プロポーズ(シュゼット視点)
「……は?」
がつん、と大きく足音を立ててグラストンが立ち止まった。
「なに……え……? けっ、こん?」
「はい。私と結婚しましょう、グラストン様」
私がにっこり笑いかけると、グラストンはおろおろと視線を泳がせた。
「私を妻に迎えれば、ハーティア、キラウェア、両国から支援が受けられます。ランス家の建て直しも不可能ではないはずですわ」
「いやいやいやいや! そんなの俺に都合がよすぎます! せっかく助け出されたのに、うちと道連れになってどうするんですか」
「それが実は、私にもメリットがあるんですよ」
「ええ……?」
私を抱えたまま、グラストンは呆然と立ち尽くす。
突然とんでもないことを言い出した女など、降ろしてしまえばいいのに。律儀な青年である。
「私、このまま国に戻っても、ろくなことにならないんです」
自分の行く末を口にする。これは幽閉されていた時から考えていたことだ。
「生きて国に戻ることで、キラウェアとハーティアの戦争を止めることはできます。しかし、戻ってきた私を父は二度と国から出さないでしょう。親戚か近しい臣下か、適当な家に嫁がされて終わりです。しかも……私は一度誘拐されてますでしょう?」
身柄を第三者に拘束される。
それは女子にとって最も不名誉な事態だ。
「ハーティア首脳部がどれほど事件を秘匿したとしても、誘拐されたこと自体は結婚相手に伝わると思うんです。私も隠せないでしょうし」
私はふう、と息を吐く。
「夫となる方は、幽閉先で私がどのように扱われていたか、常に疑念を持つことになるでしょう。そんな関係でまともな夫婦になれるとは思えないんですの」
「……いや、そんなことはないでしょう」
グラストンは首を振る。
そう否定できるのは、彼だからだ。
「夫婦になるのなら、囚われた私がどうだったか、直接見て知っている方がいい」
「……」
グラストンの黒い瞳が揺れる。
私は彼の肩に回した手にきゅ、と力をこめた。
「それにメリットはもう一つあります、私の夢です」
「夢……?」
「そもそも私は、ハーティアとの外交がやりたくて留学していたんですの。西の国境を守るランス家当主の妻になれば、両国を結ぶ役割を得ることができますわ」
ランスはハーティアを支える勇士七家のひとつだ。中央との結びつきは強い。
嫁げば同じ七家のリリアーナ、そしてクリスやセシリアと親交を持ち続けることができるだろう。
女の情としても、将来の夢としても、交友関係としても、メリットのある婚姻なのだ。
「グラストン・ランス様。私と結婚してくださいませ」
「俺は……」
よし、もう一押し。
勝利を確信した瞬間だった。
「おふたりとも、急いでください」
不意に低い声が割って入った。
少し後ろを歩いていたツヴァイが立ち止まって後ろを振り返っている。頭のネコミミがぴくぴくと動いた。
「追手が来ます。……アンデッドが2体、吸血鬼が1体」
それを聞いて、今の今まで狼狽していたグラストンがすっと真顔になった。抱えていた私の体をすとんと降ろす。
「グラストン様?」
「行ってください、姫君」
「行くって、どこへ」
「この先の出口で、信頼できる騎士たちが待機しています。彼らなら、あなたを井戸からひっぱり上げてフランドールのところまで連れていってくれるでしょう」
「あなたは?」
グラストンはすらりと剣を抜いた。
「ここで、追手を食い止めます」
ツヴァイもうなずいて武器を構える。もともとそうするつもりだったのだろう。ふたりとも、迷う様子はなかった。
「だ、ダメ! そんなの、ダメですわ」
「姫君」
グラストンの手が私を制する。
それは私ごときの力では揺るがない。
「俺にとって今一番大事なことは、あなたを生きて国にお返しすることです」
覚悟を決めた、目だった。
ああこの人は。
私を守って、ここで死ぬつもりなのだ。
何もかもを投げ出して、従者とただふたりで、その勇気を称えられぬまま。
なんて気高いのだろう。
でも、そんなの。
「認められるわけ、ないでしょう!」
「姫君?」
私はずっと肩から下げていたポーチに手を突っ込んだ。中から小瓶をひとつ出して、放り投げる。私を守ろうと立つ騎士の向こう、追ってくる敵に向かって。
「目を閉じて耳をふさいで、口をあける!」
命令に反応して、ツヴァイがぱっと耳をふさいだ。困惑しつつもグラストンがそれにならう。私は風魔法を展開しながら、小瓶の中身を炸裂させた。
パアン! という派手な音とともに、地下通路を白い光が灼く。
目がくらむような光が収まったあと、通路の奥でどさりと重いものが倒れこんだ。
「姫君……今のは?」
目を瞬かせながら、グラストンがたずねる。私はふん、と姫君らしからぬ鼻息を吐き出した。
「ハルバード仕込みの魔力式閃光弾ですわ!」
こちらは炸裂と同時に風魔法で真空の壁を作ったからこの程度ですんだものの、反響する狭い通路で直接音を叩き込まれたアンデッドたちは、たまったものではないだろう。
深窓の姫君だと思って、ヘルムートは私をなめすぎだ。
人をさらっておいて、ボディチェックのひとつもしないなんて。
喧嘩上等侯爵令嬢の友人が、いざという時の攻撃手段を用意してないわけが、ないのに。
「グラストン様、抱き上げて! 走って!」
「は、はいっ!」
命令に突き動かされるようにして、グラストンが私を抱き上げた。彼の肩にしがみつきながら、私はまたポーチの中に手をつっこむ。
小瓶の残りはあと三本。
「追手は私がなんとかします! 生きて脱出しますわよ!」
「はいっ!」
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