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第四十六話 既視感


「おォーい。何してんだよ、お前ら」


 何か爆発した様な音の後、静まり返った洞窟に響いたのは低い男の声だった。それが響いた途端、男達はぎょっとしたように口を噤み、一斉に立ち上がった。破壊され倒された扉の向こうに男が立っており、その後ろにも数人の男達が控えていた。


「スェ……!」


 ラジとほぼ同世代の男は、不遜な笑みをその顔に貼り付けて、洞窟の中にいた男達を見渡し口を開いた。


「呼び捨てたぁ、いい度胸だな? 様付けか頭領って呼べよ」


 無精髭を撫でながら言葉ほど威張る様子も無く、男は一歩、また一歩とマコト達の下へ歩み寄る。その後ろに数人の男達が続いた。マコトを攫った男達と服装は変わらないが、彼らほど荒んだ雰囲気は無く、若い男が多い。


「ここに来るのは三日後だったはずじゃ……!」


 咄嗟に後ずさった男に、スェは口笛を吹いて首を傾ける。


「ちぃっと野暮用でな。で? お前らその間に何しようとしてたよ? え?」


 くいっと顎を持ち上げマコトが転がる奥を指す。マコトに覆い被さっていたラジは静かに身体を起こし、立ち上がった。大して汚れてもいないズボンの埃を払い、真っ直ぐ扉に向かう。


「俺らは別に……!」


 口々に言い訳を始めた男達の言葉を遮ったのは、ゆっくりとスェに歩み寄りその肩を抱いたラジだった。


「『イール・ダール』を横取りして、逃亡を企てていたな」

「ラジてめぇっ!」 

「裏切るのか!」


 男達は血相を変え、ラジを睨み付け口々にそう怒鳴る。しかしラジはその鋭い視線を物ともせず、淡々した口調で切り捨てた。


「救いようの無い馬鹿だな。それじゃ、自白してるようなものだろう」


 顔色を無くしたく男達に、スェはくくっと喉の奥で笑って腰元のナイフを鞘から抜き取り、その柄に描かれた鷹を正面に構え突き出した。ひっと声にならない悲鳴が上がる。


「お前ら。頭領の命令は絶対。それが「蒼鷹」の掟だ。 ――覚悟は出来てるな?」


 口調は厳しく、それは問いでは無かった。剣を構えたまま、男は鋭く判決を言い渡した。


「捕えろ」 


 男の後ろに控えていた男達が、周囲を囲い込み、逃げ回る男達を一人ずつ拘束していく。マコトは横ばいで近くの壁まで移動し壁を利用し上半身を起こすと、絡み合う男達に視線を向けた。


(あれが、スェ、って言う人……?)


 目を凝らして男を見れば、鮮やかな赤色がまず目に飛び込む。どこかで、とは言えない程それは印象に、いや、脳裏に焼きついている色だ。いや、それだけでは無く、風貌もどことなく似ている気がした。あの――隻眼の剣士に。


「とりあえず牢にでも入れとけ。他にも色々やらかしてくれてそうだからなぁ」


 暴れる男達は次々に囚えられ、部屋の外へと追いやられる。そして狭い洞窟内にはマコトとラジ、そしてスェが残り、マコトは自由にならない腕を少しでも緩めようと、何度も腕を擦り合わせるが、ビクともしない。


「スェ様」


 そんなマコトを確かに視界に入れながらも、ラジは隣に立つ男の名を咎める響きを含ませ呼んだ。


「おぅ、お疲れさん。いやぁ有能な部下持つとほんっとに楽だな」


 どこか後ろめたそうに、スェは視線を外し、マコトの元へと歩み寄る。


「もう少し早く来れたでしょう」

「あーこっちはこっちで年寄り説得すンのに時間が掛かったんだっつぅの」


 その後にぴったりと続くラジを嫌そうに払いながら、マコトの正面に立った。びくっと身体を竦ませたマコトに苦笑し、膝を折る。視線の高さを合わせてくれたのだと分ったが、それでも身体は先程の出来事を思い出し、強張ってしまう。


 そんなマコトを見て、スェは少し考えるように間を置いた後、ゆっくりと――まるで小動物に触れるような慎重さで手を動かし、マコトの頭の上に乗せた。


「おーい怖くない怖くない、オジサンは噛み付いたりしないぞー」


 思っても見ないセリフに、マコトは目を瞬かせ、スェの顔を凝視する。その優しく撫でられる感触にも、戸惑い、しかし、ゆっくりと緊張で乾いた唇を開いた。


「あの、……あなた、は」


 まだ微かに震える声でそう尋ねれば、男は嬉しそうに笑ってくるりと首を回した。


「俺は、まぁあいつらの頭領ってトコかな」


 ……やっぱりそうなのか。なら、状況はあまりよくも無いかもしれない。西の元へと返してやるとラジは言っていたが、あの場しのぎの嘘だったのかもしれない。そうなると自分の所有者が代わっただけの話になるが、それでも何故か先程の男達よりもまだマシだと思えた。


 ようやく身体の力が抜けた頃、スェは手を下ろし、マコトの顔を覗き込んだ。


「……ッ」


 そして少し驚いたように目を見開くと、まじまじとマコトの顔を見つめ、あー、とかうー、とか曖昧な言葉を口にした。


「どうしたんです? いつも以上におかしいですよ」

「……うるせぇよ。お前は。もっと頭領を敬いやがれ」


 傍らに立っていたラジに突っ込まれ、スェは口を尖らせる。そして再びマコトに向き直った。


「あーまぁ、場所変えようぜ。嬢ちゃん、……ちぃっと触るが我慢してくれよ?」

「え……ぁ、自分で歩けます」


 抱き上げようと伸びてきた手に気付き、反射的に身を竦ませて首を振る。


「……そっか」


 マコトがそう返事をすると、スェは少し残念そうに眉尻を下げた。その事に気づいたマコトは、 唇を噛み締めわざと男から視線を外した。


 男に襲われた自分が怖がらないか、と配慮して、わざわざ尋ねてくれたのだろうに、酷い態度を取ってしまった。

 背中に当たっている壁を利用して、マコトはゆっくりと立ち上がる。

 スェは近くにいた男に何か服を持ってくるように指示してから、奥にあったらしい隠し部屋に向かう。扉を開ければ、そこには小さなベッドがあり、思わずマコトは足を止めた。それに気付いた男が、苦笑し、いやいや、と首を振った。


「大丈夫だって。嬢ちゃんをヤろうと考えてねぇから。どっちかっていうと俺は熟れてる方が好みだし、相手になってくれるーっつうんなら嬢ちゃんがあと十年位たってから頼むぜ?」


 揶揄するように笑われてマコトの顔に朱が走る。あんな事があったとは言え、 一人で意識していたのが無性に恥しくなった。


「……ぅ、あ、すみません……」


 とっさに小さな声で謝ったマコトに、スェは目を細めて、口の端を釣り上げた。


「なんだ、可愛いなぁ今度の『イール・ダール』は」


 その声に懐かしむような響きが含まれる。

 ――その顔立ち。やはり誰かに似ている。彼はこんな優しい笑い方はしないけれど。


(ナスルさん……)


 これだけ似ていて他人だと言う方が不自然だろう。名前は違うが、野盗なのだから偽名を使っていても不思議はない。しかし、親衛隊に籍を置く彼の兄……いや確かその兄本人も王の右腕だと言われる地位にいた筈だ。そんな人物が野盗にまで身を落とすだろうか。


 しかし、確かめずにいられない何かがあった。ラジが部屋に入ってくる気配は無く、マコトは思い切って口を開いた。


「あの、スェさん。……ナスルさんって、ご存知ですか」

「ナスル……っ……て、そうか、西に匿われてたんだよな。アイツにも会ったのか!」


 スェが身を乗り出し、マコトの顔を覗き込む。その勢いに押され、 マコトはそのままベッドの上に腰掛ける形になった。


「は、い。あの……その、護衛をして下さってました」

「なぁアイツでっかくなってたろう! 俺に似ていい男に育ってたか!?」


 それはもう自慢の弟を自慢する兄そのものだった。感情が顔に出やすいタイプらしい。 顔立ちはともかく似てない兄弟だな、と自分でものんきだなぁと思う感想が浮かんだ。 そして、そんな状況では無いのに、マコトは初めて表情を和らげ、少し笑った。


 そんなマコトの様子に、スェは少し驚いたように目を見開き、すぐにその大きな手を マコトの頭に乗せた。


「ぁあ、イイな。女は愛嬌あるのが一番だぞ? 笑っとけ。……ああ、 『イール・ダール』を慈しむ程、オアシスは栄えるっつうし。ちぃっと年の差があるが俺の嫁になるか? 可愛がってやるぜ?」


 太い指で顎を持ち上げられる。しかし不思議と怖くないのは、彼に悪意が無いのが分るからだろうか。


「おやめなさい。頭領がブラコンの上にロリコンなんて痛い事この上ありません」


 背中から冷たい声がかけられ、スェは眉間に深い縦皺を刻み、後ろを振り返った。


「ラぁ~ジぃ~てめぇ、部屋に入るときくらいノックしやがれ」

「どこの世界に、律儀に在室確認する野盗がいますか」

「だぁああ! 時と場合によるだろ!」

「生憎、応用の利かない性格なので」


 二人の掛け合いは野盗同士とは思えない。マコトは肩を震わせ、笑いを堪えた。


「それよりもどうして縄を解かないのですが。まさかそういう趣味まであるのなら流石の私もお付き合いしかねます」

「んな訳ねぇよボケッ! ……これは、まぁ、ほら、アイツらが見たとき、楽しそうだろ?」

「なんて趣味の悪い」


 ラジは無表情のままきっぱり言い放つと、スェは低く唸って吠えた。 


「……っマジでてめぇにだけは言われたくねぇな。お前だって、やろうと思えば一人でアイツら片付けられたクセして、嬢ちゃんに覆い被さって何してたんだか!」

「あ、それは……」


 時間稼ぎの為にしてくれたのだと、口を挟んだマコトの言葉をラジが遮った。


「本当にしても構わなかったのですが。衆人環視の中での行為は趣味ではありませんので」

「マジかよ構いやがれ! っつーか、お前が一番危険なのかよ!」


 嫌そうに仰け反って大袈裟に肩を震わせたスェに、マコトはとうとう堪えきれず 声を立てて笑う。


(きっと、笑わせてくれてるんだ……)


「――ああ、嬢ちゃんさーそうやって笑うと、懐かしい奴らを思い出すよ」


 指先で髪を辿り、スェは目を眇めて、口の端を吊り上げ、そっと身体を離した。

 その表情が少し寂しそうなのが気になった。ことごとくスェの言葉に突っ込んでいたラジも何も言わず、無表情のまま彼を見ている。そこに踏み込んでいいものか分からず、マコトは一度視線を伏せて、話を変えた。


「……あの、私はこれからどうなるんでしょうか」


 マコトの言葉にスェはラジと一度顔を合わせる。そして後ろ頭をかきながら、ううむ、と唸った。


「そうだなぁ。嬢ちゃんどうしたい? 西に帰るか? でも騙されてたんだろ? ここからは少し離れてるが、俺達の根城があってな女子供も住んでる。そこにいてくれても構わんが」


 思い掛けない申し出にマコトは、目を瞬かせる。


「……え?」

「まぁでも、そこに来るんならそれなりに利用はさせてもらう。――分ってるだろう? 自分の価値」


 正直な人だと思った。西の一族がずっと隠していた事をさらりと言って、にこやかに笑う。

 あの場所から離れる事を想像した事が無いわけではない。スェも、……助けてくれたラジも、多分悪い人では無い。


(ここにいる……?)


 何もかもリセットして一からやり直す。それもまた選択肢の一つ。


(どうしよう……)


 だけど。




「私、は――」




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