茶番劇(シュゼット視点)
「……っ!」
不意のノック音に、私は思わず息をのんだ。
落ち着いたはずの心臓が、またどきどきと早鐘を打ち始める。
私が黙っていることに不審を覚えたのだろう。ドアの外に立つ人物が、またコンコン、とノックを繰り返した。
沈黙は得策ではない。
私は無理やり大きく深呼吸すると、腹に力をいれて返事をした。
「どなた?」
震える小娘のような声を出してはいけない。
それは『彼』が望む振る舞いではないからだ。
案の定、嬉しそうな声がドアごしに響いてきた。
「あなたの騎士です。入室してもよろしいでしょうか」
「いいわ、入りなさい」
答えると、がしゃりと音がしてドアの鍵があけられた。人に許可を求めておきながら、その実このドアを開ける権限を持っているのは、ドアの外に立つ者自身だ。
醜悪な茶番劇に、気分が悪くなる。
「ああ、我が君。ご無事ですね」
鍵を片手に中に入ってきた男は、私の姿を見てにい、と顔を歪めた。私をこの部屋に閉じ込めたアッシュブラウンの青年、ヘルムートだ。
王子と決別し、私を主とあおぐことに決めた彼は、長い馬車の旅を経て私をこの部屋へと連れてきた。女王たる私には城主の部屋こそがふさわしい、とのことだ。
だが立派なのは部屋だけ。
窓の外には頑丈な鉄格子があり、寝室と外をつなぐドアには厳重に鍵がかけられている。
侍女役らしい何者かが食事や身の回りをする時以外、扉が開かれることはない。
独立宣言?
愛の千年王国?
彼のしていることは、ただの拉致監禁である。
「さきほど、城外から何者かが侵入しました。何やら怪しい使い魔を飛ばしてきたようです」
「そう」
「ですが、ご安心を。この城に勤める優秀な騎士が速やかに排除しました」
「……余計なことを」
そう言うと、一瞬ヘルムートの顔がこわばった。
「みな、あなたをお守りするために警備を強化しています」
「いりませんわ。私を外に出してくれます?」
「あなたを狙う敵はすべて排除しましょう」
かみ合わない会話に、先に折れたのは私のほうだった。
「……ご苦労さま」
「他ならぬ、主のためですから」
にい、とヘルムートの顔がまた笑みにゆがむ。
何たる茶番。
彼は私のことを主と呼びながら、その意志を一切くみ取らない。
ただヘルムートが望むまま、望む言葉を返すことだけを求められる。
彼が私に『女』を求めないことだけが、唯一の救いだ。私の王配になるのだ、と言いつつも閨を共にしようとはしない。
これは、彼の反乱が王子の側近解任に端を発するせいだろう。
彼が本当にほしいのは、自分を求めてくれる理想の君主だ。
私はなんてくだらないものに付き合わされているのだろう。
今すぐ、この男をひっぱたいて部屋を出ていきたい。
だが堅牢な城塞でそんなことをしても、すぐに捕まって連れ戻されるだけだ。体力を消費するだけ無駄である。
「新たな侵入者がないとは限りません、城内を見回ってまいります」
す、と頭を下げるとヘルムートは部屋から出て行った。ドアが閉まると同時に、すぐにがちゃん! と鍵をかける音が響いてくる。頭のネジは飛んでいるくせに、こんなところだけ妙に律儀なのだ、あの男は。
「……はあ」
私はため息とともに、ソファに座り込んだ。
焦ってはいけない。
チャンスは訪れた。
救いの手はすぐそこまで来ている。
私がやるべきは無駄に騒がず、機会をうかがうこと。そして、差し伸べられた手を確実につかみ返すことだ。
「絶対、やりとげてみせますわ……」
息を吸って、吐く。
気持ちを落ち着かせながら、私は静かにじっと『その時』を待った。
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