シビラが五つの予想から導き出した、この街の体調不良の原因
「そう、大変だったのね」
「うーん、とーちゃんまたヘマしちゃったみたいだからなー……。でも、反省するって言ってたから、待つよ」
「偉いね。みんなとも仲良くしてね」
フレデリカに撫でられて、少年は恥ずかしそうに頷いた。
シビラは帰ってきてから、フレデリカに子供のことを話した。
父親が犯罪をしてしまったこと、父子家庭であること、そして父親が逮捕されてしまったこと。
……もちろん、『赤い救済の会』の件は伏せて。
俺やエミーを育ててくれたフレデリカは、子供の世話に関しては一日の長がある。
訳ありのこの子を任せても、きっと大丈夫だろう。
俺はその子をつつきながら笑うシビラの横顔を見ながら、帰り際の会話を思い出していた——。
「——街を覆う体調不良の原因が分かったかもしれない」
それは、このマデーラを覆う原因不明の病気。
本来ならばそう簡単には見つからない、最大の謎だった。
「一体、どういうことだ」
「可能性は、いくつか考えていた。予想をするのがアタシの仕事だから」
やはり、事前に複数の可能性を思い浮かべていたのか。
相も変わらず頼りになる奴だ。
「どれも決定打に欠けるなって思ってたけど……ヒントが出てきた」
「それは一体何だ?」
「これを話す前に、事前の予想をアタシから説明するわね」
シビラは指を立てる。
「一つ。病気系の魔法による毒。それをぼんやりと蔓延させること」
「可能性としては?」
「ほぼナシだったわ。大規模すぎる上に、規模の割に効果が弱すぎる。そんな変な魔法ないわ」
それはそうだな。
魔法はダンジョンで使うことを想定している。魔物に長時間吸わせてうっすら効く、みたいな無意味な魔法、あるんだったら聞いてみたいぐらいだ。
「二つ目の可能性は……これは死の呪いを帯びた村などによくある現象なのだけど、村の井戸から毒が検出される場合よ」
「……それは、恐ろしいな」
水は、全ての人間の生活基盤だ。
飲むのはもちろん、料理を作るのも、身体を洗うのも、服を洗うのも、全て水が必要になる。
ただし、シビラは首を横に振る。
「被害が大きすぎるし、『赤会』の連中も被害から避けられない。何より」
シビラは二つに立てた指、その人差し指から小さな火の玉を出す。
無詠唱のファイアボールを地面に落とすと、音もなく消えた。
「普段から魔石ではなく自分の魔法で水を作っている家は、体調不良から免れる。結果、すぐにばれるのよ」
それもそうだな。
普段使っている水に毒を混ぜても、水属性の魔法を使える赤会以外の人間がいた時点で終わりだ。
シビラは三つ目の指を立てた直後に、四つ目の指を立てた。
「三つ目は空気。香料とかに毒を混ぜる方法だけど、孤児院にそれと分かる道具や香りがなかった。四つ目は病気なら直接会話したり触れて移す方法もあるけど、それも赤会の被害が大きくなりすぎる」
「……じゃあ何が原因なんだ」
俺はシビラの指を見つめる。
ここまで勿体ぶったということは、答えを知っているんだろう?
「ヒントと一致した、この手の病気が蔓延する最後の理由——」
シビラは親指を立てて五本の指を開き……ぐっと握り込む。
「——食べ物よ」
その視線は、孤児院の方を向いていた。
帰ってきたのが早いため、シビラもフレデリカと一緒に料理をしたいと手を挙げた。
ただ、シビラの提案にアシュリーは首を横に振る。
「いやいや、お客さんに料理させるとかないですよ! つーか、狭いんですよここ! 建物はでかいのに! キッチンは狭い! ありがち駄目設計ですね!」
「あー、分かるわー。リビング広めに取ったら全然だったとか、洗ったお皿を置く場所を考えてないとか、そもそも俎板を置くことを全く想定していないとか」
「うわー分かります! まさにそんな建物ですここ! 焼く場所置いただけだろ! っていうアレなコレで、基本一人仕事用! だから三人とか無理です!」
横から聞いても、分かるんだか分からないんだかテンションの高い会話が繰り広げられる。
まあ、俺としてはどっちでもいいが……場所を取るのなら別にいいんじゃないのか?
「じゃ、アタシも見させてもらってもいい?」
「面白いものじゃないですよ? むしろ子供の方を頼めますかね? あの悪ガキども、ミートナイフ持ってるときに遊びに来たりするんで困るんですよね」
「あー、それは確かに困るわね。分かったわ。じゃあラセルがキッチンにいて」
キッチンでナイフ持ってる人相手に絡みに来るのは、確かに危ないな……しかし子供っていうのは、どこでも変わらないものだ。
でも何故俺がキッチンに残るんだ。
「ラセル様も、リビングでおくつろぎください!」
「その『様』っていうのを外したら、リビングに行ってもいいぞ」
「じゃあフレデリカさんも気合い入りそうですし、つけたままにしておきますね、ラセル様!」
……完全に会話の選択を失敗した。
十秒前に戻って、やり直したいところだな……。
「そんじゃねフレっち、あの子らはみんなアタシがいい子ちゃんにしておくから、料理は任せるわ」
「はーい、シビラちゃんに任せていたら安心ね!」
フレデリカに手を振ると、早速キッチンに入って来ようとしていた子をくすぐりながら、新たに入ってきた子を手招きする。
「『男は一度打ち合わせれば、友となるのだ』」
「あっ! それ、剣聖アレク様の……!」
「みんなと木の枝で打ち合うの、どうかしら? アタシも強いわよ〜?」
よほど剣聖好きなのか、すっかりシビラの誘いに惹かれた赤会の男の息子は目を輝かせると、一緒にキッチンを出て行った。
部屋の中に、俺とフレデリカとアシュリーが残る。
言ってしまった手前、残って見守るか。
「ふふふ、孤児院の先生ずっとやってるけど、シビラちゃんを見ていると……ちょーっと、へこんじゃうわね」
「エミーも言っていたが、フレデリカから見てもシビラの距離の詰め方は早いか」
「とてつもなく早いわね。ヒントがあればいいんだけど、どう考えても一目見た瞬間に、相手の一番好きそうなことを理解して触れてるのよ。あの才能、欲しいわ〜」
「やっぱフレデリカさんでもあのスピードは無理ですよね。いつの間にかみんな『シビラはどこだ』って言ってるんですよ。マジかよって思いました。マジかよ」
二度言った。よっぽど驚いたんだな。
そんな反応にフレデリカも笑い、野菜を切りながら頷く。
「すごいわよね。どこから分かるのかしら……。アシュリー、砂糖と塩」
「了解です」
二人は会話をしながらも、手際よく調味料を渡したりしている。
お互いが慣れた様子で、料理の連携も申し分ない。
付き合いが長いのだろうな。
俺は後ろでぼんやりと見ながら、何か調味料の棚が引っかかった。
白い粉の瓶が二つ。それから細い葉のローズマリー、白い実の白胡椒……結構調味料は沢山あるよな。この辺りはフレデリカのこだわりだろうか。
砂糖は当然のことながら、瓶に入った白い粉。
ピンクの石は、フレデリカがよく使っているもの。
ミルに入れて、ゴリゴリと削りながら鍋の中に入れていく。
フレデリカがナイフを使い、その間にアシュリーが塩を振る。
普通の料理風景のはずだ。
この違和感は、何だろうか。
もしかすると俺をここに残した理由があるのではないか。
……後でシビラに聞いてみるか。
そのままのんびり見ていると、もう料理は完成していた。
「出来たわぁ! 今日もたっくさん、みーんなに食べてもらえるように作ったわ」
フレデリカが作った鍋の中身は、おいしそうな肉と野菜が浮かぶ料理。
そうか、新しい子が増えたから料理も多めに作ったのか。
剣聖に憧れる元気な少年。間違いなく食べ盛りだろう。
「アシュリーもお疲れ様」
「いやー、やっぱフレデリカさんは最高ですわ。学問の先生やってるのに、料理の腕も先生並ですからね!」
「お勉強はお仕事だけど、料理は好きでやってることだから」
「いい奥さんになりますよ!」
「やだもぉ! この年齢じゃ、もう女神様に捧げちゃった感じよぉ〜」
教会では、シスターの婚姻を禁止しているわけではない。
ジャネットの話によると、男の神を信仰する国ではシスターの純潔を神に捧げるとかで、婚姻はしないという国もあるという。
女神を信仰するこの国では、そういう制約はない。ただし、人生を太陽の女神に捧げて活動するシスターのことを、『女神に人生を捧げる』と言うこともある。
なあ、太陽の女神よ。
これだけ頑張っているフレデリカなんだから、もっといい出会いもあっていいんじゃないかと思うんだが、どう思う?
「……どうした、シビラ」
料理が出来たので配膳しつつ隣に座ったシビラが、何故かジト目でこちらを見ていた。
「なーんか、ツッコミ待ちかなって」
「意味が分からんぞ……」
俺はよく分からないシビラに呆れつつも、フレデリカの料理を口にした。
やや薄味で温かく、フレデリカの性格を表すように優しい味わいだった。
やってきた子も、まだぎこちないが会話しつつ料理を口にしているな。これなら安心できそうだ。
ただ、料理を味わいながらも、どうしても帰り際にシビラが言ったことが気になっていた。
フレデリカがそんなものを混ぜるとは思えないし、アシュリーも毒を入れるようなことはしないだろう。
だが、事実として子供の体調が悪くなっていた。
そしてアシュリーは、子供の体調が治ったことを自分のことのように喜んでいた。
……どうにも、分からないな。
さて、食べ終えたらシビラに先ほどの違和感を相談するか。
セイリスの時のように、一体何が『勝利の鍵』になるか分からないからな。
どんな小さな情報でも、解答へのヒントにしてしまう。
それが宵闇の女神の真価だと、俺は考えている。
シビラが出す分析に期待し、俺は食後の水を喉へ流し込んだ。






