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シビラが宣告した、魔王の価格。その規格外の魔王との最終決戦

 こちらを睨み付ける手負いの魔王と、人払いを終えた魔法使い放題の砂浜。

 まさに、絶好のタイミングだ。


 自分だけは気付かれないと、油断していたのだろうな。

 あれだけ振り回してくれた知略の魔王が自らトラップに嵌まる姿は、実に滑稽で気分がいい。


 この状況になったと同時に、シビラの腕輪が何であるかを理解した。


「なるほど、確かにイヴのお陰だな」


「ええ、ほんっとあの子は最高だわ」


 エミーがこちらを向いて「え?」と首を傾げる。

 俺は状況を掴めていないエミーに、全ての種明かしをした。


「ブレスレットだが、シビラがあんな高価な物をいきなり買うとは思えなくてな。だとしたら、あれをいつ手に入れたか。……正解は、セイリス第四ダンジョン最下層だ」


「って、あのボスフロアの?」


「そうだ。そしてこのブレスレットは……」


「——ああああアアアア!? そ、それは私のものおおおオオオオ!?」


 目を見開き、魔王がシビラのブレスレットを指差す。

 エミーはそれを聞いて、はっと気付いた。


「え? だって貴族の真犯人が、ブレスレットを……あっ!」


「そうだ。あいつはさっきまで、貴族の服を着ていたよな? その姿で偽造通貨を使って、散々この街で買い物をしていたのだろう。……そう、金を持たない貧乏人魔王を、貴族の服の中に隠したんだよ。だから誰も疑えなかった」


「じゃあ、シビラさんが今着けているのは……」


 そう。普通に考えて、魔王が買っていったブレスレットを回収して足がかりにするなど、とてもではないが不可能だ。

 だが……その不可能を可能にした人物がいる。


「イヴが、最下層で一度ナイフを振るった。その一度の時に腰の袋から落ちたものを、シビラが拾ったんだろう。……俺がエミーのためにブレスレットを買った時、隣の出張露店で魔王が買ったブレスレットを入れた袋をな!」


 俺の一言で魔王は愕然と後ずさり、エミーは全ての状況を理解して「ああーっ!」と叫ぶ。


 シビラに言われるまで、本当にただの貴族の男にしか見えなかった。

 一瞬見たことがある気がしたのは、この魔王が以前会ったアドリアの魔王と同じ容姿をしていたからなのだろう。

 だが、何かしらの魔法を使って人間にしか見えないようにしていた。


 まさに、シビラの女神の一手。

 しかしその鍵は、イヴなくして手に入らなかった。

 この魔王は、ただの一度ナイフを振るったイヴに負けたのだ。


「貴族の服だなんて、そう何着も用意できないわよね〜? 【宵闇の魔卿】のアビストラップは、当てにくい代わりに超絶ダメージよ。跡形もなく吹き飛んじゃって、しかも買ってきた宝飾品ごと吹き飛んじゃって残念ねぇ〜!」


 シビラが、追い詰められた兎を見る虎の如く、実にいい笑顔でニヤニヤと見下す。

 魔王はうめき声を上げながらも、魔物を砂浜に召喚しようと動き出した。


 エミーが俺を守るように前へと移動する。そして剣を抜いて盾を構え、魔王の下へと足を進める。

 その瞳は決意に燃えつつも、今まで逃げてきた相手にとって最大の危機であるこの状況を理解するように、勝ち気に口角を上げている。

 俺も似たような表情で、シビラと並んで砂浜へと下りていく。




 魔王と対峙する。

 ……前々回のこともあるので、あまり迂闊に攻撃魔法を叩き込む気にはなれないな。

 後ろを向いたままだったあいつが、どういう理屈で俺の魔法を避けたのかが分からない以上、その謎を知るまでは攻撃しづらい。


 無言で闇属性を、三人の持つ剣に付与している最中で、魔王が口を開いた。


「……まさか、安物揃いの貴方たちにここまで追い詰められるとは……。私も油断していたようですね……」


「まー準備していても、防げたかは分からないわね。イヴちゃん、最初メンバーでなかったんだもの。あんたの手がかりである、コレを取った子ね」


 シビラは自分のブレスレットをコンコンと強めに指で叩いた。

 表面が凹みそうなブレスレットの扱いを見て、魔王は不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。


「チッ、気品あるものの扱いを知らぬ俗物が。……傷が付きます。宵闇の卑俗な手で触っていただきたくないですね。それは本来私のものです」


「あ? ざけんじゃないわよ、お前の物なわけあるかっつうの」


「……何?」


 急に雰囲気を変えたシビラ。

 エミーも少し驚いて息を呑んでいる。


 そしてシビラは、魔王の今までの行いを全て否定するように、怒りを声に乗せて叩き付けた。


「金は行動に宿るもので、高貴さは精神に宿るもの! 金は、どんな貴族でもかつての活躍をした先祖によるもの。たまのプレゼントで女の子を喜ばせるのも、その男の子が頑張った末に得たお金で買うもの! 決して高潔なだけではないでしょう。だけどお前は、その過程を全て踏み躙って、偽造通貨に手を出した!」


 シビラは砂浜に散らばった、ネックレスの紐が切れた破片を、足で蹴って海へと飛ばした。


「だから、お前にはこれらを着ける権利がない! 時間に宿りし努力に対しての、マイスターの尊敬の念が無い! 今時この手のものを作れる人、平民未満から上がってることなんてザラなのに!」


「……」


「金貨は贋物、実績は皆無、全てが虚飾! セイリスのダンジョンメーカー。これらを手にするための『価格』が、お前自身に皆無、ゼロなのよ! だから——」


 そしてシビラは、魔王の格を決定づける言葉を放つ。


「——どんな孤児とだろうと、比較すりゃ絶対お前の方が『安い』」


 ……その、とおりだ。


 エミーのために買った、金のブレスレット。

 それには、かつて活躍できなかった俺が、ファイアドラゴンの素材を売り払った時に得た金で買ったものだ。

 シビラが今つけているものに比べると安物だが、それでも確かに自分の手で稼いだという『価値』である金と引き換えに手に入れたもの。


 セイリスの領主も、先祖が最初から金持ちだった、なんてことはないだろう。

 宝飾品店の商品一つ一つも、地道な毎日を積み重ねることでそれらを作り、自分の金を得ているだろう。

 買う人、売る人。その全てが行動に価値を持っている。


 偽造通貨には、その全てが無い。

 皆無。

 価値ゼロなのだ。


「…………。……ふ、ふふふフフフ……」


 魔王は、静かに笑い出した。

 シビラに言い返せずに、怒りを通り越してしまったか?

 反応を見て、そう予想した。


 魔王は両手を広げ、召喚陣から魔物を出してくる。

 現れたのは、羽の生えた……大きな蜻蛉トンボのような、不気味な容姿。

 その見た目に違わず、どこか不安になる音を放ちながら、虫が次々に浮き上がる。


 俺の予想は、果たして正解だったか。

 ただ分かったことは一つ——。


「この街はもう滅ぼします」


 ——この魔王は、絶対ここで仕留めなければならないということだ。




 魔物が一斉に空に動く。……速い!

 俺は手を上に向けて、恐らく最適であろう魔法を放った。


「《ダークスプラッシュ》!」


 飛沫のように広がる魔法は空に向かって飛び、虫の魔物を襲う。

 だが……当たった様子がない。


 俺が魔法を放ったと同時に、こちらを見ながら空の上の方へと逃げていったのだ。

 そしてある程度の距離を稼いだ後、ダークスプラッシュの隙間を縫うように回避すると、散開しながらこちらへの接近を再開する。


「《ダークスプラッシュ》! シビラ、どの手が有効だ」


「チッ、やってくれるわね! ここに来て、第一ダンジョンの最下層にこんなクソ厄介なボスを隠していたなんて!」


「どういうことだ!」


「こんな強いフロアボス、第二から第四にはいない。だとすると、第一の奥に隠してたってわけ。やっぱバカじゃねーわ、あの魔王」


 ……なるほど、強い魔物の出るダンジョンを優先的に攻略していったが、スライムの出る第一ダンジョンが、最下層まで弱い魔物なわけではなかったということか。

 第一ダンジョンが簡単という話だったのに、最下層を攻略した話は聞かなかったものな。


「……こいつらは『マンイーター・ドラゴンフライ』。強いと言われたら強い方だけど、数が少なければそこまで厄介な相手ではないわ。細い尻尾の先端が蜂と同様に攻撃手段となってるけど、針じゃなくて爪みたいな形をしている。あと顎は危険、絶対にやられないようにして」


 なるほど、見てみると尻尾をこちらに向けて曲げたまま、接近してきているな。

 それを見て《ダークスプラッシュ》を撃つと、その尻尾を真っ直ぐ伸ばして表面積を小さくし、空の方へと逃げた。

 動いたり止まったり、実に自由自在だ……。蜻蛉ってやつは、こうも動き方の不規則な虫だったか。

 蝿などの方が素早く捕まえにくいイメージがあるが、次の移動経路が予測できないことがここまで厄介だとはな……!


「《ダークスプラッシュ》! 容易な相手とはとても思えないぞ!」


「ダンジョンで出るからよ。当たり前だけど、空から雷を落とすとか、雨を降らせるとか、そんな魔法は【魔道士】にはない。だって使うのダンジョンだもの」


 ……ああ、段々と言いたいことが分かってきたぞ……!


「そうか、ダンジョンでは『空に逃げない』から、それほど厄介ではない!」


「そういうこと! このフロアボスが、自由に動き回るとこうも……ッ、《ファイアウェイブ》!」


 シビラが魔法を放つが、ファイアウェイブもダンジョンのための範囲魔法。左右に広がっても、上下には広がらない。

 その魔法をかいくぐって、フロアボスが俺の身体を引っ掻く!


「チッ、《ダークスプラッシュ》!」


 至近距離で魔法を放つと、さすがに回避しきれなかったのかヤツの尻尾の関節に当たり、緑の液体がしたたり落ちる。

 ……だが、倒すにはほど遠いダメージだな。


 こういう敵には、逃げ場を埋めるダークスフィアが有効だったが、当然それはダンジョン内部に限った話。

 空を自由に動き回れる魔物相手に、どこで爆風が広がるかわからないダークスフィアで広い空を埋め尽くすのは、無謀にも程がある。


 俺とシビラが会話している中で、エミーは盾を構えて俺の近くにいる。


「……これで私もしばらくは使い納めです。既に姿もバレているようですし、溜めずにいきましょうか」


「ッ! エミー! フロアボスじゃなくて魔王を警戒しろ!」


「え……っ!」


 エミーが驚きつつも俺に言われるまま、魔王の方を向いて盾を構える。

 そして……黒いもやがなくなり、遂に魔王の姿が現れる。


 ——その姿は、まさに『規格外』の一言。


 顔が、なんと前と横についている。

 そして手は、三対……六本あるのだ。

 あまりに異様、この魔王の今までのルールを違反したような行為の数々を表すような、常識外れの姿だった。


 シビラはなんと、この異様な容姿を予想していたかのように舌打ちした。


「チッ、やっぱりあんた、『阿修羅』みたいなタイプだったってわけ」


「……よくご存じですね、本当に今回のマーダーは面倒です……」


 俺はフロアボスへと攻撃を撃ちながらも、シビラに「どういうことだ」と奴の姿に関する説明を促す。


「本物とは似ても似つかないけどね。金色のトンビの話、その国の話のひとつで……戦闘の守護神よ。姿だけ真似たんでしょうね」


 なるほど……戦闘の守護神か。確かにあの容姿は、戦いに向いていそうだな。


「……ラセルの後ろからの無詠唱魔法攻撃を避けるには、魔法が来ることを事前に察知していないといけない。足元からのアビスネイルを避けるには、未来予知でなければ……『ラセルが腕を上げた瞬間が見えていた』以外に有り得ないと思ったの」


 それで、口が一つ減ったところで喋れるとカマをかけたということか。

 魔王が姿を隠すのをやめるほどの、洞察力と知識。さすが頼りになるな……。


「さて、種が分かったところで……防げますかねえ!」


 そして魔王は……三本の腕を前に出して、魔法を放った!


「《アイスニードル》!」

「《アイスニードル》!」

「《アイスニードル》!」


 その三つの口から、同時に魔法の名前が放たれる。

 氷の針はこちらへと高速で飛んでいき、エミーはその一つを盾で、二つを剣で同時に叩き切った。


「素晴らしい。さすが聖騎士と竜の武器……それだけに安い出身というのが勿体ないですが、我慢してさしあげましょう。さあて、安物どもは放っておいて……フフフ、どこまでやれるか遊びましょうか!」


 俺は、魔王と対峙することになったエミーを気にしつつも、最早フロアではない場所のボスを相手に苦戦していた。

 厄介だが、俺には回復魔法がある。手こずっている場合ではない。


 魔王との最後の決戦であり、総力戦。

 あちらもこちらも、全ての手札を出してぶつかり合う。


 さあ、ここからが本番だ。

 勝ちに行くぞ。

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