一つの疑問の解決と、新たに生まれた疑問
フレデリカの料理は、いつも文句なく美味かった。
それは、フレデリカがいつもキッチンの舵を取っていたからに他ならない。
今回俺が手伝ったわけだが、味の変化が第三者に分かるようではまずいだろう。
子供達を呼びに行く。
「フレデリカの料理が出来たぞ。腹が減った奴は来い」
呼びかけると、「シビラのダチだ」「しびらの男?」「違うよ、クロリスさんだよ」と好き放題言ってくれる。
ついにラセルの言葉が消えた。最早訂正する気も起きないな……。
「それでは、いただきましょうか」
「はーい!」
食卓には綺麗な料理が並んだ。
子供達は、元気よく食べ始めた。
自分が手をかけたものを受け入れられるかというのは不安だったが、問題なさそうだ。
「……こうやって、自分が作ったものをおいしそうに食べる姿を見るというのは、悪くないものだな」
「えっ」
食べていた子のうちの一人が、こちらを見る。
「この料理、黒いのが作ったの?」
「そうよぉ、ラセルちゃんが作ってくれたの。上手くてびっくりしちゃった」
「すげーな黒いの!」
俺はその元気な奴に「おう」と軽く答える。
だが……何よりも、だ。
「……フレデリカのお陰だろ、俺一人じゃここまでは到底無理だ」
「そう言って、さらっとやっちゃいそうなのがラセルちゃんなのよね。ヴィンスちゃんの剣技にも、エミーちゃんの捜し物も、ジャネットちゃんの書物談義も、ラセルちゃんはやってたでしょ?」
「まあ……たまたま向いてただけだよ。興味が向いたというかな」
「剣と本はともかく、捜し物はそういうのとは違うわよね。自分からわざわざ探しに行こうなんて、思わないものよ」
「……そうか」
「そうよ」
はっきりと断言された。
まあ……フレデリカがそう言ってくれるのなら、悪い気はしない。
孤児院の姉であり、保護者であり……先生でもある。
そもそも誰かに優しくすることを教えてもらったのも、フレデリカだからな。
子供の頃の記憶は、かすれて思い出せないものも多い。
ぼんやりと、そんなこともあったかな、と思い起こせる程度のものだ。
そうだな……古くなった落書きを、何年も後に探すようなもの。
それをいざ見つけても、何を描いたかわからない。それどころかどこに描いたかすら覚えてないのだ。
だが、必ずその時の俺達はそこに存在し、何かしらのことをやっていたのだ。
思い出せなくても、それが今の俺を形作っている。
……記憶の、片隅。
そういえば、フレデリカはずっと昔から、記憶の頃と変わらない姿だよな。
……あまり女性にそのことを聞くのはよくないと分かっているが、それでもどうしても気になってしまうな。
ふと、気になったので聞いた。
「そういえば、フレデリカはいつから管理メンバーなんだ?」
「ん? 私はずっとよ。少なくともラセルちゃんが子供の頃には教会の孤児院施設をいろいろ巡っていたわ」
……そう、なのか?
だとしたら、三十ぐらいになるはずだが……。
「ラセルちゃ〜ん、失礼なことを考えてないよね〜?」
……まあ、さすがに今の質問だと意図ぐらいは分かるか。
「誤魔化して言う方が失礼かもしれないから、言っておこう。いつまでも若いなと思っただけだ、決して悪い意味じゃない。俺と並んで街を歩いたところで、同い年ぐらいにしか見られないだろうな」
「……」
フレデリカは、何か返そうと口をぱくぱくさせていたが、すぐに俯いてしまった。
……何だよ、自分から振っておいて調子の狂う奴だな。
「黒いの、やるなあ!」
「ひゅーひゅー」
「だ、だめだよ、ライカさんは私……」
囃し立てるんじゃない。やれやれ、子供はすぐにこうやってからかってくるから敵わないな。
あと三人目、やっぱりお前はわざとだな?
「あー、なんかすまん。洗い物は俺がやっておくから、休んでいてくれ」
「う、うんっ、そうするね……!」
フレデリカは食べ終えた食器をキッチンに置くと、ふらふらしながら部屋に戻っていった。
体調が悪いのか?
(《エクストラヒール》《キュア》)
特にふらふらした様子が治ったような気配はない、か。
まあ休めばなんとかなるだろう。
「……ラセルって、やっぱけっこーわるい男かー?」
「どういう意味だおい」
「シビラがそういってたぜー、ラセルはわるい男だってー」
やっぱあいつは帰ってきたら叩く。
子供達もたっぷり食べて、洗い物を担当する。
こういう地味な仕事も、案外悪くないものだな。
ところで、洗い物をしている最中、ベニーがずっとこちらを見ていた。
あまり見ても面白いものじゃないと思うのだが……。
「何か用か?」
「……ラセルさん、あれは聞いた?」
「あれって何だ」
「聞いてなかったんだ」
要領を得ないな、何のことだか喋ってくれ。
「渡したでしょ、丸いの」
そういえば、ベニーから何かもらっていたな。
今、ベニーは『聞いた』と言ってきたよな。
そういえばあの道具は、見た目の上では確か……。
「『音留め』か」
「……何それ」
と思っていたら、ベニーは首を傾げた。
聞いたかどうかということから、ベニーは音留めのことを分かっていて俺に言ったのかと思っていたが……もしかすると、『音留め』という言葉を知らないだけか。
そもそもこんな子には縁のない物だものな。
……だとすると、元の持ち主は一人しかいない。
「アシュリーのものじゃないか」
「うん」
ベニーは、あっさり頷いた。
俺は洗い物を終えると、ベニーの視線の高さまでしゃがみ込んで少し説教をする。
「勝手に他人の物を、まるで自分の持ち物のように俺に贈るんじゃない。完全に俺が盗んだみたいじゃないか」
「……」
「おい、何とか言ったらどうなんだ」
こういう指導はやりにくいな……フレデリカを呼んでくるか? いや様子がおかしかったもんな、今声をかけるのは避けたいところだ。
俺が頭を悩ませていると、ベニーは首を振った。
「あの石、なんか声が出てて」
「そりゃあ音留めだからな。マイラの肉声を残した、アシュリーにとって大切なものだ」
「マイラ?」
「そうだ、女の子の綺麗な声だったはずだ」
ベニーは、俺の説明を聞いて……首を横に振った。
「違うよ、男の声が小さく入っていたんだよ」
——は?
「だから、男の声だって。聞いてないの?」
初耳だ。
男の声? それがあの石の中に封じられている?
以前説明したとおり、『音留めの魔道具』は貴族向けの非常に高価な道具だ。
町中で買えるようなものではないし、まして孤児などが手に入れることなど不可能だろう。
その音留めの魔道具に、娘の声を入れたものを報酬としてもらっていたのがアシュリーだ。
実際に、マイラの声が出てくるところを見せてもらった以上、男の声が出てくることは有り得ないと考えていい。
だが……ベニーが嘘を言っているとは思えない。
何より、嘘を吐く理由がない。
「だってさあ、部屋の近くを通ったら、なんだか声が部屋の中から聞こえてきて怖かったんだ。それで、その玉を持ってアシュリーを探そうと思ってたら、フレデリカさんが入ってきて……それで、忘れちゃった」
ああ、あの時か……!
確かベニーは、何か隠し事をしていた。
フレデリカに詰め寄られて動揺していたが、あれは部屋の物を勝手に持ち出して怒られると思っていたからか。
それで、アシュリーが勢いよくやってきて、ベニーは話を持ちかけにくくなったと。
一応、これで全ての話の辻褄が合う。
体調不良の原因、アシュリーのもらった報酬、そしてベニーの最初の挙動不審。
孤児院での疑問が一通り解決した、といったところか。
……そして、新たな疑問が生まれた。
アシュリーが愛娘の声のために手に入れていた魔道具から男の声が出た、ということ。
「すぐにその丸い玉、黙っちゃったからよくわかんなくて……。ラセルさんは、すごい回復魔法を使えるから、直せるかなって」
肉体のように道具を回復はできないんだが……。
それでも、運が良かった。俺はこの道具の使い方を目の前で見ている。
「分かった、何も心配しなくていいから、疑問の解決は俺に任せておけ」
「うん……」
俺はベニーの頭を撫でて見送り、二階の部屋へと戻った。
誰もいない部屋から、窓の外を見る。
俺がこうやってのんびり食事を取ってるときも、あいつらは戦っているのだろう。
この場でも、フレデリカを守りつつも女神の書を読んで問題解決の役に立つことをできればと思っていた。
俺はその女神の書を小さなテーブルの上に置き、丸い玉を取り出す。
「間違いなく、アシュリーが持っていた『音留め』と同じものだな」
ぱっと見では、ただの玉でしかないもの。
転がってしまいそうだな。
「さて、少女が出るか赤会が出るか——」
ふと、先日似たようなことをシビラが言ったなと思い出した。
——シビラお前、それもう赤会が出るって言ってるようなもんだろ。
そうだ、確かにそんなことを思ったな。
そして実際に、あんなにド派手な赤会の建物が出たわけだが。
ならばこれも……。
俺は石を両手で持ち、アシュリーが使ったその言葉を口にした。
「——《プレイ》」






