不可解な視線(フランドール視点)
「最近リリィがおかしい」
俺は、魔法使いの庵に入るなりそう口にした。部屋の主である東の賢者、ディッツはぽかんとした顔で仕事の手を止める。ここに彼の助手の姿はなかった。リリィの我儘につきあわされて、城外に出ているのは確認ずみだ。
「……って、お嬢がおかしくない時なんて、ないじゃないですか」
「あいつが一般的な令嬢の枠から外れているのは否定しませんが」
時と場合によっては不敬ととられかねないディッツの軽口を肯定する。
「俺が言いたいのはそういうことではありません。普段と様子が違うから、おかしいと言ってるんです」
「そうですか?」
ディッツはいつもの調子でへらりと笑う。
大混乱のハルバードを治めるために補佐についたのが三か月前。大怪我をしてこの庵に担ぎ込まれてから数えると、少女との付き合いは半年ほどになる。これだけ一緒にいるのだ、リリィがどういう性格をしているかくらいは、把握しているつもりだ。
しかし、少女はここ最近不可解な言動を繰り返していた。
「なぜかやたらこちらをじっと見てるんです。何か用かと尋ねても、首を振るばかりで」
「補佐官殿の顔に見とれてるんじゃないですか?」
「そういう類の視線ではありません」
己の顔の造作が整っていることは、自覚している。王立学園に通っていたころは、女子生徒から何度となくねっとりとした視線を送られてきた。
見た目がまだ子供だからだろうか。リリィの視線からはそういった熱のようなものを感じたことはあまりない。
最近向けられているのは、じっと観察されているような、気遣うような、意味のわからないものばかりだ。
「不満があるようでもないし。何が気にかかっているのか」
む、と思わず眉をひそめてしまう。
その瞬間、ディッツがぶはっと噴き出した。
「は……は、は!」
「賢者殿?」
驚く俺をよそに、賢者は腹を抱えて笑っている。
「も、申し訳ありません……あんまりにもおかしくて! 補佐官殿でも、気づかないことってあるんですね?」
「何の話ですか」
いきなり笑い出されたことに不快感を示しても、神経の太いディッツにはきかない。にやりと人の悪い笑顔を向けられるだけだ。
「補佐官殿が心配するようなことは、何もありませんよ」
「しかし……」
「理由はすぐにわかります。ですから、安心して自室に戻られるのがよいかと」
「そう言われると、不安しかないんだが」
だが、にやにや顔の賢者はそれ以上語らない。
「とにかく大丈夫ですから!」
押し出されるようにして、俺は庵を後にした。
仕方なく、足を自室に向ける。
「まいったな」
この城で、俺をのぞけば、リリィと接する時間が一番長いのは、以前から魔法の指導をしていたディッツだ。従者のジェイドもつきあいは同じくらいだが、彼はまだ子供だ。リリィの動向を相談できる相手はディッツくらいしかいない。
その彼に対話を拒否されてしまうとは。
いや、ディッツが『大丈夫』というのなら、信じておけばいいのだろうか。
「情けない……」
ため息が口をついて出た。
王立学園を卒業して一年以上。俺はもうそろそろ二十歳になる。
だというのに、七つも年下の少女の機嫌をうかがって、一喜一憂しているだなんて。
一度本音を見られているリリィに、下手な嘘は通じない。ごまかしもきかない。
あの赤い瞳でまっすぐ見つめられると、真摯に応えるしかなくなってしまう。
だからこそ、少女の真意が掴めないと不安になる。
今までの自分は、ただ家のために生きてきた。
親しい友人も、恋人もいらない。
ただただ従順に目の前の課題をこなしていればそれでいい。
そうやって人付き合いをおろそかにしてきたツケが、まわってきているのだろう。
厄介だが逃げることもできない。
「フランドール様」
不意に声をかけられた。
振り向くと、メイド服の少女が箱を抱えて立っていた。少女の頭には黒い毛並みをした三角の耳がついている。元暗殺者集団の奴隷、現在はリリィの専属メイドのフィーアだ。
「こちらお届け物でございます」
この数か月でメイドとしての立ち振る舞いを学んだ少女は、きちんと背筋を伸ばして行儀よく箱を抱え続けている。
「ご苦労」
箱を受け取って、代わりに銅貨を手間賃として渡してやる。フィーアは行儀よくお辞儀すると、踵を返して音もなく去っていった。
箱を持って自室に入る。
丁寧に梱包された箱には、グリーティングカードが一枚添えられていた。差出人は、父と姉のふたり。カードには俺の産まれた日を祝う言葉が綴られていた。
もうすぐ二十歳になる、と思っていたがすでに今日、二十歳を迎えていたようだ。
実家にいたころは毎年ささやかな祝いの席を用意してもらっていたが、家を出てすっかり忘れていた。
包みを開けてみる。中に入っていたのは、ペンとインクだった。
王都と違い、地方都市であるハルバードでは、筆記具を扱う店自体が少ない。わざわざ王都の老舗店から取り寄せて送ってくれたようだ。
補佐官として毎日書き物をしている俺にとって、一番ありがたい贈り物だ。
「助かるな……」
家族として気遣われていることを感じて、ほ、と息がもれる。そういえば、父と姉の愛情を素直に受け取れるようになったのも、リリィのおかげだったか。
リリィのことを思い出すと同時に、彼女の不可解な行動も思い出してしまい、また眉をひそめてしまう。だから、あの視線はなんなんだ。
俺の思考を止めたのは、コンコンという控え目なノック音だった。
「誰だ?」
「私よ、今いいかしら」
ついさっきまで考えていた少女の声に、一瞬心臓が跳ねる。俺はペンを箱に戻すと、ドアに向かった。深呼吸して息を整えてから声を出す。
「大丈夫だ。どうかしたか?」
ドアを開けると、そこには赤いドレスの少女が立っていた。珍しく、従者の姿もメイドの姿もない。なぜか彼女は手を後ろに回したまま、こちらを見上げている。
「あの……ね」
言いながら、少女の顔はみるみる赤くなっていく。
なんだんだ。
それは一体どういう感情なんだ。
行動が、気持ちが理解できない。
なぜ彼女は。
「た、誕生日、おめでとう!」
ばっ、と体の後ろに隠していた包みがこちらに差し出された。
「え……」
綺麗に整えられたそれは、どう見ても贈り物だった。
「俺に?」
「フラン以外誰がいるのよ!」
涙目で睨まれた。俺は反射的に包みを受け取ってしまう。
「どうしてお前が俺の誕生日を知ってるんだ」
「誕生日なんて攻略対象のオイシイ情報、私が忘れるわけないでしょ」
「ああ、女神の予言にはそんなことまで記されているのか」
リリィは、女神の御子として人知を超えた情報を持っている。その中には、俺のプロフィールも事細かに書かれていたらしい。
「家族と離れて暮らしてるのは、フランも一緒だし……ここは、引き留めてる私がお祝いするべきかなって、思って」
恥じらいに顔を染めながら、少女はもじもじと理由を語る。ふ、と自分の口元が緩むのを感じた。
「ありがとう。お前に祝ってもらえて、うれしい」
「本当? よかった!」
素直に礼を言うと、リリィはぱあっと顔を輝かせた。
「開けていいか?」
家族以外から損得ぬきのプレゼントをもらうのは初めてだ。包みに手をかけると、リリィは首をこくこくと縦に振る。
中から出て来たのは、ペンだった。
それも王都の老舗店にも劣らない、丁寧な造りの上質な一品。
「これは……」
「さ、最初はね、服とかにしようかな、って思ったの。でも、侍女長に聞いたら、家族じゃない異性に服を贈るのは特別な意味になっちゃう、って言われて。それで、他にフランが喜ぶものって、何かなって、ずっと考えてたの」
最近のリリィの視線を思い返す。
まさか、あれはそういう。
「紙にペン先がひっかかると、ちょっと嫌そうな顔してたから……使いやすいペンがあったほうが、楽かな、って思って……お取り寄せを……」
少女の声が尻すぼみに小さくなっていく。同時に顔もだんだんと俯いていった。
「どう……かな……? 家族以外にプレゼントを選ぶなんて……初めてで……」
その様子を見ながら、俺は胸が熱くなるのを感じていた。
この少女は、こんなにも一生懸命、自分のことを考えてくれていたのか。
その気持ちがすでに一番の誕生日プレゼントだ。
俺はぽんとリリィの小さな頭に手を乗せた。そのまま優しくゆっくりとなでる。
「フラン?」
「ありがとう。大事に使わせてもらう」
俺が本心から言っているのが伝わったのだろう。リリィはまた顔をほころばせた。
温かな気持ちを抱いたまま、俺たちは笑いあう。
その後、俺はそのペンだけは、先がつぶれて使えなくなったあとも大事に保存していたのだった。
新装版宣伝SS第二弾!!
領主代理時代の1コマ、フランバージョンその2です!
相変わらず庇護欲純度100パーセント!
いろいろ他のネタもあったのですが、新刊発売のお祝い用に明るいもの、明るいもの、と思って書いたら前の1本と雰囲気が似てしまいました。
うーむ、執筆って難しい(しかし、他のネタを描いている時間はなかった)
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電子から紙へ!
新たな「クソゲー悪役令嬢」の情報については、活動報告をチェック!!!






