ばったりとか衝撃告白とか・・・許嫁とか!?
「ぷはあっ食った食ったあ!」
おなかをぽんぽん叩きながら、歪御一行は満足そうに地下から地上への階段を登っていた。
「美味しかったよぉ、ひーくん!」
「くふふ。坊っちゃまよくお食べになられましたですわねえ」
「ぐふぅっ。お腹いっぱいですう。これが歪様の奢りだなんてあたし幸せすぎて、もう、反則です」
「ンンンマカッタニャアアア!!」
「ごっちそうさまでっしたあ♪」
魔族どもも非常に満足したご様子。
それぞれにほっくほくした表情で、爽やかに地上に出て日差しの中でぐぐっと伸びをしたりしている。
・・・・・・約一名を除いて。
「・・・・・・ぐすん」
「ん? まーだしょぼくれてんのか? いい加減に機嫌直せよ。ルヴィアノーラあ」
「・・・いやじゃ」
「なにがいやなんだ?」
「ヤなもんはヤじゃ」
「だから何が嫌だってんだよ・・・」
おれはせっかくのこれからの楽しい買い物の出鼻をくじかれそうなので、すごく面倒臭そうに眉間にシワを寄せる。
それを見て、ルヴィアノーラの瞳に涙がぶわっと溢れ出し始める。うわっめんどくせ。
「なぜじゃああ!? 何故歪はわらわを邪険にする!? わらわ何か嫌われることしたかの!? 何が不満じゃ、言っておくれ!! そうしたらわらわも、できる限り期待に添える女になる!! 歪が望むならどんなプレイも 」
「公衆の面前で、しかも子どものアエルイリヤもいるのになに言ってんだ!!」
ゴン!!
「げふう!? ぶっ、ぶった!? そんなっ。ガキンチョを優先して、わらわをぶつのか!? い、痛いのはべつに嫌いではないが、こんな愛のないのは嫌じゃあああっ!! うわあああああん歪のばかあああああ!! 結婚しろおおお!! 」
「なんの脈絡もないところからとんでもないこと叫び出すのやめてくださる!?さっきから通行人の目が痛いんですけど!?」
完全にはたから見たら女泣かせな場面になってしまっているおれの周りには、イケメン数人、美女数人の塊があるのでただでさえ目を引く。
ここは早いとこ何とかして、この痴女をなだめてここから立ち去らなければ。おれは一年はここに来れなくなっちまう!!
仕方が無い、ここはいったんこいつの召喚を解くしかないか。
そう思っておれが指輪を顕現させて、ルヴィアノーラを送り返そうとんした、その時だった。
「あああーーーーーーーーーっっっっっっ!!」
突如、すぐ後ろから途轍もない大声が響き渡った。
「なっ、なんだっ!?」
通行人が驚いて一斉にそちらを向く。おれも慌ててそれに習う。
ばっ、とそちらを見やると、そこには風変わりな格好をした人物が、ぷるぷると怒りに震える指でおれを指差して、わなわなと肩で息をしていた。
「・・・・・・・」
「や・・・・・・やっと見つけた・・・・・・・!」
「・・・・?」
「ん? 知り合いか、主殿?」
「いや、たぶん違うとおも」
「ギヒイイィィィィィィン、ひずひず、探させやがってばっかやろおおおおおおうっ♡」
「うおおおおおおおおおおっっっ!?」
「んなっ!?」
がばああっ、とその妙な人物はどうやったのか一瞬で間合いを詰めて、思い切り歪を押し倒して抱きついてきた。
ワインレッドのロングコートについているらしい耳付きフードをすっぷりかぶっているから顔は見えない。いかにも不審人物に他ならないこいつは、ギヒッギヒッと怪しすぎる笑いをこぼしながら、おれの胸に頬をすり寄せてくる。
おれは更に突き刺さってくる通行人の目が痛々しくなったのを感じて、、むしゃぶりついてくるそいつをなんとかべりっと無理やり引っぺがしてザザザッと距離をとった。
「あんた誰だッッ!?」
尻もちをついたまま飛びのいたせいでうまく着地できなかったが、おれは精一杯強気に怒鳴った。また新手の魔法族かなんかだったらぶっとばしてやる。
せっかくの休日をみんなして邪魔しやがって!!
おれは相手の出方を見ながら、体に隠した右手でそっとベルトに手を伸ばした。
「ギヒ? あれ。ひずひず? もしかして、ゆがゆがを忘れちゃったの?」
「ゆがゆが?」
相手の赤いコートの人物は小首をかしげながら、悲しそうな声音になる。
おれはベルトから針を一本引き抜きつつ、おうむ返しに答える。やはり人違いか、思い込みか。そんな名前のやつ、知り合いにはいない。
「いや、知らないな。人違いじゃないのか?」
おれは極めて冷静に、いつでも針を飛ばせるように身構えながら冷たい声で言い放った。悪魔の中にはこうやって騙そうとしてくるやつもたくさんいる。いちいち相手になんかしてられない。
「そうじゃそうじゃ! お前なんか知らん!! 今、わらわと歪はとても大切な話をしていたのじゃ。邪魔をすると許さんぞ!!」
「いや、なんも大事な話なんかしてなかったと思うぞ?」
「ひどいっ!?」
またも涙目でウルウルしはじめるルヴィアノーラ。ああもう、お前とコントしてる場合じゃないんだけどなあ。
「そっかあ。ひずひずはゆがゆがを、覚えてないって言うんだね?」
とお、にっこり微笑んだそいつのこめかみには、青筋がくっきりと浮かび上がっていた。ブチン! あ。
ゆらり、とそいつから青い魔力が立ち上る。
おれは不意にお腹のあたりが嫌にぞくりとして、両手に力の指輪を反射的に呼び出し、瞬間的にベルトから針を引き抜いて太ももに突き刺した。
瞬間。
バキイイイイイイイイイイン!!!
おれが危機的反射で作り出した二重の魔法障壁が、形を成し始める瞬間に爆砕された。
「があああっ」
おれはその衝撃で、道の反対側にあった電柱まで吹き飛ばされ、思い切り体を打ちつけた。
「歪!?」
「主殿!?」
「ひっ、ひーくん!!」
契約魔法族は、そこではじめて、身の危険を察知した。
歪が吹き飛ばされるまで、殺意を感じなかった!?
それどころか、本来歪を守るべき自分たち最上級魔法族が、相手に攻撃されたことにすら、気づけなかった!?
ばばっ! と焦りから魔法族は歪をかばうように立ちふさがり、相手の未知の実力を考え、迷いなく“変幻の術”を解く。ズウン、とあたりの空気が重くなり、一瞬にして濃くなった魔力濃度が、当たり一面を闇のように暗く覆っていく。
通行人は、その異常な事態を見てとると、わっと駆け出して我先に駅の方へ逃げて行った。それでいい、と歪はズルズルと電柱に崩れ落ちながら思った何者なのかは知らないが、こいつ、得体の知れない強さがある・・・。
ぐぐぐ、と両足に力を込めて、おれはふらつきながらも立ち上がり、おれを守ろうと立ちふさがってくれる魔法族越しに、襲撃者を睨みつける。
襲撃者は、ぎひひ、ぎひひひぃ、と人間とは思えない低い笑いをこぼしながら、おれに一歩ずつ詰め寄る。
おれは嫌な予感に冷や汗が背中を伝うのを感じた。
なんだ・・・?
なんなんだこいつの余裕は?
本来の姿に戻ったこいつらは今や、神々しく、禍々しく、単純な「力」としてなら最強の状態と言っても過言ではない。こいつらから漏れ出す魔力濃度が高すぎるため、超高度出力な魔法くらいでないと、並の魔法なんか相殺してしまうであろうレベルだぞ。
なのになんだ、この余裕は・・・。
それに、とっさだったとはいえ、おれの魔法障壁をたやすくブチ破るような相手に、おれの魔法が通用するとは思えない。だから、本来は絶対に人間相手に使うことはない、曲月流貞操護身術、奥義を使うのもためらってる場合じゃない。
おれたちはいつでも攻められるように、またいつどんな攻撃にも対応できるように、手に汗を握るくらい身構えていた。
いや、正確には相手に、隙がなさすぎる。
攻め込んだら、どうなるのかは分からないが無事では済まなそうだ。後の先をとるしかないのか・・・。
おれたちの寸前まで迫ってきたワインレッドのロングコートのその襲撃者は、おれたちの身構え方が面白かったらしく、わずかにのぞく口元が嫌味に笑っていた。
「おっかしいなあ、まだ思い出せないの、ひずひず?」
「ああ!? だから、おれはお前なんか知らねえ!! 人違いだっつってんだろ!!」
「ぎひひぃ、強情だなあ。そこは昔と変わってないね。だから好きなんだけど、困ったなあ。」
台詞とは裏腹に、全く困っていなさそうに、そいつは口元に人差し指を当てて、ゆらゆらと腰を振っている。
「このフードとったら・・・思い出してくれるかもなあ?」
「しつけえな。おれはあんたなんか知らねえって言って・・・ン・・・」
おれは苛ついて声を荒げるが、おれが噛み付くのを見越したようにそいつはフードに手をかけ、ばさりと取り払った。
「ギヒッ。」
「んな・・・・!?」
「!?」
「どういうことだ!?」
そいつの素顔があらわになると、緊張で張り詰めていたはずのおれたちの拳が、驚きで緩んだ。
だって、それは、あり得ない顔だったんだから。
そいつは・・・その顔はまるで・・・
まるで・・・・
おれそのものだった・・・。
「なん・・・だ、その顔は・・・・?」
おれが愕然としたように目をまん丸にしていると、そいつはギヒッと口が裂けるほどニンマリと笑った。
しいて言うなら、髪の紅いおれの顔。
よく見れば背格好も体格も似ている。似ていないのは、コート越しんにも分かる胸の膨らみと、おれよりもずっと高い声くらいだ。
「何だか忘れられちゃったみたいだから、改めて自己紹介してあげるよ♪ なんだかんだ12年ぶりだもんね。ゆがゆがの名前は、忌月 歪魅 (いみつき ゆがみ)。表の曲月家がこの世界と魔法世界を統べる者だとしたら、裏の忌月家は並行時間軸上の世界、すなわちパラレルワールドを統べる者。ギヒギヒ。覚えてなあい、ひずひず? 私たちの、12年前の約束♪」
そいつはおれの顔で、可愛らしく小首を傾げるが、その得体の知れない力の波動で気圧されて、とても可愛くなんて思えなかった。
「12年・・・・・・前? 約束・・・・・・?」
おれの頭は完全についていけなくなっていた。
約束もなにも、全く記憶にないのだから仕方が無い。でも、こいつ、もしかしたら本当のことを言っているのかもしれない。
そいつの言葉の中に、知っている単語があったから。
「忌月・・・・・・。お前、忌月の人間か」
「そうだよ♪」
「本来、おれたちは互いの世界には干渉せず、侵入も不可能だったはず。お前、一体どうやって、ここに何をしにきた!?」
「そんな怖い顔するなよ、ばっかやろ♡」
バチン、と歪魅はウインクして見せる。その小馬鹿にしたような態度が、おれの怒りを跳ねあげる。
「どういうことだ、歪!? こやつは敵なのか、それとも歪の身内なのか!?」
ルヴィアノーラが、右手に輝く時の粒子を集めながらおれに問う。確かに、この状況では悩むのも無理はない。
だが!!
「いいや、こいつは、別の次元からきた不法侵入者だ! おれと同じかそれ以上に強いぞ!! 一斉に撃て!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
おびただしい咆哮とともに、契約魔族は極限まで圧縮した魔法を歪魅に向かって放った。
時の重圧が空間を捻じ曲げ消滅させながら襲いかかり、破壊と再生の悪魔ルルゴンドルンの突き出した拳は大気を打ち砕き、前方の一切の物質が津波のように爆散してゆく。
アエルイリヤの加護の光で、おれたちの攻撃はすべてクリティカルヒットで当たりどころ最悪補正がかかる。アンダルシアがどこからともなく取り出した大鎌が巻き起こす突風は全てのものを塵に変え、ミィディンギーは不可侵の絶対結界を張っておれたちを守る。
ぬらりひょんはすでに起こったことを都合の良い過去に書き換える能力があるため、おれの万が一に備えて下がっている。
どうだ、これならさしもの忌月でも倒れ・・・
「倒れた、と思ったあ? んもう、かーわいいなあひずひず。このやろ♡」
・・・・・・え
嘘・・・だろう・・・?
「!?」
「ふえええ!? いつの間にっ?」
「なっ!!? 歪、逃げ・・・・!!」
契約魔族たちも、いきなりのことにまたもや反応できなかった。
歪魅の口角が、ギヒイっとつり上がった。
「12年前の今日から数えて12年たったら、結婚しよう、って言ったよね♪」
おれは首にかけられた手のぬくもりに、足が竦んでしまっていた。なんだ・・・。
こいつ、今、なんて・・・?
「ゆがゆがとひずひずは、許嫁、なんだよ♪」
首に当たっていた手は次第に襟からシャツの中へもぐり、崩は耳に熱い吐息がかかるくらいにぼくにむしゃぶりついていた。
「ぐっ・・・くそ・・・」
「ひ・・くん・・・」
「やめぬか!! 歪から離れよ!!」
契約魔族たちはこめかみに青筋を浮かべて、しかしその場に立ち尽くすしかなかった。自分たちはどうなろうとも構わない。その覚悟なのに、歪を人質に取られては身動きができない。
目の前で歪が恐怖に硬直し、弄ばれるのをただ黙って見ていることしかできない・・・
「ひずひずとゆがゆがの力があれば、二人は両世界の神様にだってなれるよぉ♪ ギヒッギヒギヒッ♪ 約束したもんね♪ お嫁さんになるって♪」
ぺろり、と首筋を熱くて湿ったものが滑っていく。嫌な感覚に身体中を支配され、歪はどうすることもできなかった。
でも・・・
「・・・・・・だ」
「んん? どうしたの、ひずひず?」
「いやだ」
「・・・・・・・・・・・え?」
「いやだ!! いやだイヤだ嫌だ!! おれはお前なんか知らない!!おれが好きなのは、おれが結婚したいのは、あいつらだ!! あいつらだけなんだ!!」
湧き上がる嫌悪感と、急に浮かんできたやじり、牙、御影の顔がおれの折れかけた心を爆発させた。
どこからともなく湧き上がる魔力を全身にみなぎらせ、おれは絡みついている歪魅を振り払い、だっと後ろへ飛んで距離をとった。
「あいつらぁぁぁああああ!?」
おれの発した言葉に、歪魅は今までの飄々とした表情を完全に崩し、計り知れない殺意を魔力に込めて撒き散らしはじめた。
「ギヒ。ギヒヒヒヒ。そっかっそっかあそうなんだあ。ひずひずが私を忘れちゃったのはあ、その別の女の子のせいって訳なんだね♪ どこ、ひずひず? どこにいるの、そいつら。あなたのゆがゆががそいつらブッ殺して目を覚まさせてあげるよ♪ギヒッ」
血走った目がこいつの異常性を更に際立たせてゆく。
「そんなこと・・・」
おれは決意を決めた。
出し惜しみしてる場合じゃない。こいつに、こんなやつに、おれの好きなあいつらを殺させてたまるか!!
おれは二対の交差させたベルトのバックルに手を伸ばし、その隠し蓋を外す。すると、中から鈍く光る金色のナイフが姿を現した。
「おれが絶対にさせねええええええ!!!!」
おれはそのナイフで額を一文字に割った。
ばしゅっ、と切り口が開いて、傷になるその刹那、そこがばちりとまぶたのように開き、光り輝く紋様がそこに出現した。
《生命の樹》と呼ばれる、カバラ系の魔術の秘奥とされる紋様。
お前が忌月としておれのすべてを奪うなら、おれは曲月としてお前のすべてをぶち壊す!!
「うああああああ!! 曲月流!! 貞操護身術奥義改!! 全契約・仮契約魔法族よ、おれに力を!! 魔轟断罪の億撃!!!!!!」
「ギヒッ。面白い。んぅ、イイヨ、ひずひず! だから大好きだよお!! じゃあゆがゆがは力ずくでひずひずの心をもらっていくね♪」
完全に狂人の微笑みを浮かべた歪魅は、溢れ出す青いおぞましいオーラを全身に巻きつけた。
すると、みるみるオーラが硬化し、青く輝く剣闘鎧になり、右手には恐竜も一振りで殺せそうな両手剣を握りしめている。
ギヒ。いくよぉ、ひずひず。今、目を覚まさせてあげる。
「ギヒヒヒヒッッッ!! 忌月流調教殺人術奥義!! 好きだよぉ!! 好きなの好き好き愛してる!! 傷つけたくないけど傷つけるのも興奮しちゃうのはきっとひずひずのせいだよ♡ 責任とってね♪ 精神惨殺肉体奴隷調教抜刀術参式・堕天の楽園!!!!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
「ぎひひひいいいいいっはああああああああ!!!」
ゴゴゴゴゴオオオオオォォォォォォォォオンンンンンン・・・!!!
続く




