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後日談➀例えばこんなお話とか

せっかく書籍化したので掘り出してきたものを…

注意!)ちょっとBLっぽいので苦手な方は逃げて下さい。

サハル視点/ほぼギャグ


 最近、朝儀で顔を合わせる王の様子がおかしい。

 そう漏らした時の、横に立つタイスィールの微妙な表情に悪い予感を覚え、敢えて突っ込もうとは思わなかったのだが。



 長い机の中程にある自分の席に腰掛けながら、サハルは隣に座っている鮮やかな蒼い髪の人物――筆頭魔術師であるサーディンを視界の端に映して、心の中だけで溜め息をついた。

書類仕事や会議の類いは全て副官に任せサボり倒している彼がここにいるのは、サハルがもう寝室にずっと閉じ込めてしまいたいと思うほどに慈しんでいる(?)マコトの一言のおかげだった。


『……そうですね。きちんとお仕事される方は素敵だと思います』


最近頭頂部が寂しくなってきた五十過ぎの副官に土下座され、マコトが慌てて了承したこの言葉。


これを聞いたサーディンは遊んでいた玩具を放り出し、マコトの両手をしっかり握り締め、「僕頑張る……!」と、書類埋もれる執務室に走り、副官は膨陀の涙を流したらしい。


 らしい、と言うのは、そのままマコトを寝室に連れ込んでしまったせいである。

 ――大概自分も大人気無い。







 と、まぁそんな話は置いといて。

 今日も、と言うか今この瞬間も、ビシバシと感じる、熱の籠った視線に首を傾げる。

 会議が終わり、束ねた書類の向こうで視線が合うと、王は微かに頬を赤らめさっと視線を逸らした。


 それは、例えるなら、まるで覚えたての恋に戸惑う初々しい少女の様で、冷静沈着の代名詞とも称されるサハルも些か――と、言うよりは多いに戸惑った。

 兼ねてより王の不審な行動に気付いていた他の長や書記官さえも、ぎょっとし各々ペンや書類を取り落とした。


 ちょ……それは前回以上にイバラの道――!

 

 特に古参のメンバーの心の叫びが確かに聞こえた気がして、サハルは笑顔を引き攣らせる。

 一体何故。私は貴方ではなく貴方の娘が好きなんです。


 周囲の奇異の視線と、尚もちらちら見つめてくる王に、そう口にすべきかサハルにしては酷く迷走していた。


「うわ~……きも」

「いや分かるけど、流石に声に出して言っちゃ駄目だよ」


 一応王なんだし、といつの間にか来ていたタイスィールがサーディンの口を塞いだそのタイミングで、王の隣に座っていた宰相が、こめかみを押さえて年の割によく響く声で言い放った。


「――ハスィーブの長官は、ここに残る様に」


 ざわり、と一層騒がしくなった部屋に、サハルの肌が粟立つ。

 自分に向けられているのは猜疑心と好奇心と、そして確かな同情。


 一体何なんだ、と心の中で呻いた所で、サーディンがいつになく真面目な表情でサハルの名前を呼んだ。胸元からすっと小さな瓶を取り出し、ことり、と机の上に置く。



「軟膏いる?」


 ごん、と蒼い頭にタイスィールの拳骨と、サハルの身体からプリザードらしき冷気が発せられたのは同時だった。


 雨季が終わった後に湧く羽虫の様に、ところ構わず愛しい少女の周囲を飛び回るサーディンは、ここらで駆除するべきかもしれない。


 本気でナイフを取り出したサハルに、サーディンは「親切心なのにー」と頬を膨らませながらも、素早く小瓶を懐に仕舞い込むと、じゃあねーとスキップしながら出ていった。


「では私も」


 そのまま続いて行こうとしたタイスィールの腕をがしっと掴む。


「何だい」


 まさかマコトの父である王が、あろう事か娘の婚約者に秋波を送るなど有り得ない、とは分かってはいるが。

 石橋を叩いて渡るのがサハルであり、もしもの時のタイスィールイケニエを用意していて損は無い。


「君ね……念の為言って置くけど、君やサーディンが思う様な事では無いよ?」

「そんな事は分かっています」


 そう分かっているし信じている。むしろ信じたい。


「じゃあいいよね。親衛隊に復帰したばかりで私はこれでも忙しいんだよ」


 いつになく邪気の無い笑顔で、無理矢理掴んだ手を引き剥がすと、タイスィールは残っていた長官達を促し颯爽と出ていた。


 ……その肩が微かに震えていたのは、見間違いでは無いだろう。

 嫌がらせにハスィーブに大量の虫を送り付けてきたアクラム並みに子供じみている。ちなみにちょうど遊びに来ていたカイスが全て処理してくれたので、何の被害も無かった。


「サハル」

 いつの間にかすぐ後ろに立っていた王に呼び掛けられ、背中がぞわりとする。

「……王」


 動揺を押し隠し背中を返して自分よりやや低い位置にある王と目があった。


 すっと逸らされて。

 もじもじもじもじ。


 その王の反応にくらりと目眩がした。

 むしろ失神してしまいたい。いや駄目だそれは。貞操の危機……いやいや、これ以上にややこしい事になるのは目に見えている。


 耐え難い沈黙が続き、何か話さねば、と口を開きかけた所で、王がぽそりと呟いた。


「お前と、私は似ているのだろうか……」


 少しの間を置いた後、言いにくそうにはにかんだ笑顔と共に呟かれた言葉に、一瞬時間が止まった。


「……は?」


 今、何て。


「いや。ほら女の子は、恋人に自分の父親を重ねると言うだろう……? 思えば穏やかな性格は似ていると思うし、な……どうにも照れてしまって」


 何言ってんのこの人。


 今までの一連の行動を思い返し、サハルは鈍く痛みを訴えるこめかみを押さえる。

 ……まぎわらしい行動に周囲も自分もすっかり踊らされてしまった。


 しかしその内容がそもそもおかしい。

 結婚相手に父親を重ねるとか、むしろ世の中の愛娘に相手にされない父親の幻想だと言ってもいい。そんな中途半端な知識をどこで得たのか、夢を見すぎである。


 その上、その相手を見つめて頬を染めて照れるとか、正直気持ち悪……いやいや、常人には理解出来ない。

 さすが王。


 しかも王とサハルを並べて、似ている、と言う人間が果たしてこの城にいるだろうか。そう思わずにいられないほど、似ていない。恐らく誰に聞いても。


「……そうかもしれませんね」


 これが例えば他の誰がだとしたら、似ていません、と一刀両断にする所だか、自分が仕える国の王、その上念願叶って婚約までこぎつけた愛しい女性の父親である。

 曖昧に返事をすれば、王はそれはもう嬉しそうに目を輝かせて、近くの椅子を勧めて来た。

 遠慮がちに腰を掛ければ、王も続いて椅子に腰を下ろす。


「そういえばサハルとこうして二人で話すのは初めてだったな。マコトはサハルと一緒にいる時は、どんな様子なのだろうか」


 そして、サハルは延々マコトについて話を強要され、時々――マコトに伝えてやるには少々差し障りのあるカナとの思い出話を強制的に聞かされ三時間程拘束される事となった。




 ついでに走り去っていたサーディンが、あること無いこと吹聴して回り、その噂の回収にサハルが骨を折ったのはまた別の話である。





 女神が創りたもうた世界は、今日も平和だった。





あともう一話、推敲して近い内に更新して完結表示に戻します。

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