安らぎの我が家
「ただいま!」
事件から二日後、私はやっと王城からハルバード侯爵邸に戻ってきた。
フィーアと一緒に馬車から降りると、侯爵邸づきの使用人たちがいっせいに出迎えてくれる。
「お嬢様おかえりなさい。フィーアも無事でよかった」
ひときわ背の高い、黒髪の青年が柔らかく微笑みながら軽くお辞儀して、婚約者に声をかけたのち……ぷい、と相手に無視されていた。
君らまだソレやってんのかい。
「よう、お嬢。元気そうだな」
黒髪のちょい悪イケメンが、いつもの砕けたノリで声をかけてきた。この飄々とした顔を見るのもひさしぶりだ。
「ただいま、ディッツはちょっと痩せた?」
「災害対応がひとだんらくついたと思ったら、今度は王城で火事だからなあ。怪我人治療で寝る間もないぜ」
目の下にクマを作りながら、ディッツはへらりと笑う。
「お嬢から直接依頼のあった、クリスティーヌ様とタニアについては安心してくれ。どっちも治療済みで、今日にでも目を覚ますはずだ。明日またクレイモア邸に往診に行って様子見てくる」
「助かるわ。頭を殴られたタニアもだけど、クリスの毒治療は私の手に負えないから」
「こういう時のために、お嬢に仕えてるからな、気にすんな」
有能魔法使いディッツはにやっと笑った。
「それに、臨時で助手がひとり増えたおかげで、ハルバード邸での医療活動に支障は出てない」
「臨時?」
ジェイドはフランに貸し出し中で体調が戻ったらまた王城に行く予定だけど、ディッツは弟子にこんな表現は使わない。
他にディッツが助手として扱うような人材っていたっけ。
思わず首をかしげそうになった私の耳に、かわいらしい声が届いた。
「リリィ様!」
ハルバード邸から小柄な少女がひとり、小走りでやってくる。赤みがかった豪華なストロベリーブロンドに、輝くエメラルドグリーンの瞳。慌ててやってきたせいか、その頬はバラ色に染まっている。
「セシリア!」
一か月前、大災害を目の当たりにして倒れた聖女、セシリアだ。
「目が覚めたのね! 起きてて大丈夫なの?」
ずっと意識がないと聞いていた少女の元気そうな姿を見て、思わず目を丸くしてしまう。肌も髪もツヤツヤで、とても寝たきりになっていたとは思えない。
「……ディッツ様のおかげです」
セシリアはちょっと迷ったあと、それだけ告げた。
ディッツはというと、あらぬ方向を見てわざとらしく肩をすくめている。
セシリアが健康体なのは十中八九女神の加護のおかげだろう。しかし、それを明かしては、彼女が聖女、つまり正当な王族と喧伝することになってしまう。奇跡の隠れ蓑として『東の賢者の超技術』を利用することにしたようだ。
実際ディッツの普段の治療技術がすさまじいのもあってか、屋敷の使用人たちに不審がる様子はなかった。
「つい二日前、目がさめたところだ。それ以来、怪我人治療の助手として協力してもらっている」
「セシリアは治療魔法が得意だもんね」
もともと、豊富な魔力と高い学力を持っていた聖女だ。女神のダンジョン内で治療魔法の経験値を積んでもいた。さらにディッツの医療技術を間近で学べば、彼と同等、いやそれ以上の治療魔法使いに成長していてもおかしくない。
「はい! みなさんのお役に立つことができてうれしいです」
救世のヒロインは、にこっとかわいらしく笑った。
しかしすぐにその顔が曇る。
「できれば、こんな騒動にならないよう、もっと前から行動すべきだったのでしょうけど……」
「なんでもしょいこんで落ち込まないの」
私はパン、と軽くセシリアの背中を叩いた。
「あの時のあなたはストレスで限界だった。それに王城の騒ぎは、火をつけて回った人間が悪いの。あなたが行動してても、さほど未来は変わってないわよ」
放火犯ローゼリアの憎悪は親を断罪した宰相家とハルバード侯爵家に向けられている。セシリアが関わったところで、たいして影響があるとは思えなかった。
「それよりは、この先のことね」
「何かあったのですか?」
私の言葉に含みがあることに気づいたセシリアが、ぱっと顔をあげた。
私は周囲をみわたす。
公爵家のお嬢様を出迎えるため、持ち場を離れられない者以外すべての使用人が玄関に集まっていた。
この先は関係者の前でしか語れない。
「王城から帰ってきて、ちょっと疲れたわ。お茶を飲みながら話しましょ」
秘密のお話をするために、私たちは部屋へと移動した。






