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第二十一話 最後の婚約者


「……あ、もしかしてハッシュさん、でしょうか」


 俄かに集落の入り口が騒がしくなり、マコトは少しほっとしながら、爪先立ちで伸び上がり目を細めた。

 その子供っぽい仕草に表情を和らげたタイスィールは同じ場所に視線を向けた。


「そうみたいだね。ハッシュが来る事は誰から聞いたんだい?」

「さっきサーディンさんに教えて貰いました」


 サーディンね、とタイスィールは口の中で呟くと、含んだ視線でマコトを見た。


「そう。……それにしても賑やかだね。何かあったかな」


 タイスィールがそう言った途端、甲高い女性と言うには少し幼い声が上がった。


(今の、女の子の声よね……)

 まさか、と思いつつも、マコトはいてもたってもいられず、タイスィールを仰ぎ見た。


「あの、私も見に行ってもいいですか?」

 マコトの問いにタイスィールは一瞬虚をつかれた様に黙り込んだが、 すぐに笑顔を浮かべ頷いた。


「いいよ。一緒に行こう」

(え、……)


 自然な仕草で右手を掬い取られて、 そのまま握り込まれ、手を引かれた。

 タイスィールの見かけとは逆にその手 は厚く固くて、まるきり大人の男の手だった。生まれて初め て、と言ってもいいほど慣れない感触 にマコトの心臓が跳ね上がる。そんなマコトを知ってか知らずかタイスィールは、振り返る事なく入り口に向かって歩き出した。


「……っだからあんたに関係ないでしょ!?」

「迷惑だってのが分かんねぇのかよっ!」


(カイスさん、戻って来てたんだ……)


 初めて聞くカイスの怒鳴り声にマコトは一瞬びくりと体を強ばらせた。もともと野生的な風貌をしているのでこんな風に口調を荒げると、まるで別人の様に柄が 悪くなる。

 しかしそれよりも凄いのは、そんなカイスに負けじと食って掛かる少女の方だった。大きな瞳の愛嬌のある顔立ち。焦げ茶色の長い髪を高い位置で一つに束ね、尻尾の様なそれが、口を開くたびぴょこぴょこと跳ね上がる。


「おや」


 マコトの少し前を歩いていたタイスィールがそう呟き、 驚いた様に少女を見た。そして少し困った様に苦笑する。

 どうやら知り合いらしい。


(……手、離してほしいんだけどな……)


 嫌では無いのだが、何となくカイス辺りに見られたら、からかわれそうだ。そう思ったマコトの心中を察したのかタイスィールは繋いでいた手を自然に離した。

 そして一度振り向いてマコトを 見下ろし安心させる様に優しく微笑むと、マコトの頭の上にぽんと手の平を乗せた。そして騒ぎの中心にいる二人に近付いていく。


(え……っと……)


 こんな不自然な距離を保ったままじっとしているのもおかしいだろう。マコトは少し迷いつつもタイスィールの後ろに続いた。


(……何だったんだろ……? 急ぐから 転ばない様に手繋いでくれたのかな……?)


 まるで子供の様に、と思い、すぐに納得する。


(そっか、十四歳って思われてるんだった)

 しかし、すぐに出た答えにほっとしたのも束の間、


(……え)


 顔を上げた拍子に、カイスの背中越しに少女と目が合った。

 会釈をするよりも早く、観察する様な遠慮の無い視線が向けられ、マコトは思わず足を止めてその場に固まる。


「ぁあ?」


 その視線に気付いたらしいカイスが肩をいからせたまま振り向き、 そしてタイスィールの後ろのマコトの姿を見とめると、幾分表情を和らげた。


「ああ。マコトか。うるさくして悪かったな」

「うるさいのはあんただけでしょ」


 すぐに投げられた怒鳴り声に再びカイスの眉が跳ね上がる。そ の下の口が大きく開いた所で、


「貴女が『イール・ダール』ですね!」


 少年らしい高い声が青い空に響いた。肩に荷物を背負った まま駆け寄ってきたのは一人の少年だった。さらさらと風に吹かれる金糸の様な髪に、今日の空の様な鮮やかな青い瞳。見慣れない褐 色の肌で身長はマコトより少し高い位だが、喜 色満面のその表情が余計彼を幼く見せた。

 学生と聞いていたので何となくサハルのような落ち着いた優等生を想像していたマコトは、一瞬驚きに目を瞬かせた。


 頭の片隅でそんな事を思い、やはりこの世界には美形しかいないのかと凹みかける。

 カイスと今も怒鳴り合ってる少女も、少年ほどの華やかさは無いものの 端正な顔立ちだった。


「私、リヅナール王立学院へ在籍しておりますハッシュと申します。お会い出来て光栄です。あの、良かったら向こうの世界のお話を聞かせて頂けませんか」


 ハッシュは息継ぎせずに一気に言い放ってマコトの返事を待つ為か一旦黙る。マコトはと言えば、その勢いに飲まれて、えっと、と呟いたきり固まってしまった。


「ハッシュ。来たばかりでそう捲し立てるものじゃない。マコトが驚いているだろう」

「固まっちまってるな」


 さっきまでの不機嫌さを吹き飛ばす様に 声を上げて笑い、三 人の元へと歩み寄ってきた。そんなカイスを見つめ、少女の瞳が一際吊り上がったが、誰も気付く事は無い。

 二人の言葉に金髪の少年は、再びマコトを見下ろし、あ、と小さく呟くと、勢い良く頭を下げた。

さらさらと零れた細い髪に、照りつける太陽の光が反射し光る。


「も、申し訳、ありません……」


 自分の不躾さに気付いたのだろう、耳まで真っ赤に消え入りそうな声でそう呟いたハッシュに、マコトはようやく表情を和らげた。

 熱心過ぎるのも考えものだ、と言ったサ ハルの言葉の意味が分かった。しかし驚いたものの 嫌な感じはしない。


「……いえ、こちらこそすみません。マコトといいます。 私でお役に立てるかどうか分かりませんが、お答え出来る事があったら何でも聞いて下さいね」


 穏やかに微笑んで、同じ様に丁寧 に頭を下げたマコトに、ハッシュはほっとした様に笑顔に戻る。珍しい位素直な少年だ。


「ハッシュはね、勉強熱心でイール・ダールについての文献もたくさん読んでるんだ。何か知りたい事があれば聞くといい」

「はい、宜しくお願いします。ハッシュさん」


 顔を上げ控えめに微笑んだマコトに ハッシュは頬を染めて、再び頭を下げた。


「ニム、サラ、君達も自己紹介したらどうだい?」


 カイスの後ろで不機嫌に腕を組んだ少女と、 まだ馬の背中から荷物を下ろしていたお下げの少女が同時に顔を上げる。その場に荷物を置いた少女は慌てて駆け寄ってくると、両手をお腹の上でもじもじと 擦り合わせながら聞き取りにくいほど小さな声で挨拶した。


「サラです。祖父からイール・ダール様のお世話をするように言いつかって参りました。宜しくお願いします」


 緊張した固い声で語られた内容にマ コトは驚く。そういえばこの世界に来たその 日、一族の世話役だと説明された老人が孫娘 を送る――と言っていた気がする。しかし明らかに十三、四歳。年下らしい少女に世話など頼める筈も無い。しかし、男しかいないこの場所に同じ女の子と一緒に生活出来ると言うだけで、安心感が広がった。


「マコトです。こちらこそ宜しくお願いします」


 マコトが笑顔を添えてそう答えると、サラはほっとした様にぎこちない笑顔を返した。あとは残る少女、ニムに自然と視線が集まる。それに気付いたのか、ニムは、はっと鼻で笑って短く吐き捨てた。


「……ニムよ」

「お前なぁっ!」


 不自然なほど短かすぎる名乗りに、カイスが掴みかかる勢いで怒鳴る。


「何よっ」

 再び始まった言い争いにタイスィールは苦笑し、サラはどうしようと困惑顔だ。ハッシュは慣れているとばかりに、小さな溜め息を一つ零し、マコトと目が合うと「いつもの事ですよ」と小さく肩を竦めた。


「ニムはね、サハルの妹なんだ。久し振りに見ると女の子は変わるね」

「サハルさんの……」


 マコトは口の中で呟き、改めてニムを見つめた。焦げ茶色の髪以外に共通点を見つけ出せない。纏う雰囲気が違いすぎて二人を並べても兄妹だとは気付かないだろう。


 タイスィールの説明にカイスと睨み合っていたニムが周囲を見渡し、口を開いた。


「お兄ちゃんはどこですか」


 その言葉にマコトは、不思議な痛み、の様なものを感じた。サハルの本物の『妹』――。 『兄と思って下さい』と言ってくれたサハル。 もう家族と呼ばれる存在がいない自分にはとても嬉しい言葉だった。 本気にしてはいけないと思いながらも、心のどこかは浮かれていた。


(馬鹿みたい……)


 心の中で呟いて、微かに痛む胸を押さえやり過ごす。

『本物』が来たなら、もう『仮』の妹なんて見向きもされないだろう。 自分は、サハルの妹では無い。――そんな当たり前の事実 に今更傷ついた自分が滑稽だった。


「出てるみたいだね」


 タイスィールがサハルのゲルを見回しそう返すと、ニムは思いきり眉を潜めた。


「出てる、ってどこに? 大体感謝祭の最中に……」


 ニムは途中で止め、ちらりと横目でマコトを見た。


「……あぁ、なるほどね」


 少女らしくない大人びた呟きだった。何か を含んだ言い方に、マコトは居心地悪くニムから視線を外した。


「お前なぁ、さっきから感じ悪いぞ!」

「だからあんたに関係ないでしょ!」


(……もしかしなくても嫌われてる、よね)


 自分が反応する前に、カイスが怒鳴ってくれているので、不躾な視線もあからさまな敵意にも、不思議と腹は立たずどちらかと言うと困惑する気持ちの方が大きい。

(何かしたって事は無いと思うけ ど……でも、ナスルさんの件もあるし 。もしかして『イール・ダール』っていう存在って歓迎されてないのかな)


 生理的に嫌いだ、と言われればどうしようも無いけど。

 思い当たる事と言えばそれしかないが、長老や他の面々は最 初から割と友好的に接してくれたのでそれは考えにくかった。それにオアシスも一緒に現れると言っていたし、砂漠という土地を考えれば、それは言うまでもなく喜ばしい事だろう。


(……じゃ、せっかくの『イール・ダ ール』が私みたいな平凡な人間で、期待外れだったのかも……)


 最後に導き出した答えが一番正解に近い気がして、マコトは誰に も気付かれないように小さく息を吐き出した。





* * *




 ニムとサラは同じ、ハッシュは新しいゲルを使うらしく、三人は掃除をする為にそれぞれの場所に向かった。 手伝いを申し出てみたがニムにきっぱりと断られてしまった。ほんの少しだけ、女の子同士で生活出来るのでは と期待していたので少し落ち込んだが、 気持ちを切り替えマコトはハッシュに声を掛けてみる事にした。


「え、いいんですか」


 マコトの申し出に少し驚いていたハッシュだ ったが、同じく何も言わず既に荷物を運んでいたカイスに「暇そうなんだから手作って貰えよ」と言われ、「ではお願いします」と丁寧に頭を下げた。


 カイスらしいフォローにマコトは感謝したが、ハッシュはそうでは無いらしい。


「『イール・ダール』になんて口効くんですか!」


 と、身長差を物ともせずカイスを睨み付けた。


「あ~はいはい。な、サハル二号だろ」


 説教くさいんだ、と耳打ちされマコトは思わず吹 き出してしまった。どうやら聞こえたらしい ハッシュは眉を吊り上げて怒鳴る。


「カイスさんっ! またあなたは! しかも今サハルさんを愚弄しましたね、大体 あなたは普段から」

「あーもう、うるせぇうるせぇ」


 カイスは両手で耳を塞ぐ振りをして、マコトの後ろに逃げ込んだ。




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