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『赤い救済の会』による、女神の書の解釈と行き着いた先

 草原に全く似合わない、場違いすぎる建造物。

 これだけ目立つのに外壁と森に囲まれて分からなかったのが驚くほどの存在感。


 まだ確認したわけではないが。


「『赤い救済の会本部』って呼んでいいだろこれ」


「コレより大きな建物がなければ、本部でいいわね」


「恐ろしい想像をするんじゃない」


 これより大きな赤一色の建造物とか、考えたくないな……。

 シビラはオペラグラスを手に取り、建物を遠くから見る。


「何か分かるか?」


「んー、16階建てってことぐらい。後は、窓とカーテンが閉まっていて、そしてカーテンまで徹底的に赤い。つまり分かることは」


 分かることは?


「マデーラの布屋と塗料屋、赤ばっかり売れていて品薄じゃないか心配ね……きゃんっ!」


 冗談言ってる場合か。

 いや冗談でも言わないとやってられないか。

 カーテンまで赤いとなると、本当に何もかも徹底して赤いんだな。


 赤の何がそんなに救済に繋がるのやら。


 ……ふと、そのことを気にして気付いた。

 そもそも俺は赤い救済の会というものがどういうものか、まだ外見以外知らないことに気付いた。

 ジャネットは赤い救済の会という存在と対処方法だけ知っていた。


「なあ、シビラ。赤い救済の会が『上納金つきの上位ランクになると救われる』とかいう怪しい集団ってのは知ってるが……どうして連中は赤ばかりそんなに信仰してるんだ?」


 シビラなら、もしかすると知っているんじゃないかと聞いてみることにする。


「そうね。例えばラセルは、『空が泣いている』って言われたらどう思う?」


 いきなりまたよくわからん話に飛んだぞおい。

 ……いや、よくわからない話のようで、シビラが今この話をしたということは、関係ある話なのだろうな。


「空が泣いているのは、女神が涙を流している……というわけではなく、単に雨が降っているだけだと思うが」


「いいわね、そのドライな反応。それじゃあ身体からワインが溢れるっていうのは?」


 ワイン……ワインか。

 それ自体は赤い酒を表現しているが、身体からワインが流れるとなると……。


「赤い血が流れているということじゃないのか?」


「正解〜!」


 シビラは満足そうに頷き、俺を試すように見る。

 今の話に、何か考えるようなポイントなど……いや、待て。


「ワインは、赤い?」


 シビラの口角が、ニッと上がる。当たりのようだ。

 だとすると……。


「『赤い救済の会』は、教義である『女神の書』のワインが流れた部分を、流血ではないと解釈しているのか?」


「アンタもやるようになったわね。正解よ」


 勘は当たっていたようだ。

 シビラが視線を、再び赤い建物へと戻す。


「『女神の意志を受け継ぎし者により、人型の人ならざる者はこの地より離れる。産み落とされた恵みだけが残り、人々には赤いワインが注がれる。こうしてその土地には永久の平和が約束され、人はその恩恵のみを得られるようになったのである。』っていうのが、多分その一節なんだけど」


「シビラは、あの書物を暗記しているのか」


「してないと思う?」


 してるに決まってるよな、そもそもお前が女神だし。

 俺も聖者だっていうなら暗記した方がいいのかもしれないが、やはり太陽の女神に直接でも謝りに来てもらわないと、今更覚える気はないな。

 この宵闇の女神と誓約を結んでいる以上、必要にも感じないし。


「話を戻すわね。問題は、その部分の解釈なのよ。人型の人ならざる者というのが、魔王。産み落とされた恵みが、ダンジョン。赤いワインが血であり経験値というのが、解釈……というか正解よ。貴族のことを青い血と呼ぶように、平民へ平等に与える恩恵を赤い血に例えたわけ」


 なるほど、言っている内容はしっかり辻褄が合うし、人々への教えになる。

 平民でも貴族でも、女神の職業ジョブを得てダンジョンの魔物を倒せば、平等にレベルが上がる。

 その女神の意志というのが、魔王討伐でありダンジョン攻略なんだな。


「ところが、この人型の人ならざる者を、『人型で人じゃないのなら、女神なのでは?』というトンデモ解釈したのが、赤会の連中ね」


 ……ここで『赤い救済の会』に戻るわけか。

 先ほどの話だと魔王だった存在が、今度は女神になってしまったな。


「だからワインが、この地を離れた遠い世界の女神が、人々に直接ワインを与えているみたいな、そんな解釈しているの。女神は直接具体的に説法しにきてるわけじゃないから、解釈は自由なのよ。……だけど、全身赤にして金積む信者囲うって、そりゃやりすぎだわ」


 同じ文章が、見方一つでそんなに変わるとは……。

 教義の原本というやつは、なかなかに扱いの難しいものだな。


 『女神の書』自体は、絶対の存在。

 だが『女神の書』を利用する人間自体は、絶対の存在ではないのだ。

 しかし、その人間が『女神の書』のことを話すと、女神の教えを代弁しているかのように感じてしまう、ということなのだろう。


 ……その結果が、この上納金組織になっている、というわけか。


「上部の連中は、あまり信仰心でやってるわけじゃなさそうだな」


「それも案外わかんないのよね」


 シビラから返ってきた回答は、意外なもの。

 もっと散々に叩くかと思っていたが。


「あんたはアタシを何だと思ってるのよ。連中の狂信っぷりがヤバいのは、それだけ『太陽の女神の上位存在が存在する』という解釈が真に迫るものがあるからよ。他にもいくつか気になることはあるけど……」


 シビラは俺の方まで下がってきた。


「おっと、建物から出てきた人の反応があるわ。あんまり見られるのも嫌だし、一旦街に帰りましょ」


「分かった。しかし、あの怪しい建物に潜入したりはできないものだろうか……」


「できるわよ?」


 そうか……。


 ……ん?

 今、『ランチは肉にする』ぐらいのノリで、簡単に返事されたような……。


「潜入捜査できるわよ、当たり前じゃない」


「お前の当たり前の基準に俺を巻き込むな。どうすればいいんだ」


 シビラは楽しそうに笑うと、一人で黙々と先に進み出した。

 ……やれやれ、もう少し付き合ってやるかな。




 その後マデーラに帰り、シビラが真っ先に向かった先。

 その店で買った物を見て、俺はすぐにシビラの考えを理解した。


 人通りの少ないところまで行き、俺は渡されたものを着る。


「……市販品だったんだな」


「赤くないから、内部で作ったわけじゃないと思ったのよ。当たりだったわね」


 そう。

 俺達は、顔を大きく隠せるほどの、全身を覆う白い布のローブを着ていた。

 『赤い救済の会』が、今は赤い服を最初に隠して勧誘している、そのスタイルを逆手に取ったというわけだ。


 これで、あの建物に入っても怪しまれることはない。

 さあ、怪しい建物の内部、しっかり見させてもらおうか。

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