番外編■過去話■
お久しぶりです!二巻が出ます記念★詳細は活動報告までお越しくださいませ。
ベタなシチュエーションでというお題『お風呂でばったり』
ちょっとエロいかもしれません…が、ムーンに持ってくほどじゃないかな、とこちらに投下します
(どうしよう……)
水の中に沈んだ身体を隠すようにマコトは、両手で身体をきつく抱き締める。
場所は、いつも水浴びをする近くのオアシス。
既に先が見えた水場ではあったが、それでもその水面は遠く浅く広がって、身体を清めるには十分な広さがあった。
その真ん中で。
(ああ、本当にバカ……)
岩影にそっと身を寄せたマコトは、ゆっくりと空を仰ぎ、自分の迂闊さを呪った。
「生き返るなぁ!」
一際高い歓声が聞こえ、次いで派手な水飛沫が上がる音がする。声の主は、カイスで間違い無いだろう。マコトのすぐ近くまで波紋は広がり、それから逃れるように一際身体を縮こませる。
「子供じゃ無いんですから、大人しく入って下さいよ」
そんなカイスに呆れた溜息をついたのはハッシュ。小言のようなそれに怒鳴り返したカイスが、また派手な音を立てた事から察するに、きっといつもの様にじゃれ合っているのだろう。
(水浴びに来たんだから、向こうだって今裸だよね……)
しかし、それを言うならマコトの今の状態は全く同じ。水浴びの途中だったのだから、当然ながら裸である。
――そもそも何故、こんな状態に陥ったかと言うと、話は昨日に遡る。
「――え。結界ってゲルのある所までじゃないんですか」
マコトは思わずそう聞き返していた。目の前にいるアクラムは、日課である差し入れを綺麗に平らげ、親指についた砂糖を嘗めとりながら、こっくりと頷いた。
「……ああ、西は一番端から岩山がある辺り、東はオアシスの向こうまで、だ」
何でも無い事の様にそう言って、立ち上がるとアクラムはいつもの定位置である、魔方陣の中心へ座り込む。
この魔法陣に力を溜め、今話題となっている結界を作っているのだと、マコトは今初めて知った。
結界を張ると魔力も消費する上、身体にも負担が掛かると聞いていたので、朝昼問わず存在するという集落を包む見えない結界はずっと謎だったのだ。それにアクラムがいつもここに座っている謎も合わせて解けた。
(オアシスまで続いてるなら……別に誰かに頼んで結界を張って貰わなくても……)
水浴びは三日に一度だけ。大抵ニムが言い出し、その度にカイスや、サハルに結界を頼んでいる。 嫌がる風でも無くいつも快く引き受けてはくれるが、二人とも結界を張り終えた直後は、少し息が上がっている事にマコトは気付いていた。
本音を言えば元の世界の様に毎日入りたい。
しかし、疲れた様子の彼らを見れば、とてもでは無いが、気軽に頼む事は出来なかった。
(少しだけでいいんだけど……)
日本と違い、じめじめした湿気は無いが、肌を刺す太陽の光は強烈である。
危険だから絶対に入れない、と言われれば諦めも付くが、そうでもない事が分かった。
……要は、誰も来ない内にさっと入ればいいだけの話である。
そして、一度そんな事を思いついてしまえば、もう我慢が出来なかった。
次の日の早朝、顔を洗って来ます、とさりげなくサラに言ってマコトは、怪しまれ無い様にタオルだけを持ち、ゲルを出たのが三十分前。
寝汗を落とし、髪を洗ったマコトが、一息ついた所で、立ち並ぶゲルの方から賑やかな足音が聞こえてきたのだった。
そして冒頭に戻る。
(男の人ってお風呂早いって言うし、すぐ出ていくよね)
そう思ってはや二十分、相変わらずカイスとハッシュは楽しそうにじゃれていて、一向に出ていく様子は無い。
幸いと言えばだんだん日が高くなった事で、水温も上がってきた事だ。最初に手を付けた時は、冷たかったが、これならしばらくは待てそうである。
息を殺して、二人の様子を伺う。
岩の陰から覗き込みたいのはやまやまだが、そうすると――自分が覗きのような気がして、罪悪感が沸く。
……そもそも、やりすごそうとせず最初に彼らの声が聞こえた時に、声を掛ければ良かったのだ。
何度目かの後悔をした所で、ふいにカイスの言葉が上がった。
「あいつら遅いなぁ」
「サハルさん達は色々忙しいですからね。でも、長老が来るまでにはさっぱりしたいって言ってましたし」
「あーオヤジ身だしなみがどーのこーのウルサイからな」
ぼやく様な口調。しかしそれよりも。
――他にも誰かが来る。
(どうしよう……)
いっそ泣きたい心地だったが、いい切欠になった。
これ以上身を潜ませているより、まだハッシュとカイスしかいない内に声を掛けるべきだ。
「……あの」
「よお! 遅かったな」
意を決し発したマコトの声は、カイスの声にかき消された。
(もう来ちゃったし!)
せめてもう少し前に分かっていたら……! らしくなく八つ当たり気味にそう思い、踏み出していた足を慌てて引っ込め、マコトは背中を岩肌に付けた。
「やぁ、お待たせ。サーディンがなかなか捕まらなくてね」
その言葉に、ハッシュが一瞬動きを止めた。大事な本を燃やされたのはまだ記憶に新しく、裸の付き合いとなるともはや丸腰。童顔のハッシュがこんな場所で一緒したい相手では無い。
「なんでわざわざ? 別に無理矢理誘わなくてもいいだろ」
「そう言う訳にはいきませんよ。彼は要注意人物ですから、目が離せませんし。アクラムに見張りをお願いしておいたから大丈夫だとは思いますが……」
「あ~……まぁそれはそうだな」
だんだん近づいてくる艶やかな声とそれに同意する落ち着いた声。
(来ちゃった……タイスィールさんとサハルさん……)
他愛無い会話が続き、声が近くなったな、と感じた所で、ふいにそれが途切れた。
しばらくの静寂があり、その間隔の長さに悪い予感を覚える。沈黙を最初に破ったのは、サハルだった。
「……ハッシュはともかくカイス。どうして気付かなかったんですか」
「知らない振り……ではなさそうだしね」
サハルは少し非難するように、タイスィールは苦笑しつつそれに続く。
「は? 何だよ」
「どうかしたんですか」
水の中だと言うのに、嫌な汗が背中を伝うのが分かる。
これは、多分――。
「誰がいるのかな。まぁこんな無謀な事するの一人しか思い浮かばないけど」
「そんな意地悪を言わないであげてください。――マコトさん、いるんですよね?」
穏やかに名前を呼ばれ、マコトはとうとう観念した。
「……はい」
「はぁああああ!?」
「ええええ……ッ!」
蚊の鳴く様な小さな声は、しかしハッシュとカイスには届いたらしい。
集落全体に響き渡る様な大きなが叫び声に、マコトはいたたまれなくなり、思わずぎゅっと目を瞑った。
「なんで一人で、こんなとこいるんだよ!」
「ずっとここに……」
(わっわざとじゃ無いんですっすみませんごめんなさい……っ)
それぞれ対照的な二人の反応に、心の中で必死に謝る。
口に出すには今更過ぎて、恥ずかしくて、言葉に出来なかったのだ。
「カイス達が入ってきたから出れなくなったんですよね。岩場にいるんでしょう。私達は後ろを向いてますから 出て来て下さい。拭くもの置いておきますね。着替えはありますか」
言わなければいけなかった事を先回りして、気遣われる。
サハルのフォローに感謝しつつ、極力カイス達の方を見ない様に気をつけながら、岸辺の方へ視線を向けた。
「……はい。そっちの木陰に。……有難うございます」
恥ずかしさに顔を赤らめて、マコトは岩影からサハル達の方を伺う。言葉通り全員が背を向けてくれていた。視界の端にちらりと映った ハッシュとカイスは上半身だった。剥き出しの肩は綺麗に焼けており、その健康的だが照れくささが走る見慣れない色彩にマコトは慌てて視線を逸らす。
(タオル……あった)
急いで水をかき分け、タオルを確認し一番近くの岸に向かう。ハッシュのすぐ側を通った瞬間、びくっと身体が震えた事に気付き、マコトはますます申し訳無 くなった。今まで会話を盗み聞いていた様なものである。落ち着いたらきちんと謝ろうと思いながら、ポタポタ落ちる髪の毛を後ろに透き手を伸ばし、急いで岸に膝を付いて上がった。
「……あれ……?」
しかし手を伸ばしたその先――すぐそこにあったタオルは、忽然と消えていた。
(あれ……)
その代わりに、どこかで見たような皮のサンダルが目に入り、自然と視線が上がる。
その先にいたのは、両手でタオルを広げた満面の笑みのサーディンだった。
「っ~~~!!!」
驚きとそれより一瞬だけ遅れた羞恥心にマコトの体が大きくのけぞり、バランスを崩す。
そしてそのまま重力に逆らう事無く綺麗に落ち、悲鳴を上げる暇も無く、その代わりに大きな水飛沫が上がった。
「マコト!」
「マコトさん!」
それぞれ思い思いに後ろを向いていたタイスィール達は、慌てて振り向き唖然とした。そこにいるはずのマコトの姿はなく、その代わりに何故か――サーディ ンがいる。しかもタオルを広げてまるで誰かを迎えるような格好で、かつ自分達には決して向けない爽やかな笑顔を浮かべているとなれば、あの水飛沫は――。
考えるよりも早く、サハルがオアシスに飛び込み、カイスとハッシュも水を掻き分けマコトのそばへ向かった。
「大丈夫ですか……!」
カイスとは僅かな差で、サハルがマコトの腕を掴み、引き上げる。
「っは……っぁ、すいま……」
大きく咳き込みつつ、顔を上げたマコトは、すぐに自分の、今の姿に気付き、悲鳴を上げた。
「す、すいません……っ!」
一人、少し離れた場所にいたハッシュとマコトの視線か絡み合う。濃い肌でも分かる程、ハッシュは真っ赤になり、慌てて顔を背けた。
カイスも伸ばした手を、ぎゅっと握り締めて、舌打ちしてくるりと背中を向ける。
「サーディン! お前も後ろ向け!」
サハルは、マコトの腕を掴むとそのまま胸に引き寄せきつく抱きこんだ。
「失礼します。こうした方が見えませんから」
そう言われて、マコトは反射的に離れようとした動きを止めた。サハルはそのまま、マコトの腰を掴み、自分の身体ごと回転させ、サーディンから見えない様 に背中を向ける。
「サハルずるーい」
「貴方がマコトさんを驚かせるから悪いんでしょう」
タイスィールに羽交い締めにされているサーディンは、手足をバタバタさせて抵抗する。
馴れているのか手際よくサーディンの身体に紐の様な物を巻き付けたタイスィールは、ふぅ、と小さく息を吐き出し、サハルの肩越しに不安そうに覗いているマ コトに、にっこりと微笑んだ。
「タオルは濡れてしまったみたいだね。とりあえずこれ着て」
そう言って自分の上着を脱ぎ、マコトの首に掛けた。
「あの、濡れて」
「ああ構わないよ。水の中で着れば、そのまま上がって来られるだろう」
確かにサーディンがいる以上、そちらの方が安全である。マコトが躊躇しつつも頷くと、サハルは今度はサーディンのいる方向へ移動し、身体を返した。
「私も目を瞑ってますので」
有り難くサハルの背後に隠れ、その影でマコトはタイスィールの上着に腕を通した。
「あの、もう大丈夫です」
大きすぎて広がる裾を水中の中で四苦八苦し、抑えているマコトに、サハルが表情を緩め、くすりと小さく笑う。
「足元苔で滑りますから、気を付けて下さいね」
さりげなく腰に手を回し、サハルはマコトを岸辺まで送り届ける。その上で待っていたタイスィールは、マコトに向かって手を差し出した。
躊躇いつつもマコトがその手を取ると、タイスィールは大して力を入れた様子も無く、そのまま引っ張って引き上げた。
それを芋虫状態で転がって見ていたサーディンは、じとーっと二人を交互に睨む。
「さっすがタイスィール、だてに相手にしてきた女の人の数が違うよね。今更マコトの裸なんかで取り乱したりなんかしないって?」
「……」
強烈な嫌味に、言われた本人よりも、周囲が凍りついた。
タイスィールがマコトに求婚したのは周知の事実である。前の恋人達の数など求婚相手の前でする話題では無いが、 しかしサハルだけは涼しい顔で、まるで同意する様に穏やかな表情をしている。
しかしタイスィールはそんな雰囲気を一掃する様に、艶やかに微笑むと、マコトの大きく空いた襟口から見える華奢な肩をさらりと撫でた。
「っひゃ……ッ」
「その中でもマコトの肌は特別綺麗だけどね?」
真っ赤になったマコトにサーディンは、面白くなさそうにちぇっと口を尖らせた。
さすが百戦錬磨のタイスィール。そう思ったのは何も経験の浅いハッシュだけでは無かった。
それから一時間後。
「一体マコト様! 何を考えてらっしゃっいますの! ここには一皮向けば危険な野獣がたくさんいるのです! ある意味結界の外よりも 危険です! ご自覚して下さいませ!」
マコトは結局、騒ぎを聞き付けたサラに膝詰めで二時間ほど説教される事となり、その後、それぞれ訪れた候補者達にも 二度としない様にと指切りまでさせられた。
そして次の日。
「昨日、オアシスで騒ぎがあったそうだな」
「え、……ぁ、はい。お騒がせして」
「もうお前には二度と余計な事は言わない」
「……すみません……」
そう言ってやけ食いの様に、マコトが持ってきたお菓子を次々口に放り込むアクラムに、マコトは慌てて頭を下げる事となり、 次の日のお菓子の量はいつもの倍を約束させられたのだった。




