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相手のことをよく見ている者ほど、自分のことは見えてないのかもしれない

(昨日も晩更新してます)

 何故、俺がフレデリカの隣で料理をしているのか。

 話は少し前に遡る。




 シビラから聞いた説明によると、マデーラに来て初日にやり合ったような雑魚オークが、とんでもない数溢れているらしい。

 話を聞くに、俺達ならどうにかなるだろう、と思っていたのだが。


「結局オークが出没するダンジョンを特定できなかったのよね。間違いなく赤会の聖堂の近くにあるはずだと思うのだけれど」


「だから、俺とシビラで探しに行くんじゃないのか?」


「別行動した方がいいかなって思うのよ」


 それは確かに、別々に探した方がいいだろうが……。


 協力を仰げたらいいが、マデーラの冒険者は難しい。

 あのダンジョン第十一層のことを思い出すと、恐らくこのマデーラでそれなりに戦える冒険者は、全員が赤会の身内だと思って間違いないだろう。

 ギルド本体が染まっていないことだけが救いだが……。


「探索に出せる人員が少ない。だから、なるべくバラバラに探す方がいいのよ」


「じゃあどうする? 別行動するか?」


「そうなんだけど……単独行動ならアタシもそこまで問題ないのよ。索敵魔法があるから、後ろから来る魔物に気づけるの」


 そうか、そもそも街の周りの様子に、外壁近くのここから気づいたのも索敵魔法だものな。


「この場合なら、エミーちゃんがいいわ。どっちにしろ、エミーちゃんと一緒にいる方が、アシュリーも怪しまれずに済む」


「あー、確かにそうですね。ラセル様だけだと、なんで狙ってないんだって話になりますし」


 なるほど、その辺りの関係もあるのか。


「そういえば、街の中は大丈夫なのか?」


「正直厳しいわね。アシュリーはできれば赤会の方に状況を聞きに行ってもらいたいわ。出来る限り、早く片付けたい」


「ううん……どうしますかね……」


 一通りの状況を聞いて、それらの解決にひとつの道があることに気付いた。


「それなら、俺が残るのはどうだ?」


 全てを解決する方法。

 それは、フレデリカの隣に俺がいることだ。


 今の状態で、誰が見ているか分からない状況で闇魔法を使うことは避けたい。

 目立つわけにはいかないと口で言っておいて、じぶんから目立ちに行くのでは意味がないからな。


 もしもエミーなら、その職業が【宵闇の騎士】だろうと一切関係なく剣を振るうことが出来るだろう。

 何故ならエミーの真骨頂はそのステータスにある。

 魔法が使えない今の状態でも、十分にエミーは強いはずだ。


「そりゃまあ、エミーちゃんなら後ろからオークに頭を殴られたところで、枯れ枝が落ちてきた程度の衝撃しかないでしょうけど」


 そんなに強いのかよ……。

 エミーの方を呆れ気味に見ると、当のエミーも「そんなにかな……?」と驚いていた。

 いやお前のことだよ、嫌味かおい。


「まあ、とにかく。俺がフレデリカの隣にいた方が、三人とも安心できるだろう」


「……ラセルは、それでいいのね?」


「もう十分に活躍させてもらっている。四六時中出しゃばるつもりはないし、出来ることなら今のうちに、世話になったフレデリカのことも気に掛けてやりたいというのはある。エミーとアシュリーは気付かなかったよな」


 二人は目を合わせて、俺に振り向き首を振る。


「フレデリカの体調は、また俺の回復魔法で治ったのが本人が分かるぐらい落ちていた。あの人は頑張りすぎだ、できれば気に掛けてやりたい」


 やはり気付いていなかったのか、エミーが申し訳なさそうな顔をした。


「そっか……ラセルはちゃんと見てたんだね。私、いっつも朗らかな人だなーぐらいにしか考えてなかった。今日も普通だと思ってた……」


「いや、それを言うのなら年上の私の方が気付くべきでした。……やっぱりラセル様は聖者様です。フレデリカさんは私にとっても恩人です、ありがとうございます」


「気にするな、俺もたまたま気付いたまでだ。……あと、エミー」


 エミーの方を向いて、俺はかつての記憶を思い出す。


 俺は、キッチンナイフを持って料理を手伝おうとしたことがある。

 だがその時に、指を怪我してしまった。

 エミーは俺が怪我してほんの少し流血した姿を見て、わんわん泣き出してしまったことがある。


 セイリスでも、俺が魔物から攻撃を受けているときは、少々不安定になっていた。

 それはエミーの過保護なまでの優しさがそうさせているのだろう。


 だが、エミーはセイリスの魔王戦で、それを乗り越えた。

 俺が危険に陥りそうになる状況でも、『勝ち』を拾うために魔王を俺に託した。

 だから、今の【宵闇の騎士】エミーがいる。


「俺は、邪魔に思われなければフレデリカの料理を手伝う。いいな?」


 エミーは、昔を思い出すように目を閉じて、小さく頷いた。


「もちろん。色々ごめんね」


「構わないさ」


 お互いに、微笑んだ。

 会話はシンプル。料理をしたい。してもいいよ。

 他人から見たらどうってことない話だ。


 だが、これは俺達にとって、大事な話だった。


 ……アシュリーは完全に部外者なので首を傾げている。なんだか身内の会話に巻き込んですまん。

 シビラは、まあ察してそうだな。セイリスでもかなりエミーを気に掛けてくれていたし、いつの間にか二人の仲が縮まっているように思う。


「それじゃ、話も終わったな。早速行動開始としよう」


「ええ」


 そして、皆がそれぞれ動き出した。




 そんなわけで、今の俺はフレデリカとキッチンに立っている状態だ。


「ふふっ……それにしても、ラセルちゃんが料理の手伝いを申し出てくれるのなんて何年ぶりかしら?」


「五年か六年ぐらいだろうか。エミーもすっかり変わってな、俺が料理をすることを納得してくれた」


「そう……エミーちゃんは、その心を保ったまま、ラセルちゃんを認めたのね。みんな、成長してる。私も嬉しいわ」


「何他人事みたいな顔してるんだ、世話してくれたフレデリカのお陰だろうが。ほら、鍋が沸騰し始めたぞ。どうせ毎回美味いものを作るんだから、俺が手伝った時だけ子供に嫌な顔させるようなことはするな」


「ふふふ、口調はぶっきら棒なのに、褒める頻度すっごく増えてる。やっぱりラセルちゃんは、ラセルちゃんだね〜」


「……」


 上手く表現できないんだが、こういう人には一生頭が上がらないような気がするな。

 まあ、フレデリカを頭ごなしに従わせるようなこと、したいとは思わないしするつもりもないが。

 隣で料理をする『シスターのお姉さん』は、あの頃見上げた時に比べてすっかり背丈も低くなったが、それでも印象は全く変わらない。


「これも切るのか?」


「ええ、お願い」


 俺は、キッチンボードに乗った芋の山に手をかける。

 ざっと洗って、芽を大きめに取る。

 そのまま皮は軽く削って、そのまま半分に。

 木のボードに、ナイフの当たった音がする。


「……ラセルちゃん、手慣れてるわよね」


「キッチンナイフを持つのはあれ以来だが、剣を持つのは再々だったからな」


「思えば昔っから器用だったわよね。ヴィンスとも技術で勝ってたなって印象だったし」


「分かるのか?」


「さすがにあの体格差で勝ちを拾ってたら分かるわよ。同じ技術なら、体格が劣った子は絶対に勝てないの。どこの子供でもそうだった。だからラセルちゃんが勝ち越していたのは、技術と感性と頑張りなんだろうなーって」


 ……驚いたな、そういうところをちゃんと見てくれていたのか。

 模擬戦みたいな戦いは、女性はエミーでもなければあまり混ざりたがらない傾向にある……と思ったのだが。


「見てたよ。ラセルちゃんは、ずっと。個人的に興味があったのかしら」


「……」


「ああ、何言ってるのかしらね、私は……。せっかく代わりに留守番してくれているのに、エミーちゃんが留守だからってこんなこと、いけないわ」


 考えを振り払うように首を振って、フレデリカは調味料を足していく。

 味付けは、任せた方がいいだろう。シビラもそう言っていたしな。


「手伝えることはあるか?」


「使ったナイフとキッチンボードを洗ってもらえるかしら? それが終わったら、後は任せてくれるといいわ」


「分かった」


 俺は軽くそれらを洗うと、椅子に座ってフレデリカを待つ。

 料理を待つ男か。まるで……。

 ……いや、あまり考えるのはよそう。


「ふふっ、これでラセルちゃん一人だったら夫婦みたいね」


「俺も思ったが黙っていたのに……」


「えっ? そうだったの?」


 驚いた顔で振り返る。そんなに変な発想じゃないだろ。


「ふ、ふぅ〜ん……そうなんだぁ……」


「?」


 鍋に視線を戻し、そうかと思ったら鼻歌を始めた。

 なんだかよく分からないが、まあフレデリカが楽しそうならいいか……。


 ふと、俺はポケットに入れていたものを取り出した。

 女神の書だ。


 ぱらぱらとめくってみるが、これといって特徴はない。

 それこそ、教会で購入できる太陽の女神教のものと同じだな。


 少し、読み込むか。

 ……。……随分箇条書きじみた小説というか、不思議な本なんだな。


「あら、女神の書を持ち歩いてるのね?」


 フレデリカがある程度の調理を終えたのか、こちらをのぞき込んでいる。


「いや……落ちてたのを拾った」


「落ちていたの? 綺麗な状態ね」


「……」


 いかんな、ぼろが出そうになる。

 落ちていたにしては、確かに綺麗な状態だ。

 ……それはつまり、あの魔王がそれなりに丁寧に読み込んでいたということだろうか。


 特定のページを開く。

 そこに書かれた文面を見ながら、赤会のことを連想する。


 シビラとエミーは大丈夫だろうか。


「ね、ラセルちゃん」


「ああ、何だ?」


 俺と同じ目線になるように、椅子に座るフレデリカ。

 顔を両手で支えるように肘をテーブルの上に乗せ、その胸がテーブルの上に乗り出した。俺は視線を逸らす。

 小さく、くすりと笑う声が聞こえる。……未だに、これだけは慣れないな。


 そんなことを考えていたからだろう。

 その言葉が不意打ちだったのは。


「ラセルちゃん」


「……だから何だよ」


「——みんな、この街のために頑張ってるんだよね」


 突然の言葉に思わず目を見開き、フレデリカの方を見る。

 フレデリカはくすくす笑いながら、背を伸ばした。


「その反応、さすがに分かりやすいわよぉ」


「うっ、自覚はある……。だが、何故だ?」


 フレデリカには、分からないようにしていたはず。

 だがフレデリカ自身は、穏やかな顔で首を横に振った。


「やってることから分かったんじゃない。だけど、みんなの性格を知ってると分かるわよ。外に出ている時に、このマデーラを救うつもりで動いてるって」


「凄いな、お見通しか」


「お見通しじゃないわ。ただ……ラセルちゃんのことをいつも考えてるから、分かっちゃうのよ。聖者になった今でも……ううん、今だからこそ、ね。ラセルちゃんは気が利く素敵な聖者様になった。それが、慈愛みたいな感情だけじゃなく、責任感みたいなのも感じ取って【聖者】を女神様から与えられたであろうことも」


 女神様、か。

 確かに俺がこの職業を失わなかったのは、最後の最後に回復術士であることを止めなかったからだ。

 あの時感じた、俺の本質。

 そういうのも含めて、フレデリカは俺のことを俺以上に、ずっと前から理解してくれているのだろう。


「なんだか、そこまで考えてもらっているのは照れるな」


「ふふっ。ラセルちゃんのことを考えてるのは楽しいもの。だから……」


 穏やか目から、真剣な目へと変わる。

 あまり見ない表情だ。

 アドリアで俺のことを、気に掛けてくれていた時のものだ。


「無理はしないで。きっと誰かが助けを求めてたら、助けに行っちゃうだろうけど……それでも、生き残ることを考えて。私は、何もできない……力がないから……」


 戦う力のない、フレデリカの願い。

 それだけ彼女にとっての俺は、無理や無茶をしているように映るのだろう。

 とても辛そうな顔だ。


「じゃあ、約束だ」


「約束?」


「そう。『お互いに無理をしない』だ。できるな?」


 フレデリカは、俺が回復魔法を使ったことに気付いた。

 そしてエミーとアシュリーは気付かなかった。そこまで明確に変化が分かるほどではなかったのだ。

 だが、決して二人が疲れていなかったわけではない。

 フレデリカが僅か数日で、疲労を蓄積しすぎていたのだ。


 この人を、とても放っておけない。


「今回ここに残ったのは、フレデリカのことが心配だったというのが主な理由だ。いつまでも、心配してるのが自分だけだと思うなよ? 他人に無理するななんて言う奴ほど、自分は思いっきり無理するからな。言うまでもなくフレデリカ、お前のことだ」


 腕を組んで、はっきり言ってやる。

 いくらなんでも、疲労の蓄積が早すぎる。魔王討伐をしたエミーより疲れているとか、この人は一体どれほど仕事をしているのか。

 それを、一体何年続けてきたのか。


 だが、俺はフレデリカが辛そうな顔をした時を見たことがない。

 この人は、魔王討伐以上の重労働が当たり前なのだ。

 それを、毎日平気な顔をして。

 そして、俺達孤児院の子供ガキどもは、当たり前のように笑顔のフレデリカだけを認識していた。


 子供の頃はそれで良かっただろうが……それに気づけなかった今は、あまりの呑気さに自分で自分に腹が立ってくるな。


「だから、俺と一緒に居るときは徹底的に回復してやる。魔物からも疲労からも守るから、少しの疲れも残せるとは思うなよ。……それだけだ」


「……ラセルちゃん」


「何だ」


 ややぶっきらぼうに返答する。

 フレデリカは、神妙な顔で身を寄せた。


「……あのね、私も一応エミーちゃんのために身を引いてる部分あったんだけどね。そこまで素敵になられると、我慢せずに本気で狙っちゃうかもしれないわよ?」


「それは……どう答えていいか分からないが、遠慮とか我慢とか真っ先に考えるのがフレデリカらしいよな。そういうのも含めて、もっと気楽でいいんじゃないのか?」


「……そっか」


 フレデリカは俺の隣の椅子に座り直すと、こちらをのぞき込んだ。


「それじゃ、しっかり私のことを守ってね、王子様」


「王子じゃなくて聖者なんだが……」


「ああんノリ悪ぅい」


 なんだか最後は変な感じになったが……だが、元気が出たようでよかったな。

 ああ、こちらにしがみつくんじゃない。苦手だって言ってるだろ、やめろ。


 雑念を振り払うように、俺は出て行った二人のことを考える。

 オークを溢れさせるダンジョンは、無事見つけられるだろうか。

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