第六十一話 出発
出発の朝を迎えたマコトは、朝早くサラの手によって支度を整えた後、台所にある広場に足を運んでいた。
まだ太陽の位置は低く、護衛らしき男達が要所要所に点在しており、その内の数名と目が合い反射的に頭を下げれば、それよりも長い間深々と頭を下げられ、マコトは曖昧に笑って視線を外した。
(……声掛けない方がいいのかな)
自分が『イール・ダ―ル』である以上、きっと彼らは、こうして目が合う度に挨拶しなければならないのだろう。多分夜も交代で侵入者がいないかどうか見張っていたのだろう彼等の仕事の邪魔は極力避けたい。
けれど、目に見える位置にいる人物よりも多く、さり気ないものの確かな視線を感じ、その居心地の悪さに、下を向けばいつもと違う白く柔らかな素材が目に入り、マコトは小さく溜め息をついた。
(汚さない様に気を付けないと……)
昨日の衣装の一件もあり、サラが本番である――今日。一体どんな衣装が待っているのか内心びくびくして待っていたのだが、意外にも目の前に差し出されものは、露出の低い……元の世界で言う所のホルダーネックタイプのワンピースの様なデザインだった。
若干、背中が開きすぎな気もするが、胸元はすっぽりと覆われているし、スカート部分の丈も元の世界の制服の裾よりやや短い位でさほど変わらず、抵抗無く着る事が出来る。胸も肩もお腹もその他モロモロ出ていた衣装に比べたら無問題だ。
(ホントに良かった。意外に普通で。……ああ、でも汚したら取れなさそう。次はもう少し濃い色に……って。もしかして白って特別な色なのかな?)
スカート部分を指先で摘まんでまじまじと見下ろす。こんな機会で無ければ、一生袖を通す事の無さそうな、真っ白な衣装。まだ早い朝の光に晒せば、淡く発光して融けてしまいそうに柔らかな感触。
儀式の時にサハル達が着ていたの衣装も、刺繍の大小で割合は違うものの同じ純白。その事を思い出し、記憶の中のそれと重ね合わせて、やはり何か意味があるのかもしれない、と一人ごちる。
(昨日の怪我のお見舞いついでに、ハッシュさんに聞いてみようかな……)
大した事は無かった、と、マコトが気にしているらしい事を察したサラが聞いてきてくれたが、やはり自分の目で確かめるまでは、何だか落ち着かない。
(早起きな感じだから、もう起きてるかなぁ)
用事がすんだら、ゲルに寄ってみよう、と出発の前の予定に書き加えた所で、マコトは作業台に向き直り、長い袖を皺にならないよう慎重に捲った。
台所は昨日の内に整理し、砂埃が被らないように布を被せてある。サハルと一緒に片付けようと約束していたが、先に始めていても支障は無いだろう。
誰か使ったのか、出しっぱなしの皿やコップを手早く洗いきちんと水分を拭って大きさ別に分けて箱の中にしまっていく。一族の独身の男性が、毎年ここに来るのは決まりなので、使いやすいように整理しておけば、誰かがまた使うだろう。
マコトは砂が入り込まない様にしっかりと扉を締めて蝶番を差し込み、作業台から少し離れた水瓶に向かう。この水はどうしようか、と考え ながら、もう一度作業台や調理台、貯蔵庫をそれぞれゆっくりと見渡した。
……思えばゲルの中にいるよりも、ここで料理をしていた時間の方が多かったかもしれない。ここに来れば必ず誰かがいて、他愛ない話も大事な話も全てこの場所で聞いた。一言で言えば、居心地が良かったのだと思う。いや、この広場だけでなくアクラムの結界で守られたこの集落が。
だからこそその分、これから向かう未知の場所に、期待よりも不安が大きい。
『イール・ダ―ル』である以上、西の一族は受け入れてはくれるだろうとは思うが、ナスルという前例がある。『イール・ダ―ル』に嫌悪感を抱く者もいるかもしれない。それに。
(むしろ、こんなのが『イール・ダ―ル』で、がっかりさせるかも……)
いつかも思った後ろ向きな言葉を繰り返し、いっそう気分が落ち込む。
昨夜は、サハルやハッシュに恥ずかしい衣装を見られた事もあり、なかなか寝付けなかったのだが、途中から今日への不安にすり代わり気が付けば明け方だった。
それにあと一つ。
悩みに悩んだ末、出した答えだったが、本当に『これ』でいいのか。
タイスィールやサハルには、がっかりさせてしまうかもしれない。そしてきっと周囲にも迷惑を掛ける事になるだろう。
分かっているのに、どうしてもマコトはそれ以外の答えをを見付ける事が出来なかった。
(止めよ……、うん。決めたんだし。これ以上考えたって悩むだけだ)
そう、集落に着いたらやる事もある。
集落に滞在するのは十日程で、その間に何か……出来れば仕事を見つけ、一人でも生活出来る様になりたい。
(そういえば、サハルさんのお手伝いは、どうなったんだろう……)
確かサハルの仕事先でもある王宮の経理のお手伝いを、と言ってくれていた。
しかし、その後詳しく聞けずにその話は途中で終わっている。
(ちゃんと聞いておけば良かった……って……ぁ)
何故あやふやに終わったのかその原因を思い出し、マコトは思わず口元を覆った。
触れた唇。
籠もる熱と、甘く掠れた声。
(……~ッ落ち着けっ)
ぶわっと瞬時に顔を赤くさせたマコトは、自分にそう言い聞かせて、両手で顔を押さえる。その熱さにぎょっとしつつも慌てて頭の中に浮かんだあの時の画像を打ち消す為に何度も首を振ったその時。
「おはようございます」
実にタイムリーな声が背後から掛けられ、マコトはぎこちなく肩を強張らせた。まさに噂をすれば影。
「サ、……ハルさん。あの、……おはようございます」
動揺が不自然に切れた名前に現れた。しかしそれでも、素知らぬ顔を作り、振り返りながら挨拶をすると、サハルはマコトの表情を見て少し眉を寄せた。
「夕べは眠れませんでしたか?」
「少し、緊張して」
首を傾げて尋ねられ、頬にそっと手が添えられる。
洗顔を済ませて来たのだろう。火照った頬にその冷たさが心地よい。
けれど。
(ち、近くないですか……)
身長差があるが故に、サハルはマコトの顔色を見る為に腰を屈めて顔を近付けている。その距離は手の平一つ分――かなり近い、と思った。
しかしすぐに彼の瞼がいつもより少し腫れている事に気付く。疲れを表に出さないサハルにしてはそれは珍しく、その違和感にマコトは じっとサハルを見つめた、その結果、一層近づく事となったその近さとまっすぐな視線に今度はサハルがたじろいたが、その原因を探ろうとするマコトが 気付く事は無かった。
「サハルさんもお仕事忙しかったんですか?」
よく見れば目も少し充血している。徹夜でもしたのだろうか、と首を傾げたマコトにサハルは、少し驚いたように目を瞬きそして苦笑した。
「……ええ、アクラムの荷物を整理していたんです」
「アクラムさんの……?」
頷いた後、サハルは話題を切る様にすっと身を引き、目を眇めた後柔らかく微笑んだ。
「素敵ですね」
気負いなくさり気無く褒めたサハルに、一瞬何の事かと首を傾げかけたがすぐに自分の姿に思い当たり、新たな動揺を自分の姿を見る振りをして俯く 事で押し隠す。
(お、落ち着こう……うん。好きって言われたけど、何かと誉めてくれるのは前からだったし!)
すぅっと深呼吸しマコトは少々引き攣りながらも笑顔を返した。
「有難うございます。この衣装サラさんが選んでくれたんですよ」
確かに身に付けた時は、露出が多くない事だけに意識がいっていたが、こうして改めて見ればデザインも、裾や袖に入った刺繍も手が凝っており、少女らしさを引き立てる可憐なものである。
自分よりサラの方が似合いそうだなぁ、と思いながら、軽く裾を持ち上げてサハルに刺繍を見せてみる。そんな少女らしい仕草に柔らかく微笑んだサハルは心得た様に頷いた。
「そうですか。サラは衣装選びも上手ですね」
その言葉にマコトは自分からひとまず関心が離れた事にほっとする。そしてサラの困った様に首を振って否定する表情を思い浮かべてから、何度も頷いた。
「そうですよね。私がいくら誉めても、『女官としては当たり前なんです』って頑なに否定するんですよ」
衣装選びだけでなく、サラは髪を結うのも上手で、その上、所作も綺麗なのに、頑なに否定するサラにどうすれば認めて貰えるだろう、と密かに思っていたのだ。
本人に聞かせたかったなぁ、と独り言の様に呟くマコトの横顔にサハルは笑みを深めた。
「昨日の衣装も素敵でしたけどね」
「……っ」
思い出す口調で囁かれたサハルの言葉に、マコトは一瞬にして凍り付く。
少し間が空き、二人の間に沈黙が落ちた。
出来るなら無かったものとして、記憶から削除して貰いたかったマコトは、目を泳がせ俯いてから、言いにくそうに口を開いた。
「……昨日はその、お見苦しいものを、その」
しどろもどろと呟くマコトの形の良い頭を見下ろし、サハルは至極真面目な声で言葉を続ける。
「素敵だと、私は言ったんですけどね」
「……ぇ、あ」
返事に困り、マコトは顔を上げると、サハルは言葉を続けた。
「掛け値なしの本音ですから素直に受け取って下さい。好きな人の魅力的な恰好は幾らでも見たいですからね」
(……ぅわ、ぁああ)
マコトの顔が一気に赤くなり、ますます顔を伏せたが、耳まで赤く染まっていた為、サハルにもマコトの表情は分かった。
その反応に満足した様に口の端を吊り上げたサハルは、今度は慰める様にすぐ下にある頭を撫でる。
「私も急に押し掛けてしまって申し訳ありません。でも、本当によくお似合いでしたよ」
「……はは」
まさか、とでも言う様に空笑いしたマコトに、サハルは見えない角度で小さく溜め息をつく。そして同じタイミングで艶やかな声が二人の間を割った。
「ああ、ここにいたのか」
「タ、タイスィールさん。おはようございます」
ゆっくりと二人に近付いたタイスィールは寝起きにしてはしっかりした視線で、どこか助けを求めるようなマコトの姿を見とめると、おや、と軽く目を瞠った。
「やぁおはよう。……っていいね。凄く可愛いよ」
にっこりと艶やかに微笑まれ、マコトはもうむしろここから逃げ出したくなった。
確かに昨日の衣装よりはましだが、よく考えればこれはこれで普段とはまた趣の違う服である。変、と言い換えられる位の違和感があるのかもしれない、と、居心地の悪さを感じながらも、マコトは必死で 「有難うございます」と礼の言葉を紡いだ。
……こういう場面では、ある意味サハルよりも押しが強いタイスィールである。さっさと切り上げ、話題を変える方がいい。
「何かありましたか?」
マコトの心の声が通じたのか、朝の挨拶代わりに軽く会釈したサハルが口を挟んだ。
まだ出発まで時間があるとはいえ、警備の総括をしているタイスィールともなれば忙しいはずだ。伺う様にそう尋ねたサハルに、タイスィールは首を竦めて首を振った。
「マコトに報告しに来ただけだよ。昨日頭領と話し合ってね。仮の婚約者の話はとりあえず保留にしてもらった」
「え……本当ですか」
「ああ、さすがに仮とは言え婚約者を決めるんだ。急な予定変更だったし、いささか考える時間が短すぎると思ってね。……それに君、誰も選ばないつもりだっただろう?」
「……っ」
さり気なく付け足された言葉に、マコトは驚いてタイスィールを見る。サハルはとっくにマコトが出す答えを予想していたらしく、マコトの様子を伺いながらタイスィ-ルの話に耳を傾けていた。
少しバツが悪そうに眉を顰めたマコトの頭を撫でて、タイスィールは苦笑する。
「君は真面目過ぎる……でも、私とサハルが求婚してるのは事実だし、それだけで牽制になる。まぁ君の護衛ならナスル以外にも腐る程、いるしね」
集落に戻り、慣例に拘る頭の固い長老達を説得するのが一番大変なのだが、それは頭領と彼等のお気に入りであるサハルに任せるつもりだった。視線を向けると、サハルは苦笑して分かった様に頷き、タイスィールは作業台から椅子を引くと座り込んだ。
「それにね。私は君が選ばなかった事が嬉しいんだよ」
「嬉しい、ですか?」
付け足す様に続けられた言葉が理解出来ず、マコトは首を傾げ彼を見上げた。ゆっくりと長い衣を捌き歩み寄ってきた彼は、彼には珍しく艶っぽさを控えた声で笑う。 それはいつかも見た優しい微笑みで、マコトはいつもの艶やかな笑みよりもそちらの方が好きだと思った。
「だって君、こちらの要求を呑まなかったの今回が初めてだろう。断っても許される、って我々の事信じてくれたって事なのかなって」
「……」
言われて初めて気付く。確かに、曖昧な状態で誰かを選んで傷付けるなら、誰も選びたくないと――しかし、こんな答えを認めてくれるだろうか、と不安だった事は確かで、それこそ一睡もせずに悩んだが、いくら考えても結局、答えは『誰も選ばない』だった。
かつての自分なら少しでも彼等の負担に思われる行動は避けていたはずで、今回なら多分、……サハルを選んでいたと思う。一番無難な答え、ただそれだけの理由で。
結局、心のどこかで、この優しい人達はきちんと自分の意見を聞いてくれると、分かっていたのかもしれない。
「マコト。君はもっと思った通りに振る舞って欲しい。君の我が儘を聞きたいって人間は多いんだからね」
タイスィールに同意する様にサハルも頷き、静かに口を開いた。
「自分に置き換えて考えてみればいいんです。身近な人に頼られて貴女は迷惑だと思いますか」
「それは……」
確かに迷惑だとは思わない。むしろ一方的に面倒を見て貰っているこの世界なら、逆に頼られれば嬉しいと思うだろう。
「……思いません」
その答えに二人は満足そうな笑みを浮かべてマコトを見つめていた。年の離れた妹を見るような親愛の情。慣れない優しさはくすぐったいが嬉しいものだ。
二人共優しい人だと思う。
だからこそ、傷付けたくない。元の世界で自分の母親以外に、その優しさに報いたいと思える程の友人や知り合いがいただろうか。ここで出会ったサハルやタイスィール他の候補者達……ニムやサラも含め、今やとても大切な人だと思う。
ぎゅっと胸の奥が熱くなって、穏やかで優しい二人の視線に鼻の奥がツン、となる。
(何かダメだなぁ……)
少しでも気を抜けば泣いてしまいそうで、途中だった作業を続ける振りをして視線をはずせば、サハルも無言のまま片付けを始めた。
「これで最後ですね」
マコトでは届かない高い位置にある高い棚に食器を直し込みサハルは首を回してマコトに問う。はい、と頷いたマコトが作業台を布で覆った所で、聞き慣れた話し声が耳に飛び込んできた。
おはようございます、と口にしかけて慌てて飲み込む。
声の主であるカイスは、足を動かしたまま頭領の護衛の一人と打ち合わせ中らしく、真面目な顔で頷いて、手にして紙に視線を落としていた。
「では――ですね。頭領に伝えておきます」
「おう、頼むな」
カイスが軽く手を払うと、男はくるりと踵を返し、カイスはそれとは逆方向の、マコト達がいる台所の方へやって来た。
「よぉ。あ、ちょうど良かった。サハル、ジジイが今から一緒に来いってよ」
少し眠そうな顔をしたカイスが片手を上げ、朝の挨拶を口にし、今いるメンバーを確認するように流れていたその視線がぴたりと止まった。
(私……だよね……)
サハルにもタイスィールにも散々からかわれた事ばかりだ。カイスくらいはもうそっとしておいて欲しい。
(そんなに違和感あるかな……)
どちらかと言うとデザインはマコトの世界の感覚に違い。正直に言えばそこまで反応されるとは思わなかったのだ。
やっぱり色が目立つんだ、と心の中で呟いた所で、それまで黙っていたカイスが口を開いた。
「可愛いな。お前普段からそういうカッコしてりゃいいじゃん」
――可愛い。
照れ屋でぶっきらぼう、そんなイメージのあったカイスの口からあっさりとそんな言葉が出た事に少し驚く。しかし、最近自分に対する態度によそよそしさを感じていたので、いつになく優しいカイスの口調に羞恥心よりも嬉しさが買った。素直に「ありがとうございます」と微笑んだマコトに、サハルの口元が一瞬、ぴくりと動く。
「でも、白いし普段着には怖くて出来ませんよ。これ」
「ん、まぁ、この生地はなぁ……普段着に向かねぇけど。でもお前さ、そういう白とかちょっとだけ色入ったヤツとか明るい色のが似合う」
「……そうですか?」
マコトは裾をつまみカイスに向かって首を傾げる。何となく付き合いたての恋人同士のような初々しい雰囲気を醸し出す二人に大人気ない大人が邪魔をした。
「おや、カイス。成長したもんだね。いつの間にそんな口説き文句をさらりと口に出来るようになったんだい」
「母君の教育でしょう。それに根は素直ですし、意識しなければそのまま口に出来るんですよ。……ねぇ、カイス?」
「べっ別に口説いてねぇよっ!」
にっこりと微笑んだサハルにカイスは真っ赤な顔で怒鳴ってマコトから離れる。ちなみに教育なんて大したものでもなく、お嬢様育ちで年齢の割に幼い所があった彼の母親は、一日一回は服装、髪型……その他の容姿に関わるものを褒めなければ、拗ねて夫、つまりカイスの父親に泣きついた。妻命と言っても差し支えなかった当時の頭領に「母さんを泣かせるんじゃない」と問答無用で何十回と拳骨を落とされれば、自然と朝の挨拶のように褒め言葉も出てくる。
ちなみに、十歳の時、服の襟のレースを変えた事にも気付かないなんて、と二人から責められ晩御飯を抜かれた事は、今では良い思い出……にはまだなっていない。
「……そこで意識させるのが、君のいい所だよね」
すっかり離れたカイスを見てぽつりと呟いたタイスィールの言葉をサハルは右から左へと流した。
「ではカイス。行きましょうか。マコトさん、また後で」
微笑んでマコトに軽く手を振ったサハルはカイスと共に長老のゲルへ向かい、それとほぼ入れ違いでサラとニムがやってきた。
「おはようございます、タイスィール様。マコト様。日差しが強くなってきましたのでスカーフお持ちしました」
サラからスカーフを受け取ったマコトは、お礼を言って手早く頭に被る。確かにそろそろ日差しが強くなる時間だった。
「片付けなら私が替わります、って言いましたのに」
ぼやくようにそう言ってすっかり整理された台所を見るサラにマコトは苦笑して、首を振った。
「食器をしまうだけだったんです。それにサハルさんが大体片付けてくれて……私はほぼ見てるだけでしたよ」
ニムが少し離れた場所から思い出したように手を打った。
「あ、マコト。おじさん……、じゃない、頭領が話があるんだって。すぐ行くからゲルに戻っててって言ってた」
昨日そういえば遅くなったのでまた明日改めて挨拶を、と言う話だった。その事を思い出しマコトは頷くと、タイスィールに 「失礼します」と断ってから、足早にゲルに向かった。
* * *
「……よく似合うけど、よくマコトがあの手の服を着たね」
小さくなっていくマコトの白い背中に視線を向けて、タイスィールはそばにいるサラを悪戯めいた目で見た。
そう、普段に比べれば格段に露出が高い今日の衣装。よく似合っているが華奢な肩は剥き出しで、歩くたびに可愛い膝小僧が見え隠れし、 健康的な色気を醸し出している。いやらしくならないのは、その生地の白さがそれをかき消し印象を明るくしているせいだろう。マコトの漆黒の髪と どこまでも深い瞳に穢れの無い白がよく似合っていた。
「ええ、すごくお似合いでしょう? マコト様もあれは喜んで着て下さいましたわ」
同じ様にマコトの背中を見つめていたサラは、自分の仕事振りに満足する様に大きく頷いて答えとは少しずれた言葉を返した。
「『あれ』は……?」
引っかかるように繰り返したタイスィールに、それまで黙っていたニムがサラの手を掴む。
「じゃあ、タイスィール様! 私達も用意がありますから!」
そのまま脱兎のごとく走りだし、用意した馬の所までサラを引っ張ると、自分より一回り小さいサラをぐいっと隅に押しやり、声を顰めた。
「駄目でしょ! 内緒って言ってたじゃない!」
「ああ、そうでしたわね」
すみません、と続けたサラの表情はやはりどこか満足気だ。その顔に違和感を覚え昨日の出来事を頭の中でさらった後、ニムは、もしかして、と前置いた。
「サラさぁ、もしかして昨日着せたのわざとなの? アンタにしては強引だと思ってたけど……」
「私どうしても今日の衣装マコト様に着て頂きたくて。あの際どい衣装の後でしたら、大抵のものは着てくださると思ったんですの」
にっこり笑ったその笑顔に、ニムは絶句する。そしてその胡散臭い笑顔に頭領と同じものを見た。
「アンタ……流石にあのおじさ……いや頭領の血縁だけあるわ」
「まぁ嫌ですわ。私なんてまだまだです。ああ、でも昨日のお衣装も思っていた以上に似合ってましたから、いつかまた着て頂きたいですわ~」
夢見るようにうっとりと顔の前で両手を組んだサラに、ニムは心の中でマコトに両手を合わせた。




