街に張り巡らされた蜘蛛の糸を取り払え
6章スタートです。
マデーラを覆う、灰色の雲。
明らかに活気をなくした街。
そして、蜘蛛の巣のように街の住人を網羅して掌握しようとする、『赤い救済の会』という胡散臭い宗教。
シビラが『赤会』と呼んで以来、俺もそちらで呼ぶことも多い。
最初、俺達はフレデリカの次の赴任先へ同行する形で、本当に軽く次の目的地を探すように同行する感覚で、この街にやってきた。
本当に、大きな目的があって来たわけではなかった。
ただ、今ではフレデリカについてきて本当によかったと思える。
髪が赤いというだけで利用された、アシュリー。
そして、未だ自我すら見えない実の娘マイラ。
果ては尾行してきた男から、郵便ギルド、冒険者の数々に至るまで。
その多数に、赤い救済の会の手が回っているのだ。
特に、街中の体調不良の原因が、食べ物の中にあるとは思わなかった。
シビラに相談したが、手柄を横取りされる可能性があると釘を刺された。……もどかしいな。
「あっ、黒い人また難しい顔してる」
「黒い人じゃないよ、ラセルさんだよ」
「ラモナさんは難しい顔以外してるの見たことがないよ」
「だからぁ……」
やれやれ、言いたい放題言ってくれる……俺も孤児院から出たばかりなのだから、お前達と大差ないんだぞ?
……この子たちも、体調不良だった。
その原因もあの白い粉であり、何も知らずにその粉を使って作ったアシュリーの料理だった。
そして何よりも……アシュリーが、そのことを知らなかった。
酷い話だ。
いずれは、この街全てを解放してやりたいと、そう思うが……。
(……ふ)
思えば、そんなことを思うとは俺も随分と丸くなったものだ。
母親の病気に泣くブレンダに会った時など、片手間に治して帰るつもりで、会話すらろくにしなかったのにな。
これは、俺自身が自分の過去から救われたということでもあるのだろうな。
「あ、くろすけが笑った!」
「だからラセルさんだって……あ、ほんとだ」
「ライザさん、笑顔、すてき」
子供達の声を聞いて、自分の口を揉む。
自然に笑えていたか。それもまあいいだろう。
「俺だって笑顔にぐらいなるぞ」
「そういってるクロムはもう笑ってないぞー」
「違うよクロードだよ。……あれ?」
「クローエさん、笑った方が絶対いいよ」
おい、完全に引っ張られてるぞベニー。もうちょっと頑張ってくれ。
あと三人目、なんで立て続けに女の子の名前になるんだ。本気で耳の病気を疑うぞ。
「俺はラセルだ。全く……」
「あら、すっかり子供達と仲良しじゃない、クローエちゃん?」
「叩くぞ」
奥から、木の棒を持ったシビラがニヤニヤしながら他の子といっしょに戻ってきた。
シビラの後ろには、打ち合ったであろう同じ木の枝を持った少年。
外は危険じゃないのか……と思ったが、そういえばこいつは『索敵魔法』が使える。使っていないということは、有り得ないだろう。
ならば、外の様子を見るのも兼ねていたのかもしれないな。
そして、一緒に帰ってきたこの少年は、親が赤会の一人だった父子家庭の子供だ。
孤児院で一時的に預かっているが、元は親子暮らし。
父親は、普通の人だった。息子も剣聖に憧れる、育ち盛りの普通の子だ。
……だから余計に、恐ろしいと思った。
この場合は、収入の少なさと家事の手の少なさだろう。父親一人で息子を育てるのは、両親がいる家庭よりも難しい。
だから、赤会は臨時ボーナスで相手を釣って、命令を出している。
信仰心と、報酬。それを相手の弱い所に付け入るように、利用しているのだ。
シビラが先手を打って、アシュリーを身内に抱き込んだ。
だから時間の余裕がある……と思っていた。
思い込んでいた。
マデーラの街の周りは、既に魔物だらけになっている。
それが意図的なものなのかどうかは分からないが……間違いなく異常事態だ。
この問題、解決しなければ外にすら出られなくなったな。
ならば……必ず赤会の陰謀ごと、俺が解決しよう。
朝食も、やはりフレデリカのもの。
思えばフレデリカは朝が早く、寝坊しているところを見たことがない。
にもかかわらず、遅くまで何かしらのメモをしているように思う。あれは恐らく、太陽の女神教孤児院管理メンバーであるフレデリカが、この孤児院での子供達や状況など、子細な情報をまとめているのだろう。
無理が祟りやすい性格だ、少し心配になってくるな。
(《エクストラヒール・リンク》)
俺は無詠唱で、回復魔法を使う。
怪我どころか、疲労から装備の破損まで元通りという聖者の回復魔法、それの全体版だ。
俺の魔法にすぐ気付いたのは、シビラと……やはり、フレデリカだ。
こちらを見たシビラと一瞬目が合うと、俺は軽く頷く。
フレデリカは小声で「何かした?」と顔を近づけてきたので「回復魔法、ついでだ」と目を逸らして答える。
以前エミーには堂々とお姫様抱っこしたというのに……フレデリカの顔は、未だに至近距離だと照れるものがあるな。
「……やっぱり、ラセル、は、かっこいいね」
優しい声色で告げると、フレデリカは離れる。
そこは『優しいね』じゃないのだろうか。フレデリカのことも、よく分からんな。
まあ基本的に、女は分からん。
以前ヴィンスが『俺は分かる』とか言っていたが、分かると自分で言う奴ほど分かってないだろうなと今は思う。
「ん〜、これは楽しいことになってきましたな〜〜〜っきゃん!」
隣で実に憎らしい笑みを浮かべていたので、緊張感のない悪戯女神をチョップ。
分からん女の世界代表みたいな奴だからな。
「うう、ラセルはもっと、世界一かわいいシビラちゃんの隣に座れることを神に感謝するべきなのよ」
「お前が言うと自作自演にも程があるな……」
ツッコミを入れつつ、俺達のやり取りに周りの目が生やさしい感じになっていることに気づき、誤魔化すように机の上のサンドイッチに手を伸ばす。
ベーコンと玉ねぎに酸味の利いたマスタードが塗られており、こんな街でも材料をケチることはないフレデリカに感心する。
実益を兼ねたフレデリカの趣味は、きっとこの孤児院の子供達の心を救っているだろう。
朝食を終えた俺達三人は、今日のことを話すため早速二階に集まる。
少しの間待っていると、部屋に洗い物を終えたアシュリーが遅れてやってきた。
今回は、アシュリーとも口裏合わせをするために呼んだのだ。
「シビラさん」
アシュリーの声を聞き、シビラが無言で部屋に招き入れる。
部屋に四人が入ったところで、これからする話への意気込みを確認するように、互いを見て頷く。
赤い蜘蛛の糸を取り払う。
そう。俺達の手で、マデーラの街を『赤い救済の会』から解放するのだ。
本当に悩んだのですが、今回の更新でレビューを閉じさせていただきました。好意的な部分も多く難しい判断だったのですが、展開や方向に関わる部分はどうしても連載小説にはある悩みでもあったので、完結するまでは閉じることにしました。
(あと誤字報告系は、レビューではなくページの一番下から出していただけると助かります……)






