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送り出す側の心情を見る。そして俺達はマデーラの事情を聞く

 奥の応接間に入ると、外観通り元の建物は立派なのか、それなりの広さがあった。


「まずはフレデリカさん、すぐに来ていただきありがとうございます。その……アドリアから心強い仲間も来ていただいて、本当に嬉しい限りなのですが、セイリスの汚職といいますか……そちらはどうなったのですか」


 教会の管理メンバーとして各地の子供達を教えているフレデリカは、セイリスの神官に孤児院を任せて、俺の出身地であるアドリアに戻ってきた。

 その直後……セイリスの神官は、孤児院の財産を持って逃げ出したのだ。


「こっちもすぐにヘルプ欲しかったんですけど、セイリスの話を聞いてびっくりして。だから、しばらくは寝不足でもがんばるぞーと思って気合いを入れていたところなのですが」


「ふふっ、それがね……」


 孤児のうちの一人、イヴは本当に才能のある子だった。

 ただ、彼女はチャンスに恵まれなかっただけなのだ。

 そのチャンスをシビラが与えたことにより、【アサシン】のイヴは実力をつけ、遂に魔王討伐における最後の鍵となった。


 それらの事情を伝える。

 ……もちろん、諸々の後ろ暗いスリなどの出来事は伏せて伝える。


「セイリスの孤児が、冒険者の有力パーティーに勧誘された!? す、すごいですねそれ」


「ええ。私が到着する頃には、イヴちゃん身なりも綺麗に整って、【アサシン】レベル21という私でも勝てないぐらい、凄まじい実力者になっていたの。ここまでの流れを全部やってくれたのが、こちらのとっても素敵なシビラちゃん!」


 話を振られ、堂々と手に腰を当ててドヤ顔で威張るシビラ。


「そう、全てアタシのお陰ってわけ! 全力で褒めていいわよ!」


「すごい、偉い、最高! シビラさん尊敬します! 女神様です!」


「おっノリいいわね、気に入ったわ! アタシは女神様だからねー!」


 シビラの軽い振りに、全力で乗っかるアシュリー。

 こういう時に遠慮するどころか堂々と褒めろと言い放つあたり、ほんとお前らしいよ。


「ってわけで、私のやることはもうなくなっちゃったの。イヴちゃんは、セイリスの冒険者にとって欠かせない人材になった。もうあの子は、私の手を離れて自立したわ」


 最後にそう言うと、フレデリカは寂しそうな顔をして微笑んだ。


 ……きっと妹や娘みたいに思っていた子が、自分の手を離れていった感覚があるのだろう。

 それでもフレデリカは、あの子の新しい道を祝福している。


 今まで何人も、こうやって育てて見送ってきたのだろう。


 ああ、そうか……その中には、俺達四人組もいたんだったな。

 フレデリカは別の場所に行っている時期もあるとはいえ、アドリアにいる時期が比較的長かったように思う。

 俺達を送り出した時には、今のような表情をしていたのだろう。

 もしかすると、もっと寂しそうな顔をしていたのかもしれない。


 だが、フレデリカは見送りの日も、最後まで笑顔で手を振っていた。

 ……本当に、強い女性だ。


「セイリス、自立ですかあ。教会にとって、孤児院の子が自分でお金を稼ぐのって最終目標ですからね」


「……ええ、ええ。本当に良かったわ。ちなみに今日こっちに来るのも一人のつもりだったのに、シビラさんがその場で判断してくれて、三人とも来てくれることになったのよぉ」


「シビラさんって、色々孤児とは思えないぐらい凄いですね。実はどこかで勉強してたり、偉い人だったりするんですか?」


「ま、アタシは自分のこと女神様だなって思ってるけど、見ての通り両親知らずの普通の魔道士の美少女よ」


「自分で自分のこと美少女って呼んでるの、嫌味にも感じないぐらいマジで美少女ですねほんと……」


 さらっと自分のこと女神様だと思ってるとか言ってるが、お前は自分のこと女神様だって誰よりも知ってるだろ。

 どの口が……シビラの口だから、もちろん平気で言うよな。


「さて、こちらの状況はお話ししたとおり。このマデーラの街を軽く見て回ったけど、前までこんなに暗くなかったわよね。どうしてかしら」


 フレデリカが、本題のこの街の話に切り込んでいった。

 その瞬間、アシュリーは溜息を吐きながら机に突っ伏した。


「聞いてくださいよぉ〜……もーほんと、最近大変で……」


「はいはい、愚痴モードは夜にたっぷり聞いてあげますからねぇ。今はみんなもいるし、真面目にね」


「……うっす、了解です」


 よほど堪えているのか、少し返事に詰まりつつもアシュリーは再び起き上がって街の事情を話し始めた。




「まず、見ての通りですが、人が全然いないです。これはもちろん、人がいなくなったからではありません。外に出るのを自然と避けているのです」


 それは、俺も感じた。

 周りの建物には、ちゃんと人が居るようなのだ。

 老人ばかりという雰囲気でもないし、実際に屋内から子供の声が聞こえてきた家もあった。

 だが、誰も家から出て来ないのだ。


「一つは、少し流行り病があることでしょうか。簡単な風邪なので症状は軽いのですが、伝染るとまずいので皆外を避けています」


 風邪か、ならば出歩きにくいのも仕方はないな。

 伝説の聖女の魔法らしいので、あまり迂闊に使うのは良くないとは分かるが……俺が全員を治してしまっても構わないんだよな。

 その辺りは、シビラの判断も仰ごう。


 軽い症状なら、治まるだろう……そう思っていると、アシュリーが話を続けた。


「もう一つ理由はあります。魔物がダンジョンではなく、街の近くに度々出るんです」


 その答えは驚くものであると同時に、納得するものでもあった。

 なぜなら俺達は……。


「ちょうど馬車で街へと道を進んでいる途中で、私達も魔物に襲われたのよぉ」


「えっ、フレデリカさん大丈夫だっ……たから、今ここにいらっしゃるのですよね。ええと、皆様が?」


「そうよぉ。シビラちゃんから護衛を提案されていなかったら、今頃あの豚人間みたいな魔物にやられていたかもしれないわぁ」


 豚人間、という言葉を聞いて、アシュリーはすぐに顔を顰めた。


「う……それはよくご無事で……」


「……どうしたの? あの魔物、そんなに危険な魔物なの?」


 アシュリーは、おずおずとフレデリカの方を見ると、困ったように目を逸らしながら答えた。


「あの魔物、女に対して服とか破ってくるみたいで、気のせいか妙にいやらしいって聞いたんですよ……。フレデリカさんとか、まさに、その……危なかったのではと……最終的には助けが入って、変な被害者はいないんですが……」


 女の衣服を破く、いやらしい魔物……それは、確かに嫌だな……。

 このパーティーなら、狙われるのはフレデリカに限らないか。

 うん、今度は積極的に俺が倒しに行こう。


 エミーは恥ずかしそうにしつつも嫌そうな顔をしていたが、シビラは無表情で首を傾げている。

 ……何か引っかかったか?


「そんなわけで、買い出しとかも男性が多いですね。うちでもそうしたいところだったのですが、なにぶん私一人しかいないもので。女性でも二人なら安心ですし、街の中までならまだそこまで不安はないですから。白服の人達とかは出歩いていますけど、その人達もよくわからない感じで、それも出歩きにくい一因になっています」


 白服……間違いなく『赤い救済の会』だな。

 この辺りは、事前に聞き、同時に自分たちの目で見た情報どおりだろう。


 マデーラの現状を聞いて、いろいろと事情が掴めた。

 この街を襲っているのは、様々な『原因不明の不安』というものだ。

 聖者は病気も治せるが、心の病気だけは手の出しようがない。


 シビラは今の段階で既に考察できるだけの情報があるのか、それまでとは違い真剣な顔で口に指を当て、じっとテーブルの上を見ている。

 俺では解決策など全く出せないが……頼りにしてるぞ、相棒。


 テーブルの上ですっかり冷めた紅茶を飲みながら、窓の外の曇り空を見る。

 昼間なのに薄暗いマデーラを眺めながら、この街を覆う後ろ暗い空気を晴らせないものかなと考えていた。




 アシュリーに泊まる空き部屋へと案内された俺達。

 フレデリカは、まだアシュリーと細かい話を詰めるようだ。

 今回は教会関係ということもあり、ダンジョン探索とは違い俺の独断で動く気にはならない。エミーも、元々そういう提案をすることは稀だったように思う。

 こういう時は、やはりこいつだ。


「それで、シビラ。どう動く?」


「んー、まだまだいろんな情報が欲しいところだけど、とりあえず今日明日中にやることは決まったわ」


 既に方針が固まっていると聞いて、エミーと目を合わせて頷く。

 俺は指を立てたシビラの提案に乗ることにした。


「マデーラの冒険者ギルドに行きましょう。ほぼ確実に、豚人間オークの討伐依頼があるはずよ。まずはそこで最新の情報を集めつつ、ガンガン狩っていくわよ」

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