地下通路(シュゼット視点)
「周囲に人の気配はありません。行ってください」
黒いネコミミをぴくぴくさせて、周囲を警戒していたツヴァイが振り返った。グラストンに抱えられたまま、私はランス城の隠し通路から、裏庭へと出た。
周囲の見通しは悪い。
目隠しのためか、出入口の周囲には庭木が何本も植えられていた。
敵がいるのかいないのか。今はツヴァイの鋭い感覚が頼りだ。
「こちらの井戸から、城外に出ます」
一旦私を地面におろしてから、グラストンが手を引いてエスコートする。
同じ目隠しの植木に埋もれるようにして、古い石造りの井戸がひとつある。本来の役目が通路なためだろう、真っ暗な井戸の底にはほとんど水が溜まっていないようだった。
「俺が先に降りて受けとめます。ゆっくりでよいので、お気をつけて」
まず最初にグラストンが井戸の底に降りた。
ツヴァイが警戒するなか、ゆっくりと井戸の底へと降ろしてもらう。もたもたと、なかなかうまく動かない自分の体をもどかしく思うけれど、焦りは禁物だ。ここで私が怪我をしようものなら、ふたりを巻き込んで動けなくなってしまう。立ち往生だけは、避けなければならない。
「よい……しょ」
しかし、私の体は自分で想っていたよりもずっと弱っていたらしい。
「あ」
井戸へと足から降りようとした瞬間、ずるっと手が滑った。壁を掴むこともできずに、そのまま体ごと下へと落下する。
受けとめたのはやはりグラストンだった。
大きな体が、包み込むようにして私の体を支える。
「お怪我はありませんか」
悲鳴を飲み込むので精いっぱいだった私は、無言のままこくこくと頷いた。
ほ、と息を吐いたグラストンは、私を地面に降ろそうとして、結局また私を抱えなおした。
「申し訳ありませんが、通路出口までもうしばらく私に運ばれてください。通路の床がぬかるんでいて、危険なので」
「……お願いします」
ついさっき、井戸に落ちそうになってしまった私は、素直にうなずいた。
下手に自分で歩くより、グラストンに運んでもらったほうがお互い効率よさそうだ。彼は慣れた手つきで光魔法を発動させると、明かりを宙に浮かべた。光が体から少し離れたところにあるのは、それを目標にして攻撃されるのを防ぐためだろう。
「重いものを担がせて、申し訳ありません」
私がそう言うと、グラストンはおかしそうに笑った。
「野戦行軍訓練では、もっとずっと重い装備を背負って歩かされます。姫君ひとりくらい、羽を運ぶようなものです」
それに、と歩き始めながらグラストンはため息をつく。
「この隠し通路がぼろぼろなのは、歴代当主が整備をさぼったせいなので。その、つまり自業自得? なのですよ」
そういえば、この城はそもそもランス家の居城だった。彼が単身隠し通路から乗り込んでこれたのは、勝手知ったる我が家の城だったからだ。
「整備し直すのが大変ですね」
「いえ、この城は放棄する予定です」
「え」
グラストンの静かな言葉に、私は二の句が継げなかった。領主にとって居城は命も同然だ。放棄するなんてありえない。
「あなたを助け出したあと城に火を放ち、遠距離攻撃魔法で破壊し尽くす手筈になっています」
「どうして……」
「城に仕えていた者たちはすべて、アンデッドにされてしまいました。これが一番、迅速に事態を収束できる方法です」
理屈はわかる。
生ける屍は危険な相手だ。交戦しないですむなら、それに越したことはない。
だが彼らは元々人間。理屈だけで片付くものではないだろう。
「城をなくして、あなたはどうされるおつもりです」
「どうにも。どうせランス家は終わりです」
私を運びながら淡々と語る。
「城を失い、臣下を失い、名誉も失った。勇士七家といえど、屋台骨を失っては立ちゆきません。家族の後始末をして、残った郎党の生きていく手助けをするのが私の最後の仕事です」
すでに覚悟しているのだろう。グラストンは諦めのため息をついた。
それを見て最初にこみあげてきた感情は、怒りだった。
どうして。
なぜ彼がこんな目にあっているのだろう。
私をさらったのはヘルムート。
そそのかしたのは邪神だ。
グラストンは、悪い事など何もしていない。
危険を顧みず助けにきてくれた勇敢な青年の未来が、ただ家の始末だけで終わるなんて、あまりに理不尽すぎる。
なぜこんなことになってるの。
こんなの納得できない。
そう思ったら我慢できなくて、思わず口を開いてしまっていた。
「グラストン様、私と結婚しませんか」
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