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第十四話 事実(カイス視点)


 意識を失ったマコトをサハルはそっと気遣うように寝床に横たえる。ふと、部屋を見渡し、未だサーディンを殺しかねない表情で睨んでいるカイスに声を掛けた。


「ここはカイスの寝床でしたよね。マコトさん は昨日どこで眠ったんですか?」


 淡々と問われて、サーディンを牽制するのに忙しいカイスは、それどころでは無いとでも言うように面倒くさそうに答えた。


「あ? んなもん一個しかねぇんだから、一緒に寝たのに決まってんだろ」

「……へぇ?」


 表情は穏やかな笑みを象ったまま、サハルの語 尾が不自然に上がる。その事に気付いたのは、タイスィールだけだった。しかし唯一の目撃者はお やおやと肩を竦めただけで何も言わない。


「近付くなっつってんだろうが!」


 カイスはマコトに近付こうとするサーディンに容赦なく剣を振り下ろした。


「わっ」

 紙一重で避け、危ないなぁとちっとも危機感無く呟いてサーディンはカイスを見上げ る。そして猫の様ににんまりと笑って口を開いた。


「カイスだって人の事言えないじゃん。一緒 にくっついて寝て一晩中何してたのさぁ?」


 にやにやしながら問われて、カイスは一 瞬動きを止める。


(何言ってやがんだ、コイツは)


「寝ただけだ」

 憮然としたまま真面目に答えると、 サーディンはくくっと意味深に笑う。


「どっちの意味でぇ?」

 悪ふざけが過ぎる。楽しそうに一 層笑みを深めたサーディンにカイスは 怒りに顔を真っ赤にさせた。


「この俺が! お前と同じ性癖だと でも言うのかよ! こんなガキ興味あるかっ!」


 剣を投げ捨て襟元を掴み上げ、カ イスはサーディンを怒鳴りつけた。

 自分の好みはナイスバディの大人の女 。マコトなど、射程範囲外の何物でも無い。さっきのアレは一時の気の迷いだ。カイスは自分に言い聞かせるように言い訳がましい言葉を重ねた。


「だってさぁ、アクラムのとこに長老の寝袋常備してあるじゃん? 取りに行けば良かったのにぃ」

 ふざけた口調ながらも思わぬ正論 を吐かれてカイスは、うっと呻く。


 ――それは確かに考え無かった訳ではなかった。

 けれど昨日は寒かったし、目の前の小さな少女は柔らかく暖かそうで、抱き枕にしたらよく眠れそうだと思ったのだ。……そう思って、それが全く言い訳にならない事に気付く。


(他に、他に……)


 心の中で呻いて、カイスははっと顔を上げた。


「……っ昨日戻って来たのが遅かったんだよ。わざわざアクラム起こすのも悪いなって思ったんだ」

 我ながら完璧な答えだ。

 カイスがそう思ったのも束の間、にやついていたサーディンが、心底嫌そうに顔を歪めて言い放った。


「アクラムに気遣い出来るカイスなんて気持ちわるー」

「俺はやれば出来る男なんだよ」


 締め上げる手を強めてカイスは、 胡乱な目でサーディンを睨み付ける。サー ディンは宙ぶらりんに釣られたまま寒そうに両手で腕を擦る素振りを見せた。


「全く、君達は……サーディンもカイスもその辺りでやめた方がいい」


 永遠に続くかと思った言い争いをタ イスィールが収める。

 渋々サーディンから手を離し、カ イスはちっと舌を鳴らした。


(つーか嫌な目覚めだぜ)


 開け放たれたままのドアの隙間から、外を 見れば、太陽はまだ登ったばかりだ。

 眩しい太陽に目を眇めるが、それ 程眠気は感じない。


(ああ、でも久々によく寝た……)


 昨日の会議の記録を読み直さなけ ればならないのに、久しぶりに至近距離で 感じる温かさが離れがたく、一度目を覚ましたものの ずるずる と寝床に留まってしまった。疲れ ていたせいで、そのまま眠ってしまい、抱き枕の抱き心地を試すには至らなかっ たが、すぐ側から聞こえる微かな寝息は、 安からな眠りに誘ってくれた。


(まぁ悪くは無かった、な)

 そう思って眠ったままのマコトを見下ろそうとすると、その傍らに立 っているサハルと目が合った。


「――カイス。次マコトさんが泊まる時には、寝袋、ちゃんと借りて来て下さいね?」


 口調も表情も穏やかなのに目が。笑っていない。


「……!?」

(なんだ!? サハルがなんかキレてんだけど……っ)


 普段温厚な人間程、キレると怖い。

 にこやかに笑ったまま、しつこくねちっこく嫌味を言い続けるのだ。またその内容が本人も忘れていたような大昔の些細な事を掘り出して延々語り上げる。 最高記録は五時間半。痺れる足に悶えながら 、二度とサハルを怒らせまいと誓ったのは去年の今頃だったか。


(なんでなんだよ!?)


 自分同様サーディンにキレているのだろうか。

 しかし、冷ややかな視線は明らか に自分に向いている……気がする。


 ……いくら考えても心当たりは無い。


「……なんか、怒ってるか?」

 おずおずとそう問いかけたカイスに、サハルは少し間を空けてにっこりと笑った。


「……いいえ?」


 意図的であろう間を空け、笑みを深めたサハルの表情に、カイスの背中に悪寒が走る。訳が分からないがとりあえず今はそっとしておくべきだと動物的カンで判断し、カイスはサハルから距離を置き、扉近くに移動した。


(つーかこいつらいつまでいる気だよ)


 何となくゲルに留まっているサーディン、タイスィール、サハルに、ゲルの本来の持ち主であるカイスはそう思う。

 特にサーディンは一刻も早く視界から消えて欲しい。

 そして出来れば笑みを浮かべながらも冷たい雰囲気を撒き散らしているサハルも。


「でさぁ、結局誰がマコトの花婿なの?」


 静まり返ったゲルの中、今回の騒動の犯人であるサーディンがおもむろに口を開いた。


「候補は全部で七人だったよねぇ。あとはハッシュだけかぁ。 ね、誰も辞退しないの? まだ十四なんでしょ。みんなには関係ないよねぇ?」


 誰の返事を待つ事も無く続けた言葉に、静かに沈黙を守っていたナスルが静かに口を開いた。


「興味は無い」

「ナスルはそうだよね。もともと『イール・ダール』 の事殺したい位嫌いだもんね?」


 物騒な言葉だったが、ナスルは否定しない。そ れに満足気なそして酷薄な笑みを浮かべてカイスに視線を向けた。


「お前がいる限り外れられるかっ」


 聞かれる前にカイスはそう答える。食い下がってくるのでは、と内心思ったが、サーディンはふぅん、と鼻を鳴らしただけだった。


「タイスィールは?」

「残念ながら年が年だしね。私もナスル同様外れる事は許されていない」

「またまた~! タイスィールまだまだ若いって。もう三十路だなんて全然見えないよ」


「……あと。三年あるんだけどね」


 人の神経を逆撫でするのが本当に楽しいらしい。タイスィールの女 性めいた端正な顔に青筋が浮かぶ。


「サハルは……聞くまでもないか。父性本能強そうだもんねぇ。でも世話焼きすぎて『お父さん』なんて呼ばれないように気を付けてね」

「余計なお世話です」


 サハルらしくにこやかに、しかし即座に切り捨てる。これは最高に怒っている、と 付き合いの長いカイスには分かった。


 カイスは心持ちサーディンからも距離を置く。物騒なものが飛んでこないとも限らないからだ。


「じゃ、結局候補から下りるのナスルだけ? なに、みんなマコトのこと気に入っちゃってんの?」

 からかう口調のサーディンに誰も答えない。


「……へぇ、面白い」


 サーディンはそう呟き、ペロリと上唇を舐めて一同を見渡した。

 彼の嵐の様な来襲のおかげで、はっきりした事があった。

 結局誰も候補から外れないとい うその事実に、それぞれが複雑な表情を浮かべている。


「でさぁ、マコトは知ってるの? 自分の存在意義」


 眠っているマコトに気遣う様に、ほんの少し声を抑えてサーディンは問い掛ける。


「……まだ、話していません」


 深く眠るマコトの寝顔を見下ろし、サハルは苦々しく吐き出す。


「ショックだろうねぇ、自分がオアシスのオマケだなんて知ったら」

「誰もそんなこと思ってねぇよ!」


 カイスが噛み付く様にそう怒鳴る。


「でも事実だ」


 きっぱり言い放ったサーディンにカイスは何か反論しようとしたが 結局言葉が見付からず黙り込んだ。

『イール・ダール』の伴侶となった者が、産んだオアシスの占有権を手にする事が出来る、それが昔からの約定だった。乾いた砂漠でオアシスがどれほど貴重か ――この世界に住む人間なら子供だって知っている。


「僕はオアシスなんていらないよ? 管理めんどくさいしねぇ、マコトが欲しいよ。マコトだけでいい。みんなはどうなの?」


 その質問に答えるものはいなかった。

 それぞれ家族の命運が掛かっている。オアシスの確保は一族の繁栄をも左右する。


「北も東もそれぞれ腹の探りあいしてるみたいだし、表向き捜索してる振りしてても、マコトがここにいるの知られるのも時間の問題だよ。二年なんて隠し通せる訳ないじゃん。迷信なんて信じてないでさっさと契っちゃえばいいのに、甘いよね、ここの長老サンも」


「長老を愚弄するな」


 ナスルの鋭い叱責が飛ぶ。サーディンは大袈裟に肩を竦めると、話は終わったとばかりにくるりと身体を返した。


「じゃあねぇ」


 ひらひらと手を振り、サーディンはゲルを出て行った。


「……くそ……ッ」

 

 遅れてきたサーディンは、候補者達の馴れ合いに小さな波紋を生んだ。






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