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ありがとう ありがとう

最終話です

同時に三話更新しています。前々話(99話)からどうぞ


(さぁて、そろそろ帰るかな……)


 兵舎の裏の木陰でのんびりと欠伸を噛み殺したスェは、腕を伸ばし一人ごちた。


 延びていたマコトのお披露目も済み、滞在していた他の『イール・ダール』もそれぞれ一族の村や元の住まいへと戻り、王宮は静けさを取り戻しつつあった。


 親衛隊にはスェの存在は筒抜けではあるし、むしろ歓迎するような素振りさえ見せるが、一般の兵士からは訝し気な目で見られる事も多く、そろそろ王宮から出なければ、スィナーンの立場に関わるだろう。


 そして娘にしそこねた少女の隣には、ありとあらゆる分野で鉄壁の守りを誇るサハルの存在がある。訳アリの自分が出るよりは、おそらくスムーズに彼女を柵から護ってくれるだろう。――聊か面白くは無いが。


 噂をすれば影。ふいに小さな人影と、それに付き従う自分と同じ赤髪が視界の隅に入る。


(ありゃ、大人と子供だな)


 その体格差にそう思い、自分もか、と思い直す。

 先を行くマコトと、それを見守るナスルの目は誇らしさと切なさと、複雑な感情が入り混じっていた。それを見たスェはくっと喉の奥で笑い、立ち上がって大きく手を振る。


(兄弟して『イール・ダール』に惹かれるとか、何の呪いかねぇ)


 ナスルがゆっくりとスェを指差し、振り返ったマコトがそれを追い、ようやくスェに気付いた様に手を振り返した。


 駆け足で駆け寄ってきたマコトは、スェに朝の挨拶をする。胸に手を当て息を整えてから、スェを見上げた。



「あの……っこれ。良かったら受け取って貰えませんか」


 差し出されたのは、脇に抱えていた小さな袋だった。


「ん?」


 反射的に受け取ったものの、心当たりの無いそれにスェは首を傾げた。


「あの、私ハスィーブでお手伝いさせて貰っていて、……昨日初めてお給料貰ったんです。あの、私の世界では、最初のお給料で両親に何かあげたりするの、習慣なんです。だから……」


「……俺にくれるのか」


 ぽつりと呟いたスェに、マコトははにかむ。まじまじと見下ろした袋には、青く細い布が蝶々の様に結ばれていた。

 ものすごく込み上げた何かにちょっと震えが走った。


(……やっべぇ、娘って超可愛いすぎる)


 つい先日王――アドルと再会し、常にマコトの動向を知りたがる彼に親馬鹿だと散々罵った後だと言うのに、まさか自分がこんな事を思うとは。


 もうなんかほんとにあの腹黒ンとこに嫁にやるのは嫌だ。切実にそう思った。


「スェさん……? あの」


 戸惑った様に声を掛けられ、スェは慌てて首を振る。


「ああ……悪い。マジで嬉しい、ありがとな。中見ていいか?」


 スェの言葉にマコトは、勿論です、と、返事をして手元を覗き込んでくる。その表情は不安と期待の入り交じったもので、それはマコトを酷く幼く見せた。


 包みの中は、青色の砂避けだった。


「スカーフ……じゃなかった、砂避けなら使って貰えるかなって」


 今日の砂漠の空の様な澄み切った、青。好んで身に付けるのは、茶色や黒や色が入ってもくすんだ色が多かった。鮮やかなその青色は、少しばかり自分には派手すぎる気がしたが、くるりと首に巻き、マコトに向かって笑って見せた。


「似合うか?」

「はい」


 嬉しそうに微笑むマコトの頭を、スェはよしよしと撫でる。気持ちよさそうに瞼を閉じたマコトに、なんだか小動物を手懐けた感じがして、撫でくり回したい衝動に駆られた。いやきっとしても良い筈だ。マコト自らが自分の事を父だと認め、贈り物を寄越したのだから。


(……ん?)


「なぁ、アドルには何かやったか?」


 不意に思いつき、そう尋ねてみる。

 自分だけでも勿論構わないが、アドルにバレたら盛大に落ち込まれそうだ。寧ろ泣く。マコトとカナが絡むと途端に女々しくなるアイツなら間違いない。


 何せ、アイツはタイスィール立ち会いのもと、久々に顔を合わせた自分を見るなり、子供の様にぼろぼろと泣き出したからだ。……王のそんな姿を見られては威厳なんて保てない、と部屋にいたタイスィール以外の人間を追い出し、むしろ慌てたのが自分の方だと言う駄目駄目さ。


『もう……お前の、顔は、二度と見れないと思った』


 しゃくりあげながらそう呟いたアドルに、すぐに白旗を上げた。

 色んな意味で馬鹿みたいだ。俺が。

 そう思った。




 スェの言葉に、マコトは少し大人びた笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いた。


「はい。王様にも何かあげたいなぁ、と思ったんですけど、思い付かなくて」


 確かに王ともなれば、贈りやすい小物の類いは総て一級品が揃っている。マコトが給金全てを使ったとしても、精々小さな石が一つ二つ付いた装飾品しか買えないだろう。まぁ、正直マコトからの贈り物なら道端の石でも狂喜乱舞しそうな気もするが。


「迷ったんですけど、――写真を」


 続けられたのは、意外な言葉で、スェは驚きに目を瞬かせた。


 スェもイブキ経由で見せて貰ったので、知っている。マコトと母と二人で映っている写真に違いない。確かあれ一枚きりだと聞いていたが。


「写真? ってあれだろ。いいのか?」


 眉を顰めたスェに、マコトは再び、今度はしっかりと頷く。


「はい。……でも、時々見せて貰う約束したんです」


 ――それは。


「……喜んだろ」


 その時のアドルの顔を思い浮かべ苦笑する。写真は勿論嬉しかっただろうが、恐らく一番喜んだのは、きっとその『約束』だ。


「はい」


 それを分かっているのか分かっていないのか、マコトは何かを思い出した様に、口許に手を当てて苦笑した。その仕草でピンとくる。


「あいつは、また泣いたか」


 呆れた様に溜め息をつけば、マコトは、こくりと頷いて肯定した。


「はい。なんかお母さんが『可愛い人』って言ってた意味が分かりました」


(オーイ、娘にまで『可愛い』って言われてんぞ、アドル)

 いや、案外喜ぶか? と、無責任な事を思って、スェはマコトをひょいと抱き上げ、それこそ幼い子供の様に腕に座らせた。


「お礼は何がいい?」

「え……? あ、いえ、あの私が勝手に買って来たので」


 慌てて首を振るマコトに、スェは首を傾け、マコトの顔を覗き込んだ。


「まぁそう言うなよ。もう出て行っちまうし、その前になんか買ってやる」 


 スェの言葉にマコトは困った様に眉尻を下げる。ああ似てる――その表情、そっくりだな、と心の中で思いながら、マコトの言葉を待った。


「じゃあ」


 少し躊躇う様な間が空く。


 マコトが何を望むのか、宝飾品やドレスなら何でも一番似合う物を揃えてやるつもりだった。けれど次いで出てきたのは、スェが予想もしなかったお礼だった。


「また、会いに来て下さい」


 ささやかな言葉は、スェの願いを見透かした様だった。完全に虚を突かれたスェは、片手で顔を覆った。

 ああ、もう。


「――ばぁか。それじゃあ俺が嬉しいだけだ」


 照れ隠しに喉の奥で笑ってぐりぐりと頭を撫でる。

 遠くの方から、歩いてくる保護者の――もとい保護者は自分だ。サハルの姿を見つけたスェはにやりと笑い、マコトを肩に担ぎ上げた。


「ひゃあぁあっ」


 突然の肩車に、マコトはスェの頭にしがみ付き、 眉を顰めたナスルがその背中を支えた。

 ずんずん近付いてくるサハルの笑顔は、若干引き攣って見える。


(安心しなアドル。俺がお前の分も小姑してやるからな)



 首に巻かれたスェのスカーフは風にたなびき、青く高い砂漠の空と溶けるように交じり合った。








『ありがとう ありがとう』完





完結になります!最後までお付き合いありがとうございました。

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