負荷した。ぼくが発する運動エネルギー、位置エネルギー、熱エネルギーは全て、あらゆる方法でもって君の致命傷になるッ!! どこへ逃げようとも、どんな身体強化をしようとも、どんな防御魔法を張ろうとも無駄無駄無駄ァ!! ぼくはッ絶対に君をッ許してはやらないッ!!!!!」

タアン!

と、御影はその場でステップを踏み始めた。


中東系? イタリア系かな? 一人なのに、なんだか引き込まれそうなほど流麗で情熱的な、美しい踊り。


御影ってこんなダンスが踊れたのか、知らなかった。と、おれはもう完全に状況を忘れて御影に見入っていた。なんだろう。今日は厄日かと思ってたけど、あれ。ラッキーデーの間違いなんじゃないのか。


と、おれが呑気に傍観している間に、歪魅はえらいことになっていた。

御影がステップを踏むたびに踏み鳴らす脚の音で、衝撃波の壁がゆ歪魅を襲い、その度に耳から血を吹いて泣き叫ぶ。


タンッタンッと小気味の良いリズムが踏まれるたびに、地面が、瓦礫が、鉄骨が、ガラスが、重力が、風が、歪魅を死なない程度にボロ雑巾にしていく。


そしてそこに、すたすたと歪魅に歩み寄って行く人影。


あれは・・・牙!??

「おい牙!! 危ないから!! 離れろ!!?」

おれが牙に心からの心配をして叫ぶと、牙はくるんとこっちを向いて、にっこりと微笑んだ。


「だーいじょぶですよ☆ どうせこいつ、私の念動力とやじり先輩の魔法で身動きできやしませんから」


ぴょこぴょこ、と手を振って、おもむろに牙は歪魅の目の前にしゃがみ込むと、額に手をかざした。


「ぐいふうううぅぅ・・・やめて・・・もう・・・もう・・・」


まさかの、涙ながらに命乞いをする歪魅。

度重なるやじりと御影の・・・非人道的逆襲撃に、流石の忌月の心も、跡形もなくへし折られて砕け散っていたようである。


そんな歪魅に、牙は優しげに微笑むと、

「じゃあ、あなたは歪くんがやめて、って言ったら、やめていましたか?」

と、悪魔の微笑み。


「ぎひ? え、ぇぇっと、それはやっぱりぃ・・・嫌よ嫌よも好きのうちって言うし、やめない・・・げほっ♡」


ぅおい。歪魅さんや・・・。

「ですよね☆ わっかりました。精神破壊マインドイクスプロージョンでとどめをさしてあげます☆」


ひたいに当てられた牙の手から、壊滅的に凝縮された魔力が光り輝く。


「ぎにゃあああああっ!?」

「助けて!? 助けてよぉひずひず!? あなたの嫁が殺されちゃうんだよぉ!?」


「「「誰が嫁だ!!!!」」」


ハモった。あ、ちなみにおれは何も言ってないヨ?


「覚悟してください!!」

「うわああああん!!!!?」


カッッッ!!!! と、牙の掌が光ったように見えた瞬間、牙の足元で

で爆発が巻き起こった。




ドカアアアアン!!!




「きゃあああ!?」

「牙!」


おれは自由の効かなかった身体に鞭打ち、牙を空中で、抱きとめ、そのまま地面に叩きつけられる。


だが、思ったより身体は動く。どうやら歪魅の支配は薄れてきているらしい。


「・・・あ〜らあら。歪魅ぃ、あんたなんなのそのザマ? 忌月の人間の恥晒しじゃないのぉ」


「全くです。歪魅ねえさまがひずむんを連れてくるって言って聞かないから、異次元テレビで様子を見てたら・・・なんなのですか、この逆フルボッコは? ねえさま幻滅です」


「・・・・・・!?」

嘘だろ・・・おい・・・


土煙が晴れたその向こうには、見たこともない、また夢でも見たくない光景がおれたちを待っていた。


「ハアイ歪さぁん♡ ワタシも、あなたの許嫁。歯噛はがみですのよ。お久しゅう♡」


「はろはろーですよ♪ あたしももちろんひずむんの許嫁なのですよ。崇神あがみですよう。覚えてくれてますよね♪」


ボロ雑巾になった歪魅を、それぞれ片手ずつにボロ雑巾のようにつまんで、何もない空中に立っている二人の女・・・


背の高い身体の曲線のはっきりした、紫の髪をした方が歯噛、幼児体系で無邪気な笑顔ににじみ出る嗜虐思考を隠しきれていない、

ピンクの髪をした方が崇神と名乗った。


二人とも、歪魅が着ていたのと同じ、耳付きフードのロングコートを羽織っているが、それぞれに髪や目の色と同じ、紫とピンク色のコートになっている。


・・・こいつらも・・・忌月・・・


おれは愕然として、握りしめる拳にも力がうまく入らない。


歯噛と崇神はそれぞれに全く違う、しかし同じだけ恐怖心を煽る冷酷で美しい微笑みを浮かべて、おれに向けてにっこりして、一言だけ言う。


「誰ですの? そのメスガキどもは?」

・・・・・・・・


え。今、ナンテイッタ、アイツ?


「こんなお尻の青そうなメスガキに殺されかけるなんて、歪魅もまだまだ修行が足りませんわねぇ♡ でも、ま。忌月が受けた屈辱は、忌月が晴らさねばなりません。歪さぁん、そこ、ちょっとどいて下さいなぁ♡ 歪さんためにも、そのガキどもは殺して差し上げますわぁ♡」



・・・・・・・・・・・プツン。


「ふ、ふふふ」

「歪さん?」

「ひずむん?」


おれは腹の奥から笑いがこみ上げてくるのを、とっさに抑えられそうもなかった。


いや、抑える必要もねえのか。

ははははは。おンもしれエこと言ってくれんじゃねえか!!!!?


「てめえら忌月の人間がァ・・・指一本でもこいつらに触れてみろ・・・」


「・・・ひずむん?」


崇神がなにか怖いものでも見たように、ぶるっと体を震わせた。

歯噛も歯噛で、なにか見たことのないものを見せられているような、困惑のシワを眉間に寄せていた。


「おれが手足肉片髪の毛一本残さずこの世から消し飛ばしてやるッッッ!!!!!!」

ピカッッ!!


とおれの額の紋章が更に輝き、光のラインがそこから瞳へ伸びて眼にも新たなる紋章が宿る。


上下逆さの二つの三角形、ダビデの星。またの名を、“ソロモンの星”。


ブウン!! とそれに呼応して、意識的に呼び出して、しかも服をまくらなければ見えなかった身体中の曲月の紋様術の刻印が全身に重なり、鎧のように浮かび上がってその身に纏う。


瞳は白目まで紅く鋭く輝き、髪の毛はそれと対象的に、目の覚めるようなコバルトブルーへ色が変わってゆく。


碧と紅、そして額と同じ金色の光のラインが織りなす紋様の鎧は、大小様々な魔法陣、呪文、ルーンが浮かんでは消えていく。


「・・・あぁらら。目覚めちゃったわよぉ♡ 歪さんたら、よっぽどあの娘たちが大切なのねぇ♡」


「はい♪ そのお姿もとっても魅力的でございますよ♪ でも。」


「「ちょっとばっかし妬けちゃいますわね♡♪」」



ゴオ!!!

と、忌月の二人も紫とピンクのオーラを爆発させ、その身に纏った。歯噛は紫の全身鎧で、至る所に刃物のような切れ味の良さそうな突起が突き出していて、長いロッド状のメイスを持っている。


崇神は鮮やかなピンク色の腕全体を覆う籠手と、脚全体をやはり覆う脚鎧。どうにはメタリックピンクの胸当てのみをして、あとは身体にフィットしたスポーツスーツだ。


「一度だけ選ばせて差し上げますわぁ♡ わたくしたちと共に、ユグドラシルへ来ていただけるのでしたら、その娘たちには手を出さないで差し上げますわぁ♡ ですがですが、もしもそれをお断りなられるのでしたらぁ、心残りになる邪魔なそのメスガキどもは今ここでミンチにして差し上げます♡」


「あはははぁ♪ ひずむん、一応言っておくですけど、私たち忌月3姉妹の中で、一番弱いのは歪魅ねえさまなのですよ♪ 歪魅ねえさまにですらそのザマのあなたたちがあたし、もとい歯噛ねえさまに敵うなんて確率は、ミジンコがサイヤ人に試合開始0、5秒でKO勝ちするのとおんなじくらいいないんですのよ♪」



小馬鹿にするような狂気の笑みは歪魅と同じのまま、危険度だけが三桁飛ばしで跳ね上がった。そんな感じの威圧感が、


ビリビリと肌に突き刺さってくる。

・・・・・・・・・・・でも、な?


「やじり。牙。御影。おれの後ろにいてくれ」


「はあ!?」

「っちょ、歪くん!?」

「駄目だよ歪、もうそんなにボロボロなのに・・・!!」


おれの言葉に、彼女らは口々に反対する。

でも、それはおれを気遣ってくれてるんだ。


「いいんだ。頼む。後ろに居てくれ」


おれはそういうと、一番手近にいた牙を、そっと抱き寄せた。順々に、驚く御影や、ちょっとだけもがいたやじりも、胸に抱く。


「頼む。お前たちを守らなきゃって思うから、おれはあいつらと戦える。お前たちが背中を押してくれるなら、おれはあんな奴らには負けない・・・!」


「歪・・・」

「歪・・・くん」

「歪・・・ほんとにきみは無茶ばっかりするよな。ぼくの言うことなんか、いつもいつも聞きやしないんだから・・・」


「うん。だから、頼む」


おれが全員を抱き寄せて、そしてすっと離れると、三人はおれの顔を、心配そうに、しかし信頼を込めた目で見つめ返してくれた。


「怪我なんか、すんじゃないわよ」


「全部終わったら、みんなでうちの喫茶店でパフェパーティーですからね。来ないとか言ったらぶっ飛ばしますよ」


「・・・ちゃんと帰ってきて、また抱いてくれなきゃ、ヤだからね・・・?」


ぶはあッッッッッ!?


いつになく可愛らしいセリフを吐く愛しい女の子三人のキラキラ視線を受けて、歪のキャパシティは瞬間的に爆発した。


「歪?」


「鼻血!? どうしたんですか!?」


「わっ、歪、上むくんだよ上!! それで、えーと。えーと。どうするんだっけえええ・・・・」


ほわんほわんするその光景に、おれは魔力、精神力共に全回復したような気がした。いや、本当は多分していない。でもいいんだ。こいつらのためになら、おれは素手で悪魔を殺してみせる。


ぷしっと鼻の血を吹いて止めると、改めて二人の許嫁と名乗る、災厄に向けておれは向き直った。


「断る!! おれはお前らの許嫁に成り下がるつもりはないし、こいつらを殺させてやるつもりもねえ!! かかって来いよ腐れ忌月!! 曲月 歪は逃げねえ。 お前らはおれが責任持って、手足肉片髪の毛一本残さずこの世から消し飛ばしてやるよ!」


「あらぁ・・・さっきとは打って変わってお強気ねぇ♡ やっぱりその娘たちの影響かしらぁ♡ 妬ましいですわぁ。見せて差し上げなくてはなりませんねぇ、俗にいう絶望ってやつをぉ♡」


「はぁいねえさま♪ ひずむんの婿入りは、一万と二千年前から決まっていることなのですぅ♪ こんな小娘ちゃんたちに、邪魔はさせねえんですぅ♪」


ゴウ!!!

と、歪魅同じ、魔力とは違う、しかしそれよりはるかに禍々しい超常の力の波動が、あたり一体に吹き荒れて竜巻を起こし始める。


が、三人の少女たちは、歪の身の安全などこれっぽっちも心配していなかった。何故なら、その波動は、歪の後ろにいる自分たちの元には、全く届いていなかったのだから。


少女らは笑う。笑って、夫の帰りを待つように、夫を見送る妻のように、晴れやかな気持ちで歪の背中だけを見つめていた。


「さくっとやってけちょんっとやっちまいなさい!! それと、ちゃんとあんたには私っていう妻がいるってことを、教え込んであげなさいね!!? 私はここで待ってるから!」


「歪くん! どうせ片手間だと思うので、バナナパフェがいいか、ストロベリーパフェがいいか、もしくは・・・あたしと・・・恋人お二人様用スウィーツ☆スウィーツパフェがいいか・・・選んでおいて下さいね!!」


「怪我したらちゃんと良妻のぼくが治してあげる。痛かったらいたいのいたいのとんでけ〜もしてあげる。だから、安心して行っておいでね!!」


なんか銘々にトンチンカンなことを言い出し始める愛しの君たち。おれは流石に苦笑いを浮かべながら、心にその言葉が染み込んで、またひとつ負けられない理由ができたことがどこか嬉しかった。


「一瞬で終わるから、ちょっとだけ待ってろ。行ってくる!!!」

「「「はい、行ってらっしゃい!☆///」」」




「・・・・ふわああああ。茶番は終わりでよろしいですのぉ♡」


「ままごとすぎて反吐がでるですぅ♪」


ほくそ笑む二人の悪魔。

だが、おれも浮かべている笑みは同じくらいにまにまだろうな。


おれは人差し指を天高く掲げて、宙に浮く二人にどす黒い微笑みを冥土の土産にくれてやる。


「ひとつだけ忠告してやるよ。こっからは一分一秒コンマ一ミリ、刹那たりとも目えつぶるんじゃねえぞ。そしたらそんだけ、死ぬのが早くなる」

ニタアアアア、とおれは曲月の本性を少しだけ垣間見せる。


「教えてやるよ。曲月の〈星拳〉の味を」




続く

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