新しい出会いを期待しても、決して良い出会いばかりではない
5章スタート、シビラ多めの章予定です。
セイリスから出る馬車に揺られること数時間。
すっかり海など見えなくなった外から目を離して、俺達は馬車の中に深く腰掛けた。
めまぐるしい日々だった。セイリスに着いたのが、つい先日だったように感じる。
……いや実際に先日着いたばっかりだぞ。
シビラがどんどんダンジョンの難関部分を攻略して、猛スピードで魔王を追い詰めただけだ。
ふと、魔王を倒した後のダンジョンがどうなるかということが気になった。
そういう分からないことは、目の前のすっかり見慣れた、知識豊富な女神兼相棒に尋ねるに限る。
「なあシビラ、セイリスの魔王を倒して良かったのか? これからイヴは『疾風迅雷』の世話になるんだろ? 魔物がいなくなったら大変じゃないのか」
俺の質問に、短めの銀髪を揺らしながらシビラは答える。
「ああ、そのことね。魔王を倒してもダンジョンから魔物はいなくならないわ」
……そうなのか?
俺が疑問に思うと、それを読んだようにシビラは頷いた。
「魔王がいるうちは、ダンジョンの拡大が進む。そしてダンジョン内部の魔力が飽和すると、外に魔物が出てくるようになるのよ」
シビラの話によると、ダンジョンの魔物を減らす最大の理由は、その自然発生した魔物を減らすことによって、街の安全を守るということが第一の理由。
日々魔物を生み出し続けるダンジョンは、定期的に狩らないと魔物が溢れ出してしまう。
俺の隣に座っていた、幼馴染みの【聖騎士】であり【宵闇の騎士】となったエミーが身を乗り出してシビラに尋ねる。
「じゃあシビラさん、魔王を倒す理由は何なんですか?」
「そうね。単純な話、ダンジョンの外に魔物が溢れ出しにくくなるのよ。魔王のいる方が一ヶ月で溢れ出すとすれば、魔王のいない方は数百年ほど放置しても溢れ出すことはないでしょうね。もちろん冒険者が食いっぱぐれるほど減ることはないから、安心していいわよ」
数百年の安全……それは凄いな。
魔王を倒すことによって、周囲の長期の安全がそこまで保証されるのか。
セイリスの綺麗な町並みが魔物に壊されることは、しばらくないと見ていいだろう。
俺はそこで、ふと気になることを聞いた。
「この情報が秘匿されている理由は?」
シビラはその質問を受けて、なにか別のものに想いを馳せるように外へと視線を移した。
「……この情報を公開すると、何が起こると思う?」
「何って、そりゃ魔王を討伐するために、いろんな奴らが威信をかけるんじゃないか?」
「そうね。そして魔王討伐を目的に、正義感から本気を出す人が出る。……そういう人ほどね、無理をして先に死んでいくのよ」
その回答に、聞いていた俺達は納得して二の句が継げなくなる。
……そうだな、魔王討伐に明確な理由があると知ると、無理する奴がきっと現れる。
それならば、秘匿したまま無理の無い範囲で活躍してもらった方がいい……そういうことだろう。
恐らくこれは、ギルドに指示を出している王家とも同じ考えなのだと思う。
街にあふれ出ないように、しかし魔王討伐を理由に命を散らさないように。
「だからアタシ達みたいなのが、空の見える地上を守るために頑張るのよ」
魔王を倒す目的、か。
英雄譚の憧れとしてしか『魔王討伐』というものを考えたことはなかったが、そう言われると気合いが入るな。
——【宵闇の魔卿】という、闇魔法の力を持った者として。
ちょっと前までの無力な俺では、到底考えられなかったことだ。
今は、この役目を与えられた責任感すら心地よい。
「ラセルはそこまで緊張してなさそうだからいいけど、エミーちゃんは絶対無理しないこと。魔王と人類の戦いは昨日今日の話じゃないんだから」
「うっ、肝に銘じます……」
俺と違って真面目に気合い十分といった様子だったエミーは、シビラの一言に金髪の頭をぽりぽりと掻いた。
そうそう、戦う前から緊張しても仕方ない。
俺達の出来る速度で、無理なく確実に頑張っていけばいいだろう。
何故なら、生きていればチャンスがあるから。
そうだったよな、相棒。
話題が一通り終わったところで、シビラが手を叩く。
「はい。そんなことより」
魔王の話を『そんなこと』とあっさり言ってのけたシビラは、今まで聞きに徹していたフレデリカの方を見る。
フレデリカは少し驚いたように自分を指差し、桃色の髪を緩やかに傾けた。
今回の旅の目的は、孤児院の頼れるお姉さんであるフレデリカに付いていくこと。
つい昨日知ったばかりだが、フレデリカは教会孤児院の管理代表メンバーの一人であり、様々な孤児院の手助けをしている偉い人だった。
人は見かけによらないものとは、こういうことを言うのだろう。
「そうねぇ。今回救援依頼が来た街は、マデーラというの」
「うわ、マデーラ? 大変なところね」
「なんだシビラ、知っているのか?」
シビラは難しそうな顔をして、マデーラの知っている事情を話し始める。
「見慣れない人が増えた、という噂は聞いたわ。どこか街に活気がなくなっているとも」
「ずいぶんぼんやりとした情報だな……」
このシビラが、人間が増えた、程度のことでそこまで警戒するとは思えなかったが……当のシビラはかなり嫌そうな顔をしている。
「魔物と違って、人間は疑っても倒したり、無理矢理調べることができないわ。それで厄介ごとに巻き込まれることもあるから、注意したいところなのよ。だから魔王も厄介だったじゃない」
なるほど……そう言われると、納得するものがあるな。
どんなに強くても、倒しさえしてしまえばいい相手に比べて、疑いづらい相手は調べるのが難しいのだ。
気をつけないとな。
それから、フレデリカが興味深そうにセイリスの魔王のことを聞いてきたので、昨日までの戦いをいろいろと皆で話し合った。
戦う力のないフレデリカでも魔王との戦いは興味を惹くものだったようで、特にイヴの投げナイフが決まった瞬間などは、珍しく歓声を上げていた。
俺達全員にとって、イヴはまさに女神の一手だった。シビラもエミーも、その活躍を手放しで褒めていた。
ふ、イヴの奴は今頃くしゃみでもしてそうだな。
がたり、と馬車が揺れる。
馬車が急停止したと同時に、シビラが叫んだ。
「エミーちゃん、装備! ラセルはフレっちを守るよう外へ!」
「っ! はい!」
「分かった」
シビラのことだから、きっと外でも索敵魔法を使っているだろうなとは思っていた。
何かを察知したのだろう、二人は馬車の外へと飛び出し、俺もすぐに降りる。
「だ、大丈夫?」
「慣れている、任せてくれ。《ウィンドバリア》」
俺はフレデリカの心配する声に軽く手を上げて応え、防御魔法を唱えて周りの様子を見る。
「エミーちゃん、スキルはなしよ」
「大丈夫ですっ!」
エミーは襲いかかってきた魔物——大型の豚人間らしきもの——を切り裂いていく。
こちらに魔物が来る様子はないので、剣を構えるのみで仕事はなさそうだ。
「《ストーンジャベリン》! ちょっとあんた、大丈夫!?」
シビラの言い方に疑問を持ち、顔を向ける。
エミーがピンチに陥ることは無いだろうし、シビラがエミーを『あんた』とは言わないはずだ。
視線の先には、白いローブ姿の集団がいた。
その先頭の男は杖を持ちながら、必死に後ろを庇っている。
しかし見知らぬ魔物相手といっても、そこはシビラとエミー。
すぐに全ての魔物を倒すと、そのローブ姿の集団に近づく。
「無事だったようですね、良かったです」
エミーが集団の無事を確認して、ほっと一息ついている。
ローブの男は一歩前に出ると、頭の部分を外す。
フードの中から現れたのは初老の男で、髪は白髪交じりの金髪をしていた。
「なんと素晴らしい力、ありがとうございます! 我々の司祭様を守っていただいて」
男の一言を聞いた瞬間、シビラが一瞬こちらに目配せをした。
……嫌な予感がする。
「ところであなたは——」
男は、前方を留めていたローブのピンを外して、服の内側を見せる。
その瞬間、馬車での二人の話が繋がった。
フレデリカの話した救援依頼と、シビラの話したマデーラの話。
その街に増えた、謎の集団の話だ。
男はローブの中に、真っ赤な服を着ていた。
「——神を信じますか?」
随分と懐かしい連中に、嬉しくない出会いをしてしまった。
やれやれ、出発早々厄介事に巻き込まれそうだな……。
この連中は、その名も『赤い救済の会』という面倒な宗教団体だ。出会うのは二度目だが……以前との大きな違いとして、今回はシビラがいる。
その安心感は大きい。
シビラがああいう連中に後れを取るとは全く思えないな。
どう対処するのか、見させてもらうか。






