番外編:キャラ変ポイント(12歳リリアーナ視点)
「あとはここにサインだ」
「はーい」
フランに指示されて、私は書類にサインした。処理の終わった書類を受け取ったフランは、それをひとつにまとめる。
「今日の仕事はこれでおしまいよね?」
ハルバードの領主代理に就任して、そろそろ一年。人の入れ替えに引き継ぎに、とバタバタしていた領内もようやく落ち着きを取り戻し始めていた。私自身も、領主のお仕事に慣れてきたおかげで、生活に余裕がある。今日みたいに、陽のあるうちに業務が終了することも珍しくなくなってきた。
夕食まで少し時間があるし、たまには部屋でだらだら過ごしたい。しかし、うちの補佐官はわずかに眉間に皺を寄せた。
「いや、面談の予定が一件入っている」
「誰の?」
人の管理は領主の大事な業務のひとつだ。だから、私も時々使用人や騎士たちと直接面談して、仕事内容を調整したり、職場の問題を聞き取り調査したりしている。ミセリコルデ宰相閣下に手配してもらった人材がハルバードになじむにつれて、その回数は少しずつ減ってたんだけど。
「お前が拾って来たデザイナーだ」
「ああ、ジェラルドのことね」
「そろそろ契約更新の時期だ。この半年の仕事を評価して、新たに契約を結ぶ必要がある」
「もうそんな時期なのかあ……」
ジェラルドは、半年前に私が拾ってきた服飾職人だ。病気の奥さんを抱えて、食うや食わずのどん底生活をしていたところを、『侯爵令嬢の気まぐれ』で取り立てた。もちろん、彼の雇用は完全な気まぐれじゃない。溺愛両親しかいなかった去年ならいざ知らず、腹黒魔王補佐官がそばについている現在では、勝手に散財するような真似はできない。首根っこ掴まれてお説教コースだ。
私が彼を拾ったのは、将来聖女と恋をする可能性がある人物、つまり女神の作った乙女ゲームの攻略対象だったからだ。
ゲームの中の彼は、かなりパンチのきいたオネエ系デザイナーだ。
男性でありながら派手なドレスを身にまとって王宮を闊歩し、厳しくも適格なファッションアドバイスをしてくれる。彼に才能を見出されたヒロインがシンデレラのように美しく変身していくのが、彼のシナリオの見どころだ。
実は、彼がオネエになった原因は妻の死だったりする。
優秀だが身分の低いジェラルドは伝統が重視されすぎる旧弊な服飾職人業界でひたすら冷遇されていた。妻の薬どころか食べるものすら満足に買うこともできない彼は、ただ妻がやせ細って死ぬ姿を眺めることしかしかできなかった。妻の死後、業界に復讐を誓った彼は貧しくも誠実な青年からオネエへとキャラ変。天才的なデザインセンスと、なりふり構わない営業活動でのし上がり、ファッション業界のトップリーダーとなるのである。
世界救済の観点だけで見れば彼に関わる必要はない。カリスマファッションリーダーだけど、結局デザイナーでしかないからだ。ルートによっては出会いイベントすら発生させず放置することだってできる。
それなのに、わざわざジェラルドを探し出したのは彼の奥さんが心配だったからだ。
貧困が原因で数年後に病死する、なんて未来を知っておきながら放置するのは寝覚めが悪い。うちでデザイナーとして雇い、ついでにディッツに診察させて死の運命を回避させたらどうかと思ったんだよね。狙い通り、ハルバードで栄養のある食事と適切な治療を受けた奥さんは回復し、今ではジェラルドと一緒に元気に働いている。
……と、そこで終わればいい話だったんだけど。
私はデスクの引き出しから、ファイルを一冊取り出した。ジェラルドから提出されたデザイン画集だ。そこには、色鮮やかな貴族少女向けのドレスがいくつも描かれている。どれも綺麗でかわいらしいんだけど……。
「なんか、普通なのよね」
ジェラルドの提出したデザイン画は、そこそこクオリティが高かったけど、それだけだった。よく言えば無難、悪く言えば凡庸。このデザインが、王宮でブームを巻き起こすとは思えない。侯爵令嬢のお抱えには力不足だ。
「攻略対象のはずなんだけどなあ」
「それは、妻が生きているからだろう」
フランが残酷な事実を指摘した。
「ジェラルドが王宮で注目されるようになったのは、『オネエ』だったか? 女装デザイナーに転身してからなんだろう? 人は親しい者の死などの逆境に陥った時に大きく成長する。お前に救われ、妻と幸せな生活を送っているジェラルドには、才能を開花させるほどのモチベーションが存在しないんだ」
「幸せだから、平凡なままってこと?」
フランはこくりと頷く。
理屈はわかるけど、なんか納得いかない。生き延びるのは間違いなくいいことなのに、その結果ジェラルドが普通の職人で終わってしまうのは惜しい。なまじ、オネエな彼がデザインしたドレスを知っているだけに残念だ。
「ジェラルドには、待遇のいい工房を紹介すればいいんじゃないか。職人としての腕は悪くない」
「確かにそれなら貧乏生活に戻ることはない……か。わかったわ」
私がそう言うと、すぐに使用人がジェラルドを呼んできた。
やってきた彼の表情は硬い。何の話をされるのか、理解しているのだろう。
「お嬢様……面談の機会を与えてくださり、ありがとうございます。契約終了のお話ですよね……」
私は無言のまま頷く。自分から拾っておいて、転職を勧めるのは気分が悪い。しかし、領主代理として、評価にそぐわない好待遇を放置するわけにもいかない。
ジェラルドのことは嫌いじゃないんだけどねー!
「最後に……これを見てはいただけないでしょうか」
彼は真新しいデザイン帖を私に差し出した。
転職宣告前に最後のチャンスがほしい、ということだろう。
私も一度はジェラルドを拾い上げた身。できれば放り出すようなことはしたくない。フランに目を向けて、彼が頷いたのを確認してからデザイン帖を開いた。
見た瞬間、私は言葉を失う。
「……素敵」
それは今まで見たことのないドレスだった。ゲーム内で見たドレスはとにかくインパクト重視だったんだけど、このデザインは全く別系統の美しさだった。斬新でありながら明るく上品。
これを着て出かけたらきっと楽しい。そう確信させてくれるドレスだった。
「こんなに綺麗なデザイン……一体何があったの?」
ジェラルドはただ妻と平凡な生活を送っていたはずだ。才能が開花するほどのストレスは存在しない。
尋ねると、ジェラルドは嬉しそうにはにかんだ。
「実は、妻に子ができまして」
「え」
これから父親になる男は、背筋を伸ばしてまっすぐ前を向く。
「ただ漫然と仕事をしていたのでは、子に誇れる親になれませんから」
「……なるほど」
人が成長するきっかけは、悲劇だけではない。彼は家族を守るために成長したのだ。
それ以来、私のドレスは全てジェラルドがデザインしている。
学園編決着!ということで本日は箸休め程度のお話を。
他サイトでは書籍一巻の発売記念SSとして公開していました。
明日より、新章開始となります。
現在は一日一話ペースで更新していましたが、他サイトの進み具合に追いついたところで、火、木、土の週3更新に切り替わります。(毎日更新はつらいんじゃ……)
以上よろしくお願いしますー!






