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エミー:今日が私の、始まりの日

 左手に、再び魔法を防いだ衝撃が走る。

 ラセルに闇属性を付与された右手の剣を使い、後ろに魔法が行かないように防ぐ。


 勇者と魔王の戦い。それそのものが、まるでどこか遠い伝説のようなものだなと思っていた。

 物語の中にしかない、自分とは無縁の世界なのだと。


 それでもヴィンスは【勇者】になったし、私は【聖騎士】になった。

 ……あまり深く考えていなかった。ただ、最上位職を手に入れたという喜びと、日々の忙しさと……あと……ラセルとの関係にばかり気を取られていた。


 だから、考えなかった。

 見て見ぬ振りをしていただけなのかもしれない。


 ——勇者が実在するのだから、魔王も実在するのだと。


 最初に魔王を見た時は、真っ黒な影に目がついた、明らかに他の魔物とは違う生き物だった。

 というか、あんなに普通に喋る存在だと思っていなかった。

 力のぶつかり合いなら、ラセルより自分の方が今は強いから、大丈夫かと思っていた。

 とんでもない。後ろ向きに魔法を避けた瞬間、ラセルが倒したのはこんな恐ろしく頭脳を使う謎の敵なのかと思った。


 ……それすらも、甘い考えだった。


 魔王の本当の姿は、人間と同じ部分はシルエットだけ。

 それ以外は、まるで違う生き物だった。


 ……いやもう怖いとかそんなレベルじゃないでしょ! なんなのあの髪も眉も全部無い紫の肌に瞳の無い目!

 同じ人間のシルエットをしているのに、ここまで印象が違うなんて!

 私は、本当に自分が魔王と対峙しているんだという事実を、改めて突きつけられる感じがした。


 その上で、この魔王はシビラさんから見ても異常な存在らしい。


「《アイスジャベリン》!」

「《アイスジャベリン》!」

「《アイスジャベリン》!」


 まさかの、頭も腕も三人分。もう不気味とか人外とか、そんな感想すら生ぬるいヤバさ。

 でも本当にヤバいのは、頭三つと腕三対が見せかけではなく、当然のように魔法を三人分撃ってくること。


 先ほどよりランクを上げた魔法が、私の盾にぶつかる。

 この威力の魔法を剣で二つも弾くのはきつい。盾を素早く動かして二つの魔法を防ぐ。

 ……盾が二つ目を防ぎ損ねて、軌道が逸れた氷の槍が海に突き進んでいき、巨大な水柱を上げる。……ラセル達の方に飛んで行ってない、よかった。

 こういう一瞬の判断は苦手だ……私は難しいこととか、わからないのだ。


「なるほど、さすがに聖騎士となるとなかなかやりますね。いやあ、その職業だけは大変素晴らしい」


「……人間は腕二つなのに、三つも同時に撃ってくるとか卑怯でしょ……」


「あなたたちが三人いるのだから、むしろこれで平等なぐらいだと思うのですがね」


「だったらあのでっかいトンボを取り下げてよ」


「フフフ……取り下げるとでも?」


 思ってないですよーだ。

 言ってみただけ。


 ……しかし厄介だ。

 こちらから攻めようにも、あの魔王が平然と魔法を三人分撃ってくること、その魔法が私だけでなく、ラセル達を平気で狙えること。


 防御を専門とした職業は、私だけなのだ。

 ラセルが怪我することは、やっぱり嫌。


 ましてや、あんな性格の悪い……お金お金言いながら偽造通貨で金ぴかアクセサリーを買い占めて……その上で孤児と、その世話をしてくれた人まで見下すような魔王だ。


 許せない。


「チッ、連携を始めたか」


「ラセル! 片方はアタシがやるわ!」


「無茶するな!」


 背筋に冷たいものが走り、ラセル達の方を見る。

 そこには、あの虫が砂浜と海面スレスレまで降り立ち、挟み撃ちにするようにラセル達に接近していた。

 あ、あんなの、範囲魔法で防げるはずが……!


「《ダークスプラッシュ》!」


「《ファイアウェイブ》!」


 ラセルは、後ろに立ったシビラさんの背中側から腕を突き出す形で、両腕を左右に大きく開いて魔法の名を叫ぶ。

 その瞬間、右手と、時間差で左手から魔法が放たれた。

 あれってもしかして、無詠唱で左手から撃ってるの!? あんな器用なこともできるんだ、すごい……!

 シビラさんは、更にそこから魔法を重ねる形で正面のボスを遠ざける。


 だけど、それでも相手はボス二体。

 どんなに上手く対応しても、それを上回ってくる。


「ぐっ……!」


 ラセルの首から、血が……!

 第三ダンジョンでのギガントとの戦いの時とは比較にならないほどの、命の危険がある急所への一撃。

 ラセルはそれでも片手で魔法を撃ち返しながら、その時にはもう既に全回復していた。


 ラセルの怪我が治るその瞬間に、私の方にも盾受けしていた腕に活力が漲る。

 ……そんな……ラセルはあんな危険な状況に陥りながらも、私のことを気に掛けてくれながら戦っているの……!?


「フフフフフ……宵闇の女と奴隷が藻掻き苦しむのを見ているのは楽しいですが、よそ見はいけませんね。《アイスジャベリン》」


 そうだ、魔王から目を離すわけにはいかない!

 私は慌てて盾で魔法を防ぐ。

 魔法を後ろに通すわけにはいかない。海面付近に打ち飛ばすのなら、もしかすると海面のボスへの牽制になるかも……!


「隠れる場所でも作るわ! 《ストーンウォール》!」


 シビラさんが叫んで、あの頼りになる石壁を作った音が聞こえてきた……けど、その希望は一瞬で崩された。

 大きな破壊音が聞こえてきたのだ。


「ちょっ、そりゃ石壁薄いけど、体当たりで壊せるわけ!? ああもう、《ファイアウェイブ》! これじゃ隠れてるつもりがいいマトになるだけだわ!」


「《ダークスプラッシュ》! 強いな……!」


「ええ、ダンジョンの魔物と外で戦うのは本当にやってられないわね……!」


 魔王とにらみ合いながらも、二人の会話を聞く。

 ニヤニヤと、私が動けないのをいいことに、ラセル達の苦戦を楽しんでいる、嫌な魔王。


「——ぐっ! 《ダークスプラッシュ》! くそっ、選択肢が他にないとはいえ、こればかりだな!」


 ……!

 後ろからの声と同時に、目の前の三つの顔が、同時に歯を剥き出しにしながら、気持ち悪い嘲笑を浮かべる。

 間違いない……ラセルが、ラセルが怪我をした!

 すごく痛がる声を出した!

 さっきみたいに、首を……まさか、首以外も……!


 ……。


 私は、なんて……なんて無力なんだろう。

 確かに今は、魔王からラセルを守っている。

 でも、それだけ。

 ラセルはあんなに必死に戦っていて、それでいて怪我もしている。自分に不利な状況でも、頭脳と能力をフルに使って戦っている。


 私は、いくら怪我してもいい……でも、ラセルの指にナイフの先が当たるのを想像するだけで脚が震えるぐらいなのに……。

 そんな私が、こんな嫌な魔王に対して攻めあぐねている。


 また……私は……守れないの……?




 ——何か、私の中に、どこか既視感のある『黒い何か』を感じた。


 これは……悪い何か?

 それとも、もっと別の……。


 そう、だ。思い出した。

 これは以前、ハモンドの街からアドリアの村へと一人で戻る時に、絶望した際に生まれたものだ。

 突然頭の中が、すっと冷静になったのだ。


 ……何か、私は。

 とても大事なことを忘れている気がする。


 そう、だ……あれは、ジャネットとの話と、それを踏まえた上でのラセルの行動だった。


 男の子よりも『活躍したい女の子』の話。

 お姫様でも、ちゃんと自尊心のある、活躍できる女の子の話。

 お姫様を超えた、聖騎士としての私をラセルに認めてもらった。


 根本的な部分を忘れていた。


 活躍したい女の子の話。

 ラセルに認めてもらった話。

 どちらも、結局私は、私のための話ばかりじゃない。


 そう……どうしてこんなことに気付かなかったのか。


 ラセルだって、『一番活躍したい』はずなのだ。

 そのために闇魔法を手に入れたんだ。

 ……だけど、結果はどうだ。

 恨んでもいいはずの私を、その力によって救ってくれている。


 ……私はいつも、与えられてばっかりだった。

 これでラセルとシビラさんの隣に並び立っているつもりなのだから、本当にお笑いだ。

 いつまでも守る守るって、母親にでもなったつもりなのか。

 私が、まだラセルを()()()いないんじゃないのか。


 今、心の中に再び顔を出した『何か』が、言葉の無い言葉で私に語りかけてくれている。

 この状況を、私の中にある『何か』が解決してくれる。

 この私に宿る『何か』を、あの人なら解放してくれると。




「シビラさん」


 私は、魔王の方を向きながら、シビラさんの方へと下がってきた。


「ちょっ、余裕ないわよ! どうしたの、エミーちゃん!」


 私は、私の中にある『何か』を、シビラさんに聞く。


「聞きたいんですけど……私に【宵闇の魔卿】以外の宵闇の職業、備わっていませんか?」


 シビラさんが、息を呑む。


「なんで、それを……」


「あるんですね?」


 肯定を示したシビラさんに、食い気味に言葉をかぶせる。

 よかった……。私は、シビラさんに手短に要件を伝える。


「その職業で、この状況を打破できるはずです」


 シビラさんは驚きからすぐに落ち着くと、私の中の『何か』を話す。

 ラセルが戦っている声が聞こえる。だけど、今はラセルを()()()


「エミーちゃんの【聖騎士】のスキル、想定よりも威力が低いように思ったのよ。ラセルへの一途っぷりと、そのレベルなら、本当にフロアボス相手でも大ダメージ与えられるぐらい強い。だけど、生き返らせる時に、エミーちゃんの真っ白な心はズタズタに絶望で傷つけられて、闇の力が顔を出しかけていたの」


 ……そうか、やっぱりそうだったんだ。

 あの時急に冷静になったのは、この闇の力だったんだ。


 私は、いろいろなことに対して受動的だった。

 ラセルを守りたいから、聖騎士になった……のではない。女神様に『してもらった』のだ。

 だから、ラセルを守れる。


 ラセルを守るための力が欲しいと思った。

 だから、鎧のギガントを切れる闇魔法を、ラセルに『与えてもらった』のだ。

 だから、ラセルを守れる。


 いつだって、自分の意志で『これだ』と選んだわけじゃないのだ。


「私は、もう待っているだけなんて嫌なんです。いつまでも、このままでいられない」


「……そう、分かったわ」


 シビラさんも、あまりゆっくりしている時間はないと分かっているはず。

 私が魔王の姿を視界に収めながら待っていると、目の端から黒い羽が現れた。

 シビラさんが、女神の姿になったのだ。


 今日一日走り回って、いつの間にか夕日が落ちていた。

 砂浜の赤が、綺麗な青へと変わっている。


 ああ、ジャネット。

 これが宵闇なんだね。




「『宵闇の女神』シビラ。【聖騎士】維持……ほぼ不可……ッ、了承。《転職チェンジ拒否》……魔力、消費、消費、消費……。《魔力変換》……《天職ジョブ授与グラント:【宵闇の騎士】》!」




 視界が急に開けた。

 自分の頭に鳴り響く女神の声を聞きながら、私は理解した。


 ——ああ、そうか。

 私はちゃんと、自信を持って、並び立てる人になりたかったのだ。

 主役ラセルの、隣に。


 これで、きっと……!


「そうだ、シビラさん」


 私は盾を構えて、女神様の耳元に顔を寄せる。


「ぶっちゃけラセルのこと茶化すの、半分は照れ隠しってぐらい好きだからだったりします?」


 シビラさん、目を見開いてびっくりする。

 あ、初めてシビラさんに一杯食わせた感じがした。

 なるほど、ラセルがシビラさんのこと、こういう扱いしてるのちょっと分かってきた。

 きょとんとしてるシビラさん、普段が普段だけにめっちゃかわいい。


 あーあ。

 折角ラセルの一番になってやるぞーって気持ちで、その隣に並べるぐらいの自信を得たというのになー。

 ……ラセルより先に、私がシビラさんのこと大好きになっちゃったんだから、そういう最後の締めがちょっとずれちゃうところ、いかにも私って感じだよね。


 でも、ここまでいろいろもらったんだ。

 ラセルのいいところ、もっとシビラさんに知ってほしい。

 そしてもっと、一緒にいて素敵な人に思ってほしい。

 今は素直に、そう思えるんだ。




「あ、あなた……まさか……ッ! おのれ卑俗な宵闇がッ! 許されない、許されないいいィィ!」


 魔王が震える声で、こちらを指差す。

 徐々に眉間に皺を寄せると、叫びながら魔法を放ってきた。


「《ストーンウォール》! 女の子の一大決心なのよ! 茶々入れんじゃ無いわよ、つくづく下品な奴ね!」


 それをシビラさんは、防いでくれた上に言い返してくれた。

 やっぱりシビラさんってかっこいいし、頼もしい。

 ほんと、女の子として憧れちゃうなあ。


「ラセル」


「……エミー?」


 私は、ラセルに短く一言伝える。


「厳しいと思うけど、でも……魔王を一時ラセルに任せます」


 恐らく、ラセルは無傷で済まないだろう。

 この選択は、私にとって何よりも怖いもの。


 だけどあの魔王を倒すのは、ラセルであるべきだ。

 危機を乗り越えるには、【黒鳶の聖者】ラセルという過去に魔王討伐を成し遂げた術士の彼を、私自身が認めて、信じなければならない。

 大丈夫。ラセルはいつだって、すっごく格好いいんだから。


 ラセルは驚きつつも、すぐに頷いてシビラさんとともに魔王の方へと向かった。


 さっきから、空をぶんぶん飛び回っているボスを睨み付ける。

 こいつらが、ラセルをあれだけ危険に晒したんだ。絶対許さない。


 私は、そのボスが近づいた瞬間に盾を構えて……スキルを発動する!


 今まで白く光った盾が、黒く闇の光を纏う。

 その能力は、光の盾の正反対。


 私から逃げようと思ったであろうボスは、黒い盾に吸い寄せられてきたのだ。

 その力に逆らえず、トンボのボスは苦し紛れに尾の爪で攻撃してきたけど……私は敢えて避けなかった。肌に、ラセルと同じように傷がつく。

 その痛みすらラセルと同じ自分の物だと心に刻みつけて、お返しに右手の剣を振るう。


 回避の能力に全振りだった厄介なボスは、ラセルの黒い剣と私の黒い盾の前に、一撃で真っ二つになった。


「——まずは一匹」


 さあ、私を始めよう。

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