シビラの腕に着けた『勝利の鍵』とともに、偽造通貨の真犯人を捜せ
20万ポイントに到達しました。本当に光栄な限りで……ありがとうございます。
いつもブックマークの一人一人を意識をして、読んでいただけることに感謝しています。
今後とも『黒鳶の聖者』を、よろしくお願いします。
内装は白い壁を中心としながらも、至る所に金色に光り輝く調度品と、額縁の方が高そうな絵画が飾られた廊下。
だが、先導する男どころかエミーですら、それらの高価そうな品々に目を奪われることはない。
警戒心を互いに隠そうともせず、奥の部屋へと入っていった。
大きな来客用のソファに俺達を促し、自身も対面上に座る男。
ソファにはシビラが中心となり、俺とエミーが左右でシビラを挟む形となった。
赤と金の派手な服を着ている、初老の男だ。
「わたくしは、このセイリス宝飾品店の店主でございます。まずは、謝罪させていただきたく。わたくしどもは、そちらの聖騎士様と敵対するつもりは全くございませんことを、改めて……」
「何言ってるんですか」
「……え?」
「私じゃなくて、シビラさんに謝るべきです。違いますか?」
普段の明るさを潜めたエミーは、厳しい目つきで相手の言葉を止めた。
……エミーの言うとおりだ。相手を疑ったのなら、まずはその相手に謝るべきだ。特にシビラに懐いているエミーにとって、その一方的な疑いは無礼な物に感じるだろう。
それでもまずは【聖騎士】のエミーに謝ったあたり、完全に保身に走っているな。まあ実際のところ、どう考えても『女神』のシビラの方が身分的にも遙かに上なのだが……。
「……そうでしたね。お客様……シビラ様、一方的に疑ってしまい、申し訳ありません」
シビラは男の頭を見ながら、腕を組んだまま黙っていた。
その目つきは非常に鋭く、今現在の段階で和解しようという姿勢は見えない。
男が続く声がないことに警戒しながら顔を上げたところで、シビラはぶっきらぼうに言い放つ。
「理由」
「……な、なんでしょうか?」
「アタシを偽造通貨の犯人だと言い張ったのなら、それなりの確証があるんでしょ? かなり断定的だったもの。だから、その理由。まさか今更言わないなんてこと、ないわよね」
シビラは腕を組んだまま、エミーの方に分かりやすく首を向けて、隣のエミーと肩を組んだ。
ちょっと驚きに固まって照れつつも、エミーはシビラを信頼するように頷いて、仲の良さを見せつける。
その二人の様子に、やはり男は焦り始めた。
「も、もちろんです。お客様を疑った以上は、その大本となった事件を共有させていただきます。まず、お客様を疑った理由ですが——」
そして男が放った一言に、俺は一種の予感を覚えた。
ここまでシビラの予定通りであったのではないかと。
「——お客様が手首につけていらっしゃる、その腕輪です」
その『勝利の鍵』に言及されて……この勝利の女神が、この部屋に入って初めて笑ったのだ。
「……出張露店?」
シビラが聞き返した単語に、棚の奥からケースを持ち出してきた男性が、その中身を見せながら頷き説明をする。
「はい。当店は街の西側に店舗を構えており、海を見に来た観光客はもちろんのこと、観光区と港湾区の間にあります貴族や役人の居住区近くに店舗を構えております」
「ま、そりゃそうよね。金細工の宝飾品なんて、平民向けじゃないもの」
「はい。ですが街の運営が正しく行われているか、お忍びで市場を見るような令息もいらっしゃれば、平民の手に取る食事に興味を示される令嬢も、また【剣聖】などの職業を得た貴族の方も服飾品より街の方に行かれる方が多いのです」
貴族といっても、いろんな人がいるな。その街を知るには、頂点の程度を知るより平民の生活を見る方が良い、と考える人もいるのか。
貴族出身といっても剣聖などの戦う職業を持った者は、実用的な世界の方を好む、ということか。
そういう人も、周りにはいるのだろうか。例えば先ほどエミーが言っていた、ケイティという女もその一人かもしれない。
シビラはケースの中の宝飾品をいくつか手に取りながら、その形を指でなぞる。
「あー、こりゃアタシのによく似てる意匠ね」
「分かるのか?」
「ラセルはあんまキョーミなさそうね。エミーちゃんのブレスレットは風のような流線型のデザインで、表面の光沢を大切にしたもの。対してこのお店の……ホラ、この指輪とか特にそうよね」
シビラは指輪を手に取ると、ブレスレットと隣接させて並べながら説明を続ける。
「このお店のものは、厚く幅広の金に細かい装飾が彫られてある。当然エミーちゃんのに比べて金を使う量が増えるし、彫る手間もかかるから、高価にならざるを得ないわ」
そういうものなのか。確かに比べてみると、エミーのブレスレットよりはシビラのブレスレットの方が、この店の商品に近い印象を受けるな。
シビラの解説は俺にはあまりわからなかったが、店主は驚いたように頷いていた。
「は、はい……シビラ様の仰るとおりです。そちらのブレスレットは、こちらの露店で並べてあった商品に相違ないと思ったのです」
「アタシもそう思うわ。……で、その購入者が偽造通貨となんの関係があるのよ」
「出張露店の担当販売員が所持していたものを、セイリスの兵士が偽造通貨と見抜きまして。結果、セイリスの兵士に『偽造犯』として捕まってしまったのです。どのような言い訳も通用せず、果てはわたくしまで疑われてしまって……」
店主はそう言って、がっくりとうなだれた。
セイリスの兵士といえば、厳しいと評判の兵士達だ。確かに偽造通貨なんて使っていたら、甘く見てもらえることなど有り得ないだろう。
「……なるほど、ね。普通に考えて、誰に売ったお金が偽造通貨かわからないんじゃ、アタシを疑うのはおかしいわ。でも、あんたは言ったわよね。『確かにこの商品だったと聞いていた』って」
そうだ。この店主はシビラのブレスレットに対して、そのブレスレットが偽造通貨を使った人間のものだと言い切っていた。
「はい。牢に入れられた店員から、その日に売ったものはブレスレットであったと。つい三日前のことです」
そうか、俺がエミーにブレスレットを買いに行った日のことだな。
男の話を聞きながら、シビラは腕を組みながらひとつの提案をした。
「じゃあ、その店員にアタシ達が会いに行けば、きっと分からないことも分かるようになるんじゃないかしら? せっかくだし、犯人にも興味はあるわ。エミーちゃんもラセルも、それでいいわね?」
その言葉は、あくまで決定を見せつけるものでしかない。
俺もエミーも頷き、シビラの提案に乗る形で『真犯人逮捕に協力する』という姿勢を見せる。
「ああ、ちなみにパーティーメンバーの、こっちの朴念仁は【聖者】よ」
「一言余計だ」
シビラがタグを触って俺の職業(聖者のみ)を見せ、店主は驚きに飛び上がりながら俺に慌てて何度も頭を下げた。
……店主から話を聞くのが計画のうちでありながらも、疑われたことを根に持ってわざと黙っていたなこいつ。
かわいそうになるぐらい必死な様子の店主を見て、シビラは実にシビラらしくニヤニヤと笑っていた。
やれやれ、頼りになる女神様だことで。
店主を連れてやってきた先は、街でも特に大きな役所。砂浜のある街とは違い、反対側の港湾区には、船が何隻も出ている。
貴族の領地には簡単に入っていけないように、大きな柵が作られてある。
その近くには軽装の兵士が、槍を構えて椅子に座っていた。
なるほど、この辺りは街の中心部。街そのものに守られているようなものなのだな。
「手続きをしますので、少し待っていてください」
役所に入って店主が幾度かやりとりを行い、こちらに戻ってくると店主は兵士を一人連れてやってきた。
「そちらの者が、同行者か?」
「はい。手がかりがあるため、真犯人逮捕に協力していただけると」
「分かった。同行者に言っておくが、牢で暴れると街にはもう住めないほどの重罪となる。くれぐれも下手な真似はしないように」
なるほど、話どおり厳しそうだ。兵士の忠告に頷き、俺達は兵士に連れられて建物の奥へと入っていった。
段々と光が少なくなる建物の奥。
先導する兵士と見張りの兵士が敬礼をし、二人は言葉をいくつか交わして俺達を牢の中へと誘う。
牢の中に入った瞬間、明らかに雰囲気が変わる。
臭いだ。
「最低限の処理はしているが、湯浴みなどは以ての外だ。女性各位には居づらいかもしれないが、これも犯罪者を収めるための場所の宿命。納得していただきたい」
「構わないわよ」
「はい」
シビラはあっさり受け流し、エミーも真剣な表情で頷く。
兵士に連れられた牢のひとつに、その男性はいた。
「……っ! 店長!」
「静かに」
「は、はい……」
兵士に睨み付けられ、少しやつれた様子の店員が身を縮ませながら一歩引く。
「苦労をかけてすまない……。件のブレスレットをした方を連れてきた。さあ、シビラ様。……このブレスレットで間違いないかね?」
シビラが前に出てブレスレットを見せつけたところで、男性が目を見開く。
「ま、間違いありません! このブレスレットを買った人が、偽造通貨の犯人です!」
「……シビラ様、これは一体どういうことですかな——」
「で、ですが違います! その人ではありません!」
「——……何、だと?」
男性は、困ったように店主とシビラを交互に見ながら、ぽつりと呟く。
「……男、なのです」
「は?」
「私からブレスレットを買ったのは、男なのです……!」
その証言は、明確にシビラが犯人ではないという証。
細かい要素に気を取られていて、肝心な部分が抜けていた。
偽造通貨の真犯人は、男。これでシビラに対する疑いは晴れただろう。
しかし……やがて、ブレスレットが実物である意味を、皆が理解し始める。
そして店主と兵士が、俺へと疑いの眼差しを向けた。
……こうなるのはわかる。
どう考えても、この状況なら俺が犯人だもんな。
もちろん犯人じゃないが、証明する方法がない。店員に別の人だったと言ってもらうしかない。
だが……俺はひとつ、それよりも妙にひっかかることがあった。
店主の身体に向こう側が隠されていた時は感じなかったことだが、今その全身を見て疑問はほぼ確信に変わる。
——この店員の男、どこかで見たことがあるぞ。






