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俺の選択、皆の選択。そして幕が開く

 最下層の魔王を倒した俺達は、その先に進む。


「アドリアでは、魔王が自爆をしてしまって綺麗さっぱりなくなったんだよな」


「セイリスでは嫌味みたいな書き置きしかなかったし、魔王は砂浜で倒しちゃったのよね」


「今度は何があるのかなー?」


 魔王は倒れたが、エミーが前衛を立候補したことにより先頭に立って部屋に入ることになった。

 油断のない、いい判断だな。


 しかしさすがに、これ以上新たな魔物が現れるということはなかった。

 目の前に広がるのは、小さな部屋。その奥にあるのは、机。その上に乗っているのは……『女神の書』だ。


 俺はその本を手に取り、ぱらぱらとめくる。


「書いてある内容は、教会で配られているものそのものか……」


 部屋は魔力の発光で暗くは感じられないが、ぼんやりと紫がかっているため見づらい。

 ダンジョンの中で書物など読むものじゃないな。魔王にとっては普通の色なのだろうか。


 いくつか中身を読んでいると、ふとしたところが目についた。


——女神の意志を受け継ぎし者により、人型の人ならざる者はこの地より離れる。


 そう、シビラが以前話していた『赤い救済の会』が重要視している部分だ。

 何故目に留まったかというと……理由は至って明確だ。


 その部分に、線が引かれている。


 魔王しか入っていないはずのこの部屋に、この記述があるということは……間違いなく、あの笑い声の五月蠅い魔王が、この女神の書を読み込みながら、赤会の連中とやり取りをしていた、ということだろう。


 魔王と赤会、どちらが先にかは分からない。

 それでも、現時点で分かっていることは一つ。


 ——俺が『赤い救済の会』を許せないということだ。


 シビラとエミーに該当箇所を見せた。

 それからシビラは軽くページを頭から最後までめくって、『それ以外にはなんも書いてないわね』とだけ言って、俺に本を渡した。

 魔王の持ち物だが……俺がもらっておくか。

 今まで、あまり真面目に読んでいなかったからな。

 



 マデーラダンジョンを出る。

 日はすっかり傾き、ダンジョンで食べていた乾燥携帯食の分も消化しきって腹が減ったな。


 真っ赤に染まった、マデーラの街。

 人通りが特に少ない時間帯、シビラは東の方角——うまく阻まれて見えない、あの赤い救済の会の建造物がある方を見た。


「信じる者は救われる——嘘よね」


 女神とは思えない言葉である。


「救われたのは信じていたから女神のお陰様、救われなかったのは信じていなかったからで、女神は救いに行かなかったから。女神に都合良すぎるわよね」


 その理屈を聞き、確かにその通りだなと思う。


 シビラにとって、女神は自分のこと。

 そして実際に、俺を救ってくれた。


 だが、それは女神を信じていたからじゃない。


「成功も、失敗も、自分の手で掴むから価値があるの。失敗も、よ。失敗して生き延びるのは、一番の成功への近道。そして、成功する」


 シビラは、俺達の方を見る。

 自らの手で、宵闇の職業を与えた俺達を。


「成功した時に、謙虚である人は『運が良かった』とか『女神様のお陰様』って感謝するの。慢心しないのはいいことよ……でもね、『信仰しなければ成功しない』という恐怖で信仰するのは、順序が逆。分かるわよね」


「無論、な。俺がシビラを信仰するだけで、寝て起きたらレベル20にでもなるわけないしな。自分の成長と成功は、自分の手で掴まなくちゃ意味がない」


 信仰しても、しなくても、結果は現れる。

 それが太陽の女神を信仰しない理由にはならないが、同時に必要以上に信仰する理由にもならない。

 何故なら、女神が嫌いになった俺が、こうして未だに冒険者として魔王討伐を成功させ続けているからだ。


 それは、女神のシビラを信仰したから、じゃない。

 俺がレベルアップして、俺が闇魔法を使ったからだ。


 俺の行動した結果は、俺のものだ。

 追放された時の苦しみも、ドラゴンに叩き付けられた痛みも。

 たとえ女神だろうと、それを誰かに譲る気はない。


「わ、私もっ! むしろずっと、流されるままに職業を得て、使ってて……。だから今、自分で、職業を選んで育てることが、とても素敵なことに思えて……!」


 エミーは、【宵闇の騎士】という職業となった。

 それは、エミー自身にとって、とても大きな選択だっただろう。


 聖騎士になってから得た守りの魔法を失ってまで、俺と共に戦う力を得た。

 そして、今は肩を並べて魔王討伐をするようになったのだ。


 俺達の返答を聞き、シビラは満足そうに頷く。


「あなたたちを見てると、多少はアタシの気も楽になるわ。……ちょっと今回は気が立っていたから」


 言われなくても、分かるさ。

 神族ではない上に、太陽の女神のことを信仰していない俺ですら、ここまで腹が立っているのだ。


 利用されている当人であるお前は……特に、職業変更すら自分の意思で可能なのに、俺やエミーの意思を確認するほど人間に寄り添ったお前なら。


「まるで『大司教の言った言葉は、女神本人の言葉だと思え』と言わんばかりだものな」


「……。以前ラセルが全員殴りたいって言ってたけど、アタシも全員殴りたいわね」


 だろうな。

 シビラに次いでエミーも立候補したが、シビラに「エミーちゃんが殴ると死ぬので駄目」と言われて「えー」と返していた。

 ちょっとふてくされるエミーに、頭をぽんぽん叩いて姉っぽく笑うシビラ。そんなシビラを見て、ふと思う。


 このシビラは、以前よりもかなり余裕のある、いわゆる『シビラらしい』表情だ。


 もしも、今のシビラの余裕を作っているのが、俺の影響だったらいいな、と思う。




 孤児院に帰ると、わらわらと子供が集まってくる。


「しびらだ!」「遅いぞー」


 集まってきた子供達へしゃがみ込み、嬉しそうに頭を撫でる。もうほんと、最初からお前がシスターだったよなってぐらい懐かれてるな。

 そして、シビラ自身もこの時間を、何よりも心の糧にしているように感じる。


 そう思って見ていると、そのうちの一人が俺に気付いた。


「あっラセルさんだ」


「俺か?」


 突然名前を呼ばれて、驚く。こういう時に、シビラより目立つことは稀だからな。

 こいつは確か、孤児院に入って最初にいた……。


「……ベニー、だったか?」


「うん」


 珍しく、少年はシビラではなく俺の方に来たな。

 何かあったのだろうか。


 俺が疑問に首を傾げていると、ベニーは頭を下げた。


「ずっと調子悪かったから、ラセルさんにはお礼を言いたいって思ってて……」


 驚いた、真面目な奴だな。

 他の子らは一度お礼をすれば満足という感じだったんだが、ベニーはずっと俺への恩を感じてくれていみたいだ。


「いい奴だな、ベニーは。その優しい性格のまま、成長してくれ」


「うん」


 ふと視線を感じると、シビラとエミーが俺の方を見ていた。シビラはニヤニヤ、エミーはニコニコしている。

 ……なんだその微笑ましいものを見るような顔は。

 俺だって、誰に対してもスレているわけじゃないんだよ。


 気まずさを振り払うように、ベニーにぶっきらぼうに言い放つ。


「用事はそれだけか」


「あっ、ううん、違うよ」


「ん? そうなのか」


 ベニーは懐から、小さな球体のものを取り出した。


「これ、あげる。みんなには内緒」


「分かった、受け取っておこう」


 何だか分からないが、内緒というのならあまり見せるものでもないな。

 俺は自分のポケットにその道具を入れたところで、玄関が開く。


「ただいまーっ……あ、ラセル様……」


「アシュリーか。俺達も今帰ってきたところだ」


「それはそれは……」


 アシュリーには、事前に予定を共有している。

 だが、それは赤会を騙すため。だから、この場でも迂闊に言及するわけにはいかない。


 そんなアシュリーの様子を察してか、シビラが話を振った。


「アシュリー、お仕事お疲れ様。フレデリカが料理をしているみたいよ」


「えっ、すみません、急いで向かいます!」


 そう言って、すっ飛んでいった。

 一応フレデリカにも帰宅の挨拶をした。後は……まあ、子供達とともに時間を潰していくのみだな。

 二人のキッチンの邪魔はするまい。……特に、アシュリーは罪滅ぼしの一環ぐらいに考えている可能性も高い。ここは任せておくべきだろう。




 今日の料理もとてもおいしく、そして優しい味だった。

 フレデリカは本当に、料理が上手い。

 その自分の『好き』が、教会孤児院の管理メンバーである仕事と一致しており、本人の魅力を押し上げている。


 これも、自分の選択と、その成功の一例だろう。

 戦う力だけではないのだ。

 いや……フレデリカは、十分に戦っているよな。

 王国中の孤児達との『子育て』という戦いに。


 幼い頃から、年上で憧れのお姉さんだったフレデリカ。

 力で抜いても、背丈で抜いても、聖者となっても。

 むしろ大きくなった今の方が、子供の頃よりもフレデリカという一人の存在を、大きく感じられるようになるとはな。


 自分の出来る分野である、回復と治療。

 まだ並び立てる人になれそうにはないが、フレデリカが出来ずに俺が出来ることは、積極的に協力したいものだ。




 翌日、変わらず晴れないマデーラの街。

 起きると、セイリスの時と同じように、シビラが窓から外を見ていた。

 ただし、あの時のような、底抜けの明るさを感じられる空と海のある宿ではない。


 シビラは、窓から外を睨んでいる。

 腕を組んで、指で腕を叩きながら、時折目を閉じて「はぁ……」と溜息をついている。


「どうした?」


「……あら、ラセル。早いのね」


 起き上がり、シビラとともに窓の外を見る。

 さすがにセイリスの時とは違い、孤児院からだと街壁しか見えない。


「何があった?」


「赤会の連中が、気付いたのか、失敗したのか……どちらにしろ、なりふり構ってられなくなったってことかしらね」


 また間接的な表現を使うな……。

 俺がシビラに、結局何なんだと催促をする。

 結論は早く言ってもらわないとな。


 ——しかし、俺は答えを聞いて、溜息をつくばかりだったシビラの気持ちが分かった。


「索敵魔法を使ってるんだけど……街の外の魔物、明らかに増えてる。数も多いし、質も高いわ。このままだと、街に入ってくるかもしれない。こうなった以上、徹底的に最後まで決着つけるしかないわね」


 雲の隙間から漏れる、一筋の光。

 シビラが宣言したのは、『赤い救済の会』との最終決戦の幕開けだった。

これにて五章終了です。

二章セット構成的になっているため準備段階的な章でしたが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

この後すぐに六章に入り、一気に諸問題の解決をしていきます。

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