アシュリーとの情報交換。本物の顔を求めて
アシュリーは、表面上は仲良く同じ建物の住人でいながら、裏では赤い救済の会と繋がっている……と見せかけて、赤い救済の会から娘を取り返すために協力している。
裏の裏は表、ってやつだ。
シビラは、アシュリーの身体をぺたぺたと触る。
俺とエミーはお互いに顔を見合わせたが、特に何もなかったかのようにシビラは座った。
「え、終わり? 何だったんですか?」
「もしかしたら、赤会の連中が盗み聞きするような魔石を仕込んでないかしらって思っただけ」
「……恐ろしいこと考えつきますね」
可能性として何か思い当たるものでもあったのか、アシュリーは部屋を出て行き、戻ってきたときには小さな箱を持っていた。
蓋を開けると、そこには、球体の魔石が入っていた。
「『プレイ』」
アシュリーが何かの魔法を使うと、薄ぼんやりと光り……なんと球体から声が出てきた。
『女神は等しく、民に幸福を与えようと考えた。しかし、決して全てを等しくすることはできないと嘆く——』
「はぁ……『ストップ』」
そして、再び使った魔法らしきもので、喋る石からの声が止まる。
かなり明瞭な声だったため、すぐにそれがあの時の壇上で聞いた声だと分かった。
「ああ……これが『音留め』ということか」
「そうです。報酬のうちの一つで、マイラが『女神の書』を一部朗読しているものです」
「なるほど、これは凄いな……」
ここまで綺麗に、音が出るとは。
確かに会えない娘の声が家でも聞けるとなれば、報酬としては格別だな。
……それが、人質に取っている側によって作られているというのは、本当に嫌な話ではあるが。
シビラは、しきりに箱の方を気にしているようだった。
「どうした?」
「盗み聞きするための魔石とか仕込んでないかと思ったけど、そんなもの入っていたら一昨日の時点でバレてるものね。特に何も仕込まれていなかったわ」
相も変わらず、恐ろしいことを考えるなお前は……。
さすがにそれは、シビラの考えすぎだったようだ。
「んじゃ、ぱっぱと活動報告していきましょ。アタシらはマデーラダンジョンに潜ったわ」
「簡単なところですね。どーでした?」
「えっとですね、第十一層からフロアボスが山ほど雑魚として溢れるダンジョンで凄かったですよ。全部踏破した上で、魔王も倒しました」
さらっと言ったので、うんうん頷いたアシュリーがぴたりと止まり、言われた内容を吟味するように首を傾げて、こちらを向く。
「……あの、えっとですね、私の聞き間違いかなと思ったんですが」
「魔王は倒したぞ、これで三体目だ」
「嘘ですよね?」
「わざわざそんな嘘をついてどうするんだよ。ああ、生活が崩れるとか、悪影響はないから安心しろ。もうダンジョンから魔物が溢れなくなるだけだ、それだけ覚えておいてくれたらいい」
「だけ、と纏めるにしては滅茶苦茶凄い功績だと思うんですがそれは……」
三体目にもなると、どうしてもな。
それに、二体目のあいつが色々な意味で濃い奴だった。マデーラの魔王はお調子者で、軽薄な感じだったな。
今のところ良心の呵責などというものは無いというぐらい、嫌な魔王しか出会っていない。
お陰様でこちらも倒し甲斐があるというものだ。
元々、故郷の孤児院を皆殺しにしようと考えていた時点で、俺は残りの魔王も許すつもりはないがな。
「ちなみに、ダンジョンの十一層はゴブリンが赤くてな。まるで溢れさせて街を滅ぼさせるつもりなんじゃないかというぐらい、意図的に魔物を貯めていたぞ。しかも魔王公認だった」
「そこまで行くと、にわかには信じがたいんですが……完全に赤会、女神の敵じゃないですか……」
そりゃ、さすがに魔王と意図的に組んでいたなんてこと、普通は信じられないだろう。
だが、意図的だった。何故なら——。
「アシュリー。アタシの索敵魔法によると、もう街の周りは魔物だらけになってる」
シビラの話に、アシュリーとエミーも驚く。そういえばエミーには話していなかったな。
「え、そうだったんですかっ!?」
エミーが立ち上がり窓の方へ行くが、外壁しか見えないに決まってるだろ、慌てすぎだ。
「まさか、それも」
「ああ。郵便ギルドが冒険者ギルドの連絡を握りつぶしていたこと、周りに魔物が溢れて救援が来なかったこと、あまりに赤会に都合が良すぎる。野に魔物を放って、襲われた人を助ける名目で勧誘していた。だが……」
エミーではないが、俺も窓の方に目を向ける。
外壁の向こうの光景は、あまり想像したくはないな。
「今の状況が意図的かどうかは、分からない。シビラもそう思うだろ?」
「ええ。さすがにこの状況だと、赤会の人間そのものがあの聖堂に来られないじゃない。だから、何らかの問題が起こった可能性もあるのかなと」
「意図的かそうでないかはわからないが、問題の理由は十中八九、昨日のダンジョン踏破だろうな」
「でしょうね」
シビラが頷いたところで、エミーが手を挙げた。
「はいはい、話が終わりそうだったんですけど、私はアシュリーさんが昨日どんなだったかも知りたいです」
「そういえば、まだお話ししてませんでしたね」
アシュリーは頷いて、昨日のことを話し始めた。
「情報提供後は、やはり多めの報酬を頷いてもらえました。シビラさん、本当にありがとうございます」
シビラはお礼を言われて、「ん」と小さく笑った。
「その後、普段どおり赤いフード着用を義務づけられたけど、今日は最前席の正面で見ることができたわ。近くで見ると、本当に私の娘ってちょっと可愛く産みすぎたってぐらい最高の美少女。そりゃみんなも黙って聞き入りますって」
「一度一番後ろで聞いたことがあるが、本当に澄んだ声だったな」
「よく独唱者のことを様々な言葉で例えるのだけれど、あの子はいわば天使の声よね」
「ううっ、私だけ聞いたことないんですけどぉ……さっきの音留めの玉から出てきたような声なんですよね、いいなあ」
そういえば、エミーだけはまだあの子の声を直接聞いていなかったな。
解放した暁には、エミーもマイラの声を聞くといい。本当に……あんな連中にその綺麗さを利用されてるのが益々憎く感じるぐらい、いい声だった。
「その後、さっきの音留めと、姿留めの……これ」
もう一つ、封筒から出てきたのはマイラが正面を向いた、特殊な薄い板。
これが姿を留める魔道具か、確かに凄いな。
しかし、これは……。
「……冷たい顔だな」
「えっ!?」
俺の呟きに、アシュリーが振り返り、その姿見の板を見直す。
「あれ、だっていつもこんな顔で、そりゃ表情はないですけど……」
「シビラが最初、不意打ちでフードを引き上げたときに、もうちょっとあどけない表情をしていた。中身はもっと幼いはずだ、孤児院の中に混ざると末っ子組になるぐらいにな」
「……」
アシュリーは、姿見の板をじっと見ている。
何かと思っていると……なんと、その板をぱきりと割った。
エミーどころかシビラすら驚いて、アシュリーの次の言葉を待つ。
「そう……そっか……ずっと私が見てきたのは、作られたマイラだったんだ」
数秒、堪えるように目を閉じていたアシュリーが、やがて顔を上げた。
「残すのなら、笑顔の姿見を残したい。聖者様、女神様、そして聖騎士様。『本物のマイラ』を取り戻すため、お力添えください」
その目は、迷いのない闘志に燃えていた。
一通りの話をし終えただろうか。
「それで、今日はどう動けばいいでしょうか」
「諸々のことは考えているのだけど、まずは情報収集ね」
「俺とシビラで出るんだな」
再びシビラの方に近づくと……何故か、髪をいじりながら視線を逸らせた。なんだその反応は。
「今日は——」
「それ、取ってくれる?」
「これだな」
俺は、手元にある野菜をキッチンに置いた。
魔物の氾濫による、街の危機。
未だ見えない、ダンジョンの謎。
情報を出し合い、必要と感じて提案した結果、その場の皆が驚いた。
俺の、今日するべきこと。
それは——フレデリカとの留守番である。






