【閑話】破れた夢の末路(カーミラ視点)
ハーティア王宮謁見の間で断罪された私は、とにかく走った。
憎き宰相の娘を刺し、煙幕で近衛の目をくらまし、手近な隠し通路へと飛び込んだ。そのあとどこをどう走ったかはよくわからない。
便宜の見返りに、とユラから手に入れた姿隠しの魔道具を使い、とにかく周りの目をくらませて一目散に城の外へと出た。
罪人として裁かれれば、二度と祖国の土を踏むことはできない。
それだけは、受け入れられなかった。
私の願いはあの方のもとへ戻ること。
こんなちゃちな国で生を終えることではない。
隠し財産を回収し、今までのありとあらゆる人脈を駆使して、とにかく国境へと向かった。ハーティアからの追手には、不思議と見つからなかった。あの宰相が私を放置するとは思えなかったが、それどころでない事態が起きていたのかもしれない。
あの国は近いうちに滅びる。
邪神に蝕まれ、モンスターに侵略された国など、少々がんばったところで立ちなおせるわけがない。
滅びゆく国の道連れになるのもごめんだ。
関所の役人に金を握らせ、無理やり国境を超える。疑われるかと思ったが、ユラから入手した認識阻害の魔道具がうまく機能したらしく、皆私を老婆だと思い込んだ。政敵を追い落とす作戦はことごとく失敗していたくせに、こんな時にだけ役に立つとは。なんという皮肉だろうか。
老婆に身をやつして、ひたすらに移動する。
王都は目指さなかった。
家族に会ったところでいまさらである。
ただ、あの方のもとへ。
あの方が暮らす保養地の館へと向かった。
館は今どうなっているだろう。
柔らかな木々に彩られた、美しい館。庭に佇むあの人を見るのが楽しみだった。
あの方がいるのはきっとあそこだ。
長い旅を経て、ついに館の門にたどり着いた私は、姿隠しの魔道具を使って中に入った。
ああ、も変わっていない。
二十年以上経つというのに、庭は私が無理やり嫁がされたあの日と変わらなかった。
あの方は決まって、優美な東屋で読書をしていた。
そう思って奥へと進むと、そこには少年がひとり佇んでいた。
つややかな黒い髪、黒い瞳。
一目見て直感した。彼はあの方の子供だ。
あの方の美しさをそのまま受け継いだ、完全無欠の男の子。
いつの間に私はこんな子を産み落としていたのだろう。
不思議な心持ちだったけれど、溢れてくるのは喜びだ。
あの子を抱きしめたい。
柔らかな体に触れて、自分が母だと実感したい。
「ア……」
声をかけたのに、少年はなぜかあとずさった。
「ひ……だ、誰?」
「ア……」
母だと名乗ろうとしたけれど、喉が引きつれてうまく動かなかった。
「テオ、どうしたの?」
庭の奥から女がひとり現れた。少年の侍女だろうか、下品な赤い髪に趣味の悪いドレスを着ている。少年は何を思ったのか、女に向かって駆けていく。
「お母様、怪しい人が!」
何を言っているのだ。母は私だ。
首をかしげる私の目の前で、女は少年を後ろに隠してしまった。
「ここを誰の館だと思っているのです。用がないなら立ち去りなさい」
「ア……?」
お前こそ私を何だと思っている。
私はこの国の王女で、あの方の妻だ。立ち去るのはお前だ。
少年に近づくには、どうにもあの女を排除しなければならないらしい。残ったわずかな魔道具で、果たせるだろうか。
考えていると、庭にまた新たな人物が現れた。
「ジル、テオ、どうした?」
それは、目もくらむような美丈夫だった。
艶のある黒い髪に、黒い瞳。精悍だったその美貌は、二十年を経て深みを増している。
間違いない、あの方だ。
「ア……」
一歩、あの方に歩み寄る。
やっと、帰ってきました。
あなたのために、すべてをなげうってここまで来たのです。
一目あなたに会うために。
「何者だ」
あの方は、ぎろりと私を睨みつけた。
そしてなぜか女と少年を背にかばう。
「お父様!」
やはり少年はあの方の子なのだ。
美しい黒い瞳がよく似ている。
「変なおばあさんが入ってきて……!」
「大丈夫だ。お前たちは私が守る」
おばあさん?
私はそこで、認識阻害の魔道具を使ったままだったことを思い出した。こんなものをつけていては、わからなくなっても仕方がない。
持っていた魔道具を投げ捨てて、あの方へと進む。
「アア……」
これでわかったでしょう?
私です。
あなたに愛を誓った王女です。
「不審な老婆よ、そこで止まれ。今すぐ立ち去るのなら、罰さないでいてやる」
どうして?
私は魔道具を外したはずだ。なぜまだあの方から老婆と思われているんだろう。
「ア……?」
「去れ、と言っている。これは脅しじゃない。近づけば斬る」
あの方はすらりと剣を抜いた。
切っ先が向けられる。
どうして?
私はあなたの妻で、その少年の母です。
そんなものを向けられるいわれはない。
むしろ……。
「旦那様」
「ジル、お前も下がっていなさい」
下品な女が少年とともに、あの方によりそった。
それはまるで、夫婦で親子のようだった。
「アアアアアアッ!」
なぜこんなところに女がいるのだ。
あの方の隣は私の場所だ!
あの少年を抱きしめるのは私だ!
お前がいていい場所じゃない!
失せろ!
「止まれ!」
踏み出した瞬間、体を灼熱が襲った。
目の前が真っ赤に染まった、と思ったら体が地面に引き倒されていた。
「あなた、殺してしまうなんて」
「十分警告したというのに、老婆はお前を襲おうとした。これは、正当な処置だ」
「お父様……」
「怖かったな、テオ。もう大丈夫だ」
あの方の声が、少しずつ遠くなっている。
「どこから迷い込んできた浮浪者か知らぬが、何か心を患っていたのだろう。せめて手厚く葬ってやろう」
その言葉を最後に、私はもう何も聞こえなくなった。
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