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19. 不器用なお嬢さま

 隣室へ入り、蔵木がユウに校長室へ行くよう促す。

「古川、赤井先生から話の持って行き方はレクチャーされたな? くれぐれも熱くならないようにな」

 心配そうに友人としての顔で蔵木がユウへそう念を押していた。

「や、俺、いつまでも高坊のガキじゃないし。心配しなくても大丈夫ッスよ」

 やはり相変わらずの穏やかな笑みで垂れた目尻を更に下げて返す。あかりはそんなユウを見て、状況や事情はまるで解らないが、とにかく親のほうはどうにか丸く収まる気がして少しだけほっとした。

「あなた、あのときの」

 あかりの背後から、か細いながらも警戒心に満ちた呟きが聞こえた。それを受けてユウが京子に視線を移した。

「二度目まして。前のときはそっちの事情も知らずに敵意剥き出しにしてごめんな。でも、あかりちゃんをサンドバックにするのは見当違いの解決方法だろ?」

 ユウはそう言ってあかりの横に立ち、その後ろに佇む京子の頭をくしゃりと撫でた。振り返ってその様子を見とめた途端、そこに特別な意味などないと解っているのに、少しだけ負の感情が働いた。

 京子は容赦なくユウのその手を払い除け、乱暴に目許を拭って彼をねめつけた。

「謝って済むと思っているの? あなた、いったい何をしたのよ。あなたのせいで今うちの両親が揉めているのよ!」

「そうだね。君のお母さんの入れ込んでいるホストが俺の知り合いだったから、ソイツの話を聞いているうちに君のことも放っておけなくなっちゃって。余計なお世話だったなら、ごめんね」

 京子の大きな目が更に大きく見開かれた。憤慨に満ちた表情が抜け落ちたかと思うと、彼女はくしゃりと顔をゆがめ、下唇を噛んだ。

 ユウがあかりの耳元に顔を寄せ、

(ハニーの心配事は蔵木と赤井センセに頼んであるから。ちゃんと悔いのないように、な?)

 と、ほかの誰にも聞こえないほど小さな声で言い残し、校長室へ入っていった。

「なんなの、何者なのよ、あの人。変わってる」

 京子が憮然とした声で誰にともなく呟いた。

「あの人ね、巧く弱音を見せられない人だと解ってしまうと、その人を放っておけない人なんだ」

 ユウ自身がそうだったから。自分だけでなんとかしようと足掻いて失敗しては、助けてもらって来た人だから。

「私を気に掛けてくれたのも、自分が助けてもらった分の恩送りだ、って言っていた。だから京子のことも、放っておけなくなったんだと、思う」

 ユウの一言のおかげで、京子に話し掛けることができた。京子が疑問を口にしてくれたから、彼女の顔を見ることができた。

「京子、ごめんね。私は今まで自分のことを話してばかりで、全然京子の話を聞こうとしていなかった」

 つるりと自然に出た言葉は、あかり自身がこの瞬間までまるで考えてもいなかった、謝罪の言葉だった。

「……は?」

 京子の面から、手負いの獲物が足掻くような険しい表情が抜け落ちた。

「本田、林田。取り敢えずこっちへ来て座らないか? 当事者である君たちを抜きにして裏で話し合っていたことをまずはお詫びしたいから」

 赤井の隣の席に身を落ち着けた蔵木にそう声を掛けられ、その存在をようやく思い出した二人は慌てて彼らの座る席へ駈け寄った。


 主な説明は蔵木のほうからされた。

「ご両親が事の次第を知れば、僕の首は確実に飛ぶだろうな。僕の教師人生を本田に預けるよ」

 そんな前置きと苦笑を交えて蔵木が語ったのか次のとおりだ。

 京子の父親がこの町の町会議員と知ったユウが、ホストをしている知人からずっと聞いていた“婿養子議員の奥方が最上客”と言っていた中年女性を思い出したことから調査が始まった。ユウが雑談めいた口振りでそのホストに尋ねてみると、その女性の名前が“タエコ”であることや、彼女を迎えに行ったとき、その娘に出くわしてしまったこと、“タエコ”が娘に金を渡して父親に内緒にしてと言っていたことなどが判った。そのホストが“タエコ”を迎えに行ったのはこの町だったと言う。

「本田のお母さんはそのホストに、お父さんが仕事や君のおじいさんに当たる本田元町議員ばかり優先して、自分の事は二の次だと愚痴を零していたそうだ。政治家としての地盤を得るために自分と結婚しただけだ、と笑って話していたそうだけれど、そのホストの人にはとても寂しそうな笑い方に見えたそうだ。古川は、君もお母さんを見てそう感じたから黙っていたんじゃないか、と言っていた。そのあともお母さんは出掛けるたびに夕飯代だと言って君にお金を渡したそうだね。林田を恐喝していた四人の話では、遊びに行くといつも君が支払いを受け持っていたそうじゃないか。そんなお金を手元にいつまでも置いておきたくなかったからじゃないのか?」

 穏やかな口調で問い掛ける蔵木は、そこで一度話を止めて京子の反応を待った。

 京子は膝の上で組んだ自分の手をじっと見つめたまま押し黙っている。顔を真っ赤にしてカッと目を見開いて――まるで内で渦巻いている激情を無理やり押し殺しているように見えた。

「あの、先生、私はやっぱり席を外したほうが」

 自分に聞かれることを京子のプライドが許さないからそんな表情なのだろうと考え、あかりがそう言い掛けると、蔵木は片手を翳してやんわりとあかりの打診を拒んだ。

「気を許せる友達がいなかった。みんな親同士が繋がっているから。君の顔色を見る子たちだということも、君は解っていたみたいだね。解った上で、それでも彼女たちとはそれなりに巧く付き合えていたのに、どうして林田にはつらく当たってしまったのかな」

 そんなやり取りを蔵木の隣の席で、赤井がずっとメモを取っている。彼女はあかりの視線に気付くと、一瞬だけ顔を上げてにこりと微笑んだ。

(赤井先生も、全部知っているんだ。何か、理由があって私の前でこんな話をしている、ということ?)

 大人たちの意図が解らないまま、それでもあかりは居心地の悪い想いを殺して二人の会話を黙って聞いていた。

「あかりに、裏切られたと、思ったから」

 ぽつりと零された言葉は、ある意味であかりの予想通りの回答で。

「あかりだけは、ほかの子みたいに私の後ろにパパやママを見ないで普通に接してくれたから。あかりだけは、私を財布扱いなんかしない、と思っていたのに」

「グループの子たちに、林田は君から物を買ってあげると言わせるために今は何も言わないんだと言われたのを真に受けた、といったところかな」

 蔵木の言葉を受けて思い至る。紀代が声を荒げ、手を震わせて憤慨していた二部目のチャットログ。その内容の一部が、今蔵木の言ったことなのかもしれない。

(京子にその嘘を信じられてしまうような自分だった、ということなんだな)

 当然だと思った。自分のことばかり話していたのは、自分を好意的に見て欲しいという自己アピールにしか受け取れなかっただろうから。

「始めは、信じていませんでした。でも、ちょっと、ショックなことが、あって。そのショックだった出来事が、すごく、亜由美たちの言っていたことと合っていて……自分からは一切何も言わないで、相手に行動させることで欲しい物を手に入れる人なんだ、と思って。だから、あかりが進学費用を自分でバイトをして払うと言っていたから、あかりの一番大事なお金を、私がこれ以上何かを奪われる前に奪ってやれ、みたいな」


 ――あかりは、私を惨めな思いにさせるから、大嫌いです。


 はらはらと涙を零しながら堰を切ったように語り出した京子が告げた最後の言葉に、強い衝撃を受けた。

 京子と連動するように、あかりの視界もぼやけて滲む。くっと奥歯を噛み締めて堪えるのに、抑え切れない。

「京子ちゃん。一つ教えてあげる」

 メモを取っていた赤井が不意に顔を上げて、不遜な笑みを浮かべた。その声に弾かれてあかりが顔を上げれば、隣からも同じ所作が視界の隅に映る。

「なん、ですか」

「好きの反対は、実は嫌いじゃなくて無関心なのよ」

 赤井は京子以上に京子を解ったふうに「あかりちゃんの何が京子ちゃんを惨めな思いにさせるのかしらね」と言葉を繋いだ。

「……」

 京子は無言で赤井を睨んだまま固まった。みるみる顔が真っ赤に染まっていき、何か言おうと口を開いてはまた閉じて、という奇妙な行動を繰り返す。

「京子ちゃんはあかりちゃんと対等で在りたかったんじゃないのかしら? もし私の推測が正解なら、無駄なプライドは捨てることね。きっとあかりちゃんにだって、彼女にはなくてあなたにはあるものを羨む部分があるはずよ。違いは、それを自分が受け容れているかいないか、というだけのこと。まあでも、あの親御さんの影響が強いから、そう簡単には捨てられないわよねえ。捨てちゃうほうが楽なんだけどね」

 赤井は自分だけ言いたいことを言うと席を立ち、メモしていたノートを閉じて京子の前に立った。

「さて、じゃあ京子ちゃんは、似非お姉さんと生徒指導室で親御さんたちの話し合いが終わるのを待ちましょうか。これからも顔を突き合わせる蔵木先生やあかりちゃんの前では吐き出せないこともあるでしょ? 私は外部の人間だし、京子ちゃんがそれを望むなら蔵木先生や親御さんへ報告もしないわ。守秘義務、知ってるわよね? あくまでも、私はあなたのカウンセラーなの。だから、前みたいに逃げ出さないでね?」

 おどけた口調でそう締め括る赤木を、京子がぽかんとした顔で見上げる。

「……部外者、なんですか?」

「知らなかったの? ああ、そうか。保護者宛のメルマガにしかプロフィールを載せてなかったんだっけ。学校にあるしがらみに囚われない立場からこそ、悩める生徒たちを最優先に考えられる、という無双ポジなのよ、私って」

 そう言ってカラカラと笑いながら、当たり前のように京子の腕を取って立たせる。京子はそれに抗うことなく、すんなりと椅子から立ち上がった。

「じゃ、蔵木先生、あかりちゃんをよろしくね。アッチが終わったら連絡よろしくです」

「了解です。よろしくお願いします」

 普通の業務連絡のようなやり取りが交わされ、赤井は力なくうな垂れて肩を落とす京子を連れて職員室から出て行った。

「担任になっても、まだ非力だな。情けないもんだ」

 蔵木は閉ざされた職員室の扉を見つめ、寂しげにそう呟いた。


 蔵木はあかりに向き直ると、気を取り直すかのようにがらりと口調や表情を変えた。

「さて、本田のほうは赤井先生からの報告待ちをするしかないな。ところで、林田に訊きたいことがあるのだけれど、答えたくないなら答えなくて構わない。でも、もし話せることなら教えてくれないか?」

 そんな前置きに続いて尋ねられたのは、田所のことだった。

「今回、クラス全員に知られることなく問題解決に向けて動けたのは、田所の積極的な協力が大きい。無理やり聞き出すのは却って反感を買うから田所にもあまりしつこくは聞けなかったんだけど、虐めのケースは発覚すると、首謀者以外の生徒は傍観者のポジションでいたがるのが一般的な傾向なんだ。でも、彼は違った。何か思い当たる理由があるのかと尋ねてみたら、自分が原因だと思うから、とだけは話してくれたんだけど、それ以上はね。とにかく自分が卑怯だったからとか、林田が女子から虐めを受けているのに見て見ぬ振りをしていたことが後ろめたかったとか、そんな曖昧な感じでね。本田に対しても悪いことをしたから、の一点張りで要領を得なくって。彼も何か抱えているんだろうか、と、少し心配で」

 ひどく言いづらそうに申し訳なさを滲ませながら、それでも何とかしたいという蔵木の熱意にユウを垣間見た。

「ユウさんと、生徒と教師の間柄に留まらない理由がなんとなく解った気がします」

 思わずそんな生意気な言葉が出てしまう。一瞬驚いた顔をしたあと、照れ臭そうに笑う蔵木を見て、あかりもようやく自然な笑みを浮かべられるようになった。

「私も田所くんや京子と同じで、やっぱり話したくはありません。でも、解決方法は解る気がします」

 蔵木は興味本位や担任としての義務感で尋ねているわけではない。あかりのそんな信頼を確固たるするかのような反応が返って来た。

「そうか。その解決方法の中に、僕ができることはあるのかな。話せないならそれでいい。解決したと判るサインとか報告とか、僕が何をすればいいのかとか、もしよかったら教えてくれないか」

 追及せずに自分の成すべきことだけを問う蔵木に託してみようと思った。

「今から、京子に手紙を書きます。それを先生から京子に渡してもらえませんか。それから、田所くんには私のほうから連絡を取ってみます。ユウさんのスマホからなら、彼に連絡してもクラスメートの関係などに悪い影響はいきませんよね?」

「わかった。本田のご両親次第だから、解決が見られれば林田のスマホから直接でも問題はないと思うが、田所との接触が問題なくなったら僕のほうから林田に連絡しよう。それまでは一応古川を頼ってもらえるかな」

「はい」

「なあ、林田。その……田所が急に部活を辞めたことと、関係はないのか?」

 蔵木は田所の退部が彼の将来に影響することを口惜しがっているようなことを口にした。

「ユースへの打診もあったのに、彼にとってサッカーとはその程度のものだったのかな、というか。そういは見えなかったから、どうにも納得がいかなくてね」

 本人は「注目されているなら大学に進んでからでもオファーは来るから」と、軽くいなされてしまったそうだ。

「そう、だったんですか」

 あかりはサッカーに明るくはないので、田所がそんな大きな選択をしたのだと初めて認識した。だが、田所自身が明かさないことを蔵木に伝えるわけにはいかない。

「田所くんには、私から聞いてみます。アンケートにたくさん書き込んでくれたのは田所くんですよね? 私に対して強い罪悪感を持っているようだったから、もし退部が彼なりの私に対する謝罪なのだとしたら、撤回してもらえるよう説得してみます」

 そんな無難な答えを返し、蔵木を取り敢えず安心させた。

 それから校長室への扉に「二年職員室で待機しております」というメモ書きを張り付けて二階職員室へ向かった。蔵木が事務仕事をしている隣の席で、あかりは京子に宛てた手紙をしたためた。




 ――京子へ。

 先生や親の前では言えなかったことを手紙にします。

 どうか最後まで読んでくれますように。


 私は、この町へ引っ越して来るまで一人でも平気でした。

 おばあちゃんに育てられて来たからか、友達との会話で使う言葉は難しく、気になることもちょっと人とはずれていたそうです。

 本と一人用のゲームと教科書が友達のようなものでした。

 一人っ子で、おばあちゃんっ子で、お母さんへの遠慮もどこかあったのかもしれません。

 一人でも大丈夫でいることを、私が自分で勝手に自分へ課していたような気がします。


 この町へ来てから、京子が初めて声を掛けてくれたクラスメートでした。

 上に述べたような自覚は、京子から教えてもらったことです。

 前の中学や小学校のときも、京子みたいにはっきり言ってくれる人がいなかったから、京子に叱られるたびに気付いたことがたくさんありました。


 初めて、学校が勉強するだけの場所じゃないと感じました。

 自分を知ろうとしてくれる人がいる嬉しさや楽しさを知りました。

 人から黙って少しずつ遠ざかられていくことを初めて寂しいことなんだと思いました。

 だから、自分のことでいっぱいいっぱいになっていて、嫌われないようカッコつけて、京子がいつものグループの人たちといるときは声を掛けなかったり(まとわりついて来て鬱陶しいと思われたくなかったの)、一人でも平気とアピールしてばかりいました。

 今だからそれが解ったのだけれど、その場では自分でそんな自覚すらないまま、京子が価値を見い出している在り様を否定するような態度で過ごしていました。


 無自覚だったから、急に無視されたときは何が何だか解りませんでした。

 あとで男子たちが話しているのを偶然聞いて初めてその理由を知りました。


 田所くんとのことを京子に目撃されていたこと。

 京子が田所くんを好きだったこと。

 今はきっと私のせいで田所くんがサッカー部を退部したことも、きっと怒っているだろうと思っています。


 京子から歩み寄ってくれたのに、自分が構えてしまって、素の自分で京子と向き合わずに来たことが京子を傷つけて来たのだと思っています。

 本当に、ごめんなさい。

 それから、ありがとう。


 田所くんが言っていました。

 京子とは気楽な関係で、大切だからこそ、その関係を崩したくなかったそうです。

 人づてに京子の気持ちを知って、焦ってしまったそうです。

 京子との気楽な関係を崩したくないがためにした自分の行ないは、京子に対してもひどく後ろめたい気持ちがあると言っていました。

 だから、見て見ぬ振りをして、私を無視し続けていたと言っていました。

 それを聞いて思ったのは、田所くんにとって京子は大切な人なんだな、ということでした。

 田所くんが京子に話し掛けられないでいるのは、京子に対しても悪いことをしたから、という後ろめたさからだと思います。

 京子にも償いをしたいと言っていました。サッカー部を退部した理由の一つは、京子に対しても自己満足な罪滅ぼしの気持ちから自分の大事な物を手放した、と言っていました。

 もしも京子が田所くんにサッカーを続けて欲しいと思っているのなら、田所くんに京子のほうから声を掛けてやってもらえませんか。

 きっと、京子の言葉になら耳を傾けてくれると思います。


 それから、私の大切な物はお金ではありません。

 遠回しにお金をせびる計画を練るほど頭もよくはありません。

 以前のように、直接私に聞いて欲しいと思っています。

 喧嘩して言い合って、誤解が解けて仲直りして、そういう、昔のようなお互いに戻りたいと思っています。


 京子の家の事情については、京子がいたときに聞いた話しか聞いていません。

 だから詳しいことは解らないでいるままだけれど、何か力になれることがあれば声を掛けてやってください。

 今まで京子が私にしてくれたこと、今度は私が返したいと思っています。


 とても独りよがりな話をしている気がするけれど、京子に赦してもらえる日はそう簡単には来ないのだろうけれど、足掻きたいと思います。


 京子は、私にとって初めてできた友達です。

 それは今でも、これからも、変わりません。

 また一緒に喧嘩したり笑ったりしたいです。

 もう一度、今度はカッコつけない自分で京子の隣にいたいです。

 京子がいつか返事をくれること、のんびりと待っています。


 あかりより――。




 考えても考えても、自分勝手な言葉しか綴れない。蔵木からもらった事務用箋に何度も書いては破り捨てを繰り返したが、結局最後まで自分勝手な手紙しか書けなかった。

 自分もたいがいだが、京子も相当な不器用だと思う。正確には、今回のことでやっと彼女の素の部分を垣間見た気がした。

 きっと常に議員の娘としての立ち居振る舞いを教え諭されて来たのだろう。田所が言っていた。「同い年の妹のような存在」だと。幼馴染の彼には素の自分でいられたのだと思う。だからあの田所に「妹」と言わしめたのだと思うと、彼が京子の行いを否定はしても彼女自身を否定できない気持ちは解る気がする。

 立派な父親がいて、常におしゃれで容貌も美しく、堂々とした態度でクラスを引っ張っていく存在。

 それがあかりから見た京子のイメージだったが、それは京子の両親が京子に課した枷だったのかもしれない。

 本当の彼女は不器用なくらい甘え下手で負けん気が強く、だけど本質はとても繊細で傷つきやすい臆病者だったのかもしれない。

 その必死ながんばりは、母親に無駄な心配を掛けまいとして気丈に振る舞って来たあかりそのものだった。

(似た者同士だった、ということなのよね、きっと。だから、友達になれたんだ)

 過去形でしか思えない“友達”という言葉がずきりと胸に刺さる。

 自分を見てもらい好かれることしか考えなかったそれまでの自分を悔いても、もう遅かった。

 京子には「大嫌い」と言われてしまった。そう言われても仕方がない。自分は上っ面の彼女しか見ていなかったのだから。

 そう思うと、被害意識など持てなかった。

 始めから友達がいない状態の独りぼっちよりも、一度そう呼べる相手を得てから失くす方が、比べ物にならないほど、痛い。

 半ば諦めを感じつつも、足掻く手紙をしたためた。

 もし、仮に千万分の一でも京子が赦してくれるのなら。

 もう一度一からやり直せるなら。もしもあの不器用なお嬢さまが、また似た者同士で対等に付き合えるのはあかりしかいない、と言ってくれるのならば。

 そんなすがる思いで手紙をしたため終えた。


 涙を堪えながら、た少し凝った折り方で手紙を折りたたんだ。この折り方は、京子が教えてくれたものだ。

 便箋を真半分に折って広げる。三角形を作るように左上と右下の角を折り目に向かって斜めに折る。余った端を畳み、その山の部分をまた中央の折り目に向かって水平に折る。できた挟み込み部分へ便箋の隅を入れ込み、簡易の封をする。

 手紙の中に悪足掻きを詰め込んで、あかりは顔を上げた。

「先生、書けました。よろしくお願いします」

 あかりはその手紙を以ってして、一年半以上に及ぶ虐めに一区切りを付けた。

 京子がどんな反応を示そうと、否、なんの反応もなかったとしても、もう二度と泣かない。後悔するばかりでなく、自分の糧にするのだ。そうでないと自分や京子の流した涙が無駄になる。あかりは自分自身にそう言い聞かせ、自分自身にそう誓った。

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