第四話 面影(タイスィール視点)
*このページから『真』→『マコト』になります。
「合ってるよ。可愛い声で名前を呼んで貰えて嬉しいね」
ほんのりと甘さを含ませて答えると、マコトはきょとん、とした顔をして訝し気に眉を寄せた。頬でも染めるかと少なからず思っていたタイスィールは、苦笑する。
(やっぱり色も分からない子供か)
今度の『イール・ダール』は、とびっきり可愛い。
眠っている時も綺麗な顔立ちをしていると思っていたが、目を開けてみると、幼い顔に似合わず聡明な光を称えた意志の強そうな漆黒の瞳が印象的な少女だった。受け答えもしっかりしていて、何より自分の置かれた状況と立場を理解し始めているように見えた。ただ――。
(些か、しっかりしすぎ、かな……?)
聡明な彼女は、成人していたら強制的に婚姻を結ぶ事になると 気付いたのかもしれない。十四歳だと言ったが、もっと年を重ねているのでは、 とタイスィールは訝しんではいたが、この様子では案外本当なのかもしれない。
(イブキさんとは、全然違うタイプだね)
随分と会っていない、先の『イール・ダール』を思い出し、ふっと小さく笑う。
「タイスィールさん?」
懐かしい彼の人の面影を思い出している内に、ぼうっとしていたらしい。タイスィールは、詫びを込めてとっておきの笑顔を浮かべた。
「ああ、悪いね。じゃあ今からサハルの所に案内してあげるよ」
タイスィールがそう言うと、マコトの目が躊躇う様に彷徨った。
しかしすぐに顔を上げ、まっすぐにタイスィールを見上げる。
「あの……私一人でも大丈夫だと思うんです、けど……」
意を決したようなマコトにタイスィールは少し考えるように間を置く。
確かに自己申告した十四歳といえば微妙な年頃。見ず知らずの男と同室というのは、さすがに躊躇われるのだ ろう。けれど一族がこの土地を 離れて随分久しく男達が泊まっている場所以外のゲルは、荒れて使いものにならない。そもそも慣れない人間が一人でいられるほど、この土地は甘くないのだ。
ゲルの隙間から毒虫が入ってくるなど日常茶飯事で、抵抗力が低いであろう異世界の人間に とっては生死をも左右する。 貴重な『イール・ダール』をそんなつま らない事で失う訳にはいかないのだ。
それに……。
候補者の内、一人でも少女と懇意になってもらわなけれ ばならない。長老にくれぐれも、と頼まれている。候補者も多い。 一日中一緒にいれば、嫌でも一人位気の合う男も出てくるだろう。
「うん? そう、気持ちは分かるんだけど ……長老命令だからね。私の一存では決められない んだ」
少し考えた振りをして、タイスィールは そう説明する。ごめんね、と申し訳なさそ うに言い添えると、マコトは慌てたように首を振った。
(素直で可愛いね)
「それにね、ゲルだと言っても毒虫やら蛇やら色々出る から、……対処出来ないだろう? ああそれとも貞操が心配だったりする? 十六までは絶対に 手を出される心配は無いから大丈夫だよ」
「……いえ……」
後半の言葉の意味を分かっているのか、 分かっていないのか、マコトはゆっくりと首を振った。 てっきりその理由を問われると思ったタイスィールは、 残念、と心の中で呟く。
タイスィールは木扉を開き、ゆっくりと出るよ うに促した。ひんやりとした空気が肌に突き刺さる。 マコトはおずおずと足を動かし屈むと小さな扉をく ぐった。そして夜空を仰ぐと目を眇め感嘆の声を上げた。
「綺麗……」
寒さも忘れて思わず見惚れてしまった少女に、タイスィールは苦笑する。
放心した様に暫く夜空を眺めていたが、ぽん、と軽く肩を叩かれてはっと我に返った。
「風邪をひくよ」
「あ、すみません」
そう謝ったもののすぐに視線を動かし、マコトは、あ、と小さく声を上げた。
「こんな風になってたんだ……」
今までいたゲル――実はタイスィールの住まいなのだが、振り返り感心したように頷く。
「ああ、見るのは初めてかい? ゲルと言うんだ。 今はあまり使われていないけどね。我々も 砂漠に用事がある時しか使っていないんだ」
月明かりに白く浮かぶドーム状のゲルは数え切れない。しかしそれも砂漠の 闇に映えて幻想的だった。
「サハルはね、王宮で文官をしているんだ。だから分か らない事があれば彼に聞くといい。……知りたい事はまだたくさんあるだろう?」
きょろきょろと落ち着き無く周囲を見渡すマコトにタイスィールは、ちょっとしたいたずらを思いついた。
「本当に風邪をひくよ? ……星を見るなら後ろから抱いて暖めていてあげようか」
「……け、結構です!」
ぶんぶんと首を振り、大きく後ずさったマコトに、タイスィールはおや、と眉を吊り上げる。
意外に意識されている?
そう思って、何となく嬉しい気持ちになるのは、つまらないプライドゆえか。
「遠慮しなくていいけど」
面白い、と笑顔を浮かべて一歩また一歩と近 づこうとしたその時、呆れたような低い声が響いた。
「何をしてるんですか。貴方は」




