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第十七話 食事 2

「他のヤツらの分もあるのか?」

「はい」


 カイスはマコトにそう尋ねると、一旦皿を置き、立ち上がった。

「呼びに行ってくる」

「え……あっ、はい、すみません。お願いします」


すぐに食べるのではないかと思っていたカイスだったが、 思った以上に面倒見のいい性格らしい。 マコトは少し迷ったものの、自分がまだ彼らのゲルの場所を 覚えていない事を思い出し、素直にそれに甘える事にした。


 暫くして戻ってきたカイスと共にやってきたのは、タイスィールと 長剣を腰に佩いた隻眼の男だった。


(ナスルさん、だっけ……)


 ナスルとは初日に会って以来、顔を合わせていない。サーディンと共に一昨日からいるらしいが、 あの朝の記憶は正直マコトの中であやふやだった。

 おはようございます、とマコトが声を掛けると、ナスルは、不機嫌な表情のまま、ただ頷いた。


(やっぱり……ナスルさんに嫌われてる気がする……)


 この世界に来て目を覚ました時に、少しだけ会話したその内容は殺伐としたものだ。 その時は、本当に射殺されるのは無いかと思うくらいの厳しい視線が不思議で仕方無かった。

 少し離れたサハルと同じ場所に座ったナスルに、マコトはそう思う。視線を合わす事さえしない彼に、 マコトは少し俯いて心を落ち着かせる。


 きっとここで表情に出せば、サハルに気付かれるだろう。

 落ちかけた気持ちを立て直して、マコトはさり気なくサハルにナスルのスープを渡してくれる様に頼んだ。


「おーし、これで全員か」


 全員にスープが行き当たった所で、マコトはあと一人いない事に気付いた。 すぐ側にいたカイスにマコトは問い掛ける。


「アクラムさんは、いらっしゃらないんですか?」

「ああ、あいつ占い師だから、潔斎中は肉とか食べられないんだ」

「……え」


 予想もしなかった言葉にマコトは顔を上げ、まじまじとカイスを見た。


「ああ、気にすんなよ。もともとアクラムが飯食ってんの見た事ねぇし。 みんなで集まって食事をする性格でも無いだろ」

「でも……」


 しまった、と思う。世界が違えば文化も違う。元いた世界でも宗教上の理由から肉を取れない人はいた。 もう少し考えれば気付けた筈だった。


(……ちゃんと聞いてから作れば良かった)


 今日は出汁代わりに干し肉を使ってしまった。

 目に見えて落ち込んだマコトに、サハルは慰める様に肩を抱く。


「私が教えるのを忘れていましたね。申し訳ありません」

「いえ、あの、……すみません」


 慌てて首を振り、表情を曇らせたサハルにマコトは小さく謝罪する。

 自分が今自信を持って作れるものは、ラーダに教えてもらったこのスープしかなかった。こ れ以外に何か作れたとは思えない。だからこそサハルは何も言わなかったのだろう。


(次は気を付けよう……)


 いつまでも落ち込んでいても始まらない、とマコトは自分の分を取り分けると、 どこに座ろうかと視線を巡らせた。


「じゃ、食うぞ、お前もさっさと座れ」


 当然とでも言うようにカイスは自分の隣を、顎で示す。一人分の隙間の反対側にはサハルがいて、 目が合うと、どうぞ、とでも言いようににっこり笑った。


「すみません」


 皿を持って腰を下ろしたマコトに、カイスはむっと眉を顰める。


「……お前さ、そーゆう時は『すみません』じゃねぇだろ。あー分かった。この前からお前に感じてた違和感」

 カイスの言葉にマコトは首を傾げる。


「違和感ですか……? ……じゃ、ごめんなさい?」


 まだこちらの世界に来て五日目だ。 何か自分の発言に可笑しな所があったのだろうかと マコトは不安になる。


「だぁ……っなんでそうなる。だからお前謝らなきゃいけねぇ事なんてしてないだろ」

 ますます首を傾げるマコトに、タイスィールは苦笑して助け舟を出した。


「そうそうマコト。そういう時は、『有難う』だよ。 君ならにっこり笑ってくれ るだけでもいいけど」


 なるほど、そう言う事か。

 自分の世界では、すみませんも有難うもさほ ど変わらない言葉だった気がしていた。いつのまに かそれが癖になっていたらしい。


「……そうですね。すみま」


 そう言い掛けたマコトをカイスはぎろっと睨む。 マコトは慌てて口を押さえた。


(ホントに癖になっちゃってるんだ……)


「……ありがとうございます」


 はにかむような照れた笑顔を浮かべて、 マコトはカイスを見上げた。


「おぅ」

 カイスは満足気に口の端を上げて、くしゃりとマコト の頭を撫でる。


(さっきタイスィールさんもしてたけど、やっぱり子供扱いされてるよね……)

 少し悲しくもあるが、やっぱりほっとする。 それにこんな風に頭を撫でられていると、 亡くなった母を思い出した。

 こんな大きな手では無かったけれども、……同じ位、優しい手だった。


 それに、子供扱いされているのは、 自分の嘘はまだバレていないからこそだ。


(そういえば、サーディンさんはどうするつもりなんだろ……)


 既にバレてしまったアクラムは、黙っていてくれている。 先程の行動から見ても、サーディンの行動はアクラム以上に 読めない。やはり直接聞いてみるしかないのだろうか。 しかし、二人っきりになるには怖すぎる。


(どうしようかな……)


 スプーンを皿に沈めたまま、マコトが思案に 暮れていると、すぐ側から声が上がった。


「おっ美味い」

「美味しいですよ」

「わ~普通に美味しい~」


 次々と上がる声に、マコトはほっと胸を撫で下ろす。 若干最後の感想が気になるが、どうやら口に合ったようだ。


「うん、美味しいね。さすがラーダに習っただけの事はある」


 タイスィールが目を細めて頷くと、カイスが忙しなくスプーンを動かしながらも会話に入ってきた。


「へぇ、ラーダか」

「ご存知なんですか?」

「ああ、王宮の元料理長だろ。ナスルならよく知ってるよな」


 少し離れた場所にいるナスルを振り返り、カイスは声を張り上げた。

 それには答えず、ナスルはゆっくりと立ち上がると 、マコトの元へ近付いて来た。


「旨かった。だが私にこんな気遣いは無用だ」


 鋭く冷たい口調は、最初に会った時と変わらない。


「お前……っ!」


 突き放すようなきつい口調に、驚いたマコトに代わって カイスが怒鳴った。

 ナスルはやはりそれを無視して、その場を後にする。


「あいつっ! なんなんだよ。この前から機嫌悪 いのは知ってたけどよ、マコトに八つ当たりなんて最悪だな!  ……マコト気にするなよ? な、泣くなよ。な?」

「大丈夫ですよ。泣きません」


 必死で言い募るカイスにマコトは苦笑する。

 傷付かないと言えば嘘になるが、――半分予想していたせいか、そこまで落ち込む事は無かった。


「気にしないで下さい。彼には彼の事情があるみたいですから」


 サハルが気遣わしげに声を掛ける。マコトは、 サハルを見上げると心配を掛けない様に 笑って小さく頷いた。


(旨かった。って言ってくれたし)


 自分はナスルに嫌われている。それは間違いない。

 しかし、そんな自分が作ったスープをナスルは完食し、 なおかつ旨い、と言ってくれた。自分の事が嫌いなら目の前で 捨てて見せれば良かったのに。


「悪い男ではないんだけどねぇ。少し一途すぎると言うか」


 上品にスプーンを動かしていたタイスィールは、 小さくなるナスルの背中を見送りながらそう呟いた。


「大丈夫です」


(多分、サーディンさんと同じで、悪い人じゃない)


 マコトがそう返事をすると、タイスィールは片眉を 器用に持ち上げ、意味深に微笑んで見せた。

 あまり落ち込む様子も無いマコトに、カイスは明らかにほっとした様子で、ようやく食事を再開させた。


「さぁてお代わりって……おいっ!」


 素早くスープを平らげ、立ち上がっていそいそとお代わりを注ぎに行った カイスはなべを覗き込み、叫び声を上げる。


「遅いよ、全部食べちゃった」


 少し離れた所でサーディンはにっこり笑って空っぽの皿の中身を示した。


(あの量を……?)

 男の人が多いからと、多めに作ったスープだった筈だが。  マコトも立ち上がり、鍋の中を覗き込んで呆然とする。

 野菜屑さえも落ちていない、本当に綺麗に空っぽだった。


「その細い体のどこに入るんだろうね」


 心底驚いているらしいマコトを見て、タイスィールは 空っぽになった自分の皿をマコトに手渡した。


「ご馳走さま。とても美味しかったよ。 毎日食べられると嬉しいな」

 さり気ない口調でそう付け足して、 タイスィールは花の様に艶やかに微笑む。


 こうして、この場所でのマコトの仕事は決まった。





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