第七話 庇護すべきもの(サハル視点)
話を終えたマコトは、もう夢なのか現実なのか区別がつかない程、 襲い掛かってくる眠気にぼんやりしていた。
「……そう、頑張ったんですね」
深く頷いて、サハルは優しく微笑む。
「卒業おめでとうございます」
そして静かに呟かれた言葉に、マコトは虚ろに開いていた目を大きく見開いた。驚いた顔で何か言おうと口を開きかけて、しかしすぐに閉じる。
「どうかしましたか?」
「いえ……まだ誰にも言って貰ってなかったから、……多分、嬉しくて……」
くしゃりと顔を歪ませて、それでも泣くまいと唇を噛み締めている少女の姿を見てサハルの胸は痛いほど締め付けられた。
透明な涙が一筋頬に流れるのを目にし、歳の離れた妹の泣き顔と一瞬だけ被った。違う、我侭放題の妹はきっとこんなただ一人で堪える ような痛々しい泣き方などしないだろう。
放っておけなかった。
気付くとマコトを引き寄せ、胸に抱きこんでいた。
想像していた以上に柔らかい感触に戸惑ったが、小さい 頃ぐずる妹をあやしたように背中を優しく撫でてやる。
「す、みません……泣いたり、して」
少し驚いたようだが、マコトはサハルの胸の中でじっとしていた。 自分を信頼してくれている様で、その事が少し嬉しかった。
「いいえ、貴女は……多分、色んなものを我慢しすぎているみたいですね。子供なら子供らしく大人に甘えなさい」
出来うる限り優しい声で耳元に囁いてやる。
それでも少女は大声を上げて泣いたりはしない。嗚咽を堪える様なか細い泣き声は、聞いているこちらの方が切なくなるほどだった。
暫くしてから聞こえてきた微かな寝息に、サハルはそっと身体を離した……が、少女の手が自分の服をしっかりと掴んでいた。
そっと顔を覗き込むと、真っ赤に腫れた瞼 が痛々しい。きっと泣くのを 堪える為にずっと噛み締めていたのだろう。小 さな唇が赤く充血していた。
突然異世界に飛ばされて――色んな事があって疲れたのだろう。
そっと額にかかった前髪を梳くと、ふとその下に視線が向いた。大きすぎる 服のせいで襟元から白く形のいい膨らみが覗く。抱き寄せた拍子に感 じた戸惑いを思い出し、慌てて視線を外した。
起こさない様に慎重に寝台に横たえる。サハルの服を掴 んでいるせいで横向きなった少女の身体の線は滑らかな女性らしい起伏を描いていた。泣き腫らした幼い顔にその肢体はとてもアンバランスで――。
(……本当に十四歳なんだろうか)
理知的な色を称えた瞳、しっかりした口調。そしてどこか憂いのある微笑。 どれをとっても自分の妹とは全く違う。
先程別れる前に見たタイスィールの意味深な微笑を思い出す。
『そうそう、君の花婿候補に、私も入っている事、忘れないで?』
面白がってる声音だったが、あれは候補から外れるつもりは無い、という事をマコトでは無く、自分に知らしめたかったのだろうか。
だとしたら――
ほぼ無意識に、サハルはマコトに向かって手を伸ばしていた。
「……ん……」
「……っ」
小さく寝返りを打ったマコトに、ばっと手を引く。
(――何を考えている)
硬く握り締めた拳に力を込める。
まさかこんな年端もいかない子供に、―― ましてや、自分の妹と同じ年頃の少女に断りも無く触れようとするなんて。しかも明らかに『あやす』などと言う感情では無かった。
もともと、カイスと違ってサハルは『イール・ダール』 を伴侶とする事に、拘りは無い。それどころか、面倒事には巻き込まれたくないのが本音だった。現れた『イール・ダール』が幼い事もあ り、候補から外して貰うつもりでいたのだが。
――感情を押し殺して、一人で泣く少女を放っておけないと思った。
きっと妹に似ているから。
異世界に一人で放り出された少女が哀れで、庇護欲をそそられるのだろうと、サハル は無理矢理自分を納得させた。
分厚い毛布を引き寄せ、マコトの身体に優しく掛けて やると、少女が自分の服から自然に手を離すまで待とうと、自分もその横に横たわった。




