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第十六話 甘い目覚め


 乾いた砂の匂い。

 意識を覚醒させると、いつもなら何よりも先にそれを感じた。

 けれど、今朝は――。


「――もう起きたのかい」


華の蜜を凝縮させたような甘い匂いに相応しい艶めいた美声。

マコトはそれが耳に飛び込み、脳に届く前よりも早く、文字通り飛び起きた。


 心臓が痛い程、自己主張をしている。急に動いたせいか、くらりとめまいがした。


「おや、目覚めはいいようだね」


 残念がる口調で吐き出された言葉が、すぐ側から聞こえて、マコトは思考を停止させる。


「タイスィールさん……」


 至近距離にあるだろう顔を確かめるよりも早く、マコトは寝起きの掠れた声で名前を呼んだ。

止める間も無く、頭に手を置き、タイスィールは寝癖を直すように、マコトの肩まである髪を指先で梳いた。


「おはよう」

「……おはよう、ございます……」


 されるがままになりながら、マコトは小さな溜め息を吐き出す。

 相変わらず心臓に悪い目覚ましだ。しかしきっと目覚まし時計としては完璧すぎるほど完璧。こんな艶っぽい掠れた声で囁かれて男女問わず起きない人間はいないだろう。


 ……ああ、一昨日に引き続き今日も朝から疲れてしまった。

 昨日あれから――、

 救世主の様に現れたサハルは、そのまま有無を言わせずサーディンを、ゲルから追い出した。

 それから、呆然とその様子を眺めていたマコトにこう説明をした。


 サーディンが、ほんの悪戯心で、飴に『睡眠薬』を混ぜ、そのせいでマコトは一昼夜眠る事になったと。


『なんで睡眠薬なんか……』


 当然浮かんだ疑問に、サハルはにっこりと微笑んで、きっぱりと言い切った。



『変人の考える事は、私には分かりかねます』


 有無を言わせない強い口調に、マコトはただ黙って頷くしか無かった。

 それから日も沈み、入れ替わる様にタイスィー ルがやってきた。そう、本来のゲルの持ち主なのだから、当然といえば当然。


 一緒にイブキの元へ行った時から、タイスィールへの 苦手意識は薄れてはいたが、一緒にいて落ち着 く様なタイプでは無い事は確か。

 自分の思いが通じたのか、深夜までいてくれたサハルに感謝しつつ見送った後、タイスィールのペースに巻き込まれ、サハルに引き続きベラベラと自分の事を話してしまった。


(どうしてみんな私の事なんて聞きたがるんだか……面白くもないのに)


 いくら考えても解決しない疑問に、マコトは眉間 に深い皺を寄せる。

 きっとまた話の途中で眠ってしまったのだろう。 昨日サーディンに起こされてから、薬の副作用 かずっと頭に靄が掛かったような感じがしていたから。


 ――今回はサハルの時の様な失態は無かったはず。

 記憶を辿って、マコトは少し安心する。


 ふと、窓から差し込む光に目を止め、マコトはタイスィールに問い掛けた。


「あの、今何時ですか?」

「まだ早いよ。もう少し眠っていたらどうだい?」


 タイスィールの言葉に、マコトは首を振る。少し考えるように間を空けてから、口を開いた。


「良ければ皆さんの食事の用意をさせて頂きたいんですけど」


 マコトの口から吐き出された言葉に、タイスィールは面白そうに 片眉を釣り上げた。


「君がそんな事をする必要は無いよ? 第一、向こうの世界 とこちらでは勝手も違うだろうし」


 タイスィールがそう言うと、マコトは、大丈丈夫です。と首を振った。


「ラーダさんに大体教えて頂きました。 何もする事もありませんし……あ 、もしかして、ご迷惑でしょうか」


 不安そうに眉を寄せたマコトに、タ イスィールはくすりと笑って首を振った。


「そんな事は無いよ。ここに来てからは面倒で殆ど携帯食だったからね。作って貰えるなら嬉しいかな」


 材料は一昨日イブキの所で分けて貰っ ている。女神への祈願中の長い滞在なのだから、 調理器具や調味料は最低限用意しているだろう とラーダが言っていた。


「もちろん。じゃあサハルも起こしてこよう。 彼が我々の中で唯一まともに料理が出来るからね。 分からない事があれば彼に聞くといい」


 タイスィールの言葉に、「でも……」とマコトが言い淀む。早朝から自分の 我侭でサハルを起こすのは気が引けた。しかも昨夜は深夜まで 付き合ってくれている。

 表情を曇らせたマコトに気付き、タイスィールはゆっくりと首を振った。


「大丈夫。きっともう起きてるよ。と言うよりも、今か今かと待ってるだろうね。私はあまり信用が無いみたいだから」


 ふっと面白そうに笑ってタイスィールは、窓の向こうに視線を向けた。






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