第九十五話 辿りつく場所 2
(あったかい……)
微睡みながら、頬をそれに擦り寄せぼんやりとした頭でそう思った。猫のように丸まれば背中に暖かい手が伸び、外の世界から守る様にしっかりと包み込まれる。
心地よい暖かさに頬を摺り寄せ、そう思った瞬間、 急にその『暖かいもの』 がもぞりと動いた。
「……っえ、あっ……」
微睡みを楽しんでいたマコトの視界に映ったのは、喉仏。強烈な既視感に顔を上げれば、穏やかに微笑む優しい顔があった。
「起きましたか」
その言葉まで同じで、一瞬、集落のあの場所に戻ったのでは、と思って、柔らかな寝台 がそれを否定する。そして抱き込まれているサハルの肩が剥き出しである事に気付き、マコトはひゃっと奇妙な 悲鳴を上げ身体を離した。
「お、お、はようございます……」
瞬時に消えて無くなった眠気の代わりに、昨夜の自分の痴態がまざまざと蘇り、頭の中が飽和した。
(っ……~っあんな……っ)
くらりと眩暈がし、目を閉じる。いっそこのまま気絶してしまいたい。
赤くなりながらも記憶を浚えば、……多分、いや恐らく、最後までしていない事はマコトにも分かった。
『もう遅いですから、お休みなさい』――居心地の良いサハルの声に、そのまま眠りについてしまったのだろ。 果たして良かったのだろうか。……何だか自分だけがイロイロされてしまった気がする。それはサハルにとってどうなのだろう。
「まだ早いですから、もう少し眠った方が良いですよ」
ゆっくりと上半身を起こし、サハルは枕元に腰掛ける。
上は裸だったが下はきちんと昨日と同じズボンを履いていて、ほっとした。そもそもサハルは最初から脱いでいないに違いない。そんな自分に微妙な気持ちになっていると、サハルは少し距離の空いたマコトの腕を掴んだ。身体が引き寄せられ、こてん、とサハルの膝に頭が落ちる。
……膝枕。と、言うよりは抱き枕に近い。腰に手を回す様に言われて何故だか素直に身体が従った。
結局頭は硬いお腹の上に落ち着き、優しく頭を撫でられる。未だ冷めやらぬ恥ずかしさに、顔を俯かせると、自分が寝着を着ている事に気付いた。
(昨日、は……)
確か、王に会ったままのワンピースで……脱がされて……。
きちんとパジャマを、いや寝着を着た覚えが無い。
「あの……、もしかして着せて……」
「ああ、すみません。風邪を引くといけないと思って」
着せただけにしては、身体中がさっぱりしているし柑橘系の匂いが微かに香る。傷口の炎症を防ぐために湯浴みが出来なかったマコトに、身体だけでも拭える様にサラが用意してくれたお湯に必ず入っていたオイルにそっくり……と、言うよりは全く同じものだろう。
と、言うことは。
(……サハルさんが身体を拭って、着せてくれたって事……?)
恐ろしい予感に、問おうとした口を閉じる。まさかサハルにそこまで手間を掛けさせるなんて。寧ろ本当に自分の事を思うなら、そのまま放って置いて欲しかった。しかもきっちりと……下着まで着けている。
(どんな顔して、顔を見れば……ッ)
マコトが唸っていると、ふいに扉から、騒がしい声が上がった。
「――まだお休みかと思われます!」
どこか焦った様な声に、被さったのは、暢気な……スェの声だった。
――そういえば、明日の朝訪ねると、サラがメモに残していた。
意識が無かった時も、訪ねてくれていたらしい気安さで、スェは寝室の扉をおざなり程度に叩いた。がちゃっと扉が開き、予想通りスェが顔を出す。
「よぉ、朝早いとこ悪いんだけど、って………」
大きく見開かれてた目に、マコトもようやく自分の情況を思い出した。上半身裸のサハルの腰に手を回し、しがみついてるようなこの体勢は――。
「ちょっ……おまっ……」
ぎゃあああっと、スェは精悍な顔を歪ませ、信じられないものを見たような悲鳴を上げた。
「あの、その、ご、誤解……」
……ではないような気がするのは、気のせいでは無いだろう。けれどこれだけは言わせて欲しい。一線は越えていないのだと。
「手が早すぎる……! 許さん……っ俺は認めん!」
びしっと指をさしたその向こうで、サハルは、意に介した様子も無く、マコトの髪を撫で続けている。
そして、今、気付いたとばかりに、顔を上げスェを見るとにっこりと微笑んだ。
「お父さんと呼んで差し上げましょうか」
その言葉に、スェの顔が一気に赤くなり、沸点を超えた。
「っお前みたいな腹黒息子なんぞいらんわ!!」
絶叫に近い怒鳴り声が、離宮を揺るがせた。




