元悪役令嬢の時間
魔力のなくなったソフィアは、その場でガックリと膝をつきうなだれる。
「フレデリック、私ソフィアの所に行くわ」
「……俺も一緒に行く」
「わかったわ。ならビビ、あなたは皆の所に戻っていて」
ビビはじっと私を見てから、サッと跳躍してヒース達のもとに行ってくれた。
「じゃあ行くか」
「ええ」
フレデリックは魔法を放ち氷の螺旋階段を作ってくれた。
私達はその階段を降りソフィアのもとに到着する。
ソフィアは目の前に立った私達を、見上げ自嘲気味に笑う。
「どうせ私を嘲笑いに来たのでしょ?」
どうやら正気に戻っているようでホッとした。
「結局この世界でも私は誰からも愛されないのね。だったらもう生きていても……」
「ソフィア!」
「っ!」
「そんなこと言っては絶対駄目よ! ちゃんと周りを見て。貴女を想ってくれる人がいるのだから」
「そんな人いるはずがないわ!」
「……フレデリック」
ちらりとフレデリックを見て声をかけると、私の意図を察してくれヒース達の方に顔を向ける。
「ヒース、アスラン、ノアこの壁結界を解いてくれ」
フレデリックの言葉にヒース達は頷くと手を戻し、水晶の壁や蔓があっという間になくなった。
するとソフィアの両親が慌てて駆け寄ってくる。
「「ソフィア!」」
「え? お父様? お母様?」
二人はなんの躊躇いもなくソフィアを抱きしめた。
ソフィアは動揺しながら二人を見るが、抱きしめられたまま泣かれているので意味がわからないといった表情を浮かべている。
「ソフィア、無事でよかった!」
「ああ、貴女にもしものことがあったら、わたくし生きていられなかったわ!」
「え? え? 一体何を言っているの?」
「すまなかった。お前に寄り添うことができなかった駄目な父親で。だがこれからはちゃんとソフィアのことを守るから」
「わたくしも母親として失格だったわ。ごめんなさい。でもこれだけは信じて欲しいの。誰がなんと言おうと、わたくしは貴女の味方よ」
予想外の言葉にソフィアは戸惑い、目を何度も瞬かせる。
「嘘よ……どうしてそんなことを言うの? だって私のことを、煩わしいと思っていたのでしょ?」
「そのようなこと、一度も思ったことはない!」
「そうよ! わたくし達は貴女のことを愛しているのだから!」
「愛、して?」
「そうだよ。だからソフィアの犯した罪は、私達の罪。一緒に償っていこう」
「……っ!」
ソフィアはようやく両親の言葉が本当だとわかり、目を見開いて驚く。
私はそんなソフィアを見て、静かに口を開いた。
「ソフィア、貴女にも貴女だけの物語があって、ヒロインとか関係なくちゃんと主役なのよ。だからもう物語を間違えないでね」
「テレジア……っ、ごめんなさい。お父様もお母様もありがとう!」
泣き出したソフィアは、そのまま両親を抱きしめ返したのだ。
「ふふ、今度こそ幸せになってね」
ソフィアの姿を見て私は微笑みを浮かべる。
そして同時に、これでようやく終わったのだとホッとしたのだった。
◆◆◆◆◆
断罪イベントから数日が経った。
あれからソフィアは人々を騒がせた罪と私への傷害罪、さらには殺人未遂などで投獄されてしまう。
しかしエルモンド伯爵が貴族の位を返還して減刑を願い出たり、柱の下敷きになりそうになっていたご夫人やその夫が訴えを起こさなかったり、何より被害者である私がソフィアを許していたことで重い刑にはならず、辺境の片田舎に平民となって追放されることとなった。
そしてそのソフィアに平民となった両親も一緒についていったのだ。
その話をフレデリックから聞き、これから本当の幸せを感じながら生きていって欲しいと心から願ったのだった。
ソフィアの件が片付いてから数日が経ち、通常業務を終えた私は帰るため席を立った。
そんな私をフレデリックが呼び止める。
「テレジア、馬車乗り場まで送っていこう」
「え? 一人で行けるわよ?」
「話したいことがある」
「……わかったわ。じゃあ皆さん、お先に失礼するわね」
ペコリと総務部の皆にお辞儀をしてから、フレデリックと共に部屋から出ていった。
足元には真っ白い毛並みとなったビビが、ピッタリと寄り添っている。
そのままフレデリックと共に廊下を歩いていると、突然ピタリと足を止められてしまった。
「フレデリック?」
「中庭を少し歩かないか?」
中庭を見ていたフレデリックにつられ私もそちらを見ると、月の光に照らされてキラキラときらめく雪景色が美しいことに気がつく。
「ええ、いいわよ」
私が同意すると、フレデリックがスッと手を差し出してきた。
「滑ると危ないからな」
「あ、ありがとう」
その行動にドキッとしながらも、そっとフレデリックの手に自分の手を乗せる。
するとフレデリックが絡めるように手を握ってきた。
「っ!」
さらにドキッとして顔が熱くなっていくのがわかる。
そんな私を見てフレデリックはニヤリと笑うと、そのまま中庭に向かって歩きだした。
私は嬉し恥ずかしい感情を抱きながらも足を進めたのだ。
しばらく中庭を私達は無言で歩き、小さな東屋が見えてきたのでそこに座って話をすることになった。
私が東屋のベンチに腰かけると、当たり前のようにフレデリックも隣に座ってくる。
その間もずっと指を絡まれ手を握られていた。
まるで恋人同士のようなこの状況に、私の心臓はずっとドキドキしっぱなしだ。
ちなみにビビは気を遣ってくれたのか、東屋の外で雪と戯れていた。
「テレジア、体の方は大丈夫か?」
「え?」
「ソフィアのあの魔力を全部吸いきったんだ。どこか体に不調が出てもおかしくないだろう?」
「ああそれね。魔法省の方々にも調べてもらったけれど、私の中でソフィアの魔力が安定しているそうよ。そのうち私の魔力として定着するらしいわ」
「一応俺にもそう報告が入っているが……」
「心配しなくても私は大丈夫よ。それよりも魔法省の人に驚かれたわ。私の使った魔法って、誰でも使えるモノじゃなかったみたい。同じ風属性の人に使い方を説明して試してもらったのだけれど、誰もできなかったわ」
「そうなのか?」
「そうみたい」
フレデリックは少し考えてから口を開いた。
「俺達転生者は、この世界にとてイレギュラーな存在だろうからな。ちょっと普通とは違う力を持っていてもおかしくないのだろう」
「なるほど。そうかもしれないわね」
フレデリックの言葉に納得する。
「だがもし何か不調を感じたら、すぐにでも言うんだぞ」
「ええ、わかったわ」
「さて話を変えるが、婚約の儀についてまだ説明をしていなかったな」
「婚約の儀?」
「俺達の婚約を正式に結ぶ儀式のことだ」
「え? ちょっ、ちょっと待って! 私達の婚約って、あの場限りの話ではなかったの!?」
「は? そんなわけないだろう」
「で、で、でもフレデリックには好きな人がいるのでしょ? その方と婚約された方が……」
「……どうして俺に好きな人がいると?」
険しい表情をしたフレデリックに問いかけられた。
私は躊躇いながらも、仕方なく答える。
「以前フレデリックが倒れた時に、うなされながら口にしていたから」
「俺が倒れた時に? ……ああ、あの時か。ちなみに俺は、相手の名前を言っていなかったのか?」
「ええ、名前は聞かなかったわ」
「そうか。……あの時俺は、悪夢を見ていた」
「悪夢?」
「前世のお前が、ナイフを持った通り魔の男に向かっていく夢だ」
「…………え?」
「俺はなんとかお前を止めようと手を伸ばすが、足が鉛のように重く全然進まなかった。だから俺は必死にお前……斉藤に心のまま叫んでいたんだ」
「そ、それってもしかして……」
「俺が好きなのは斉藤、いやテレジア……お前だ」
「っ!」
フレデリックは手を離して立ち上がると、私の前で跪き真剣な表情で手を差し伸べてきた。
「テレジア、正式に俺の婚約者となりゆくゆくは妻になってほしい。もし受け入れてもらえるのであれば、この手を取ってくれ」
「わ、私は……」
「無理にとは言わない。俺と結婚する気がないのであれば、ハッキリと断ってくれていい」
「……」
フレデリックをじっと見つめる。
(私も……自分の気持ちを、ちゃんと伝えないといけないわね)
小さく深呼吸をすると、そっとフレデリックの手に自分の手を重ねた。
「喜んでお受けするわ。だって私も黒田部長であり、フレデリックのことが好きだから」
そう言ってにっこりと微笑んだ。
「っ……テレジア!!」
「きゃぁ!」
突然フレデリックが立ち上がり、私の手を引いて抱きしめられてしまう。
そして私の顎に手を添えられ上を向かされた。
「テレジア……愛している」
「私も愛しているわ」
そうして私達は月明かりが射し込む東屋の中で、初めてのキスを交わしたのだった。
◆◆◆◆◆
婚約の儀が執り行われる式典の間で私は、豪華な衣装に身を包み大勢の王侯貴族とこのために来てくれたお父様やお兄様に見守られながら、国王陛下のもとに向かって歩いていく。
私の隣には、同じく豪華な衣装を着たフレデリックが堂々と歩いている。
その姿は何度見ても素敵だと、ドキドキしながら思っていた。
そうして私達は国王陛下の前まで到着をすると、その場で膝をつき頭を垂れる。
「これより婚約の儀を執り行う!」
国王陛下の威厳ある声が響き、婚約の儀が始まった。
すると少しして国王陛下が話している最中に、フレデリックが小声で私に話しかけてきたのだ。
「そういえばテレジア、お前昨日のあの書類は一体なんだ?」
「……なんのこと?」
こんな時に仕事の話? と思いながらも、小声で答える。
「お前、また俺に相談せず勝手に書類を書き直しただろう」
「ああ、あれはあまり時間がなかったからよ。フレデリックに相談してからだと間に合わないと思ったから、先に修正したのよ。書類に問題でもあったの?」
「いや、あれで問題はなかった。だが相談はしろ! 時間がないならないで、それなりの行動を俺はするぞ!」
「そう言っていつも文句ばかりで、すぐに終わらないじゃない!」
私達は段々とヒートアップしていき、声が大きくなりながら言い合いを続ける。
「お、お前達やめぬか」
国王陛下が小声で制止してくるが、もう私達は自分を止めることができなくなっていた。
そうして私は思わず大きな声を上げる。
「やっぱりフレデリックのことが……」
そこまで言ってピタリと固まってしまった。
どうしてもその先に続く『嫌い』という言葉が言えなかったのだ。
そんな私の様子に気がついたフレデリックは、ニヤリと口角を上げて笑う。
「続きは?」
「っ!」
私は顔を熱くさせ自棄糞に叫んだ。
「大好きよ!!」
するとフッと笑ったフレデリックが立ち上がり、私の腕を引いて抱きしめてくると嬉しそうに囁いた。
「奇遇だな。俺も大好きだ」
「んん!」
そして私にキスをしてきたのだ。
フレデリックの突然の行動に驚いたが、すぐに幸せな気持ちになりそのまま目を閉じた。
「……はぁ~、もうこれでよい。これにて婚約の儀を成立とする!」
国王陛下の投げやり感たっぷりの宣言と共に、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
その皆からの祝福と、愛する人のキスを受けながら私は思った。
(これからの私の時間を、フレデリックと共に過ごしていこう)
幸せを噛みしめながら、そう心に誓ったのだった。
Fin
これにて完結となります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この話は他にも転生者がいて、それも犬猿の仲の上司だったら面白いかなと思って書き始めたのですが、予想以上にキャラ達が動いてくれて楽しく書けました。
ちなみに作中に出てくる『ビビ』と言う名前は、本当に私が数年前まで実家で飼っていた犬の名前からつけています。
その犬は雌のパピヨンで、フワフワの毛並みに家の中をよく走り回る元気な子でした。
小説版のビビを書きながら、昔の色々なビビの様子を思い出すことができてよかったです。
最後になりますが、皆様の応援のおかげで書き上げられました。
本当にありがとうございました!




