俺は久々に、信頼できる女神に背中を預ける
「さて、いざ討伐任務を受けたわけだが当てはあるのか?」
俺はシビラに、当然となる魔物の出現位置のことを聞いた。
さすがにどこにいるかも分からないのに、この広い平野を歩く気にはなれないぞ。
「一応索敵してるけど、範囲は知れている。魔法って基本的に、ダンジョン攻略向きになってるって前言ったわよね。だから外に出るときは、外のための道具も必要になる」
そう言ってシビラは、小さな板状のものを持ち出した。
「……それは?」
「オペラグラス、遠くを見る道具よ。歌劇を遠くから見るために貴族が持ってたりするもの」
それはさすがに知らないな……。
その貴族向けの双眼鏡を、劇ではなく外の魔物を探すために使うというあたりはこいつらしい。
「一応この道具がなくても、当てはあるわよ。アタシ達はセイリスから北東に進んで、マデーラの街に南から入ってきた。恐らくオークは、南側にいるはず」
「理由は?」
「赤会の連中、なんであの場所にいたと思う?」
また急に話が飛んだなおい。
普通はオークに襲われていて立ち往生し、司祭を守っていたと考えるのが妥当だ。
そういえば、その直後に勧誘されたんだったか。
……まさか。
「あそこで、俺達みたいな馬車を待っていた?」
「勘がいいじゃない。多分そうよ、だからオークが一匹も倒されていなかった。通りかかった旅人にオークをけしかけて、それを赤会が助けた上で勧誘したんじゃないかしら」
なるほど……あの司祭の子はともかくも、他の白い布を被った連中は危ない状況に陥っているような様子なかったものな。
そうか。あの時の俺達は、恩を売られる寸前だったのか。
今更思うが、心からフレデリカについてきてよかったと思えるな……。さすがに魔物の襲撃から助けられた上で、勧誘を断るのはやりづらいだろう。
「……おっ! 第一村人もといオーク発見!」
シビラが楽しそうに声を上げて、道を進んでいく。
ようやく、一体目か。
俺もシビラに並んで、剣を握りしめた。
肉眼でも確認できるようになった。
オークは……こうやって見ると俺より背丈が低いな。
シビラのほうをじろじろ見ていたので、その姿を隠すように俺が前に出る。
……おいシビラ「ふふっ」とか笑ってんじゃない、勝手に変な想像するな。
気を取り直してオークの方を見ると……明らかに先ほどより機嫌が悪そうな顔をしていた。
「魔物のくせに生意気だな、かかってこいよ」
『グガァ!』
言葉でも理解したかのように、俺の手招きで襲いかかってきたオーク。
手に持った粗悪な木の棒を軽く打ち払い、首を切り飛ばす。
俺の闇属性の剣にかかれば、こいつらの身体の防御力などないようなものだ。
「終わったぞ」
「結構。それじゃ次々来るから仕留めるわよ」
シビラが顎で指した方には、更にオークが二体……三体、もっと来ているな。
先ほどのオークが叫んだ声で、集まってきたのだろうか。
だが……問題ない。
「多少役不足だが、相手になってやろう」
俺は剣を構えつつ、左手を前に向ける。
「《ダークスプラッシュ》」
二重詠唱で撃った闇の散弾が、オークの身体に叩き付けられる。
視界の範囲にいた三匹は、当然のように一撃死。
随分と手応えのない魔物だな。
俺が後ろを振り返ると……シビラはシビラで、二体のオークを火だるまにしていた。
「けっこー集まってきてるわね」
「分かった。俺の背中をお前に預ける、乗り切るぞ」
「ふふっ、アタシに指示なんて生意気!」
嬉しそうな声色で返事をした直後、俺の首がシビラの後頭部の感覚を拾った。
次に背中からの、軽い圧迫感。
今、シビラと背中合わせになっている。
……なるほど、悪くない。
俺の背後をこいつが守ってくれるのなら、俺も前方だけに意識を集中できるな。
「どっちが沢山討伐するか、競争しましょ!」
「俺に勝てると思っているのか?」
「アハハ、すっかり言うようになったじゃない! 《ファイアジャベリン》!」
最後まで妙に楽しそうな声を上げて、シビラは戦い始めた。
それじゃ俺も、言った手前意地でも負けたくないから、頑張らせてもらうかな!
「《ダークスフィア》、《ダークスフィア》……」
(……《ダークスフィア》《ダークスフィア》)
剣を一旦地面に刺した俺は、かつてアドリアの最下層ボスを討伐した時のように、両手から魔法を連続発射させた。
着弾と同時に黒い爆風が広がり、巻き添えを受けたオークがばたばたと倒れる。
……心なしか、この爆風かなり大きくなっていないか?
途中で大きめのオークが混ざった気がしたが……ダークスフィアの直撃と爆風を受けると、小さい個体と差異なく倒れていった。
ちなみに後ろのシビラも、問題なく討伐しているようだった。
時々魔法の名ではなく「はァッ!」というかけ声があるところからして、剣も当たり前のように使ってるよな。
それでちゃんと戦えているんだから、お前もお前で本当に魔道士なのかって感じだぞ。
本当に普段のお前ときたら、どこまでも女神らしさがなくて……誰よりも頼りになる相棒だ。
……ものの数分ほどだったが、辺り一面はすっかり緑の魔物の死体で埋め尽くされていた。
シビラは早々に、嬉しそうな顔で耳をさくさく切り取りに行っていた。
「自分から言っておいて、どちらの討伐数が多いか数えないのか?」
「あら、そぉ〜んな昔のこと覚えていたのぉ〜〜〜っきゃん!」
誰が聞いても俺の方が多かったと分かる、シビラらしい反応に感謝する。
お礼にチョップをくれてやろう。
ふとシビラが、オークのうちの一つを見て動きを止める。
「どうした?」
「……これ、グレートオークかしら。明らかに他の個体より大きいわね」
「ああ、大きめの個体がいたな」
シビラはその個体の耳を切り取った後、俺を見て……俺の視線から直線上の向こう側に視線を合わせると、オペラグラスを再び取り出した。
「ラセル、もうちょい歩くわ」
「分かった」
何かに気付いたのだろう。
俺は再び、シビラの向かう先へと進んだ。
ある程度歩いたところで、シビラはふと難しい顔をする。
「これ、なんだか帰ってる気がするわね」
「マデーラにか?」
シビラは頷いた後、考えるポーズを取る。考えがまとまると、俺の近くに来て腕を取った……って近いなおい。
「ラセル」
「何だ」
「ウィンドバリア」
シビラに突然言われた、防御魔法の名前。
驚きつつも、しっかり二重詠唱で《ウィンドバリア》を張る。
「……何故だ?」
「もしも……もしもよ」
「ああ」
シビラは顔を近づけ、その驚くべき予想を呟いた。
「オークが意図的に、外に溢れさせられていると言ったら信じる?」
「……そんなこと、許されるわけないだろう。第一不可能だ」
「そうね、だからこれはあくまで仮定の話」
腕を組んだまま、遠目には恋人のささやきのような姿で、更にとんでもないことを言い放つ。
「もし人間の手で外にオークが溢れているのなら、次に狙われるのはオークより強いアタシ達かなって、そう思ったの」
あまり考えたくない想像だな……。
だが、シビラが可能性として考えたということは、ゼロではないということなのだろう。
「アタシだって、こういうことを疑いたいわけじゃないわ。だけど、そうなると当然、疑う相手は限られてくる」
「……まさか」
シビラが視線を向けると、マデーラの街……から少し外れた場所に、それはあった。
広い平野を潤沢に使った、妙に巨大な建物。
縦にも横にも広いのはもちろんのこと、高さも半端ない。何階あるんだこの建物。
だが、何よりも目を惹くのは……その建物の全面が、真っ赤に塗られていること。
「露骨すぎる建物が出てきて笑いそう」
ああ……全く同意するしかないな……。
マデーラの街からは見えなかった場所に、明らかに『赤い救済の会』関連だろっていうぐらい、不自然な建物があった。






