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マデーラの深部に巣くう、敵の影

 マデーラでの二日目の朝。

 窓からの光は鈍く、曇り空が街を覆っている。

 外からは子供の声はなく、その明るさのこともあって早朝にでも起きたのかと錯覚してしまう。

 ……これが、マデーラの朝か。


 昨日の食事中、フレデリカとアシュリーにオークの討伐を報告した。


「シビラ、今日はどうする?」


「そうね……。一応、確認したいことが出来たので、そっちを見てから。エミーちゃんは引き続き、この孤児院を見ていてくれると助かるわ」


「分かりましたっ!」


 俺とシビラは再びエミーに護衛を任せることを、朝食時に二人へ伝える。部屋に戻ると、一通りの装備を整える。


「今日は軽装でいいわ。魔物とは戦わない予定」


「分かった」


 玄関先で、すっかり仲良くなった孤児の子供達の頭をシビラがわしゃわしゃと撫でた。ハグしたり持ち上げたり。

 俺も一人、こっちを見ていた子がいたので軽く頭を撫でておいた。


「英気、養ったわ!」


 シビラは皆に底抜けの笑顔を向けると、手を振りながら孤児院の外へと繰り出す。

 俺も子供達の見送りに軽く手を上げて応え、その背を追って外に出た。

 いざ建物の外に出ると、もうシビラの目は真剣そのものだ。


「今日は街の中を探索するわ、ついてきて」


 俺はシビラに頷き、人の少ない街に足を踏み出した。




 シビラの歩いた先は、街の中心部。

 冒険者ギルドとは近い場所にある、この街の運営を行うような建物が集まった場所だ。


 どの建物を目的にしているのかと思ったが、シビラは建物の陰に隠れるように、細い路地へと足を踏み入れた。

 その手に取ったのは、昨日も散々見たオペラグラス。

 だが……こんな町中で?


 俺が疑問に思うのを余所に、シビラはその道具を持って、とある建物を見る。

 そこにあるものは……。


「郵便ギルド?」


「ええ。少し集中するわ」


 よほど集中しているのか、それから一言も喋らず息の音も聞こえないというぐらい、建物の方を凝視している。

 一体何がそんなに気になるのか。俺はむしろ、隠れてコソコソしていることを怪しまれないかの方が気になるな……。


 何が起こるのかとじっと待つこと十分ぐらいだろうか。

 シビラがようやく声を発した。


「やっぱりね……」


 シビラは立ち上がると、溜息をついて郵便ギルドへと足を運ぶ。

 ……いや、普通に足を踏み入れるのかよ。


 郵便ギルドの建物に入る……かと思いきや、ぐるっと建物の後ろに回る。

 裏側には、ゴミ捨て場があり火で焼けた紙ゴミがあった。

 その黒い塊の中へ、シビラはゆっくりと指を入れる。


「後でキュア、頼むわ」


「分かった」


 洗浄魔法を兼ねた俺のキュアを受けること前提で、身体を汚して何かを探すシビラ。

 やがて目的のものが見つかったのか、いくつか拾った紙片のうちの一つを自分のバッグへ入れた。

 そして手元に残った一番小さいものを持ち、俺へと見せる。


「何だ、これは……手紙?」


「そうよ。手紙の焼けた後。すぐにこうやって崩れちゃうけど」


 シビラが指先をぐりぐりと擦るようにすると、当然のように手紙の燃えカスはぼろぼろと崩れた。


「見ておきたいものは見た、離れるわ」


 よく分からないまま、シビラはその場から離れた。




 建物には結局入らず、誰もいない閑散とした街はずれに、ぽつんとある古いベンチへと腰を下ろす。

 それから溜息を大きく吐いた。


「そろそろ、何をしたかったのか教えてくれ」


「ラセルはどうして、あそこに手紙の切れ端があったと思う?」


「もう読み終わった手紙を燃やしたんだろ」


「ま、そうよねー。じゃあもう一度質問。……郵便ギルドには、連絡事項の手紙のやり取りは少ないから、全部保管する決まりがある。読み終わった手紙を郵便ギルドが燃やすことって、あると思う?」


 郵便ギルドの、決まり……!

 手紙を保管する義務があるのなら、手紙を処分する場所が郵便ギルドになることはないはずだ。

 だというのに、シビラは複数の手紙の切れ端を拾い上げている。


「ずっと疑問だったわ。どうしてこんなに街の周り……つまりダンジョンから魔物が溢れているのに、他の街の上級職に救援依頼が行ってないのか」


 その答えは、一つ。


「郵便ギルドの窓から見えた中の人……赤いんだな?」


「勘が鋭くなってくれて嬉しいわ。ご明察、最初からこの街の中心部に赤会の連中が食い込んで情報統制している。特に郵便を握られているのは痛いわね」


 シビラは灰色の空を見上げながら、自分の前髪に息を吹きかけて揺れるのをぼんやりと見る。

 手の平を空に伸ばしているが、当然女神だからといって、空が掴めるわけではない。

 そういえばあの羽、飛べたりするんだろうか。


「冒険者ギルドから救援依頼は出したけど届かなかった。そして代わりに地元民である赤会の白服どもが討伐しまくった。ギルドとしちゃ、まー魔物倒せちゃったら文句ないんでしょーね。全部なあなあになっちゃった」


 この街の現状を聞きながら、俺も空を見上げる。 

 青空が見えない雲の天井は、ぼんやりとしていて境界が見えない。

 空が落ちてくるかのように圧迫感がありながらも、どこか退廃的で緊張感に欠ける空模様だ。


「何も分からないようで、はっきりと分かったことがあるわ」


 シビラは、伸ばしていた手の平を、ぐっと握る。


「オークは、赤会が調整してる。冒険者ギルドからの救援依頼を絶っているのは、間違いなく『減らされると都合が悪いから』よ」


 その握り拳に、小さな……しかし確かな真実を彼女は握り込んでいた。

 やはりこの街に起こる現象は、最終的にそこに行き着くのか。




「さて、ここからラセルもちょっと動いてもらう必要があるかもしれないわ」


「何だ、言ってみろ」


「アタシは今、ずっとサーチフロアの魔法を使ってるのよね」


 サーチフロア……索敵魔法。ダンジョンで魔物を感知するための魔法だ。

 そうか、誰かが近づいている気配などを察知して見つからないように動いていたってわけか。


 ……なら、何故今その話をする?


 シビラはベンチに座る俺に顔を近づける。……随分と近いな。

 こんな朝の外で、一体何するつもりなんだ、待て、おいやめ——、


「動かないで。尾行けられてる」


 ——ッ、いつの間に……!


 シビラはそのまま、ベンチに膝立ちするように俺の膝に乗る。

 まるで美術品のような顔が至近距離に来ると、さすがに緊張もするな。


 シビラの性格を知っていると、こいつに緊張しているという事実そのものに自分で納得いかなくなってくる……。

 やれやれ、あのシビラだぞ? トンビか何かだと思え自分。


「対処法は今から言うわ」


 どうやらあまり時間もないようだ。

 俺はすぐ落ち着き、シビラに「ああ」と小さく返事をした。

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