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第四十七話 救出劇

 マコトが口を開いたその瞬間、すぐ近くで爆音が響いた。


 派手に上がった砂煙と壊された壁の破片から守る様にスェはマコトの体に覆い被さり真横に転がる。地面に突き飛ばされたマコトの頭にはスェの手がきちんと添えられており、固い地面との直撃は避けられていた。


(な、に……また何か)


 一番先に思い付いたのは先程捕らわれた筈の野盗達だった。もし彼等が何らかの方法で牢から脱出し、報復しに来たのなら――どうするつもりなのかと、至近距離にあるスェの顔を見上げると、彼は意外な表情をしていた。


「……~あ~、思ってた以上に早いな」


 独り言の様に呟き、スェはその体勢のまま、見事な程ぽっかりと空いた壁を眺めて、どこか嬉しそうに笑った。


 スェの反応に、マコトが首を傾げるよりも早く、砂煙の向こうから耳に馴染んだ声が上がった。


「お前は馬鹿かっ! 派手に壁ぶっ壊しやがって! マコトまで怪我しちまうだろうが」


 耳に馴染んだ声、まだきっと一日も経っていないのに、懐かしく感じる。


「カイスさん……」


 助けに来てくれたのだ、とぽつりと名を呟けば、その向こうから甲高い声が上がった。


「マコト無事!?」

「サーディンさん、ですか?」


 声に出して確認すれば、白い煙の中の人影が大きくなり、飛び込んで来たのはやはりサーディンだった。


(来て、くれたんだ……)


 見捨てられなかった。助けに来てくれた。

 半ば信じられない気持ちで、その整った顔立ちを見つめていると、気付いたサーディンがまっすぐをマコトを捉え、あ、と中途半端に口を開き、それからくしゃりと顔を歪ませた。


「マコト……ッ」


 悲鳴の様な掠れた声に胸が締め付けられる。本当に心配してくれたのだと、それだけで分かってしまった。

 サーディンの後にカイスが続き、その姿は砂にまみれて汚れており、ここに来るまで奔走した事を察する事が出来た。


「マコトさん!」


 ついでサハルが姿を現し、マコトは押さえ込まれた肩越しに目を眇め彼らの姿を見つめた。


(……サハルさんまで、来てくれたんだ)


 マコトの声を確認し、幾分和らいだ三人の目がマコトと、覆い被さったままのスェを捉え、また一斉に鋭くなる。

 しかしそんな視線すら楽しむ様に口の端を釣り上げ、スェは、わざとらしいほどゆっくりとマコトから体を離した。


「まさか……」


 カイスが呟き、サハルは殺意を込めた視線でスェを睨み付ける。驚きに動きを止めたサーディンもすっと目を眇め表情を消した。そして最後にカイスは眉間に深い縦皺を刻み、ぎりっと歯を軋ませた。


 それぞれが放つ尋常では無い殺気にマコトは改めてその体勢と乱れた服に気付き、慌てて前を隠そうとして、手が縛られたままだった事に気付いた。


「……破瓜の時のあの締め付けは格別なのに……!」


 普段から想像出来ない程低い声で吐き捨てたサーディンの言葉に、マコトは眉を顰め、思わず一番近くにいるスェを見た。


(はか、の……?)


 一体サーディンが何を言ったのか分からないが、くっきりと青筋を浮かせたサハルとカイスの顔を見れば、ろくでも無い事に違いない。

 しかしあくまで真面目に言っているらしいサーディンの顔に、どんな反応を返していいか分からず、乱れたままの服を見下ろし、もしかすると、とある事に思い至った。


(襲われたと思ってる……?)


 確かにそれに近い事はあったが、ラジが助けてくれた。

 別の意味で顔を青醒めさせたマコトに、スェはくるりと振り返り、少し気の毒そうな顔をしてマコトを見下ろした。 


「……オイ、お前あんな事言ってる奴らの嫁になる位なら、ちぃっとトシ食ってるが、俺のがマシじゃねぇ?」

「こんな変態と一緒にすんなっ!」


 明らかに馬鹿にした視線を投げられて思わずカイスが噛み付き、傍らにいるサーディンを睨む。しかしスェはそれを無視して、マコトの腕を掴み、その場に座らせた。


「マコトに触んじゃねぇ!」

「あーハイハィ。で、お前ら、見張りとかみんなやっちゃったわけ? ぅぁ! ラジのヤツいつのまにかいねぇし!」


 スェの言葉通り、先程まで部屋にいたラジは煙の様に消えていた。


「面倒だからって逃げやがったな、あの馬鹿……!」


(い、いつのまに……!)


 部屋を見渡しても影も形も無い。ああ見えて、凄腕の魔術師なのだと思い出し、納得する。


(でも、この状況で部下が頭領置いてったらダメなんじゃ……)

 あるいは、一緒に逃げるべきじゃなかったのだろうかと、思うが、スェの様子から察するにきっと何か策があるのだろう。


「――周囲は抑えたよ。数が少ないのが気になるけれどね。抵抗せずに大人しく捕まってくれると嬉しいけど」


 カイス達が現れた場所の反対側の扉から、また聞き覚えのある、いや一度聞けば忘れられない声の持ち主が入ってきた。


「タイスィールさん……!」


 タイスィールはマコトを視界に捉えて、安心させる様に微笑みゆっくり頷く。


「無駄な抵抗はしない方がいい。……君」


 そしてその傍らに立つスェを鋭い目で捉えて、言葉を途切れさせた。その視線を真っ直ぐ受け止めて、スェはにやっと笑って口の端を吊り上げた。 


「よぉ、タイスィール相変わらず美人だなぁ」


 にやっと笑って気安く片手を上げる。タイスィールは一瞬信じられないものを見るように目を瞠り、それから押し殺したような声で呟きを漏らした。

 

「……ザキ、様」


 咎めるような、懐かしむような複雑な表情。しかしそれをすぐに飲み込み、タイスィールはいつも表情に戻り、もう一度彼の名を呼んだ。


「ザキ様。何故貴方がここに」

「っはは、十年振りだな、その名前で呼ばれるのは」

「……何だよ。お前ら知り合いかよ」


 置いてかれた形になっているカイスはそう言い、サハルは心当たりがあるのか無言のままスェを観察している。


 そしてタイスィールの後ろから入ってきたナスルは、部屋の中に目を向け、驚きに目を見開いたままその場に立ち尽くした。


「……まさか……」


 掠れた呟きにスェが眉を吊り上げ、ナスルの元へと駆け寄る。


「お前ナスルだよな! いやぁ、でっかくなったなぁ」


 懐かしむ様に目を細めて肩を叩くその手を上から掴んだのは、ナスルではなく、いつのまにか移動していたサーディンだっだ。戸惑うナスルに満面の笑みを浮かべるスェの間に立ち、掴んだ手に力を込め、冴え冴えとした声で低く、笑う。


「ナスルの兄だろうが、王の元右腕だとかどうでもいいよ。殺して欲しいって泣いて頼む位甚振ってあげるから」


 掴んだその場所にパシッと火花が散る。

 スェは口の端を吊り上げてそれを払いのけると、両手を上げて一歩下がった。


「あっぶねぇな。ハイハイ。安心しろ。嬢ちゃんには手ぇ出してねぇよ。服はどっかの馬鹿が破いただけで指一本触れてねぇハズだけど……なぁ、嬢ちゃん?」

「え……ぁ! はい」


「で、わざわざ来て貰ってご苦労さんだが、とりあえず今日は降参だ。嬢ちゃん連れて帰りな。それから迷惑かけて悪かったな。片付けなきゃいけないゴミ共だったんでちょっと利用させて貰った」

「……今回の事は」


「ああ、なぁに、ちょっと挨拶したかっただけさ。なぁ?」

「……あの、どちらかかって言うと助けて貰ったんです。だから」


 マコトの言葉の先を察したのかタイスィールはスェとナスルに部屋の外に出るように促す。意外にもスェは 大人しくそれに従い、「じゃあな」とマコトに手を振った。


 三人が部屋から出て行き、すぐにマコトのそばにカイスが駆け寄った。


「おい、マコト大丈夫かよ……!」


 縄を解こうとしてしゃがみ込むと、大きく開いた胸元に気付き、カイスは慌てて目を逸らせた。


「……あ、悪い……え、……っはぁ!?」


 が、すぐに向き直り、またマコトの胸元を凝視する。後ろ手に括られているせいで、隠す事が出来ない。あまりにもあからさまな視線にマコトの顔が赤くなる。

 さすがにこれはいくらなんでも。


「あのっ」


 顔を真っ赤にさせたマコトが口を開いたのと同時にサハルの拳骨がカイスの頭の上に落ちる。声もなくカイスはそのまま横に倒れ込みのたうちまわったが、サハルは涼しい顔でマコトの肩に上着を掛けた。


「少しは気を回しなさい。マコトさん、これをどうぞ」

「え、……あ、はい。有難う、ございます」


 有り難く被せてもらうと、サハルは後ろに回り縄を解いてくれる。両手が自由になった所で受け取った服を破れた服の上からしっかりと被った。


「怪我はありませんか」


 そっと頬に手のひらが添えられて上向かされる。そんな仕草すら先程の男と比べようも無い程優しかった。込み上げた何かをぐっと堪えて、マコトは「大丈夫です」と笑って見せた。





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