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想像を超える魔王の悪意、そして俺の新たな力

 シビラからのアドバイスを聞き、俺とエミーは出来る限りの想定をする。

 そして全員の武器に闇属性を付与して、最後にはウィンドバリア。


 準備は整った。


「よし。エミー、頼む」


「まっかせて!」


 前衛はもちろん、エミーに任せる。


 それに、魔王に経験値がないということも聞いたのだ。

 わざわざ俺が倒す必要もあるまい。


 これだけ準備しても……最後の懸念材料がある。

 それはもちろん、魔王がどういう存在か全くわからないことだ。


 二体の魔王に出会ったが、一つ言えるとすれば『性質が独特』ということだろう。

 人間の言葉を喋るが、それ以外は外観以上に、中身が人間と違うように感じる。


 できれば、無個性なやつであってほしいところだな……。


「……そろそろ、最下層のフロアに入るわよ」


「了解だ」


 エミーが盾を構え直し、階段を降りきる。

 後に続くよう、俺とシビラも紫の地面に足を置いた。


 シビラが後ろを振り返る。


「魔力壁、あるわ」


 それは、フロアボスを倒すまで冒険者を逃がさない壁。

 間違いなく、魔王がここにいる証拠だ。


 フロアの奥にある小さな扉が開く。

 中から出てきたのは……小さい影だ。

 子供ぐらいの大きさだろうか。


 魔王は、こちらを確認した瞬間に——いきなり影を解いた。

 いきなり臨戦態勢か。


 紫の肌、白い目。それまでの魔王と全く変わらない容姿で、布の服と帽子らしきものを装備している。


「うわあ、本当に来てるよ! 本当に冒険者が来てるよ! 第十一層の約束、破ってると思ったら本当に来てるよ!」


「第十一層の約束?」


 俺がオウム返しに、気になる言葉を聞く。


「そう! 第十一層に、魔物を沢山溜め込んでおく! そのために、魔物の再出現は全部部屋の中にしたんだよ!」


 魔物の再出現、それが檻の中限定になったのは、この魔王が操作したからなのか。


 ……いや、待て。


 シビラは何と言っていた?

 『魔王』は『魔界』から出て来ない。

 このダンジョンメーカーは、セイリスのように特殊なタイプではないように思う。あくまで勘だが。

 最下層以外には、行けないのだろう。


 ならば、だ。

 その交渉をしたってことは……!


「ラセル、ごめん。アタシの勘違いだったわ」


 シビラは小さく訂正を入れる。


「『赤い救済の会』って、女神の書を間違って信仰していると説明したわね。……間違いだった」


 そう。シビラが言った内容は、途中までは合っていた。

 赤いワイン。そして、女神の恩恵。


「つまり、シビラが言いたいのは『信仰しているのが魔王だと分かっている上で、赤の魔王を信仰している』ってことだな」


 シビラが横で、頷く。

 と、そこで正面の子供魔王が、なんと首を横に振った。


「アッハッハ、違う違うよぉ! あいつらはマジで、赤いのは神だって思ってるよぉ!」


 ……何だと?


 俺達の疑問に答えるように、魔王は喋り出す。


「いやー、傑作だね! アッハッハッハ! 下層のホブゴブリンを倒したはいいものの、その程度の戦力でこのボクに挑もうなんてさあ!」


 元の下級レベルのままだと、第十五層のフロアボスは赤ホブゴブリンか。魔王と比べると、本当に罠というぐらい弱いボスなんだな。


「それでね、ッハ、軽ーく遊んであげると、助けてくれー! だなんて言ってね! いやー楽しい楽しいアッハッハ!」


 耳障りな声だな。

 全く、個性揃いで腹立たしい……こいつの個性も分かってきた。


 よく笑う。それも、弱い人間を見下しながらわらうタイプだ。


「いやああの時のあいつら、もうほんと、っは、ッハァ〜〜……ほんと愚かすぎて可哀想になるぐらいでね」


「早く話せよ、話が進んでないぞ」


「おおっと失礼ボクとしたことが、ックク。赤ゴブリン達は彼らから増やす提案をしたのさ。だから、増やし方も教えた。このダンジョン、魔力が溢れてるだろぉ? マジックポーション、床にぼんぼん投げてるんだよ」


 どうにも多いと思ったが、地面から魔力を吸収させることができるとは。

 その魔力を使い、第十一層の檻の中で赤いゴブリンを再出現させていたのか……。


「欲にまみれた汚い人間と、利害一致! それで街は滅ぶわけだけど、まあそれはどうでもいいんだよ」


 街にあの魔物を溢れさせるのを『どうでもいい』で済ませたが、全然良くないぞ……。


 いや、待て。

 じゃあ本題は、何だというんだ。


「ちょーっと、お喋りして……アッハ、女神の書に、赤いワインを流した神が復活したのなら、法王より偉くなれちゃう凄いスキルを授けられるからボクも負けるかもね〜なんて言ったらさあ、みんな信じてんの! アッハッハ!」


「そんな戯れ言を信じたのか、『赤い救済の会』の連中は」


「そりゃもう! コレね、下手にやってみろとか言わず『君たちには無理だと思うけど』なぁ〜んて言い方をしたから、余計に信じちゃったみたいだね! 命の危機とセットにすると、更に信じちゃうんだなあこれが! ちくちく死ぬ寸前まで刺しながら、嘘の説明を尤もらしく喋るんだ。それが楽しくて楽しくてッハハハ!」


 ……こいつ、そこまで。


 話を聞く限り、『赤い救済の会』はやはり欲にまみれて他者の命を何とも思っていない宗教だ。

 太陽の女神教の法王より、自分たち赤会の法王を偉くさせるのが目的、ってところか。

 だが……それでも赤会の連中は、一応神を復活させるつもりでやっている。命の危機の中で掴んだ希望なら、それは信仰心にもなるな。


 こいつは、そういう連中の弱さを利用して、自分のいいように操っているというわけだ。

 しかも、人間の弱り切った部分を様々な角度から狙いに狙って。

 完全に赤会のやり方を、更に汚くしたような、最悪の魔王……いや、最悪じゃない魔王なんていなかったな。


 同時に、思う。

 やはり魔王には、何も考えず容易に力だけを操るような、頭の悪いヤツはいなさそうだ。

 こんなのが、そこら中の魔王未討伐ダンジョンにいるのか……やれやれ、厄介極まりないな。


「で、もちろんこれを喋った以上、君たちは帰さないよぉ。十一層をあんなにしちゃったんだ、温厚で可愛いボクだって怒るさ。だ・か・らぁ〜……」


 ハッ、可愛いだってよ。どの口が言うんだろうな。

 自分のことを『僕』と言う可愛い子なら間に合っているんだ。


(《ハデスハンド》)


「君たちは死刑決定〜! せいぜい遊んであげ——ッ!?」


 俺は『そろそろやってくるだろうな』というタイミングで、その魔法を使った。

 無詠唱で、指先一つ動かさずに不意打ちだ。

 これは避けられないだろう。


「こ、これは、青黒い……闇! まさか! まさかマーダラー!? お前ら、ただの冒険者じゃないな! メーカーマーダラーじゃねーか!」


 アドリアの魔王と、同じ単語を使っていたな。

 製作者メーカー鏖殺団マーダラー、か。罵倒や揶揄のつもりで言っているのかもしれないが、なかなか強そうなパーティー名じゃないか?


「くそ、クソッ、先手を、まさか『グラビディ系』で取られるなんて! このボク一生の失態! 《キュア》!《キュア》! ああクソッ取れない! ボクの身体じゃなくて、身に纏う空間の方が変わっている!」


 血走った目をして、魔王は空中からレイピアのようなものを出した。

 それを構えて、こちらに突撃してくる。

 だが、その攻撃をエミーが防いだ。


「速度が、出ない……!」


 マデーラの魔王の言葉を聞いて、ようやく俺はこの魔法の真価を見た。

 鼻で笑いながら、シビラが説明する。


「凄いでしょ。冥神ハデスが足を掴んで引っ張り邪魔をするような、エグい妨害魔法」


「これが……!」


「『速度』は、全ての戦士にとって最強の武器よ。どんなに攻撃力が低くても、防御力が低くても、『速度』が上回っていると有利になる。セイリスでは、動きにくい砂浜で『マンイーター・ドラゴンフライ』の速度に翻弄されたでしょ」


 そうだ。

 あの時の敵は、決してドラゴンに比べて強いわけではなかった。

 だが、エミーがその回避を引き寄せるスキルを得ていなければ、俺だけで勝てたか怪しいものだった。

 それこそ魔王よりも怪我させられたほど。


 速度——それを、回復不可能な闇属性の力で妨害する。

 これがハデスハンド、【宵闇の魔卿】レベル13の力……!


「初撃で、首を貫通させるはずだったのに——」


「《アビスネイル》」


「——ッグアアアア!」


 俺はエミーの防御に手こずっている魔王へと、反射的に魔法を叩き込む。

 ……エミーの首を、刺すだと。

 お前、よくも俺の前でそんなことを言えたな。


 蘇生魔法リザレクションには、一度成功している。

 だが、やはりあの魔法は奇跡だと思う。二度成功する保証はない。

 俺はもう二度と、あんな気持ちを味わうつもりはない。


 エミーから俺に視線を変えて、魔王が叫ぶ。


「お前が魔卿! 今回の魔卿か! そしてこいつが盾! ってことは、お前が【宵闇の女神】の——」


 魔王が目を見開き、シビラの方を見る。

 こいつは、シビラを知っているのか!


「——プリシラか!」


 違った。

 事情通かと思いきや、この状況で名前を間違えたぞ……。


「シビラ、あいつ誰のことを言ってるんだ?」


「……さあ、ね」


 シビラは肩をすくめ、溜息を吐く。

 と同時に、突然魔法を放った。


「《フレイムストライク》」


 容赦なしの、高威力魔法。

 敵が下層になるほど、特に魔王には効果が薄いと聞いていたが、それでも上位魔法の一つだ。

 魔王は腕で顔を覆うと、嫌そうな顔をした。


「アタシはシビラ。『宵闇の女神』シビラよ」


「う、嘘だ、そんなこと、リンは——」


「《フレイムストライク》。次から次へと、変な名前を出すんじゃないわよ。別の女の話を出すなんて、失礼な奴ね」


 露骨に不機嫌そうな顔で魔法を叩き込みながら、シビラは更に畳みかける。


「今回は『女神の書』の悪用のこともあって、徹底的にやるつもりなの。マデーラのダンジョンメーカーも、『赤い救済の会』で太陽の女神を引っ繰り返そうとしているクソ野郎も、どこぞでオークを作ってるダンジョンメーカーも、全部潰すつもりでアタシが動いてるの。アタシは怒っているの!」


 マデーラに着いてから随分積極的に動くと思ったが、やはり『女神の書』を利用されたことに、女神の一員として腹を立てていたのか。


 と一瞬思ったが。


「……だけどね、一番は自分自身」


 違うよな。

 お前が一番怒ったところは。


「最初、戦う男と……帰りを待つ母子の幸せのために書いた『女神の書』。それを悪用されたせいで娘に声をかけられない母と、母を知らない娘がいること……それを今まで解決しなかったアタシ自身に腹が立っているのよ!」


 アシュリーと、マイラ。そして子供達のため。

 いつだってお前はそうだった。

 アドリアでも、セイリスでも、ここマデーラでも。

 何よりも、そのことを大事にしていた。


 だから、俺もそんなお前に釣り合いたいと思えるのだ。

 そうすれば、かつてのように自分に絶望するばかりでなく、誰かに与えることも出来るようになれると思うから。

 女神に釣り合う、主役おれになるのだ。


「ラセル、もうこいつと話すことはないわ!《フレイムストライク》!」


「同意だな! 《アビスネイル》!」


 俺達の同時攻撃に、慌ててバックステップで距離を取る魔王。

 だが、その足は思ったほどの距離を取れない。

 エミーの盾が、黒く光っているからだ。


「これは、【宵闇の騎士】……!」


「《ハデスハンド》」

(《ハデスハンド》)


「ッ! 威力が、上がって……!」


 最初のハデスハンドは、不意打ちで無詠唱だった。

 だが、次は声を出しての二重詠唱。先ほどより大幅に強い。


「こんなところで、ボクが、可愛いこのボクが……!」


「自己評価が異常に高い魔王だなおい。可愛いってのは、お前みたいな奴には言わん」


「だよね。自分のこと『僕』って言うすっごく可愛い子知ってるから、この魔王は背が低いだけの生意気なやつって感じ」


 エミーも、同じ人物のことを思い出していたようだ。

 ま、あいつを知ってりゃその反応だよな。


 再びエミーの盾が黒く光る。

 魔王が次にやったバックステップは、二重詠唱のハデスハンドにより殆ど距離が取れない。

 そして魔王は、更に速度を落としたレイピアの突き刺し攻撃をする前に、反射神経で上回るエミーに腕を切り落とされた。


 それと同時に、俺は横から接近して魔王の額へ剣を刺す。

 エミーを挟んで、反対側からシビラが出て、右脇腹の方を刺していた。

 パキ、と音が鳴る。


 そして魔王は、さらさらと黒い灰になって消えた。


「エミーちゃんが剣を、ラセルが命を、アタシがコアを封じた。いいわね」


「なるほど、シビラはダンジョンコアを狙っていたというわけか」


「ってことは、これで全部終わりました……よね?」


 三人で、魔王のいた場所を見ながら、あの魔王が復活しそうにないことを確認した。

 大丈夫そうだな。


「魔法を使うタイミングと方法、事前通告の通りで上手くいったな。さすがシビラだ、未知の相手でも頼りになる」


「私はラセルが凄いと思うよっ! 防ぐの簡単すぎてびっくりしたし、ラセルなしだと多分ヤバかった。また私、ピンチに助けてもらっちゃった。それに最初の一撃って、きっと……えへへ、嬉しいなぁ」


「んー、アタシはエミーちゃんが一番だわ。使いこなし方も度胸も凄い。何より【宵闇の騎士】自体久々なんだけど、こんなに真面目な性格の子って初めてなのよ。歴代一番の安定感ね」


 俺達は、互いを真顔で見る。

 そして小さく笑うと、両手を挙げた。

 俺の右手はシビラに、左手はエミーに。

 シビラとエミーも、互いの片手を合わせている。


 魔王に勝った……じわじわと、実感が広がってきた。

 三体目の魔王、討伐完了だ。




 マデーラダンジョンに潜んでいた、街を滅ぼす陰謀。

 それを俺達の力で、解決した。

 シビラがダンジョン攻略を先に言いだした時はどうかと思ったが、結果的に魔法も覚えて上々だな。


 さあ、背中の安全は確保した。

 これで多少の無茶をしても、街が人質に取られることはない。

 次はいよいよ本命、『赤い救済の会』だ。


 俺は、あの時の壇上で意思を感じられない幼い少女を思い出す。

 同時に、シビラをぽかんと見上げた顔も。

 俺へと最後に振り返った、その姿を思い出していた。


 マイラ……必ず助けてやるからな。

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