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第十三話 嵐の様な男


 嵐は突然やってきた。


 ノックも無しに扉が開き、豪快ないびきをたてていたカイスだったが、弾ける 様に起き上がると素早く枕元の剣を取り体勢を整え、扉に鋭い視線を向けた。


「うわぁ可愛いなぁ~ッ」


 挨拶も無しに、蕩けそうなほど甘い声で囁いた男の姿を見とめると、カイスは げっと呻いた。そして未だ寝ぼけ眼で瞼を擦るマコトを背中に隠そうと手を伸ば すが、それよりも素早く男が その小柄な身体を抱き上げた。

 まるで人形にする様に、ぎゅっと抱き込み、遠慮なくべたべたと顔や身体に触 れられ、マコトはただ呆然と為すがままになっていた。


「何やってんだよ……ッ!!」


 きりりと眉を吊り上げてカイスは、男 を容赦なく蹴飛ばし、固まっ たままのマコトを奪還した。


「サーディン!」


 転がる様にゲルに入ってきたのは赤銅色の髪を持つナスル 。あの夜以来の再会だったが、マコトはそんな事に気付く余裕も無かった。

 ナスルに一瞬気を取られたカイスの隙をついて、 サーディンは再びマコトを奪い返す。 そのままぎゅうぎゅうと抱き込まれて、マコトは酸欠状態だった。


(何が、一体、どうなってるの……っ!)


 寝起きの頭には許容オーバーだ。 とりあえず自分を抱いているこの男は誰なのか。

 サーディンと言うのは、多分この男の名前だろう。サーディン、サーディン……どこかで聞いた気もする。しかし初対面には違いないこの男が、なぜ自分を抱いているのか。マコトには全く理解出来なかった。


「何かありましたか!」


 騒動を聞きつけたのか、サハル、タイスィール、そして珍しく アクラムまでも、開け放たれたままの扉からゲルに入って来た。


 そして三人共、サーディンの顔を見ると、大なり小なりカイスと同じ反応をした。


「とうとう見つかりましたか……」


 溜息と共に吐き出されたサハルの言葉を耳ざとく聞きつけ、 サーディンはマコトを抱えたまま、子供の様に頬を膨らませた。


「みんな酷いよ~なんで教えてくれなかったのさ~」


 こうなるから。


 四人の声は、心の中だったが綺麗に揃った。

 喚くサーディンを綺麗に無視し、カイスはナス ルに視線を移した。


「ナスル、一緒に来たのか!?」

 怒鳴り声には、どうして連れてきたんだ、という非難の響きが含まれていた。


「……悪い。尾行されている事に気付かなかった」


 言い訳もせず、簡潔にそう言って頭を下げたナスルに、 カイスは忌々しげに舌打ちする。


「というか離してあげてください。マコトさんが怯えてます」


 珍しく怒りを露にし不機嫌極まりない表情で、 サーディンの腕を掴んだのはサハル。


「マコトちゃんって言うんだ~可愛いね~。ね、結婚衣裳はどんなのにする~? 僕これでも結構お金持ちだから、何でも好きなの買ってあげるよ~?」

「とっとと離れやがれ……ッ!!」


 あくまでマイペースを貫くサーディンに、元 々短気なカイスが切れた。


「まだ十四歳だから結婚は出来ないよ。サーディン」


 その様子を一歩離れた所で見ていたタイスィ ールは、静かに忠告する。


「ちぇ、なんだ。この顔で十 六ならほんっと僕的にはナイスなんだけどなぁ…… ね、出来るだけ成長しないでね?」


 熱っぽい視線に晒されて、マコトの眠気は綺麗に飛んだ。代わりに ぞくっと背中に悪寒が走る。


(……この人、もしかしてヤバイ人……っ!?)


 そこそこあたるマコトの予感だったが、この時ばかりは外れて欲しい。しかし、周囲の反応から察するに、その可能性は薄そうだ。


 数分後、カイスとサハルの力技によって救出されたマコトは、急いで部屋の隅 まで後ずさりサーディンから距離を取った。


「あっ、ねぇねぇ」


 本気で振り回しているカイスの剣からひょいひょいと逃げながら、サーディンはマコトににこにこと話し掛けた。

 邪気の無い笑顔で近付いて来たサーディンに、 マコトは声にならない悲鳴を上げ、べたっと壁に背中を付ける。

 マコトを庇う様にサハルがその間に立ち塞がった……が、サーディンは 気にする様子も無い。


「じゃあ、これお近付きのしるし~」


 その手の上に乗っていたのは、琥珀色の丸い飴だった。


「はい、あーんして」


 言われて、思わず口を開いてしまったマコトだが、 しまったと思うよりも前にその飴玉を口の中に放り込まれていた。


「マコトさん!?」


 サハルが驚いたように叫ぶ。

 マコトは一瞬吐こうか迷ったが、 一度口に入れたものをこんな大勢の前で出したくは無い。

 何よりどんなものでも勿体無いと思う、マコトの悪い癖が発揮されたのだ。


(……あれ)

 恐る恐る舌の上で転がすと、強い甘味が口の中に広がった。


「……甘い……」

 思わずそう呟いたマコトに、サハルとカイスは心配そうに顔 を覗き込む。


「おい……?」

「大丈夫なんですか?」


 二人の言葉に頷いて、マコトは小さく呟いた。


「……普通の飴みたいです」


 今度はきちんと味わい、マコトはそう報告する。

 ほっと胸を撫で下ろしたサハルの向こうから、呑気なサーディンの声が掛かった。


「へへ~おいしいでしょ?」


 先程の暴挙も忘れて、素直にマコトは頷く。

 それはこの世界に来て以来味わう糖分だった。 マコトは元々甘いものが好きだ。久しぶりの甘さは、 奥歯が痛くなる程おいしかった。


「はい……有難うございます」


 マコトだって若い少女だ。思い掛けない 『嗜好品』に思わず目を細めて笑顔を作る。 珍しく素直に喜んでいるその表情に、市に行ったら山程甘いものを買って こようとサハルとカイスは密かに決意した。


(おいしい……べっこう飴っぽいけど、なんか果物も入ってそう)

 ゆっくりと味わっていると、不意に、マコトの体からストンと 力が抜けた。突然その場にしゃがみ込んでしまったマコトに、サハルは顔色を変える。


「大丈夫ですか!?」


 サハルの言葉に返事をしようとするものの、マコトの声は、掠れて消えて熱い吐息となった。


(あ、れ……れ……?)

 身体が高熱を出した時の様に熱い。ゾクゾクとする寒気は無いが、無性に 熱かった。

 駆け寄ってきたカイスに、何か言いかける様に口を開いたマコト だったが、そのまま一言も発する事も出来ず、結局その場に倒れこんだ。その身体を カイスが慌てて受け止める。


「……す、すみま……」


(熱い、熱い、頭、が、じゅくじゅくする……)


 どうなってしまったのだろう。自分の体は。

 自分の両腕を抱えて、マコトは耐えるように俯いて唇を引き結ぶ。


「大丈夫か!?」


 カイスはマコトの肩を揺さぶってみるが、反応は薄い。 ぼんやりとカイスを見上げる目は、潤んで熱っぽく、上気した頬が ピンク色に染まって、荒い息を繰り返している。


 うっと呻いて顔を背けたカイスに、サハルは冷たい視線を送り、瞬時にその胸か らマコトを奪う。


「ちが……っ、別に今のは……ッ!」


 うっかりその気になりかけてしまった決まりの悪さも手伝い、カイスは言い訳めいた言葉を口の中で呟くと、サーディンに詰め寄り 襟元を掴んで引き上げた。


「てめぇっ何食わしたんだよっ!」


 ええ~と、と人差し指を顎に付け首を傾げたサーディンに、カイスは再び剣に手を掛けた。今度こそ叩き切ってやる、と決意したその時、サーディンはようやく答えた。


「ただの飴だよ」


 笑顔と共に吐き出され言葉にほっとしたのも束の間、おまけのように付け加えられた言葉に一同が固まった。


「媚薬入りの」


「……はぁあああ?!」


 一番先に沈黙を破ったのはカイスだった。信じられない、とばかりに目を見開き、サーディンを凝視している。


「サーディン……。聞いていなかったのか。彼女はまだ成人していない」


 呆れ顔で呟いたタイスィールに、 サーディンはへらへら笑って頷いて見せた。


「知ってるってば」

「どうしてそんなものを……」


 それまで黙っていたナスルは全く理解出来ない、 と言いた気に、眉を寄せて問い掛けた。


「だってぇ、小さい子が訳も分からず、 身体火照らせて悶えてるのってほんと可愛いんだよねぇ」


「……」


 もはや、誰も何も言えなかった。


「本気で斬ってもいいか……?」


 絶対零度の冷たい表情でそう呟いたカイスの問いに、タイスィールが微笑んで返事をする。


「うーん許可したいけど、これでも王室筆頭魔導師だからね、問題になる。だから死なない程度にしてくれるかい?」


 ……珍しく、タイスィールが怒っている。

笑顔を浮かべつつも尖った声音で吐き出された言葉に、誰も異論は無かった。


「こんの馬鹿がぁ……ッ!!」


 カイスがすらりと剣を抜き、構えた、その時、


「……っあ、つ……ぃ」

 消え入りそうなマコトの声が狭いゲルの中に響いた。


「っあつい、よ……ぅ…っ」


 今にも泣き出しそうに顔を真っ赤にさせ、苦しそうに荒い息を繰り返している。頬を上気させ、小刻みに体を揺らすその様は、まるで情事の最中の様で。息が苦しいのか喉を抑えていた手 の平が胸元に伸びる。震える指先でボタンを外し始めたマコトに、サハルはぎょっとして叫んだ。


「マコトさん……!? 脱いじゃ駄目ですよ……っ!?」


 サハルの言葉など耳に入る様子は無い。一番上のボタンを外し、次のボタンに手を掛けたのを見て、サハルはその手を抑えた。


「やっっ! 離し、て……」


 ねだる様な甘い拒否の言葉に、目尻に浮かんだ涙。

 まるで無理矢理組み敷いている様な錯覚に陥りそうで、 倒錯感にくらりと眩暈がする。サハルが慌てて目を逸らしたその時。


「そのまま抑えておけ」


 それまで黙っていたアクラムが、いつのまにか二人の側に立っていた。

 そのまましゃがみ込み、アクラムは両手を戒められたままのマコトの顎を掴むと、無理矢理自分の方に向ける。


「アクラム……!?」

 訝し気に掛けられたサハルの呼びかけを無視して、 アクラムは嫌がるマコトを押さえつけ、無理矢理唇を重ねた。


「……っ……ふ……」


 突然の事に呆気に取られていたサハルが、あ、と声を上げる。


「っアクラム、お前っ!」


 思わず切っ先をアクラムに向けたカイスがそう叫んだ。


 時間にして五秒程度。

 真っ赤に潤んだマコトの瞳がゆっくりと閉じられる。 くたり、とその場に崩れ落ちたマコトを、サハルが慌てて抱え込んだ。


「即効性の睡眠薬を飲ませた。明日の昼まで起きない」


 その様子を暫く観察していたアクラムは、簡潔にそう報告する。


「睡眠薬、ですか……」


 よくやったとは、誰も褒めなかった。

 アクラムはその場から離れると、興味を失ったとばかりにゲルから 出て行く。暫く妙な沈黙が続き、ようやくタイスィールが口を開いた。


「……サーディンはとりあえず謹慎だね。いいというまでマコトに 近付いちゃ駄目だよ」

「え~なんで~」


 心底不思議そうに首を傾げたサーディンにカイスは顔を引き攣らせ、 本気としか思えない低音で吐き捨てた。


「お前は一回死ね」




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