46.妖精と依頼
人外魔境の荒野にて
リフィル先生の兵器……もとい、手料理を食べた俺たち。
しばらく腹痛でダウンしていたのだが、ようやく、腹の調子が戻ってきた。
ま、まさかあそこまでまずいとは……。よく吐かなかったもんだ。
ちなみに我が妹は先生の料理をぺろりと食べていた。しかも美味い美味いと頬張っていたな。
先生が虫を食べてる俺を見て、驚いていたけど、ああいう感覚だったのかね……。
食事を終えた俺たちは、妖精であるリコリスから事情を聴取することにした。
妖精。手のひらサイズの人形に見える、翅の生えた生き物。
今まで十数年生きてきたけど、生で妖精を見るのは初めてだった。
おとぎ話の中の存在じゃなかったんだな。
『わいらは妖精や。元々は帝国の北部、妖精郷っちゅーっとこに住んどった』
「知ってるよ。というか、俺たちは帝国から来たんだ」
『なんやお隣さんやったんか。よくまあそんな遠いとこから来たな』
「そりゃこっちの台詞だよ。リコリス。おまえはどうして妖精郷じゃなくて、西の人外魔境にいるんだ?」
すすっ、とリコリスが気まずそうに目線をそらす。
狩人の目を持たなくても、何かやましいことがあったんだなと察せられる。
「なんかやらかして、故郷でも追い出されましたかぁ?」
『ちょ、ちょっといたずらしただけなんだ! なのに母ちゃんに妖精郷を追われてよぉ……!』
「まあどんなおいたしたかはさておきですがぁ……。リコリス君、君が逃げてきたのは円卓山、そうですね?」
『ああ。あそこの山頂から逃げてきたんや。せっかくわいが楽園つくたっちゅーのに』
リヒター隊長からの問いかけに、リコリスが不満げにそう答える。
楽園?
「あらなぁに、楽園って」
『文字通りの意味やで。緑生い茂げ、花々は咲き乱れ、果実たっくさんの楽園や。わい、頑張って作ったんやで。それをあの蟲どもめぇ……!』
どうやらリコリスは故郷の妖精郷を追われた後、新天地として円卓山を選んだみたいだな。
そこで魔蟲族からの介入を受けた……と。
「あそこで何があったんだ?」
『妙な髪色の変な人間が、蟲どもを引き連れてやってきたんや』
ぴくっ、とリヒター隊長の表情が一瞬こわばる。
蟲を連れた人間なんてそうはいない。いるとすれば改造人間を作ったあの男、隊長の兄であるジョージ・ジョカリ。
俺でも気づいたのだ。隊長はもっと早くから気づいていたに違いない。
ぎゅっ、と彼女が唇をかみしめる。自分の実の兄が悪事に荷担していたとしって、憤っているのだろうか。
『あのピンク髪男はあっちゅーまにわいの楽園を実験場に変えてしもおうた』
「円卓山を実験場にして、何を作ってるんだ?」
『そこまではわからん。ただ何人もの妖精が捕まっとった。わいもその一人や。仲間達がわいだけを逃がしてくれたけどな』
仲間を呼んできて欲しい、ってところだろうか。
あそこで魔蟲族の実験が行われてる。そこに並の冒険者が行ったところで、返り討ちになるのが目に見えている。
蟲の駆除は、俺たち帝国軍人の仕事だ。
『なあ、あんたら強いやろ? おねがいや! 楽園を取り戻しておくれ!』
ぽたぽたとリコリスが涙を流す。
『あそこには多くの仲間がいて、今なお酷い目にあっとるんや! せやけど、わいひとりじゃどうにも、奴らに太刀打ちできへん! 頼む……!』
俺は仲間達を見回す。彼らの表情からは、リコリスに対する同情心がうかがえた。
俺も同じだ。仕事でここに来たとはいえ、仲間との幸せな暮らしを理不尽に踏みにじった、あの蟲どもは絶対に許せない。
「任せてくれ、リコリス。俺たちが、おまえの仲間を救ってやる」
『ほんまか!? おおきに……! おおきに……!』
リコリスは何度も頭を下げる。
ぼたぼたと涙を流す様から、よほど仲間達が心配だったのがうかがえた。
「これからの作戦ですがぁ、いったん軍に報告し、援軍が来るのを待った方が得策ですねぇ」
『いや、そんな時間はあらへん』
「なに、どういうことですかぁ?」
『あのピンク髪の男は、おそろっしい実験しとった。巨大な蟲を作ろうとしてたんや』
「巨大な蟲……ですかぁ」
今でも十分、魔蟲はサイズがでかい。それを凌駕するとなると、もはや怪物といってもいいほどだろう。
そんな化け物が、この土地でのさばっているのか……。
『あいつが最高傑作って言ってた蟲が、明後日には完成するつっとった。叩くなら今夜や』
「明後日か……急だな。というか、俺らに会わなかったら、今頃どうしてたんだよ?」
運良く合流できてたからいいものの、下手したら誰とも会えずに、巨大蟲がふかしていたかも知れない。
そう思うとぞっとする。
『そんときゃ、仲間達が捨て身の自爆魔法をかます手はずになっとたわ。わいは仲間の命がおしい。みんなと再会して、またのんきに暮らしたい。やから、手を尽くしたわけや』
次善の策はきちんと用意していた訳か。しかし、妖精は気合い入ってるな。
外に脅威を逃がさないように、自分たちの命を張るなんて。
「そうと決まれば、戻ってる暇はありませんね。報告をしたら、すぐに出発しないと」
こうして俺たちは、妖精からの依頼を受けることにして、一同、円卓山へと向かうのだった。




