(11/12)気持ちは晴れない
リベルタを始め大人5人が逮捕され、本物のローレンヌは本物の両親の元に帰りました。
犯人らの『自供』によって緑の髪で紺の瞳の娘は間違いなくローレンヌであることがわかりました。
恐ろしいことがわかりました。アンナたちは実の子ナンシーを脅してある程度のお金を手に入れたら、ローレンヌを連れて世界中を逃避行する予定だったんだそうです。
リベルタはお屋敷に勤めながら動向を監視する役です。
その後も出来うる限り『ローレンヌのフリをした我が子』からお金をしぼりとるつもりでした。
万が一ことが露見しても『どこにいるのかわからない。姿形もわからない実の娘ローレンヌ』の命を盾にゲートリンガン夫婦はリベルタたちの身の安全の保障と大金を要求されていたわけです。
犯人逮捕はギリギリのタイミングだったのでした。
『めでたし、めでたし』です。
でもローレンヌ本人はとてもそんな気分にはなりませんでした。
だって彼女の記憶は何も戻らなかったからです。1年前誘拐された船の上で『まゆ』に入っていることに気づいた瞬間からしかありませんでした。
『お母さま』も『お父さま』も毎日優しくしてくれたけれど、何の親しさも感じなかった。
あまりに時間が経ちすぎていました。1年前このお屋敷で目が覚めていたなら、あるいは両親を懐かしく思えたかもしれません。
ローレンヌはよく悪夢を見ました。彼女の前に本物のローレンヌが現れて(いつも髪の色は違っていて紺の瞳をしていました)「わたくしこそが本物のローレンヌよ」と言うんです。
その子は決定的な証拠を持っていました。
そして『ナンシー』ですらない自分は行くあてもなくこの屋敷を追い出されます。
『全てを忘れる』というのはなんと残酷なことでしょう。『忘却の子供たち』というのはなんと儚い存在でしょう。
人が、その人たり得るというのはどういうことですか?
『記憶の連続』なのではないですか?
ヨチヨチ歩きのころ。学校に行き始めたころ。家の持ち物。両親に連れられてお祭りに行った日。誕生日に出されるケーキ。友達と走った草はら。ある朝見上げた空。
そんなものの連続こそがその人なのではないですか?
自分が忘れてしまったとしても、周りの人が覚えていて自分を『自分』と認定してくれたなら。記憶を再構築することもできます。
でも『まゆ』の自分を誰も見て無かったら。子供の自分と大人の自分、どうやって本人が本人であると証明できるのですか?
『まゆ』になるにはいくつもの儀式を通り過ぎるんだそうです。
飲みほす満月の日を決めて。神殿に挨拶にいって神様に報告して。特別な服を用意してそれを着て。みんなの前で星を飲みほして。『まゆ』になるのをごく親しい人たちが見届ける。それから『まゆ』を破る日もできるだけ沢山の人に来てもらうそうです。
生まれたときに戸籍課に瞳の色を登録する。羽化したときに再度登録をする。
この全て。1個1個の『しきたり』が本人を本人と認定するんです。
それが『忘却をする』人たちが自分を保つために必要なことなんです。
それなのに全て奪われてしまったら星の子たちはどうすればいいんですか?
ローレンヌは泣くしかありませんでした。
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本物のナンシーが気の毒でなりませんでした。
彼女だって自分を苦しめた誘拐犯だけど、たまたまその家に生まれてしまっただけでした。
ローレンヌだってもしもあのボロボロの漆喰の家に生まれていたら誘拐犯の1人だったかもしれません。
家には本が3冊しかなくて、学校にもロクに行かせてもらえず、最後にはお金持ちのお嬢様と入れ替わるくらいしか道が残されてなかったのかもしれません。
ローレンヌがいつも見る『悪夢』はナンシーには『現実』でした。
母親も親戚も全て逮捕されてしまった今。彼女はどうやって生きているのでしょう。
彼女だってまだ15歳なんです。
「ナンシーを助けてあげてください。苦しんでるわ……。お母さま。記憶が無いって苦しいことね。自分がなんだかわからないんですもの。あの子だって苦しんでいるわ」
「ローレンヌあなた。本当に昔から優しい子だったわ」お母さまが抱きしめてくれました。
「わかったわ。あの子だってこの家に1年もいたんです。わたくしたちでちゃんと教育が受けれるようにします」
「ありがとう。ありがとうございます。お母さま」
今や毎日体を上等な服で包むようになったローレンヌはすがりました。髪とおそろいの緑のビロードのドレス。胸に輝く真珠のネックレス。
それなのに苦しむしかないローレンヌと見守るしかない両親。3人で鬱々と日々を過ごしました。
【次回 最終回】『ローレンヌ!間違っているわ!!』




