救急救命令嬢
「マリアンヌ!」
娘の名を呼んで宰相閣下が走り出す。私もあわててあとを追った。
迂闊だった。
謁見の間に入る貴族は、近衛の手によってボディチェックを受ける。宰相閣下のような文官が、文房具として小さなナイフを持つこともあるけど、それも事前許可制だ。殺傷力のある大型の武器は持ち込めない。
王族をのぞいて。
王族を守るためのルールは王族に適用されない。王妃はその立場を利用して、隠し武器を謁見の間に持ち込んでいたのだ。
「マリィ! 返事をしてくれ、マリィ!!」
宰相閣下が必死に娘に呼びかける。マリィお姉さまの顔は蒼白で、声に応える様子はなかった。
「私たちに診せてください」
「リリアーナ嬢? ……あ……そうか、君たちはそうだったな」
私とセシリア、ふたり一緒にマリィお姉さまの状態を見る。刃物は、お腹のかなり深いところまで突き立てられているようだった。
「自発呼吸あり。心拍は……弱いわね」
「出血が多いです。内臓のどこかが傷ついているのかもしれません」
言葉を交わす間に、どんどんと床の赤いシミが広がっていく。
「とにかく血を止めなきゃ。セシリア、できる?」
「……圧迫や縫合では間に合いません。傷ついた細胞を結び付けながら、刃物を押し出しましょう。リリィ様、サポートをお願いします」
「わかった」
治癒魔法を発動させ、セシリアがじわじわと体の一番奥から傷をふさいでいく。私はセシリアの治療にあわせて、刃物を抜いていった。ふさがった細胞に押し出されるようにして、余分な血がまた傷口からあふれだしていく。
「くっ……!」
やっと刃物がマリィお姉さまの体から抜き出された。
私は刃物を横に置いて、改めてマリィお姉さまの心拍を確認する。弱くはなっているけど、それでもしっかりと脈打っている。
「お二方、娘は……」
宰相閣下が心配そうに声をかけてきた。私は顔をあげて口元をあげた。
「一命をとりとめました」
「……!」
セシリアもにこっと宰相閣下に笑いかける。
「大丈夫です。ちゃんと治りますよ」
「よかった……」
はあ、と大きく息を吐いて宰相閣下がその場に膝をついた。その姿にいつもの威厳はない。目の前で娘が死にかけたら、さすがに宰相の仮面なんか被ってられないよね。
「しばらく安静にしていただいて……」
説明しようとしたセシリアの体が、ふらっと傾いた。床に激突する直前で宰相閣下が体を受けとめる。
「陛下!」
「すいません……魔力切れで」
青い顔のままセシリアがほほえむ。
無理もない。普通なら輸血しながらの大手術が必要な大怪我を、魔力まかせで無理やりふさいでしまったのだ。常人離れした魔力をもつセシリアでも、魔力不足になっても不思議はない。
「そんなにまでして……ありがとうございます、陛下。この感謝は忠誠を持ってお返しいたします」
「……よろしくお願いします」
たった今主従となった女王と宰相は頷き合った。
「誰か、娘を控室に」
宰相閣下の命令を受けて、近衛たちがマリィお姉さまを運んでいった。この先は王宮の医官にまかせておけばいいだろう。
「あとは……って、あれ?」
そこで、私はあるべき人物の姿がないことに気が付いた。
「カーミラは?」
元王妃の姿がない。宰相閣下は渋面で首を振った。
「見失った。あの煙幕を利用して、逃げ去ったらしい」
「嘘ぉ……」
王妃らしい豪華なドレスを着た彼女は、お世辞にも走れる格好ではなかった。それがこの一瞬で姿を消すなんて、信じられない。しかし。
「カーミラはあのユラと手を組んでいたのよね。奥の手を隠し持っていても、おかしくはないのかしら」
「彼女の捜索は私に任せてくれ。追跡はこちらでする」
「お願いします」
宰相閣下の言葉に、私は素直に従った。逃亡者の逮捕は国家権力に任せるべき事案だろう。
私は別にやるべきことがある。
「セシリア、急な治療で疲れたでしょう? 別室で休憩しましょう」
「はい……」
魔力不足でぐったりしているセシリアを助け起こそうとした時だった。
ヴーーーーーーー! とその場にいた私たちのスマホがいっせいに鳴りだした。
「え、な、なに?」
慌ててスマホを取り出すと、画面には『緊急連絡』の文字が大きく表示されている。スマートグラスをかけた視界の端でも、白い猫が存在を示すようにぴょこぴょこジャンプしていた。
「リリィ、やばいぞ!」
ヴァンたちが駆け寄ってくる。彼らも驚いたのだろう、全員顔がひきつっていた。
「クレイモアから緊急連絡だ! 東の国境に大型モンスターの群れが出現した!」
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