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この街のかつての姿に思いを馳せ、俺達は討伐任務を受ける

 シビラの言葉の中には、既に相手の情報があった。


「オーク?」


「ええ、あの豚の顔をした、緑の肌の魔物のことよ」


 なるほど、現段階で既に魔物の情報は知っているというわけか。


「ゴブリンに比べてそれなりに耐久力があるとはいえ、あまり強くないのはエミーちゃんでも分かったと思うわ」


 シビラの説明にエミーが頷く。俺が相手にしても問題はなさそうだな。


「今日中に向かいたいが、シビラはどうだ?」


「いいわよ。ただ、状況を考えるとフレっちを一人にするのは避けたいわね」


 確かに……魔物の襲撃はもちろんのこと、『赤い救済の会』と会ったばかりだからな。

 俺達三人がいない状態を見逃してくれるほど、生ぬるい連中だとは到底思えない。


「あ、じゃあ私が残ります」


 そこで立候補したのは、なんとエミーだった。

 これにはシビラも珍しく驚いていた。


「いいの? エミーちゃん。ラセルと組むのはエミーちゃんでもいいのに」


「ううん。私も、今のこの街が謎だらけなのは分かるよ。こういう時にラセルが実力を発揮するためには、シビラさんが隣にいるのが一番だと思うの」


「……本当に、いいのね?」


「もちろん。フレデリカさんを守るとなったら、私が一番向いてると思うし」


 シビラはエミーの発言を受けて目を閉じると、数度頷いて手の甲を前に差し出した。

 エミーはきょとんとその姿を見ると、嬉しそうに手の甲を軽く合わせた。


「任せなさい! アタシもここの子たちと早く遊びたいし、一気にいろいろ暴いて解決してやるわ」


「はいっ!」


 エミー……俺を守りたいがために、不安定になることも多かった聖騎士の幼馴染み。

 今の彼女は、かつての時より一段階大人になったように感じる。

 俺がシビラに影響されたように、エミーも影響されたのだろう。


 これで、懸念事項はなくなった。


「よっしラセル、行くわよ!」


「了解だ」


 エミーがフレデリカ達を守るために合流したのを見届けると、俺とシビラは孤児院を後にした。




 曇天の空の下、俺達は人通りの少ないマデーラの街を歩く。

 誰もいない街が異様であることは分かるが、初めての街であるため普段の姿が全く想像できないな。


「シビラはこの街を知っているんだよな。前来た時はどうだった?」


 俺の質問に、細く長い溜息を吐きながら立ち止まる。

 そして、道の脇にある排水溝とポストの間を足の裏で叩いた。


「ここに、紙芝居のおじいさんがいたわ。もう大分前だから、とっくに亡くなってると思うけどね」


「……」


「『減るモンじゃねぇし、サクラは多い方がいいんだよ』なんて笑って……だから、そこの孤児院の子にも平等にしてくれた。奥さんが、子供の好きな揚げ菓子を売っていて、孤児の子には小さな切れ端を最後にあげるの。みんなそれを、楽しみにしていた……」


 シビラは下げた視線を戻し、ぐるりと見渡す。

 その視線を追っても、周りには子供達の姿や買い物をする母親どころか、もはや子供の声すらしない。

 まるで幽霊街ゴーストタウンだ。シビラの言った話が同じ街の話なのかすら、分からなくなるほどに。


「シビラ」


 俺は、彼女の名を呼び、視線を自分に向けさせる。


「必ず、俺達の力で元に戻すぞ。紙芝居屋が儲かるのなら、二代目だっているだろう。この街の問題を解決すれば、ベニーもその友人も、見に来るようになるだろ」


 目を見開いたシビラから顔を背けるように、誰もいない道の先を見る。


「だから、さっさと行くぞ」


「……ふふ、生意気。そうね、さっさとこんなの終わらせましょ」


 シビラの靴音を聞いて、俺達は肩を並べて歩き出した。


 お前みたいな脳天気な子供好きには、暗い顔は似合わない。

 さっさと孤児達にタメ口で遊ばれる、威厳も陰りも宵闇っぽさのカケラもない、いつものお前に戻ることだな。




 冒険者ギルドには、受付の男が一人という閑散とした状態だった。

 まずシビラは受付の姿をじっと見た後——あまりじろじろ見るんじゃない——自分のパーティーを公開した。


 俺達のパーティー名は『宵闇の誓約』で、Aランク。


 このランクが高いほど、依頼内容の話を詳しくしてくれるようになるし、発言権も上がる。


「Aランクの方に来ていただけるとは……」


「孤児院の救援依頼を受けた、教会管理メンバーの方の護衛よ。オークの依頼、あるわよね?」


「さすがAランクの方、耳聡い。オークはここ数ヶ月、急激に増え出した魔物でして……」


「ダンジョンならいざ知らず、街に近い場所で溢れた魔物は危険扱いを受けるわ。他の街に依頼は出しているのよね」


「勿論そのはずです。しかし、未だ返事はなく……」


 ダンジョンの魔物は、基本的に外に出てくることはない。

 それが溢れ出した時点で、どこかのダンジョンが飽和状態に陥っているのだ。

 そのダンジョンを調査し、可能な限り魔物を減らす……それが冒険者ギルドの戦士達の役割である。


 オークは大して強い魔物ではなかったはず。

 なら何故、余所の街は救援を出し渋るのか……。


「……分かったわ。とりあえずこの街にもダンジョンはあるけど、そっちはいいのよね」


「はい。そっちはゴブリンと、ブラッドウルフぐらいですので、地元の冒険者達で処理しております。オークの討伐依頼もあるのですが、なにぶん範囲があまりに広く」


 シビラはここで、孤児院に居たときと同じように考えるポーズを取った。

 ……何か今の情報で、分かったことがあるのだろうか。


「オークだけど、明確な被害ってあるかしら」


「討伐報告はあれど、被害報告は……あまり大声では言えないのですが、女性が狙われている、ぐらいですかね」


「結構」


 それからシビラは、受付の男に顔を近づける。

 シビラの顔が至近距離になり、生唾を呑み込む受付の男。


「それじゃ、他の討伐者のこと、教えてもらえる? 姿とか特徴とか」


「い、いえ……さすがにその情報は……」


「なるほど、ね。あんたが処罰されないよう、気に掛けてあげる。……今からあんたはイエスもノーも言わなくていいし、首を縦にも横にも振らなくていいわ」


 シビラはよく分からないことを先に言った後……男に強烈な一撃を囁いた。


「オークを討伐してる人って、全身白い布でしょ」


 男は直立不動のまま……驚愕を隠せず瞠目した。


 言葉も喋ってないし、首も動いていない。

 だが、俺ですら明確に分かった。

 これはイエスという返答以外の何物でもないと。




 冷や汗を流す受付の男に軽く謝ったシビラは、討伐依頼を受けてギルドを後にする。

 街の外に出たところで、小さく「よし」と呟き俺へと振り返る。


「人影ナシ、視線も届かないわ。ここからは闇魔法オッケーよ」


「了解だ。《エンチャント・ダーク》」


 俺は右手に構えていた剣に、闇属性を付与する。

 どんな防御も容易く切り裂く、【宵闇の魔卿】にだけ使える剣だ。


 さて、オークの討伐に行く前に確認したいことがある。


「シビラ。あまり目立つことは避けたいが、俺はこの街全体に治療魔法をかけるのも手だと思う。ばれないだろうしな……どう思う?」


「それは当然、アタシも思ったわ」


 シビラは再び考えるポーズをして……首を振った。


「だけど、やらない方がいい」


 意外な回答だった。シビラのことだから、ぱーっとやってしまえと言うと思ったのだが。


「理由を聞いてもいいか?」


「誰がやったかわからない匿名の功績は、声が大きい奴に利用される可能性があるからよ」


「匿名の……功績?」


「そ。……だから今回の任務は厄介なのよね。アタシも本腰入れて、争う必要が出てくると思うわ」


 俺はシビラの発言を聞いて、ようやくシビラが恐れている事態を理解した。


「つまり治療の功績を、赤い救済の会に利用される可能性がある。『我々赤い救済の会が街の治療をしました』ってね」


 それだけは、避けなければならない。

 ……確かにこれは、厄介な任務だな。


 ただ、同時に俺はシビラの言葉に期待を寄せる。

 この女神が本腰を入れるのなら、『赤い救済の会』の後手に回ることはないだろう、と。


 ——案外、最後は赤会自体なくなっているかもな。

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