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初恋とか心とか決別とか

合宿三日目。


一応合宿は三日間の予定だったので、旅行券も二泊三日分。昨日のうちに荷物はすべて鞄に詰めておいたし、お土産も心ゆくまで買った。お財布の寒々しさは満喫度合いと見事に比例し、お小遣いはなくとも思い出(はたしてそんないい思い出があったのかは謎だが)で胸がはちきれそうになっていた少女三人衆であった。


・・・が、そんな三人衆は最後の宿の朝ごはんを食べた後、宿の裏手のちょっとした庭に集まって、おでこを寄せ合って秘密の会合を開いていた。ここは温泉地なので、せっかくなので宿の浴衣で我慢するのももったいないから、と自前の浴衣まで作った彼女らは、それぞれにお気に入りの浴衣で新品の下駄を履いて、しかし顔だけは真剣になにやら難しそうな話をしてした。


「・・・と、そこまでを整理して、私なりにまとめてみたらどうやら、そういうことらしいのよ」


白の金魚柄の浴衣を着て髪をあえてまとめずに下ろしているやじりが、そこまでの話をまとめて切り出した。


「その、ルルゴンドルンとルヴィアノーラの二体が話していたことの内容というのは、事実なのですか?」


「本当に、ぼくたちと歪の能力は互いにコピーし合っちゃったの?」


御影と牙はいつにもまして興味しんしんなご様子で、やじりがもたらした驚愕の真実に入れ食い状態であった。


「間違いないわ。昨日、私たちがちょっと理性を失いかけて歪が逃げ出しちゃった時に、私はこっそり使い魔に歪の後を追わせたのよ。そしたらその子が魔力のリンクを通してリアルタイムに伝えてきたから、間違いようがないんだもん。」


そう言って足元に目をやるやじりの下駄の横には、黒くてちっちゃいサルのぬいぐるみのような生き物が、バナナを一心に貪っていた。


「歪が・・・ぼくたちに恋心を抱きはじめた・・・」


「それも、初恋ときましたか・・・」


ぽわわわわわん、と三人衆は嬉しさと感激と妄想とで幸せそうなうっとりとした表情を浮かべた。各々の妄想と頭の中にはかなり歪んだ個人差があるみたいなので、それぞれ普段は突っ込みのひとつも飛ぶところなのに、今日はまったくなしである。


緩みきった表情がどことなく邪悪なのは、愛ゆえになのか、それとも蓄積された欲求不満が暗黒面に変わりつつあるのか。どちらにしてもいい意味合いはこれっぽっちも含んでいなさそうである。


「ふ・・・ふふふ・・・やじり先輩、よだれ出てますよ」


「おぅ・・・おっと・・じゅるり・・ふふ」


「あは・・・あははは・・・あははははは」


・・・少なくとも御影は壊れていると見た。


「ふう・・・でも、その話が事実だとすると、けっこうヤバイ話なんですよね。歪くんはこれまでよりはオトしやすくなったみたいだし、確かにさっきだって朝ごはんの時に、間違えて歪くんのお茶飲んじゃったふりしてさりげなく戻したら、すっと立ち上がって私の分まで代わりのお茶持ってきてくれましたもん。あんなデリカシーのある男じゃないはずなのに。でもそんな紳士な一面もあるんだって分かったら、それが私への恋による変化なのかなあとか思っちゃってもうご飯どころじゃなかったですよじゅるり・・おっと」


「やっぱアレわざとかドチクショウ」


「ぼっ、ぼくは・・朝ごはんがっついちゃってほっぺにご飯つぶついちゃったのを見て、歪が・・・(おい・・ここ・・ついてるよ、ホラ)とか言って・・ひょいっと取ってくれて・・それを何の気なしにぱくっと食べて・・・ハッと赤くなってたさっきの朝ごはんは・・もう・・・ブッハアアアア!! ごちそうさまでしたッ!!」


「鼻血!?」

「御影が壊れてる!? っていうか何であんたらだけそんな美味しい展開になってんのよ!?」


「やじり先輩は一日目の公園での一件でチャラです」


「ガッフ・・我が人生に・・一片の悔い・・無し」


「なによそれ! って御影がっ!? やばい! なんかもうどっちに突っ込むべきなのかも分からない!」


ていうかそれ以前にやじりさんが突っ込みに回っている現状が異常そのものなのですよ・・・。


一旦カオスと化した裏庭の三人衆は、やじりの渾身の提案と説得で五分ほど深呼吸をして、自分を諌めることに落ち着いたのであった。すー、はー、すー、はー。


「っふううう。少し、落ち着いたわ。まあ、要するによ。歪が現状を打破して心の安定を取り戻そうとするなら、必ず私たちのうちの誰かを選ぶことになるの。」


長い長い深呼吸タイムののち、やじりは一番言いたかった今回のメインテーマについて語り出した。


「だから、ここからは本気のサバイバルになるわ。歪に選んでもらえなかったら、私たちの心は恐らく耐えられない。歪もそれを分かってる。でもだからって、イスラム教に入信して三人ともと結婚しようとは考えないでしょ。あの男は。だから、命がけ。歪を振り向かせた三人のうち誰かたった一人が、生き残り歪と結ばれる権利を得るの。簡単だけど、情けは無用よ。恨みっこなしの争奪戦なんだからね」


「そして、もしも選ばれることがないと分かった場合、誰か歪の代わりを探して“仮初めの契り”を結ぶ。そうすればほんのわずかながら歪と同じ特性の魔力をその人に移して浴びられるようになるから、最悪でも死にはしないで済むんだね」


「だけどそんなの嫌です。私は歪くんがいい。歪くんに選んでもらえないのなら、私は精一杯歪くんをたぶらかした上で死にます」


「そんなのぼくだってそうだよ!」


「奇遇ね。私も同じことを考えていたわ」


バチバチッ、と見えない火花が三人の真ん中で飛び散る。


ニヤリ、とそのうちに誰ともなく不敵な笑みを浮かべる。

何故なら、まだ自分が負けるとは誰も思っていないからだ。現時点で、スタートラインは三人とも同じ。まったく同じ好感度だ。


「歪の心は渡さない」

「歪くんは私の夫です」

「歪のみそ汁はぼくがつくる」


ギン、とお互いの魔力を確認し合うように爆発させて高らかにライバル宣言をした三人の少女たちは、互いの決意の硬さをしっかりと確認すると、すっとほぼ同時に背中を向けて、別々の方向へ散り散りに歩き出した。


ここからは、言葉はいらない。


自分の恋と命を賭けた勝負の、敵同士になってしまったから。


部活に集えば今まで通りの時間に戻れるのだろうか。


歪の魔力をもっと分けてもらって相殺できれば、元どおりの仲間になれるのだろうか。


・・・分からない。でも、恐らくできたとしてもそうはしないのだろう。

・・・歪が、好きだから。


この期を逃すと、おそらくこの恋が叶うことはないのを彼女らはどこかで分かっているのだ。


だから、背を向けて振り返らずに、別々に歩き出したのは、そんな恋敵に対する親愛の情と拭えない悲しみからの涙を、見せたくなかったのかもしれない。


着物の襟が、それぞれの思いと決意の雫の雨で湿っていく。


その頃自室でぼうっと窓の外を眺めていた歪自身も、まだまだ暑いというのに、何故か物悲しい、大切な季節の終わりが近づいて来ているような気がして、涙がこみ上げてくるのを止めることができなかった。


欲しかった何かを手に入れた代わりに、大切なものを失ってしまった真夏の合宿旅行は、乗り込んだバスの中でも言葉のないままに、ゆっくりといつもの日常に向かってきた道を逆戻りはじめた。



続く

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