悪役令嬢のお茶会
ことの発端は、数週間前にさかのぼる。
リンゴーン、と高い鐘の音が響いて私は顔をあげた。
「ご主人様」
一緒に仕度をしていたフィーアが声をかける。
「来たみたいね、行きましょう」
私たちはそろって部屋を出て、玄関に向かった。あの鐘の音は来客を知らせるためのものだ。ドアをあけると、招待客を乗せた馬車が玄関前に停まっていた。
見事な銀髪に紫の瞳の少女が、同じ銀髪の少年のエスコートでゆっくり馬車のステップを降りてくる。彼女は私たちの姿を認めると、にこっと笑った。
「やあリリアーナ、今日は招待ありがとう」
「来てくれて、とっても嬉しいわ!」
私もクリスに微笑み返す。
クリスの手を取っていたヴァンが、私の背後を見上げた。そこには美しい石造りの洋館が建っている。
「また随分いい屋敷だな。今日はここが全部貸し切りってマジか?」
私が彼らを招待したのは、ハルバード侯爵邸ではない。都市中心部から少し離れた丘の上に建つレンタル豪邸。いわゆる貸別荘というやつである。
私はヴァンに、にやっと笑いかける。
「ふっ……ハルバード侯爵家の権力を使えば、このくらい軽いわよ」
「お、言うじゃねえか」
「っていうのは冗談で」
私は苦笑して肩をすくめた。
「地震とか火事とか、王都で災害が続いたでしょ? どこもパーティーどころじゃなくて、ガラガラだったの」
むしろ、こんな状況でも利用してくれてありがとう、と別荘のオーナーに感謝されたくらいである。
ぷは、とクリスが笑う。
「そんなことだろうと思った」
「人は少なそうに見えるけど、ハルバード侯爵家から護衛騎士を連れてきてるから警備は万全よ。安心してくつろいでちょうだい」
ヴァンは伯爵家嫡男で、クリスは王妹殿下だ。国の要人を何人も招待するにあたり、しっかりと警備体制は整えてある。
「助かる~」
私がそう説明すると、クリスは大仰にため息をついた。
「クレイモアの屋敷に戻って、窮屈な王宮生活からは解放されたけど、王都は治安が悪いままだろう? ろくに外にも出れなくて、退屈してたんだ」
王都を前代未聞の地震災害が襲ってから、まだほんの二か月足らず。現代日本ならともかく、技術も物流も未発達なファンタジー世界では、都市の復興どころか瓦礫の撤去もままならない。家を失った避難民がまだ多く残される王都は、貴族子女がおいそれと出歩ける状況ではなかった。
全員侯爵家やら伯爵家やらの高位貴族だから、当然お屋敷は巨大で好きに歩き回れるくらいの広さはあるんだけど、さすがにそこだけで暮らせと言われたら窮屈だ。
「本当は遠乗りとかしたいんだけどなあ」
「それって、体は大丈夫なの?」
屋敷を案内しながら、私はクリスを見る。彼女はつい十日ほど前、暗殺者に毒ナイフで切りつけられて生死の境をさまよったばかりだ。彼女の治療にあたった医療魔法使いディッツからも、完治したとの報告はあがってない。
「あとは抜糸だけだから平気、と言いたいところだが」
怪我した右手を元気よくあげようとしたクリスを、直前で婚約者が止めた。
「まだ抜糸前、だろ。完治するまでは鍛錬も乗馬も禁止」
「……と、いうことなんだ」
むすっとした顔のヴァンには逆らえないらしく、クリスは苦笑しながら従う。
「過保護、って言わないほうがいいのよね?」
「こいつの『軽い運動』は全然軽くねえからな。好きにやらせたら、あっという間に傷口開いて再手術になるぞ」
離宮で共同生活していた仲間として、彼女の普段の運動量を知っている身としては笑うしかない。とんでもない重量の重りを付けて素振り千回とか普通にやる子だからなあ。ここはヴァンの判断が正しい気がする。
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