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第九話 市(カイス視点)2

 慣れないであろうマコトを気遣い、カイスにしては、ゆっくりとサラのオアシスに向かった。 自己紹介は既に馬上で済ませてあった。

 自分もマコトと呼ぶから、呼び捨てでいいと言うのに、マコトは頑として『さん』付けを譲らなかった。

 見かけに反して、なかなか頑固な一面もあるらしい。


 出発してから一時間を大分経過して、ようやくサラのオアシスについた時には既に日は高く、 ずらりと出店が軒を連ねていた。

 馬から先に下りたカイスが手を差し出すと、マコトは恐縮する様にそろりとその手を掴み、地面に飛び降りる。

 すみません、と呟いたマコトに妙な違和感を感じたが、少し考えても分からず、まぁいいか、とカイスは 頷いた。


「馬って、乗ってるだけでも大変なんですね……」


 疲れた様子でそう呟くマコトにカイスは首を傾げる。

 ……ゆっくり走ったつもりだったが。


 カイスの視線にマコトは、はっとした様に首を振る。


「……? じゃ行くぞ」


 サラの市は何も衣類だけでは無い。生活雑貨や、らくだや馬も売られ、食べ物も売られている。一週間に一度の市はこの辺りでは一番大きなものだ。


 その中でめぼしい店を見つけ、カイスはマコトを前に促す。


「手に取ってみて頂戴ね。いいもの揃ってるから」


 愛想良く声を掛けてきた店の女主人に、マコトは軽く会釈して、手前にあった紺色のワンピースを手に取った。


「これで、いいんですかね?」


 そう問われて、カイスは最初自分に 向けられた質問だとは思わなかった。


「あ?」

「すみません。あの、私こっちの世界の服よく知らなくて、一般的なものって これでいいんですか?」

 マコトはサハルに最初に貸して貰った服に よく似たワンピースを手にしていた。


「……ああ、そっか、そうだよな。悪い。……まぁ、 そういうのよく着てるな」

 カイスは頷き、マコトの手元に視線を落とす。


(つーか辛気臭い色だよな。マコトならもっと 明るい色の方が似合うんじゃねぇか?)

 そう考え、言おうかどうか躊躇する。それこ そ余計なお世話な気もするし、何より照れ臭い。


「お嬢さん。お嬢さんみたいな可愛い子には、 こっちの色のが合うんじゃないかい?」

 まるでカイスの心の中を読んだ様に、女主人が紺色の隣にあった薄い桃色のワンピースを指差した。


 なかなか気が利くじゃねぇか、とカイスが 感心したのも束の間、マコトは少し困った様に笑って、首を振った。


「いいえ。こっちでお願いします」

「そんな事言わず、ほら合わせてみなよ。よく似合う、ね? お連れさんもそう思うだろ?」


 急に話を振られて、カイスはぎょっとした。 しかしマコトの前に出されたワンピースは、主 人の言葉通りよく似合っていた。

 そうだな、とカイスにしては珍しく素直に同意したが。


「……でも、薄い色ですし、汚れが目立ちますよ?」


 一瞬何の冗談かと思った。真剣に布地 の厚さやら素材やらをチェックしてる様子からして、真面目に言っているらしい。


(どんだけ所帯じみてんだ。コイツは)


 出発前にサハルから言われた言葉の意味が ようやく理解できた。しかも貧乏性だ。自分の母親はどちらかと言うと、分りやすく『世間知らずのお嬢様』という 感じだった。この少女は向こうで、一体どんな生活をしていたのだろうか。

 カイスは溜息をつくと、マコトから視線を外し主人に告げた。


「じゃ、これ両方と。――あと数着とマント。それから、生活に必要なものもアンタが選んでやってくれ。この通りコイツが何か言っても 聞くな」

「ちょっ! カイスさん!?」

「俺そこで待ってるから。宜しくな」


 カイスはそう言って正面の屋台を指差すと、言葉どおりそちらへと歩き出した。


 暫くして時間を潰したカイスが屋台に戻ると、数着の服が棚の上に綺麗に置かれていた。

 どれもが若い娘らしい、綺麗な色合いのワンピース やズボンだった。にこにこしている主人の顔と 渋い顔をしているマコトの顔が対称的だった。


(……あ?)


 棚の上の衣類や小物をざっと見ていたカイスは、ふと疑問に思い、その内の一着を手に取って広げた。


「お前には大きいんじゃねぇか……?」

 何気なく掛けられた声に、マコトはぎくっと した様に肩を竦めると、しどろもどろと口を開いた。


「……いえ、多分これ位で大丈夫です。 袖丈は自分で詰められますし。……あの、着やせしてるだけで、その、……意外に太いんですよ」


 あはは、と乾いた笑いを浮かべたマコトに、 カイスは、は? と呟き、後ろから無造作に腰を掴んだ。


「これのどこが?」


 分厚いマント越しだと言うのに、 驚くほど少女は細かった。

 突然の暴挙にマコトは氷の様に固まった。そして数秒後、 少し顔を赤らめて、困ったように自分を見上げている マコトに気付き、カイスは慌てて手を離した。


「あ、悪い、つい」

「……い、いえ……」

「はははっ、じゃあ、まだこの兄ちゃんといい仲で も無いんだねぇ!」


 二人のやりとりを見ていた女主人がそう 言って、豪快に笑った。


(俺とこいつが? ……サーディンじゃねえっての)


 不機嫌そうに鼻を鳴らし、いくらだ、とカイスは話題を変えた。

 カイスの言葉にマコトは、あ、と大きく目を見開く。


「カ、カイスさん……っ」

「何だ」

「あの今更なんですけど、……私お金持ってなくて……」


 本当に今更だな。

 カイスはそう心の中で呟き、眉を顰める。

 異世界から来たのだ。この世界の通貨など持っている訳が無い。

 カイスの訝しげな視線を、非難と受け取ったらしい。マコトは しきりに頭を下げて、女主人に返品してもいいかと問い掛けよう とした。それをカイスは止める。


「最初からお前に払わせるつもりなんてねぇよ。分かってるって。金なら」


 サハルから預かってる、と言いかけて、カイスは言葉を途切れさせた。そして。


「俺が払ってやるよ」

 そう言って、腰からぶら下げた財布を開く。

 何となく、ここでサハルから金を預かってるという事にしたくなかったのだ。


 女物の服数着など、大した出費でもない。まぁいい、と軽く考えて、揉み手で待ち構えている女主人に、手間を掛けさせた礼も上乗せして少し多めに金を渡した。


「すみませんっあの、いつか、っていうか、働き場所が見つかれば絶対お返しし ますっ」

 意気込んで何度もそう言うマコトにカイスは苦笑する。 後ろから駆け足でついて来るマコトに、いらねぇよ、と返事する。


(そもそも、どこで働く気だよ)


 この世界、女一人で生計を立てる、というのはまだまだ難しい。

 治安の安定した王都なら何とかなるかもしれないが…… その前に、自分の一族が彼女を手放す事は無いだろう。


 ふと立ち止まり、カイスは後ろにいるマコトを見下ろす。

 目が合うと、遠慮がちながらも笑顔を返してくれる。ど うやら少しは慣れてくれたらしい。

 嬉しいと思う反面、その笑顔にほんの少しだけ胸の奥が 痛んだ様な気がした。 




* * *




 出店の一つで簡単に昼の食事を済ませ、二人はそのまま どこにも寄る事なくゲルに戻った。夕方にもまだ早い時間だ。


「おかえりなさい。早かったですね」


 集落の入り口で待ち構えていたのは、サハルだった。マコトの姿を見ると、目を細め、両手を差し出す。子供の様にマコトを抱えて下ろすその親し気な様子を見て、カイスはむっと眉を顰めた。


「お仕事、終わりましたか?」

「ええ。おかげさまで。……荷物はこれだけですか? 少ないですね」


 馬にくくりつけられた麻袋を指差し、サハルはカイスに問いかける。どことなく非難の響きを感じるのは 決して気のせいでは無いだろう。


「仕方ねぇだろ! こいつが何もいらねぇって言い張るんだから!」

「困った子ですね……」


 そう言ってサハルはマコトの頭を撫でる。さらさらと指の間を通り抜けるその漆黒の髪の毛は手触りがいい、とカイスも今日何度か触れて気付いていた。マコトも満更でも無いらしく、そのまま身を任せている。


(……なんだ?)


 胸の辺りがざわざわする。それを不思議に思いながらも、カイスは二人から視線を逸らし、馬から荷物をおろした。


「そうそうマコトさん。朗報ですよ。先の『イール・ダール』である方が、この近くの オアシスまでいらっしゃってる様です。行ってみますか」

「是非!」


 マコトの目が目に見えて輝く。


「そうですか。私がお連れしてあげたい所なのですが、生憎明日は王都へ戻らなくてはならなくて……誰かに頼んでみますね」


 馬の手綱を握りながら、黙って二人のやりとりを聞いていたカイスは、小さく溜息をつく。


(しょうがねぇなぁ……)


 朝出発した時程、この少女と出掛けるのが嫌では無い。そんな自分の心の変化に戸惑いながらも、連れて行ってやる、と返事をするよりも早く、背後から声が掛かった。




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